デッドエンド・ウェディング

うてな

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29 ブラックダイヤモンド:征服

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――僕がまだ幼い頃。僕の母さんが行方不明になった。
父さんと二人きりになってしまった。僕も父さんも母さんが大好きだったから、二人で沢山泣いた事をよく覚えている。

いつも父さんは仕事を頑張って、その合間に母さんを探してくれている。僕とも沢山遊んでくれたけど、子供の僕でも父さんは頑張りすぎているとわかった。父さんは常に疲れていた。
でも僕は、父さんを止められない。疲れを癒す事もできない。
愛に飢えていた父さんは、僕を沢山愛してくれた。…愛してくれた。

けれど僕は、そんな父さんが怖かった。

棚や壁に、形や種類が多彩なナイフや鞭。テレビの横には、カメラとビデオ。ベッドの下の黒い絨毯に、薄ら見える血痕。拷問道具が並ぶ部屋の中、二人ベッドの真っ白なシーツだけが存在感を放った。

ここは父さんと僕の部屋。父さんは僕を愛したくなると、決まって僕をこの部屋へ連れた。
父さんは不気味な笑みを浮かべていて、楽しそうにしている。僕はただただ怖かった。声は掠れ、恐怖で表情はぐしゃぐしゃだった。

「ヤダ…!やめて父さん、痛いのはイヤ…!」

「可愛いよ綺瑠…!帰りが遅くなってごめんね?お返しに、沢山愛してあげるからね?」

「嫌だ…!別の事しよ…うよ…。ねぇ…父さん…!」

僕が逃げ出そうとしても、父さんはそれを許さなかった。僕をベッドに寝かせ、コレクションの中から一つナイフを取り出す。それを向けられるものだから、思わず僕は「ひっ」と声を詰まらせた。

「私はね、綺瑠の傷や鮮血を見るととっても幸せな気分になるんだ…。綺瑠の色んな顔が見たいんだよ、私は。わかってくれるよね?綺瑠。」

わからなかった。僕は痛くて不幸になるのに、父さんは幸せになるのが。
でも僕は恐怖で声が出なかった。ナイフで肌を切られると、不思議な事に詰まらせていた喉が一気に開放された。

「いやああああっ!!」

僕の悲痛の叫びとは裏腹に、父さんは不気味で嬉しそうな笑いを発する。真っ白なシーツが、僕の血色に染まる。

抵抗した。たった四歳の男の子の抵抗では、大人の父さんを振り切れない事もわかってる。
だけど抵抗するしかなかった。痛かった、苦しかった。大好きな父さんが、普段はあんなに優しい父さんが、こんな恐ろしい事をしだすだなんて。僕は信じられない気持ちと、苦痛のせいで狂っていった。

父さんは暫く楽しんだ後、僕を愛らしく抱きしめた。僕の意識は飛んでおり、遠く呆然としている。もう声を発する事もなく、抵抗もしなかった。

「あぁ綺瑠…私の可愛い綺瑠。愛しているよ。」

僕は優しい父さんだけが欲しかった。怖い顔をした父さん、視界に入る未知の道具、血に染まる僕。
優しい父さんだけでいいから…それ以外は目を瞑った。





…『僕』が生まれたのは、父さんの【愛】が原因だった。『彼』の心を護る為に生まれた僕。僕達はいつまでも一つに戻る事は出来ない。――





それらを思い返していたのは、裏の綺瑠。綺瑠は自身の部屋のベッドに横たわり、過去の事を思い出していた。天井を見上げ、綺瑠は思う。

(普通の愛…か。)

綺瑠は寝返りを打つと、更に考えた。

(僕達は、みんなの言う普通の愛を知らない。それは父さんの愛を回避してきた、『彼』も同じ。
家に帰って、晩御飯を作りながら父さんを待ってる『彼』。父さんが帰ってきたらまず、ギュッと抱きついて「おかえり」と言う。気分が悪くない日は口付けをして、ご飯にするか風呂に入るか聞く。一緒に風呂に入って、寝て、それが普通だと思っていた。
…でも、璃沙達も含めみんな、それはは変だと言った…。彼はみんなの『普通』を受け入れようとしているんだね。でも、難しいんだよね。)

そう思いつつ、部屋の壁をジッと見つめる。暫く何も考えずにいると、綺瑠は再び天井を見上げて思った。

(美夜を振って…何を考えているんだ『彼』は。僕は本気で美夜の事が好きなのに…、好きなのに…。)

同時に、今日の璃沙の言葉を思い出す。

――「確かにお前はガキっぽくて生意気だけど、嫌いじゃない。」――

それを思い出すと、綺瑠は眉を潜めた。自身の両腕で身体を包むようにすると、じっとして考え事。

(こんな僕が誰かに愛されるなんて。美夜だけだと思ってた。)

そう思いつつ、壁を冷静に眺める綺瑠。

(だからって美夜から心が離れる訳ではないけれど。…嫌いな女が僕の事を好きだなんて。)

すると綺瑠は、表の自分が今日璃沙と遊んでいた事を思い出す。表の綺瑠の楽しそうな声が、裏の綺瑠の脳裏を横切った。裏の綺瑠の冷たい心とは違う、温度差のある温かい心。それを感じると、綺瑠は悩んだ様子で眉を潜め困ってしまう。

(…僕って、本当に璃沙が嫌いなのかな…?)

暫く考えたが、裏の綺瑠にもわからないのか頭を掻きむしった。それからぐったりすると、目を閉じて思う。

(わからないから寝よう。)





次の日。白原家のみんなは食卓を囲んでいた。
昨晩の事から璃沙と広也と進也は、綺瑠と美夜の様子を伺っていた。美夜も綺瑠の様子を気にしている様だったが、綺瑠はいつも通りだった。美味しそうに朝食を食べる綺瑠に、美夜が話しかけた。

「綺瑠さん、今日二人でどこか出かけませんか?」

それを聞いた綺瑠は、目を丸くしてから考える。そして笑顔で答えた。

「せっかくの休日なんだからさ、みんなで行こうよ!」

いつもは美夜とのデートは即OKを出すのだが、そうではなくなった事に美夜は驚いた様子だった。他の三人も驚いたのか、璃沙と広也は思った。

(前なら美夜との時間を真っ先に優先したはずだ…。)

(みんな横並びになっちまったなぁ…)

美夜は次に無理に笑みを見せて言う。

「そ、そうですね。」

それを見かねた進也は、我慢できない表情をして言った。

「綺瑠、寒いからぎゅーってして欲しいっすよ!」

そう言われた綺瑠は目を丸くして、席を立とうとした。両手も進也の方に伸ばしていたが、すぐにやめて困った顔。

「ごめん、それはできないかな。広也にしてもらって。」

すると広也は怒りの表情。

「アァン!? なんでオレ様が抱きつかないといけないんだッ!」

「わかったっす!」

そう言って進也は、広也に抱きついた。広也は鬱陶しいのか、進也を引き剥がそうとするが引き剥がせない。それどころか進也はド怪力なのだ。締め付けられて苦しいのか広也の顔は真っ青になっていった。広也は掠れた声を出す。

「オレ様じゃなくてテメェが抱きついてどうする…」

すると進也は目を丸くして離れた。

「確かにそうっすね!でももうどうでもいいっす!」

そう言って再び進也は広也に抱きついた。璃沙はそれを眺めており、思うところがあるのかつい俯いてしまう。

(いつもなら、喜んで抱きつくのに、言われなくても抱きついてくるのに…。私があんな事言ったからか…?)

璃沙は罪悪感を感じつつも綺瑠を見た。綺瑠は進也と広也を見て羨ましそうにしている。自身も抱きしめる手が出そうになるが、それを必死にこらえていた。

(滅茶苦茶したそうだな…!)

璃沙は思わず心の中で思ってしまう。綺瑠は我慢を決め込んだのか、朝食を頬張った。さっきまで美味しそうに食べていた表情は、どこか不貞腐れたような表情になっている。璃沙はそれにイライラを感じてしまう。

(別に進也と広也くらい抱きしめても、美夜は嫉妬しないだろ…!ここまで露骨にやめられたら逆に心配になるし…!)

「綺瑠、進也くらい抱きしめても平気じゃないか?美夜も嫉妬したりしないだろ。」

璃沙が思わず口に出してしまうと、一同はその言葉に反応。しかし綺瑠だけ反応なしで、不貞腐れた表情のまま言った。

「…父さんは、僕が他の親族にくっつくだけで嫉妬してた。」

(ヤンデレサイコ親父と美夜を一緒にするなッ!)

璃沙はそう思っていたが、口には出さないでいた。

(危ない危ない、こういうのは美夜本人が言う言葉だ。)

璃沙は美夜の方を見ると、美夜は共感した表情。美夜はみんなが思う以上に独占欲の強い女だった。思わず璃沙はポカンとしてしまう。

(まさか美夜、進也でも嫉妬する…?)

それらを見ていた広也は、呆れて溜息をつくのであった。
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