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第5話 婚約者が好きなのは義妹-2
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これは、まれにある話だった。
魔術分離症という病気で、原因はわかっていないがそのまま魔術が使えなくなる人が大半だが、すぐに回復する場合もある。
どうするか決めるまでの間、その病気のふりをしようと決めていた。
魔術が使えないというのは致命的だけれど、少しの間だけならきっと待っていてくれると信じて。
「構成が霧散……それは」
「あっ。でも、爆発に驚いたためなので、きっと一時的なものだと思うのです……」
優しい彼をだますことに後ろめたさを感じ目を伏せると、頭に鋭い痛みが走った。
「この魔力をたたえた美しい髪の毛は、ただの髪の毛に成り下がってしまったのだな。残念だ」
信じられないことに、ぞっとするほど冷たい目で、ハインリヒが私の髪の毛を引っ張っていた。
ぶちぶちと髪の毛が切れる音が聞こえる。
「いたっ……ハインリヒ様……っ」
「魔術があるから魔力が美しいのだ。君にはがっかりしたよ」
「いたいですっ。おやめください」
何が起こったかわからないまま、引っ張られる髪の毛を庇おうと頭に手を伸ばす。
もがく手を煩わしそうにしたハインリヒは、無造作に髪の毛を離し、私はそのまま床に倒れ込んだ。
頭がずきずきと痛み、自然と涙が溢れてくる。
「ハインリヒ様……どうして」
「どうして? 私が君と婚約していたのは、君の魔術の能力に期待してだ。それがないのであれば、君はただの侯爵令嬢でしかない」
「で、でも……治るかもしれませんし、好きだって言ってくれたのに……」
「好きなのは魔術が使える君だ。魔術分離症は治る可能性がかなり低い。君との婚約は解消しよう。まあ正式発表もまだだったが、今となっては良かったかもしれないな。……もし魔術が使えるようになったら、また来てくれ」
「そんなこと……」
「そもそも、カノリアの魔力がもう少し高かったら君とは婚約にならなかった。カノリアと会うのに君は都合が良かったが、彼女はその事にも傷ついていた」
「どうしてここでカノリアの名前が……?」
「私はカノリアの事が好きなんだ。……魔術がなければ君などと一緒にいるはずがない。だが膨大な魔力は魅力的だったから君と婚約した。無駄な時間を過ごしてしまい、残念だ」
ハインリヒは冷たく言い放ち、私の事を見もせずにそのまま去っていった。
床に倒れたまま、私は信じられない気持ちで、彼の背中が遠ざかっていくのを見た。
いつも髪の毛を優しくなでてくれたのは、髪の毛には魔力が宿るからだった。
彼が好きだったのは、私の魔力だったんだ。
いや、そもそも彼が好きなのは私の義妹のカノリアだったみたいだ。
信じたくない気持ちと、ふたりの仲のよさそうな会話が思い出され、本当なのかもしれないという気持ちがぐるぐるとする。
ずきずきと痛む頭が、これが現実だと教えていた。
ハインリヒの愛情を、信じていた。
魔力の多さで婚約者候補に選ばれたとはいえ、いい関係を築きたいと言ってくれていたのに……。
きっと本当は魔術が使えると言えば、彼は喜んで私の事を受け入れるだろう。
以前の私とは比べ物にならない強い魔術だ。
……でも、それでは前世と変わらない。
前世のように利用されて、捨てられる。
ハインリヒには私に対する愛情などないのだから。
私は冷えた心で考えた。
魔術を使って大事にされるが利用されるのか、魔術を使わないでゴミみたいに扱われるのか。
前世を思い出した時とは別の絶望が私を襲った。
今度こそ、騙されたりしない。
誰も信じないで、頼らないで、自分の力だけで生きていく。
自分だけの為の人生を手に入れる。
冷たい床が前世の最後のようで、私は必ずそうすると決意した。
魔術分離症という病気で、原因はわかっていないがそのまま魔術が使えなくなる人が大半だが、すぐに回復する場合もある。
どうするか決めるまでの間、その病気のふりをしようと決めていた。
魔術が使えないというのは致命的だけれど、少しの間だけならきっと待っていてくれると信じて。
「構成が霧散……それは」
「あっ。でも、爆発に驚いたためなので、きっと一時的なものだと思うのです……」
優しい彼をだますことに後ろめたさを感じ目を伏せると、頭に鋭い痛みが走った。
「この魔力をたたえた美しい髪の毛は、ただの髪の毛に成り下がってしまったのだな。残念だ」
信じられないことに、ぞっとするほど冷たい目で、ハインリヒが私の髪の毛を引っ張っていた。
ぶちぶちと髪の毛が切れる音が聞こえる。
「いたっ……ハインリヒ様……っ」
「魔術があるから魔力が美しいのだ。君にはがっかりしたよ」
「いたいですっ。おやめください」
何が起こったかわからないまま、引っ張られる髪の毛を庇おうと頭に手を伸ばす。
もがく手を煩わしそうにしたハインリヒは、無造作に髪の毛を離し、私はそのまま床に倒れ込んだ。
頭がずきずきと痛み、自然と涙が溢れてくる。
「ハインリヒ様……どうして」
「どうして? 私が君と婚約していたのは、君の魔術の能力に期待してだ。それがないのであれば、君はただの侯爵令嬢でしかない」
「で、でも……治るかもしれませんし、好きだって言ってくれたのに……」
「好きなのは魔術が使える君だ。魔術分離症は治る可能性がかなり低い。君との婚約は解消しよう。まあ正式発表もまだだったが、今となっては良かったかもしれないな。……もし魔術が使えるようになったら、また来てくれ」
「そんなこと……」
「そもそも、カノリアの魔力がもう少し高かったら君とは婚約にならなかった。カノリアと会うのに君は都合が良かったが、彼女はその事にも傷ついていた」
「どうしてここでカノリアの名前が……?」
「私はカノリアの事が好きなんだ。……魔術がなければ君などと一緒にいるはずがない。だが膨大な魔力は魅力的だったから君と婚約した。無駄な時間を過ごしてしまい、残念だ」
ハインリヒは冷たく言い放ち、私の事を見もせずにそのまま去っていった。
床に倒れたまま、私は信じられない気持ちで、彼の背中が遠ざかっていくのを見た。
いつも髪の毛を優しくなでてくれたのは、髪の毛には魔力が宿るからだった。
彼が好きだったのは、私の魔力だったんだ。
いや、そもそも彼が好きなのは私の義妹のカノリアだったみたいだ。
信じたくない気持ちと、ふたりの仲のよさそうな会話が思い出され、本当なのかもしれないという気持ちがぐるぐるとする。
ずきずきと痛む頭が、これが現実だと教えていた。
ハインリヒの愛情を、信じていた。
魔力の多さで婚約者候補に選ばれたとはいえ、いい関係を築きたいと言ってくれていたのに……。
きっと本当は魔術が使えると言えば、彼は喜んで私の事を受け入れるだろう。
以前の私とは比べ物にならない強い魔術だ。
……でも、それでは前世と変わらない。
前世のように利用されて、捨てられる。
ハインリヒには私に対する愛情などないのだから。
私は冷えた心で考えた。
魔術を使って大事にされるが利用されるのか、魔術を使わないでゴミみたいに扱われるのか。
前世を思い出した時とは別の絶望が私を襲った。
今度こそ、騙されたりしない。
誰も信じないで、頼らないで、自分の力だけで生きていく。
自分だけの為の人生を手に入れる。
冷たい床が前世の最後のようで、私は必ずそうすると決意した。
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