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3章 即興間奏
第37音 頭髪上指
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【頭髪上指】とうはつじょうし
激怒して髪の毛が逆立つ事。
============
女湯ではさっきのアールの「ひっ」と言う声について話していた。
「さっきのちっさい悲鳴、一体なんでしょ。
隣で何かやってるのかしら?誰の声だと思うー?」
シナが聞くと、ノノは言った。
「誰でもいいじゃろ」
しかしリートは真面目な表情で言った。
「良くないわっ、ノノ!これは知るべき」
「そうかの?」
リートの反応に、思わずシナは苦笑い。
(絶対BL展開狙ってる…)
リートは恐る恐る壁の近くまで来る。
リートはお湯を出ると、体の下半身が人魚の尻尾になっていた。
そう、リートは人魚なのだ。
リートは壁を見つめると、壁に小さな穴がある事に気づいた。
「あれ?こんなのあった?」
「なになに?」
と、シナはリートの元へ向かうのであった。
男湯では、テノが穴を覗く瞬間だった。
「さあ、覗くぜ」
すると、微妙に差す光で綺麗な青い瞳が見える。
その優しそうな目は、まるでリートのもの。
女湯でも隣の男湯を覗いてみるリート。
異性の風呂を覗くだなんて緊張する。
しかし、その先に自分の求めるものがあるのであればと、
リートは鼓動をおさえつけてサッと覗いた。
その先にはカッとした桃色の瞳が見える。
多分その活発気な目つき的には、テノのものだと思われる。
二人は同時に驚いて、その穴から離れた。
リートがいきなり動いたのでシナも驚く。
「なんだよ今のッ」
とテノ。
「誰か覗いてるっ」
と涙目なリート。
シナは怒りがこみ上げた。
「なんですって!?」
そう言って穴を覗いた。
男子一同はテノの話を聞いているようだ。
「女湯は…目があった。目。」
テノが言うと、シナは穴に向かって言った。
「アンタ等なに覗こうとしてんのよっ!」
しっかり穴に向かって言ったので、男湯に声が響く。
覗き組は驚き、謝罪の言葉を言っていた。
一方ダニエルは笑顔でアールを見ながら、
「可愛わよねぇ~ラムと並ぶと小さくて~」
と言いながらアールの胸辺りをちょんと指で押す。
アールはビクッとしてラムを盾にする。
「おい、アールが嫌がってるだろ。」
ラムが真顔で言うと、ルネアは笑った。
ダニエルはつまらなそうな顔をして言う。
「この子年上にはあまり口聞かないもん~。
苦手なのか…
あ!好きなんだわ!あら嬉し~」
アール慌てつつ言葉を詰まらせる。
「そ…違…」
しかし言いきれていない。
ダニエルはその言葉を阻むように言った。
「いいのよ。いいのよ言わなくて。
あなたは本当にシャイなんだからぁ~。全く惚れちゃうわ~もぅ誘ってるの~?」
「いいえ。」
アールはそこだけはっきり言った。
ダニエルはクスクス笑う。
「わかってるわよ。ちょっとからかっただけ。」
その言葉に、アールがは安心していると、
「可愛いんだから~」
とまたダニエルは言う。
それにアールはガタガタを震えるので、ラムは困った顔をして言った。
「勘弁してやれ。」
一方覗き男子は一同、穴の前で正座をしていた。
ちなみにテノだけは胡座である。
シナの説教を受ける一同。
シナは児童園初めの子供であり、
更には年もそれなりに上なので、児童園の中では権力があるみたいだ。
「て言うか!さっきの変な声のせいで
リートが気になっちゃったんだから!誰よ!」
シナが言うと、男は素直に「ラム」と言った。
「ラム!こっちに来なさい!」
ラムは仕方ないと思いつつ行こうと思ったが、アールがラムを止めた。
「アール?」
「すまない。…私が行く。」
そう言って、アールは穴の前まで来てからこう言った。
「シナ、さっきの声は私だ。」
「バリカン!?」
シナは少し驚いていた。
周りの男も『アール!?』と大げさそうだが、言葉も綺麗にハモっている。
シナが何か言おうとすると、レイが穴を覗く。
「許さないアールさん…」
レイが言うと、アールは内心冷や汗ながらも穴を覗いた。
するとテノは言う。
「アールが覗いたッ!」
覗いた先はレイが顔を見せており、レイはなんだか不機嫌。
アールは何も言う事がなく黙っている。
レイは言った。
「アールさん。ちょっとここから離れてみて?」
そう言われたので、素直に一歩ずつ下がっていくアール。
男達は「どした?」と聞くが無視。
「ストップ」
レイの言う声にアールは足を止める。
男達は眉を潜めて言った。
「誰の声?」
どうやらレイは無口な為、男子たちは声を知らないようだ。
シナは目を丸くして呟く。
「レイちゃんの声、まともに聞くの初めてかも。」
すると、男達はすぐに食いついた。
「新入生!?」
「可愛い声だな」
「胸デカイから見てみたい」
そう言って盛り上がっていた。
アールはその場で止まっている。
レイはアールの体を鑑賞しているようだ。
するとテノはアールを見て、隣の男に「おいッ」と指示を出した。
隣の男は「おう!」と笑顔で応答する。
そして、アールの腰に巻いていたタオルを奪う。
周りの男は大爆笑なのだが、ルカはとても不穏そうにしてダニエルの方まで逃げる。
ルネアは目を丸くした。
「わーお、ひっど」
ラムはそれに失心してお湯に沈みそうになる。
それをダニエルは助けながらも、男子達を見ていた。
「ちょっとあの子達やりすぎよ。隣で女の子も見てるんでしょ?」
レイは思わず口を塞いでクスッとした。
シナは様子がわからないので見たかったが、レイに話し慣れていないので言い出せずにいた。
(笑われた…。
悔しい。)
アールは真顔でしゃがみ、タオルを奪った男の頭を掴んだ。
驚いた相手は、咄嗟にタオルを返そうとしたが落としてしまう。
アールは落ちたタオルを見ている。
男は震えていて、何故かルカも震える。
するとテノはアールの元へやってきて、肩を掴んだ。
「アルにゃんやめろッ」
「喧嘩はしないぞ。」
それに怒ったテノは、アールの肩を強く握る。
「んじゃなくてよォ…。タオル取った俺等も悪かったでもなァ。
コイツは頭に傷があんだよッ!そんな掴んだら酷くなんだろ!」
思わぬ事実に、ルネア達は思わず『えぇーっ?』と声が出る。
怪我している本人は、頭を抑えつつうずくまっている。
確かによく見ると傷があり、どのくらい掴んだのか、血が少し出てきていた。
アールは少し眉を潜める。
血を見るといつも心臓がドキッと跳ね上がる。
怖い訳でもないのにそうなるのだ。
「…そんな事知るか。」
アールは視線を逸らして、テノに言う。
相手の反省の無さにテノは怒りを覚えた。
「ああッ!?謝んねぇのかよッ!」
そう言ってアールを殴ろうとする。
しかしアールはそれを受け止めた。
「しつこいぞ。」
しかしテノは止めようとしない。
ツウは冷静に言う。
「テノはすぐ手が出るからね」
テノはアールの腹を思い切り殴った。
「ぐっ…」
アールはテノのその手を持って離す。
「少し…力が強くなった…か?」
「おうよ。伊達に旅してきた訳じゃねぇッ」
するとアールは顔を上げて呟いた。
「…喧嘩、喧嘩しよう。」
周りの男は『えぇっ!?』と恐怖状態になる。
テナーはお手上げ状態らしく、湯船に浸かった。
ちなみに女湯では、レイが男湯の様子を観察していた。
「久しぶりにやる気出たのか?」
嬉しそうにテノが言うと、アールは表情を暗くしながらも言う。
「…最近歌っても気が晴れない。」
その言葉に、ルネアは思わず苦笑した。
(僕やレイさんのせいかな…?)
周りの男も流石に不味いと思ったのか止めに入る。
「やめろよ!」
「オメェ等そこで見てろッ!」
テノが言い、アールは男達を冷ややかな目で睨みつけた。
テノの威勢はまだいいものの、前にボコされた経験のあるアールに睨まれると気が引ける。
「昔が戻ってきた感じで怖い。何でテノ帰ってきたの~ん!」
と涙目でルカは言った。
それに対してツウは言った。
「て言うか二人一緒にさせるのが駄目なんだよ。
あの二人昔から仲が悪かったんだから」
ダニエルはさっきから黙って二人を見ていた。
二人が喧嘩を始めようと一歩出たその時だった。
「お前達いい加減にしないかっ!!」
と、野太く低い声で叫んだのはダニエルだった。
驚く程男らしい声に、空気は静まり返る。
その表情は真剣其の物で、真っ直ぐ二人を睨みつけている。
ダニエルの声に二人はビクッと反応する。
勿論ダニエルの気迫にみんな負けていたが、喧嘩上等な二人が静まり返ったのはルネアでも驚きだった。
ダニエルは湯から出て二人を風呂の外へ引っ張り連れて行く。
二人は抵抗する事もなく連れて行かれてしまった。
風呂場に更に静けさが戻る。
そこで、ルカは傷口が開いた男に話しかける。
「大丈夫か?手当しよ?」
すると呆然としていたツウも我に戻ると言った。
「ダニエルって怒ると怖いんだよね。昔も二人が大喧嘩した時に止めてたの思い出した。
アールの虐めっ子ボコボコ事件の時も、ダニエルが止めてくれなきゃ被害は拡大していたって話。」
とルネアに説明してくれた。
「え…」
ルネアは今までの優しい雰囲気のダニエルから、別のイメージへと変貌する。
ツウは笑って言った。
「大丈夫!今まで怒ったのあの二人くらいしかいないし、
こんなに怒鳴ったの目の前で見たの初めてだし」
「そう…なんだ」
(二人は大丈夫かな…!?)
と、逆に二人を心配し始めた。
そこにルカがやってきて言う。
「アールって物静かで野蛮にはとても見えないけど、
いきなり火ついて周りが見えなくなるんだよなぁ」
ルネアはアールがいきなり睨んだりするのも、そのせいなのではと考える。
(ふ…不良っぽい…!)
と、ルネアはガタガタ震える。
暫くすると風呂の扉が開き、アールとテノが帰ってきた。
アールは浴室の隅で体育座りで塞ぎ込んだ。
テノはアールの真逆位置で同じ体制。
そこにダニエルが入ってくる。
みんなの背筋が一気に伸びる。
ダニエルはみんなの視線に、眉を困らせた。
「あら~そんな化け物でも出たみたいに~
酷いわみんな~私だって怒りたくないわよ~」
ダニエルはそう言って湯に浸かった。
みんなが震えるのはそれもそのはず、
感情的になってもすぐに元に戻るはずのアールが隅でずっと震えているという事と、
怖い物無しのテノが怯え震える。
ある意味、制する事のできないような二人をここまで怯えさせるのは至難の業だ。
アールがダニエル相手に言葉につまる理由が、ルネアにはわかった気がする。
「何で大人しくしてくれないのかしら~」
ダニエルはつい愚痴を零すように言う。
それに二人はギクッと反応し、再び震えだす。
ツウは笑いながらダニエルに言った。
「やめてあげなよ」
「あら。あの子達がもう少し大人になったらね」
ダニエルはそう言って溜息をついた。
すると、風呂の扉がいきなり開く。
なんと入ってきたのはレイ。
男全員驚いていると、レイはアールに近寄る。
「アールさん…大丈夫?部屋に行きましょう」
と言って彼を連れて行こうとしたが、アールは伏せているまま動かない。
ダニエルはそれを気にかけて、レイに言った。
「手伝いましょうか?」
しかしレイは黙っていて、返事をくれなかった。
「あの子も無愛想」
ダニエルは下を向く。
すると、アールはサッと立ち上がった。
少し顔は青ざめていたが、そのまま風呂を出ていく。
レイはその後をついて行った。
男達は二人の関係性を考えていた。
「言いすぎたかしら…」
ダニエルがふと言う。
「丁度いいくらいじゃない?」
ツウはそう言ったが、ダニエルは困った表情のままだった。
ダニエルは続けて言った。
「テノは立ち直り早いしすぐ忘れるからいいんだけど、
アールはちょっと気にしすぎなところあるから…、意外とハートがガラスなのかもしれないわ…」
それに追い打ちをかけるつもりではなかったが、ルネアは真顔で言う。
「しかも弱みを誰にも言わないんですもんね…。
それは貯めてしまいますよ、負のスパイラル」
その言葉にダニエルはショックを受けてしまう。
「私ってあの子にとって、トラウマ的存在なのかもしれないわ…」
それを聞くと、ツウは満面の笑みで思う。
(元から…)
「こうなったら私!あの子のママになるわ!」
ダニエルはそんな事を言っていた。
一同は苦笑い。
絶対に無理だ。
ちなみに言うと、ラムはまだ失心中。
涼しいところに連れて行ったがまだ起きない。
大変な一日となってしまった。
夜の児童園、裏。
魔物とレイとアールがいるのだが、
アールは風呂の出来事もあって話に集中できない。
それを気遣ってレイは言う。
「ペルちゃん?アールさん今日は大変な事あってね、
だから少しペースダウンお願いできない?」
しかし、ペルドは怒ってしまう。
「そんなの知るかっ!集中できないコイツが悪い!」
そう言って話を進める。
アールはここにいるといつも自分が一体何者かを考える。
正確的に言うとあの二人と一緒にいる時だが、
児童園の子として育ってきたのに、児童園の者を襲うかもしれない相手と共に過ごす日が多くなった。
そして、その主の野望達成のために生きている。
確かに彼はラムを守りたい一心ではいるが、
児童園の殆どの者から拒まれ、必要とされず、自分の存在が欠けてきているのではと思っていた。
魔物側にいても、仲間の死に隣り合わせになるだけ。
二人の操り人形となっているだけなのだ。
そんな事を、今日ダニエルに怒られた時に
浮かんできた負の感情から思い返したのだった。
どうせ魔物側も裏切る事になる。
ラムを救うためには彼女達を裏切り且つ、その過程で児童園の者達も裏切らなければならない。
裏切らなくても、彼女達と共にいるだけでも思われるだろう。
いつか自分の居場所が本当になくなる…。
恐怖が浮かんでこようとしたその時だった。
レイは急にアールの両手を優しく持つ。
アールは少し驚いた。
「大丈夫、怯えないで…」
レイは言った。
彼女はアールの不安でたまらない心の内がわかった。
レイはいつでも自分の心を見透かしてくると、アールは思う。
その優しさは、喉から手が出るほど嬉しいのだが、
アールは彼女に心を委ねてしまうのを恐れ、必死に彼女を恨む事だけを考える。
そうしないと、彼女を受け入れてしまう。
魔物は意外とピュアなのか、二人が手を繋いでいるのを見て恥ずかしそうにしていた。
「なっ…何やってるんだ!」
するとレイは、笑顔で言う。
「愛を語り合ってるの」
アールはその言葉に憎さを強く感じる。
そして私が本当に愛しているのは、ラムだけだと。
激怒して髪の毛が逆立つ事。
============
女湯ではさっきのアールの「ひっ」と言う声について話していた。
「さっきのちっさい悲鳴、一体なんでしょ。
隣で何かやってるのかしら?誰の声だと思うー?」
シナが聞くと、ノノは言った。
「誰でもいいじゃろ」
しかしリートは真面目な表情で言った。
「良くないわっ、ノノ!これは知るべき」
「そうかの?」
リートの反応に、思わずシナは苦笑い。
(絶対BL展開狙ってる…)
リートは恐る恐る壁の近くまで来る。
リートはお湯を出ると、体の下半身が人魚の尻尾になっていた。
そう、リートは人魚なのだ。
リートは壁を見つめると、壁に小さな穴がある事に気づいた。
「あれ?こんなのあった?」
「なになに?」
と、シナはリートの元へ向かうのであった。
男湯では、テノが穴を覗く瞬間だった。
「さあ、覗くぜ」
すると、微妙に差す光で綺麗な青い瞳が見える。
その優しそうな目は、まるでリートのもの。
女湯でも隣の男湯を覗いてみるリート。
異性の風呂を覗くだなんて緊張する。
しかし、その先に自分の求めるものがあるのであればと、
リートは鼓動をおさえつけてサッと覗いた。
その先にはカッとした桃色の瞳が見える。
多分その活発気な目つき的には、テノのものだと思われる。
二人は同時に驚いて、その穴から離れた。
リートがいきなり動いたのでシナも驚く。
「なんだよ今のッ」
とテノ。
「誰か覗いてるっ」
と涙目なリート。
シナは怒りがこみ上げた。
「なんですって!?」
そう言って穴を覗いた。
男子一同はテノの話を聞いているようだ。
「女湯は…目があった。目。」
テノが言うと、シナは穴に向かって言った。
「アンタ等なに覗こうとしてんのよっ!」
しっかり穴に向かって言ったので、男湯に声が響く。
覗き組は驚き、謝罪の言葉を言っていた。
一方ダニエルは笑顔でアールを見ながら、
「可愛わよねぇ~ラムと並ぶと小さくて~」
と言いながらアールの胸辺りをちょんと指で押す。
アールはビクッとしてラムを盾にする。
「おい、アールが嫌がってるだろ。」
ラムが真顔で言うと、ルネアは笑った。
ダニエルはつまらなそうな顔をして言う。
「この子年上にはあまり口聞かないもん~。
苦手なのか…
あ!好きなんだわ!あら嬉し~」
アール慌てつつ言葉を詰まらせる。
「そ…違…」
しかし言いきれていない。
ダニエルはその言葉を阻むように言った。
「いいのよ。いいのよ言わなくて。
あなたは本当にシャイなんだからぁ~。全く惚れちゃうわ~もぅ誘ってるの~?」
「いいえ。」
アールはそこだけはっきり言った。
ダニエルはクスクス笑う。
「わかってるわよ。ちょっとからかっただけ。」
その言葉に、アールがは安心していると、
「可愛いんだから~」
とまたダニエルは言う。
それにアールはガタガタを震えるので、ラムは困った顔をして言った。
「勘弁してやれ。」
一方覗き男子は一同、穴の前で正座をしていた。
ちなみにテノだけは胡座である。
シナの説教を受ける一同。
シナは児童園初めの子供であり、
更には年もそれなりに上なので、児童園の中では権力があるみたいだ。
「て言うか!さっきの変な声のせいで
リートが気になっちゃったんだから!誰よ!」
シナが言うと、男は素直に「ラム」と言った。
「ラム!こっちに来なさい!」
ラムは仕方ないと思いつつ行こうと思ったが、アールがラムを止めた。
「アール?」
「すまない。…私が行く。」
そう言って、アールは穴の前まで来てからこう言った。
「シナ、さっきの声は私だ。」
「バリカン!?」
シナは少し驚いていた。
周りの男も『アール!?』と大げさそうだが、言葉も綺麗にハモっている。
シナが何か言おうとすると、レイが穴を覗く。
「許さないアールさん…」
レイが言うと、アールは内心冷や汗ながらも穴を覗いた。
するとテノは言う。
「アールが覗いたッ!」
覗いた先はレイが顔を見せており、レイはなんだか不機嫌。
アールは何も言う事がなく黙っている。
レイは言った。
「アールさん。ちょっとここから離れてみて?」
そう言われたので、素直に一歩ずつ下がっていくアール。
男達は「どした?」と聞くが無視。
「ストップ」
レイの言う声にアールは足を止める。
男達は眉を潜めて言った。
「誰の声?」
どうやらレイは無口な為、男子たちは声を知らないようだ。
シナは目を丸くして呟く。
「レイちゃんの声、まともに聞くの初めてかも。」
すると、男達はすぐに食いついた。
「新入生!?」
「可愛い声だな」
「胸デカイから見てみたい」
そう言って盛り上がっていた。
アールはその場で止まっている。
レイはアールの体を鑑賞しているようだ。
するとテノはアールを見て、隣の男に「おいッ」と指示を出した。
隣の男は「おう!」と笑顔で応答する。
そして、アールの腰に巻いていたタオルを奪う。
周りの男は大爆笑なのだが、ルカはとても不穏そうにしてダニエルの方まで逃げる。
ルネアは目を丸くした。
「わーお、ひっど」
ラムはそれに失心してお湯に沈みそうになる。
それをダニエルは助けながらも、男子達を見ていた。
「ちょっとあの子達やりすぎよ。隣で女の子も見てるんでしょ?」
レイは思わず口を塞いでクスッとした。
シナは様子がわからないので見たかったが、レイに話し慣れていないので言い出せずにいた。
(笑われた…。
悔しい。)
アールは真顔でしゃがみ、タオルを奪った男の頭を掴んだ。
驚いた相手は、咄嗟にタオルを返そうとしたが落としてしまう。
アールは落ちたタオルを見ている。
男は震えていて、何故かルカも震える。
するとテノはアールの元へやってきて、肩を掴んだ。
「アルにゃんやめろッ」
「喧嘩はしないぞ。」
それに怒ったテノは、アールの肩を強く握る。
「んじゃなくてよォ…。タオル取った俺等も悪かったでもなァ。
コイツは頭に傷があんだよッ!そんな掴んだら酷くなんだろ!」
思わぬ事実に、ルネア達は思わず『えぇーっ?』と声が出る。
怪我している本人は、頭を抑えつつうずくまっている。
確かによく見ると傷があり、どのくらい掴んだのか、血が少し出てきていた。
アールは少し眉を潜める。
血を見るといつも心臓がドキッと跳ね上がる。
怖い訳でもないのにそうなるのだ。
「…そんな事知るか。」
アールは視線を逸らして、テノに言う。
相手の反省の無さにテノは怒りを覚えた。
「ああッ!?謝んねぇのかよッ!」
そう言ってアールを殴ろうとする。
しかしアールはそれを受け止めた。
「しつこいぞ。」
しかしテノは止めようとしない。
ツウは冷静に言う。
「テノはすぐ手が出るからね」
テノはアールの腹を思い切り殴った。
「ぐっ…」
アールはテノのその手を持って離す。
「少し…力が強くなった…か?」
「おうよ。伊達に旅してきた訳じゃねぇッ」
するとアールは顔を上げて呟いた。
「…喧嘩、喧嘩しよう。」
周りの男は『えぇっ!?』と恐怖状態になる。
テナーはお手上げ状態らしく、湯船に浸かった。
ちなみに女湯では、レイが男湯の様子を観察していた。
「久しぶりにやる気出たのか?」
嬉しそうにテノが言うと、アールは表情を暗くしながらも言う。
「…最近歌っても気が晴れない。」
その言葉に、ルネアは思わず苦笑した。
(僕やレイさんのせいかな…?)
周りの男も流石に不味いと思ったのか止めに入る。
「やめろよ!」
「オメェ等そこで見てろッ!」
テノが言い、アールは男達を冷ややかな目で睨みつけた。
テノの威勢はまだいいものの、前にボコされた経験のあるアールに睨まれると気が引ける。
「昔が戻ってきた感じで怖い。何でテノ帰ってきたの~ん!」
と涙目でルカは言った。
それに対してツウは言った。
「て言うか二人一緒にさせるのが駄目なんだよ。
あの二人昔から仲が悪かったんだから」
ダニエルはさっきから黙って二人を見ていた。
二人が喧嘩を始めようと一歩出たその時だった。
「お前達いい加減にしないかっ!!」
と、野太く低い声で叫んだのはダニエルだった。
驚く程男らしい声に、空気は静まり返る。
その表情は真剣其の物で、真っ直ぐ二人を睨みつけている。
ダニエルの声に二人はビクッと反応する。
勿論ダニエルの気迫にみんな負けていたが、喧嘩上等な二人が静まり返ったのはルネアでも驚きだった。
ダニエルは湯から出て二人を風呂の外へ引っ張り連れて行く。
二人は抵抗する事もなく連れて行かれてしまった。
風呂場に更に静けさが戻る。
そこで、ルカは傷口が開いた男に話しかける。
「大丈夫か?手当しよ?」
すると呆然としていたツウも我に戻ると言った。
「ダニエルって怒ると怖いんだよね。昔も二人が大喧嘩した時に止めてたの思い出した。
アールの虐めっ子ボコボコ事件の時も、ダニエルが止めてくれなきゃ被害は拡大していたって話。」
とルネアに説明してくれた。
「え…」
ルネアは今までの優しい雰囲気のダニエルから、別のイメージへと変貌する。
ツウは笑って言った。
「大丈夫!今まで怒ったのあの二人くらいしかいないし、
こんなに怒鳴ったの目の前で見たの初めてだし」
「そう…なんだ」
(二人は大丈夫かな…!?)
と、逆に二人を心配し始めた。
そこにルカがやってきて言う。
「アールって物静かで野蛮にはとても見えないけど、
いきなり火ついて周りが見えなくなるんだよなぁ」
ルネアはアールがいきなり睨んだりするのも、そのせいなのではと考える。
(ふ…不良っぽい…!)
と、ルネアはガタガタ震える。
暫くすると風呂の扉が開き、アールとテノが帰ってきた。
アールは浴室の隅で体育座りで塞ぎ込んだ。
テノはアールの真逆位置で同じ体制。
そこにダニエルが入ってくる。
みんなの背筋が一気に伸びる。
ダニエルはみんなの視線に、眉を困らせた。
「あら~そんな化け物でも出たみたいに~
酷いわみんな~私だって怒りたくないわよ~」
ダニエルはそう言って湯に浸かった。
みんなが震えるのはそれもそのはず、
感情的になってもすぐに元に戻るはずのアールが隅でずっと震えているという事と、
怖い物無しのテノが怯え震える。
ある意味、制する事のできないような二人をここまで怯えさせるのは至難の業だ。
アールがダニエル相手に言葉につまる理由が、ルネアにはわかった気がする。
「何で大人しくしてくれないのかしら~」
ダニエルはつい愚痴を零すように言う。
それに二人はギクッと反応し、再び震えだす。
ツウは笑いながらダニエルに言った。
「やめてあげなよ」
「あら。あの子達がもう少し大人になったらね」
ダニエルはそう言って溜息をついた。
すると、風呂の扉がいきなり開く。
なんと入ってきたのはレイ。
男全員驚いていると、レイはアールに近寄る。
「アールさん…大丈夫?部屋に行きましょう」
と言って彼を連れて行こうとしたが、アールは伏せているまま動かない。
ダニエルはそれを気にかけて、レイに言った。
「手伝いましょうか?」
しかしレイは黙っていて、返事をくれなかった。
「あの子も無愛想」
ダニエルは下を向く。
すると、アールはサッと立ち上がった。
少し顔は青ざめていたが、そのまま風呂を出ていく。
レイはその後をついて行った。
男達は二人の関係性を考えていた。
「言いすぎたかしら…」
ダニエルがふと言う。
「丁度いいくらいじゃない?」
ツウはそう言ったが、ダニエルは困った表情のままだった。
ダニエルは続けて言った。
「テノは立ち直り早いしすぐ忘れるからいいんだけど、
アールはちょっと気にしすぎなところあるから…、意外とハートがガラスなのかもしれないわ…」
それに追い打ちをかけるつもりではなかったが、ルネアは真顔で言う。
「しかも弱みを誰にも言わないんですもんね…。
それは貯めてしまいますよ、負のスパイラル」
その言葉にダニエルはショックを受けてしまう。
「私ってあの子にとって、トラウマ的存在なのかもしれないわ…」
それを聞くと、ツウは満面の笑みで思う。
(元から…)
「こうなったら私!あの子のママになるわ!」
ダニエルはそんな事を言っていた。
一同は苦笑い。
絶対に無理だ。
ちなみに言うと、ラムはまだ失心中。
涼しいところに連れて行ったがまだ起きない。
大変な一日となってしまった。
夜の児童園、裏。
魔物とレイとアールがいるのだが、
アールは風呂の出来事もあって話に集中できない。
それを気遣ってレイは言う。
「ペルちゃん?アールさん今日は大変な事あってね、
だから少しペースダウンお願いできない?」
しかし、ペルドは怒ってしまう。
「そんなの知るかっ!集中できないコイツが悪い!」
そう言って話を進める。
アールはここにいるといつも自分が一体何者かを考える。
正確的に言うとあの二人と一緒にいる時だが、
児童園の子として育ってきたのに、児童園の者を襲うかもしれない相手と共に過ごす日が多くなった。
そして、その主の野望達成のために生きている。
確かに彼はラムを守りたい一心ではいるが、
児童園の殆どの者から拒まれ、必要とされず、自分の存在が欠けてきているのではと思っていた。
魔物側にいても、仲間の死に隣り合わせになるだけ。
二人の操り人形となっているだけなのだ。
そんな事を、今日ダニエルに怒られた時に
浮かんできた負の感情から思い返したのだった。
どうせ魔物側も裏切る事になる。
ラムを救うためには彼女達を裏切り且つ、その過程で児童園の者達も裏切らなければならない。
裏切らなくても、彼女達と共にいるだけでも思われるだろう。
いつか自分の居場所が本当になくなる…。
恐怖が浮かんでこようとしたその時だった。
レイは急にアールの両手を優しく持つ。
アールは少し驚いた。
「大丈夫、怯えないで…」
レイは言った。
彼女はアールの不安でたまらない心の内がわかった。
レイはいつでも自分の心を見透かしてくると、アールは思う。
その優しさは、喉から手が出るほど嬉しいのだが、
アールは彼女に心を委ねてしまうのを恐れ、必死に彼女を恨む事だけを考える。
そうしないと、彼女を受け入れてしまう。
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