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盛夏の頃
金魚
しおりを挟むこぽこぽと小さな泡が立つ、青い世界。照明を最低限まで落とした細長い空間は、壁際に並べられた青い世界が明かりの役割を任され、まるで映画館のようだ。
と、先ほど通りすぎていった子どもが言っていた。
その子どもはお気に入りの魚を見つけたらしく、目をキラキラと輝かせて、青い世界を覗き込んでいる。長方形に切り取られたようにも見える世界で、赤い鱗の小さな魚が、緩やかにのびた鰭を動かし、ひょこひょこと動き回っている。舞浜のテーマパークに目がない子どもだが、水族館も好きなようだ。
「(家では気づいたらライブDVDやらドラマやら見たりしているが、案外外遊びが好きなんだよな、この子どもは)」
この通路を彩るのは青い世界の赤い魚だけではなく、日本庭園を模して作った水槽や夏の祭りをイメージして作られた物もある。子どもはそれも見たようだが、やはり青い世界が好きらしい。一つ一つ見て回ってからまた同じ水槽に戻り、腰を屈めてじっくりと魚を観察している。
「おい」と声をかけて、子どもの気をそらす。
「もうすぐ閉館時間だぞ」
夕飯を買ってさっさと帰らないと、子どもの寝る時間も遅くなってしまう。明日から子どもは期末考査期間だし、正直遊び歩いている場合ではない。もちろん、仕事も入っている。
子どもが「気分転換したい」というのでお昼を食べてから連れてきたが、閉館間際までいるとは思わなかった。
大人が子どもの背後に立つと同時に、明るい声音が「ねえねえ」と赤い魚を指差した。
「今度の衣装、ひらひらした感じにしようよー。金魚のひれみたいにさあー」
子どもに言われ、そういえば舞台衣装はまだかっちりとした物しか着せてない事に気づく。
「ひらひら? ひらひらした物に興味あったのか?」
「回ると生地が広がって可愛いじゃん」
「お願いお願いー」と、駄々をこねる子どもをいなしつつ、事務所にある衣装ケースの中身を思い出す。
お下がりの中に、ひらひらとした衣装はあっただろうか。
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