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04 異世界人に振り回されてます
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執務室でロシュバルトはシランからの報告に額を抑えた。タスクが働きにいった先すべてから、使用人達の訴えがあるという。
「どうなってるんだ、シラン」
「どうもこうも、そのままでしょうな。わからないのはこの『神から祈られた』の部分でしょうか」
空から落ちてきた異世界人、タスクを保護して七日。意識を取り戻してから、働くという発言に応えて城内での仕事をやらせた結果だ。
「料理長のワースからは二点。刃物や火を使うので、危なくてとても滞在させておけない。周りの料理人達も集中を欠き失敗や怪我をする有り様。なので厨房への出入りは控えて頂きたい」
ぺらり、とシランが訴えをまとめた紙を捲る。
「メイド頭のウルミからは、労働をしている姿が虐げているように見え、精神的呵責がある。メイドやボーイ達が肩代わりしようと行動し、業務に支障が出るので家事労働は免除頂きたい。馬丁達からは、家畜の匂いがするもの、特に糞の処理などとてもさせられないーーこれは私も同感ですな」
「タスクに労働をさせるな、と周りの仕事に影響が出るということだな」
タスクが選んだところで働き、その当日には『やめさせて欲しい』と訴えがあがる。違う仕事を選んでいかせても三回連続だ。
今日は休み、ということで仕事選びは中断させている。
「訴えはわかった。肝心のタスクの仕事ぶりはどうなんだ?」
「ふむ、どこも評判自体はいいですな。真面目で熱心、自分から声を掛けに行き、汚れ仕事でも率先してやろうとする。すぐに他の者が変わってしまい、午後には仕事らしい仕事をさせられなかったようですが」
「それではタスク自身も働く甲斐が無いだろう」
「愛想も良く笑顔で接してくるので、笑いかけられた者が使い物にならなくなる、ともありますな。ここまでとなると城内の仕事は難しいかもしれません」
ひとまず働かせて適性を見ようかと考えていたが、そうも行かないようだ。
同じ場所で働き続ければ自然と為人も見えてくる。いずれ同じ職務の人間からも情報収集を行う、という目的は達せられそうにない。
「目の届く城内でこれだ。市井はますます無理だろう」
「神殿は欲しがるでしょうな。タスク様が働きに行ったところ、それ以外からも『神に祈って頂いた』という報告が多数ーー多くは通りすがりの使用人達からです」
シランの言に眉が寄る。報告の祈りの件はさっぱりだが、女神クレアシオンを彷彿とさせる美貌は信仰心を煽るのに打って付けだ。仮に神官として立てば、心酔する教徒も出るだろう。
タスク自身が望まずとも祭り上げられそうだ。
「そもそもなぜその三つを選んだんだ?落ちてくる前にその様な仕事をやってたとも思えん」
タスクは高い教育を受けていた、というのがロシュバルトの見解だ。見合った職務に就いていたとするなら、今回の選択は謎だった。
「本人に聞くのが早いか。シラン、行くぞ」
***
伝令鈴でシランがアスランに連絡を取ったところ、タスクは与えた部屋にいるらしい。
執務室からそう離れてもいない。すぐに辿り着いたシランがノックをすると間を開けずドアが開かれた。
中に踏み入り、タスク、と声を掛けようとして。
息が、止まった。
バルコニーに居たらしいタスクは日を浴びながらこちらに戻ってくるところだった。
ロシュバルトを認めた途端、目元も口元も柔らかく微笑み、そっと手を重ねながらゆっくりと膝を曲げる。
ただそれだけの動作だ。
ただそれだけ。
貴婦人達のカーテシーよりよほど簡素でさえある。
だが、それだけで目が惹きつけられて止まない。
どこまでも別格の存在である、ということが全身から表れていた。
タスク、と呟いたのか否か。
口から零れ落ちていたなら、音になっていたのか否か。
それすら分からないほどにロシュバルトは衝撃を受けていた。
「ロシュバルト様、どうかされたんですか?」
不思議そうな声音にハッとする。手も解かれ、首を傾げながらこちらを見ている。ふわりと花の香りがかすめ、咄嗟に頭も舌もうまく回らない。
「…………………………………髪を、切ったのだな」
長い間の末に出てきたのはそんな益体もない台詞だ。なのに。
「はい、ディーラさんに切って頂きました!髭も剃って頂いて、スッキリです」
「……っ」
短く切られた髪と、剃られた無精髭で尚更顔がよく見える、だけでなく。
パッと大輪の花が咲いた様に微笑むから、ロシュバルトはまた呼吸の仕方を忘れた。シランに促され、なぜその仕事を選んだのか、なんとか質問をする。
こんなに狼狽えた姿など、国主に就いた時以降、誰にも見せたことはない。混乱している中でシランの視線を感じた気もしたが、確認する余裕はなかった。
仕事の選び方として、タスクの返答は納得のいくものだった。読み書きできないなら実務を、というのは筋が通っている。だが元の世界での仕事内容を聞くに、適正だとも思えない。
興味を刺激されたシランの質問で、タスクからの回答も段々と熱を帯びてきていた。
「では、決裁者がいない場合はどうします?」
「その場合はやはり持ち帰りですね。決定的なことは言わないようにします」
できるなら、と言葉を切り、その段階で予め決裁者を同行できるよう根回しをしておきたいですね、と続けた。ただ組織が大きいほど様々な観点からチェックは必要なので、少しずつになるのは仕方ないです――その発言に、惜しいな、と感じた。
目配り気配りが細かく、また複数の視野を考えられる。法令や決裁権の一線を遵守する良識も持ち合わせ、国の官吏として十分に働ける。能力的には外国との渉外などで力を発揮しそうだった。
祈りの真相も確認し、タスクとの大きな認識齟齬となっている美的感覚をシランが告げると、タスクは俄かには信じられない様子だった。
平穏に暮らしていくことは難しい。今後不要な争乱を巻き起こすような振る舞いを避けてもらうためには、過たずその認識を持ってもらわねばならなかった。
一方で、先ほど感じた彼の能力や人柄から憐れさを覚える。元居た世界のような生き方はできないだろう。だからか、シランの言葉に閃くものを感じた。
「確かに悪くも無い、か」
頭の中で今後の流れを検証してはじき出す。差し当たって大きな問題は見当たらない。
「すぐに信頼に足る後見人を迎えるのは難しい。私の婚約者として釣り合う身分の養子先を探している、という建前で探すこともできる」
このタスク、という人間を有意義に活用できる場が設けられるかもしれない。少なくとも、文字やこの世界の教養を身に着ければ、武器として多少の自由を得られるようにできるかもしれない。
選択肢が無い、という些か酷な状況だが、最後はタスク自身からも望む言葉が出て決定となった。
婚約者として相応しい部屋を移動するよう伝え、今後の予定については決めてから別途連絡する、としてシランと執務室に引き上げた。
「ロシュバルト様、思い切りましたな」
「発端はおまえだろう」
面白そうに言うシランを睨む。本来、前国主であったロシュバルトの婚約者という立場は軽々に与えるものではない。直接的な政から退いたとはいえ、血筋や国の防衛力足る戦力といった影響力は残っている。
私は提案しただけです、と飄々としたシランの顔に、嘆息する。
「何と言うか、勿体ないと思ったんだ」
ぐしゃぐしゃと髪を搔きむしって、言葉を続ける。
「生半可な立場では、タスクの能力は腐るだけだろう。活躍する場を設けられたらいい、いや、違うな。単純に見てみたくなったんだ――タスクが活躍する場を」
話す姿を見て、思わず期待させられてしまったのだ。あの顔では、平民としては生きていけない。
貴族の元に行くのなら、美貌の他は家力も後ろ盾も持ち合わせていない男だ。囲い込まれて、館からも一生出られない生活が順当だろう。
諍いを起こさせないという点では、それが確実だ。
だがそれでは、タスク自身の人生はそこまでだ。自由も無く、あの活き活きとした姿は色を失うだろう。
籠の中の鳥として腐らせるには勿体ない。率直にそう感じさせられた。
「相変わらず甘いな、俺は。これだから国主など向かなかったのだ」
「何をおっしゃる。十二分に務めを果たされていましたよ」
最後は些か問題でしたが、と揶揄されて渋面を作る。普段は表情に出さないようにしているロシュバルトだが、シラン相手だとすぐ崩れてしまうし、諦めてもいる。祖父のような眼差しで見られていると自覚しているから、取り繕う気もあまり起きないのだ。
「籠の中の鳥ではなく、自由に飛んでいける力を身につけさせるには周りからの助力も必要です。私も一助となりましょう。ロシュバルト様も一度手を出したからには、最後まで面倒を見る心積もりでいらして下さい」
そうにっこりと告げるシランに、ロシュバルトは無論、と了承の意を返した。
「どうなってるんだ、シラン」
「どうもこうも、そのままでしょうな。わからないのはこの『神から祈られた』の部分でしょうか」
空から落ちてきた異世界人、タスクを保護して七日。意識を取り戻してから、働くという発言に応えて城内での仕事をやらせた結果だ。
「料理長のワースからは二点。刃物や火を使うので、危なくてとても滞在させておけない。周りの料理人達も集中を欠き失敗や怪我をする有り様。なので厨房への出入りは控えて頂きたい」
ぺらり、とシランが訴えをまとめた紙を捲る。
「メイド頭のウルミからは、労働をしている姿が虐げているように見え、精神的呵責がある。メイドやボーイ達が肩代わりしようと行動し、業務に支障が出るので家事労働は免除頂きたい。馬丁達からは、家畜の匂いがするもの、特に糞の処理などとてもさせられないーーこれは私も同感ですな」
「タスクに労働をさせるな、と周りの仕事に影響が出るということだな」
タスクが選んだところで働き、その当日には『やめさせて欲しい』と訴えがあがる。違う仕事を選んでいかせても三回連続だ。
今日は休み、ということで仕事選びは中断させている。
「訴えはわかった。肝心のタスクの仕事ぶりはどうなんだ?」
「ふむ、どこも評判自体はいいですな。真面目で熱心、自分から声を掛けに行き、汚れ仕事でも率先してやろうとする。すぐに他の者が変わってしまい、午後には仕事らしい仕事をさせられなかったようですが」
「それではタスク自身も働く甲斐が無いだろう」
「愛想も良く笑顔で接してくるので、笑いかけられた者が使い物にならなくなる、ともありますな。ここまでとなると城内の仕事は難しいかもしれません」
ひとまず働かせて適性を見ようかと考えていたが、そうも行かないようだ。
同じ場所で働き続ければ自然と為人も見えてくる。いずれ同じ職務の人間からも情報収集を行う、という目的は達せられそうにない。
「目の届く城内でこれだ。市井はますます無理だろう」
「神殿は欲しがるでしょうな。タスク様が働きに行ったところ、それ以外からも『神に祈って頂いた』という報告が多数ーー多くは通りすがりの使用人達からです」
シランの言に眉が寄る。報告の祈りの件はさっぱりだが、女神クレアシオンを彷彿とさせる美貌は信仰心を煽るのに打って付けだ。仮に神官として立てば、心酔する教徒も出るだろう。
タスク自身が望まずとも祭り上げられそうだ。
「そもそもなぜその三つを選んだんだ?落ちてくる前にその様な仕事をやってたとも思えん」
タスクは高い教育を受けていた、というのがロシュバルトの見解だ。見合った職務に就いていたとするなら、今回の選択は謎だった。
「本人に聞くのが早いか。シラン、行くぞ」
***
伝令鈴でシランがアスランに連絡を取ったところ、タスクは与えた部屋にいるらしい。
執務室からそう離れてもいない。すぐに辿り着いたシランがノックをすると間を開けずドアが開かれた。
中に踏み入り、タスク、と声を掛けようとして。
息が、止まった。
バルコニーに居たらしいタスクは日を浴びながらこちらに戻ってくるところだった。
ロシュバルトを認めた途端、目元も口元も柔らかく微笑み、そっと手を重ねながらゆっくりと膝を曲げる。
ただそれだけの動作だ。
ただそれだけ。
貴婦人達のカーテシーよりよほど簡素でさえある。
だが、それだけで目が惹きつけられて止まない。
どこまでも別格の存在である、ということが全身から表れていた。
タスク、と呟いたのか否か。
口から零れ落ちていたなら、音になっていたのか否か。
それすら分からないほどにロシュバルトは衝撃を受けていた。
「ロシュバルト様、どうかされたんですか?」
不思議そうな声音にハッとする。手も解かれ、首を傾げながらこちらを見ている。ふわりと花の香りがかすめ、咄嗟に頭も舌もうまく回らない。
「…………………………………髪を、切ったのだな」
長い間の末に出てきたのはそんな益体もない台詞だ。なのに。
「はい、ディーラさんに切って頂きました!髭も剃って頂いて、スッキリです」
「……っ」
短く切られた髪と、剃られた無精髭で尚更顔がよく見える、だけでなく。
パッと大輪の花が咲いた様に微笑むから、ロシュバルトはまた呼吸の仕方を忘れた。シランに促され、なぜその仕事を選んだのか、なんとか質問をする。
こんなに狼狽えた姿など、国主に就いた時以降、誰にも見せたことはない。混乱している中でシランの視線を感じた気もしたが、確認する余裕はなかった。
仕事の選び方として、タスクの返答は納得のいくものだった。読み書きできないなら実務を、というのは筋が通っている。だが元の世界での仕事内容を聞くに、適正だとも思えない。
興味を刺激されたシランの質問で、タスクからの回答も段々と熱を帯びてきていた。
「では、決裁者がいない場合はどうします?」
「その場合はやはり持ち帰りですね。決定的なことは言わないようにします」
できるなら、と言葉を切り、その段階で予め決裁者を同行できるよう根回しをしておきたいですね、と続けた。ただ組織が大きいほど様々な観点からチェックは必要なので、少しずつになるのは仕方ないです――その発言に、惜しいな、と感じた。
目配り気配りが細かく、また複数の視野を考えられる。法令や決裁権の一線を遵守する良識も持ち合わせ、国の官吏として十分に働ける。能力的には外国との渉外などで力を発揮しそうだった。
祈りの真相も確認し、タスクとの大きな認識齟齬となっている美的感覚をシランが告げると、タスクは俄かには信じられない様子だった。
平穏に暮らしていくことは難しい。今後不要な争乱を巻き起こすような振る舞いを避けてもらうためには、過たずその認識を持ってもらわねばならなかった。
一方で、先ほど感じた彼の能力や人柄から憐れさを覚える。元居た世界のような生き方はできないだろう。だからか、シランの言葉に閃くものを感じた。
「確かに悪くも無い、か」
頭の中で今後の流れを検証してはじき出す。差し当たって大きな問題は見当たらない。
「すぐに信頼に足る後見人を迎えるのは難しい。私の婚約者として釣り合う身分の養子先を探している、という建前で探すこともできる」
このタスク、という人間を有意義に活用できる場が設けられるかもしれない。少なくとも、文字やこの世界の教養を身に着ければ、武器として多少の自由を得られるようにできるかもしれない。
選択肢が無い、という些か酷な状況だが、最後はタスク自身からも望む言葉が出て決定となった。
婚約者として相応しい部屋を移動するよう伝え、今後の予定については決めてから別途連絡する、としてシランと執務室に引き上げた。
「ロシュバルト様、思い切りましたな」
「発端はおまえだろう」
面白そうに言うシランを睨む。本来、前国主であったロシュバルトの婚約者という立場は軽々に与えるものではない。直接的な政から退いたとはいえ、血筋や国の防衛力足る戦力といった影響力は残っている。
私は提案しただけです、と飄々としたシランの顔に、嘆息する。
「何と言うか、勿体ないと思ったんだ」
ぐしゃぐしゃと髪を搔きむしって、言葉を続ける。
「生半可な立場では、タスクの能力は腐るだけだろう。活躍する場を設けられたらいい、いや、違うな。単純に見てみたくなったんだ――タスクが活躍する場を」
話す姿を見て、思わず期待させられてしまったのだ。あの顔では、平民としては生きていけない。
貴族の元に行くのなら、美貌の他は家力も後ろ盾も持ち合わせていない男だ。囲い込まれて、館からも一生出られない生活が順当だろう。
諍いを起こさせないという点では、それが確実だ。
だがそれでは、タスク自身の人生はそこまでだ。自由も無く、あの活き活きとした姿は色を失うだろう。
籠の中の鳥として腐らせるには勿体ない。率直にそう感じさせられた。
「相変わらず甘いな、俺は。これだから国主など向かなかったのだ」
「何をおっしゃる。十二分に務めを果たされていましたよ」
最後は些か問題でしたが、と揶揄されて渋面を作る。普段は表情に出さないようにしているロシュバルトだが、シラン相手だとすぐ崩れてしまうし、諦めてもいる。祖父のような眼差しで見られていると自覚しているから、取り繕う気もあまり起きないのだ。
「籠の中の鳥ではなく、自由に飛んでいける力を身につけさせるには周りからの助力も必要です。私も一助となりましょう。ロシュバルト様も一度手を出したからには、最後まで面倒を見る心積もりでいらして下さい」
そうにっこりと告げるシランに、ロシュバルトは無論、と了承の意を返した。
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