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一章 辺境の森の中の小さな集落

8話

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 小川は集落の一番大きな畑の奥へ、森の中の小道を少し歩くとある。

 もしかしたらここに集落を造った当初は、小川から水路を引くつもりだったのかもしれない。でも人が減って行くばかりだったので、恐らく水路なしでもいいと作らなかったのだろうと推測している。
 実際、畑はせいぜい五反程の面積なので、小川から汲んで来て蒔いても、皆でやればそれ程大変では無かったのだ。
 去年までは、水も撒く暇も無かったけど、それなりに小麦と大麦が収穫できていたから良かったけど。

「まあ一人だから、尚更水路なんて必要はないんだけどねー。でもお風呂!お風呂は絶対日本人には必要なのよっ!」

 今までは良く我慢出来たものだ。でも、今は今すぐにでも欲しくてたまらない。それなら小川の傍に作ればいいのでは?とは思うが、雨や雪が多い年は氾濫したこともあるので、それを考えれば少し離れた場所に作らなければならない。
 そうなると、どうせなら水路を作って水の不便を無くそう!となったのだ。広場の井戸も長年使っているので、十分な水量があるとはいえなくなっているのもあった。

 ため池を作る予定地をどこにしようかと見ながら歩いて小川の傍まで着くと、準備した水路を引く予定地を見渡した。今はまだ、木を伐り、草を刈っただけの場所だ。
 お風呂の為なら!と気合を入れて持って来た鍬を振り下ろし、水路予定の場所に突き刺す。そして渾身の力を入れて土を掘り返した。
 ここから出る土は後で畑に持って行こう。腐葉土がたっぷり含まれているから、肥料の代わりに丁度いい。
 でも、掘った水路を固めるのに、何かいい物はないかな……?

「クーン?」
「ああごめんねシルバー。シルバーにはわからないか。お風呂は、お湯を溜めた浴槽のことよ。盥にお湯溜めるでしょ?あれの大きいやつで、全身がお湯に入れるやつよ。お風呂に入ると、とっても気持ち良くて疲れがとれるんだから!」

「……グウゥ」
 お湯、ということを聞いて、シルバーが一歩下がる。耳がパタンと倒れ、心なしか尻尾が垂れて足の間に入りそうだ。

「あっ!シルバー、ダメよ、嫌がっちゃ。お風呂が出来たらシルバーも入るのよ。その毛並みをお湯で洗えばもっともっとふかふかになると思うの!せっかくだから石鹸も作りたいけど、私も詳しい作り方知らないんだよね……。確か油を使うのよね?オリーブの木があったら油もとれるけど、もしオリーブの木があったとしても、もっと温かい地方よね」

 ここは冬に雪は閉ざされる程は降らないが、降らない年はない。気候的には日本でいったら東北地方だろう。他にも作る方法はあったと思うが、うろ覚えで思い出せない。

「……クゥ」
「こーら、シルバー。なんで逃げようとしているの?入ってみたら気持ちよくなって、シルバーだってお風呂が好きになるに違いないわよ!」
「ガ……ガゥ」
「そうそう、本当よ。入ってみなきゃ分からないんだから、だから早くお風呂の為にも水路を作っちゃいましょう!水路があれば色々出来ることも増えるしね!」

 目指せ上下水道!現代生活には必須よね!水洗トイレがなつかしい……。
 つい、今の土を掘るだけのトイレと比べてげんなりしてしまった。水路が出来上がったら、トイレ事情も改善したい。いつか、ウォシュレット付きの水洗トイレを再現してやるんだからねっ!

「ねー、リザは水浴びに来たんじゃないのー?」
「んん?あ、スヴィー。珍しいね、ここにいるの」
 すいっと小川から青白く光る球が飛んで来て、目の前に止まった。その中には小さな水の精霊の姿があった。

「んー。リザが一人になっちゃったって聞いたから。しばらくこの小川のとこにいるわー」
「ピュラに聞いて、心配して来てくれたの?ふふふ。今夜は嵐になって、川が溢れちゃうのかしら?」
「むうー。人間があんなに水の中にいられないなんて思わなかったんだものー。もうっ!リザのいじわる」

 水の精霊であるスヴィーは、ピュラと同じ程の大きさで水色の髪に青い衣を着ている女の子だ。
 スヴィーは、幼いころに足を滑らせて流されていた時にじゃれついてきて、危うく溺れそうになった原因の精霊さんだ。

 あれからこの小川で水浴びをしてる時に、たまに遊びに来る。水の精霊は水のように流れて行く性質だから、精霊の宿る泉とか湖以外では、あまり同じ処に留まることはないとピュラから教えて貰ったのだが、溺れさせそうになった罪悪感か、私は精霊と会話も出来るからかこの辺りに留まってくれている。

「ごめんごめん、ありがとう。慰めに来てくれたんだね。でも大丈夫よ、シルバーもいるしね。だからスヴィーはここに留まるなんて無理しないでもいいのよ?」
「私もここを気に入っているからいいのよ。ここの魔力は気持ちいいもの。今はリザだけだし、いつでも遊びに来れるしねー」

 溺れかけたあの時はピュラが慌てて飛んで来てくれて、スヴィーに人間は脆いから乱暴にしちゃダメだって怒ってくれた。
 それからは気にして何かと気にしてくれているのは知っている。スヴィーは本当はとっても優しい子なのだ。まあ、無邪気で遊び好きでもあるのだけれど。

「スヴィーが気に入ってここにいるのなら別にいいけどね。ただ、遊んで水嵩をいきなり増したり、流れ変えたりはしないでね?今、この小川から集落まで水路を引いて、ため池も作ろうと計画しているのよ」
「へえー、水路作るんだー。なら、私が手伝ってあげるよ。水路が出来たら、水を流してあげるー」
 自分から手伝いを申し出てくれるなんて!あの、いっつも遊ぶー!とかしか言わないスヴィーが!

「そ、それは助かるけど。でも水路とため池を掘って、それを固めないと水を流せないのよね。だからまだ掘ってもいないし、水路のめどは立ってないのよ」
 水路は掘るだけでも一応できるけど、土にしみこんだ水分で地盤が緩くなったりしたら困るのだ。それに泥が溶け込んでキレイな水にならないし。舗装する為のコンクリートなんて、都合がいいものがないからね!

「グゥオ?」
「ああ、うん。シルバーに掘ったら固めてもらうってのもあるんだけどね。でも、壁までは無理だし。石か板を敷いた方がいいかな……」
 木は水路の為に切った木があるし、石も切り出せる場所がある。だが、水路の全てに敷こうと思えば、膨大な量が必要だ。

「ああー、成程ねー。それこそ土のヤツに頼めばいいんじゃない?確か居なかったっけ?ここら辺に棲んでいるのが」
「土の精霊さん?いるけど……。ドォルに頼むのは悪いよ。それこそ土を削ってため池と水路にするんだよ?」

 土の精霊のドォルは、うちの畑に棲んでいる。
 小さな頃に日本現代知識で生活を良くしよう!と考えて、一度肥料を作ろうと思ったのだが、見事に失敗した。
 抜いた草や森の落ち葉と、昔は飼育していた山羊に似ているヤヴォの糞を溜めて肥溜めを作ってみたんだけど……。結果は、見事に腐っただけだった!しかもとっても臭くて、しばらく悪臭がたちこめて消えなかった……。

 簡単に成功したら、知恵なんていらないよね……。あれで集落の暮らしに現代日本知識チートを取り入れるなんておこがましい!って自覚したしねー……。だから、肥料作りだけは今回もやらないわ。
 昔からの生活の知識、おばあちゃんの豆知識、それが経験の積み重ねだと思い知らされたのだ。まあ結局は、森から腐葉土持って来て畑に撒くことで、収穫が増えたので、それは集落でみんながやるようになったけれど。
 あの時、余りの悪臭に目から涙が出るくらいだったのに、エリザナおばあちゃんや皆は失敗は誰でもするから仕方ない、って笑って許してくれた。皆、本当に優しい人達だったな……。

 ドォルはその肥料を作る実験の時に、『何やっているの?土がなんかすっごく熱を持ってるけど?』って話しかけて来たのだ。
 その時に肥料の話をしたら何故か興味を持って、そのままうちの畑に棲んでいる。ミミズがいる畑は肥えるって話もしたら、土を改良してミミズを誘導してくれたり、モグラを撃退してくれていたりする。

「んんんぅ?リザ、呼んだぁ?なんか最近、畑が増えてない?」
「ドォルくん。いつもありがとう。うん、そうなの。ちょっと畑の区画整理をして、計画的に増やしているの」
「何それぇ。やっぱりリザは、やること面白いね」

 噂をしてたら、地中からドォルが顔を出した。ドォルは大きさはピュラや他の精霊さんと一緒だが、土の精霊だからか羽はみあたらない。土色の髪に長袖長ズボンの男の子だ。
「ガウっ」
「おっ、シルバー、君が頑張ったの?うんうん、土の管理は僕が見てあげるねぇ」

 そういえばエリザナおばあちゃんも他の集落の皆も精霊の姿を見ることは出来なかったし、ピュラも精霊の姿を見ることが出来る人は、知っている限り私だけだと言っていた。山脈の向こう側は行かないから知らないらしいけど。
 でも、シルバーは精霊の皆のことを見えるし、会話も出来ているんだよね……。シルバーってどうなっているんだろう?そういえばピュラも、シルバーのことは何を聞いても曖昧なことしか教えてくれないんだよね。シルバーには何かあるのだろうか?

「あー、あなたが土の精霊ね?私はリザの友達の水の精霊のスヴィーよ。あのねー、リザが水路とため池を作りたいんだってー。私が水流すからー、あなたが穴掘ったら土を固めてあげてくれるー?」
「ん?いいよ!畑もいいけど、水路を作ったらまたリザが面白いこと始めそうだしぃ。手伝ってあげるよ」

 おお!勝手になんか手伝いが決定してる!助かるけど!でもいいのかなー。こんなに精霊に手助けして貰っても。
 まあ精霊を見れる人も会話出来る人もいないんだし、他に人がいないから、いいってことなのかな?精霊の常識はどうなっているのだろうか?
 と、精霊に想いを馳せていると、緑の光る球が飛んで来て額にぶち当たった。

「あーーーー!なんか私を抜かして楽しいことしようとしてるよね?ちょっとリザ、なんで私をのけ者にするのよっ!私が一番リザと付き合いが長いのにっ!?」
 緑の光が弾けてピュラに変わると、飛びながらポカポカと私の頭を殴り出した。

「ピュラ。いや、別にのけ者になんてしてないし、面白いこともしてないよ?」
「グルゥ」
 畑を耕して、水路を作ろうとしているだけだよね?

「ね、シルバーもそう言っているでしょう?スヴィーとドォルが、水路を作るのを手伝ってくれるってことになったみたいなの。ただそれだけなのよ?」
「へー、水路をねー。うーん、ねえリザ、何か私に手伝えることはないの?」
 小川までの間の、水路を作る予定の木を伐り開いた場所の選定は、ピュラにお願いしたのにね。

「水路が終わったらお風呂を造るから、木材がたくさん欲しいの。ピュラには伐採していい木を選定して欲しいな。水に強い木材になる木がいいの。あとは果実が生る木の苗木が欲しいわ。果樹園を作りたいの!」
「ふーん。ま、いいわ。分かった、いいの探しておいてあげるわ」

 どんどんお願いを言いつのったのに、ピュラは照れて赤い顔をしてそっぽを向きながらも、そう言ってくれた。仕方ないわね、というピュラは、とてもうれしそうだ。

「わあ!ありがとう、ピュラ!」
 ピュラ、大好き!


「へえ、水路を引くんだね?ここはいい土地だ。水路を引いたらもっといい土地になるね。それに君、精霊を見れて話せるのか。そんな人とは初めて会ったよ。凄いね」
 不意に背後から掛かった声に、咄嗟に反応出来なかった。この集落で、住人以外の声を聞くなんて、精霊以外には初めてのことだった。それに声を掛けられるまで、気配を何も感じなかったのだ。

「っ!?だ、だれっ!?」

 それでもなんとか振り向くと、いつの間にかそこには一人の男性が立っていた。
 長身で細身で金髪、そして切れ長の目は緑色だ。肌や髪の色素が薄くて、顔立ちもとても整っていた。えーっとこれで耳が尖っていたりしたら……?
 それはまるで、小説を読んで憧れていたあの……。

「グルルルル……ガウゥウガっ!!」
「あ、シルバー、待ってっ!」

 私が茫然としている間に、シルバーが敵意をむき出しにして今にもとびかかろうとしている。慌てて唸って前足に力を溜めるシルバーの首に飛びついて抱き着いた。
 いくら不審者でも、いきなり飛び掛かってケガさせていい訳はない。でも、シルバーもこの人の気配に、気づいていなかったなんて。

「ふーん。あなた、エルフの血を引くのね?しかも混血なんて珍しい。相手は獣人かしら?私達のことは、見えてはいないようだけど、気配は感じているのね」

 え、ええーーーーっ!?エ、エルフ、ーーーーっ!!
 そう、見た時に連想した種族、エルフって、この世界に本当に居たのっ!?


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