六音一揮

うてな

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4章 奇想組曲

第54音 朝雲暮雨

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【朝雲暮雨】ちょううんぼう
男女の深い仲、情交をいう。

============

シナは部屋に戻っていた。
机の上の、手紙を手に取る。
誰が書いたかがわからない手紙。
中を開くと、綴られる思い出。
最後の文には…

【俺は姉さんの明るさに、今まで救われてきました。
だから姉さんの事、ずっと前から好きだった。
帰ったら、改めて思いを伝えたいと思います。 必ず帰ってきます ルカ】

シナはやっぱりと思った。
この目に障るくらいの字の汚さはルカらしい。
ルカの字を見るなんて小さい頃以来だが、あまり変わらないのでひと目でルカのだとわかった。

(相変わらず…字が汚い……)

シナは思わず思った。
シナは手紙を撫でるように触れた。

(ルカ…ずっとそう思っていたんだ。
私が落ち込んでも励ましに来てくれたり、みんなを楽しませてくれたり…。
幼い頃はネガティブなルカだったけど、いつからか剽軽になって…児童園のエンターテイナーになって。)

そう、幼い頃のルカはとてもネガティブだったのだ。
アールに怯えたりする姿を思い出せばわかるが、ルカの昔はそればかりだった。
シナは涙を流し、それから思わず鼻で笑った。

(ルカの事はなんでも知っているつもりだったけど…
大事なところ、全然わかってないじゃない…
大きな勘違いをしていたみたい、私。)



シナは手紙を持って外に出た。
雪はまだまだ溶けない。

(濡れたら困るな…)

シナは思いつつも、外に出るのをやめて中に入った。

中に入ると、レイが丁度通りかかってきた。
シナはレイと目が合うが黙り込んでしまう。

(別に嫌われているし…)

暗いシナ。
レイはそんなシナに異変を感じた。
いつもは変に気安く話しかけてくるシナ。
今日はなんだか暗い。
手に持っている手紙で、この手紙のせいだと大体把握するのだが。

一方、シナは思った。
レイと自分は家族ではない。
勿論他の児童だって家族ではないのだと。
ここに来た者は全員家族だと思ってふるまってきて、レイにとっては気安すぎて嫌だったのかもしれないと。
知らない間に誰かを傷つけていたのかと、更に思ってしまうと溜息が出そうだった。
レイはアールだけが好きなんだろうと。

その時、シナはふと思った。

「レイちゃん?」

シナは声をかける。
レイは暗い中でも声をかけるので、仕方なく振り向いた。
やっと声をかけて振り向いてくれたレイ。
嬉しいのだが、嬉しさに浸っていてはすぐに逃げられるだろう。

「あなたってバリカン…いや、アールの事好き?」

レイにそう聞くと、レイは黙って頷いた。
それを知るとなんだか安心した。
更にシナは言う。

「…実はなんだけど。私、小さい頃彼を虐めていて。
今はもうやりたくはないけど…逆に彼が強要するようになって。
…何を言ってもダメなの。痛みがないとダメだとか…。
だからレイちゃんが言ったらわかってくれるかなって…。
あ!…それであの子を嫌ったりしないでほしい…。
…余計な事言っちゃったかしら…」

それを聞いたレイは少し驚いた。
レイにとっては初耳で、彼に知らされる事はなかった。
虐められているのは知っていたが、今もとはわからなく、
更に虐めを自ら強要しているだなんて驚きだった。
そう言えば、出会い始めは彼の体には小さな傷が結構あった。
日に日に治るのは当たり前だが、ただ頻度が減っただけなのだと知る。
レイは少し黙ると言った。

「いいえ。…ありがとう…」

そう言うと、去ってしまう。
シナはその感謝の言葉に、心温かく感じる。
いつも感謝されるのと似ているようで、しかし大きい。
今なら元気が出そうと思ったので、そのままスキップで廊下を進んだ。



ルネアは足にギプスをつけて走り回る。廊下を。

「おい走んな患者!」

とラムは言う。
ルネアは笑顔で言った。

「嫌ですせんせー」

何が起こっているのかというと、
この戦時中に若い者が外にいる事は基本有り得ないので、
ルネアは骨折して行けなくなったと言う設定にして、ギプスを取り付けたのだと言う。
ユネイは従順なので、外には出ないだろう。
テノは服にラインがついているので、通常では普通のパートリーダーと間違われるだろう。
ラムは溜息をつくと、ノノは言った。

「その格好は不自由じゃな。」

テナーは伏せて笑っていた。
ルネアの様子が可笑しいのだろう。
人が多くいなくなっても、いつもいるメンバーは大体いる。
だからルネアは、今の児童園の姿にそこまで不自然さを感じ無いようだ。

ただ、騒がしさが静けさに変わるくらい。

「いつ、まめきちさん帰ってくるかしら」

ふとリートが呟く。
それにユネイは言った。

「あの人はいつも出かけてるみたいだし
いつか帰ってくるとは思うよ
あの人が帰ってきたところで何もないだろうけど」

そこでテノは言う。

「俺等大人なんだし流石に自分で何とかしようぜ。
まめきちさんに頼ってねぇでよ。」

暫く周りは沈黙する。
テノの言葉は筋が通っているので、みんなは静かに頷くのであった。



レイは部屋に戻る。アールは読書中だ。
そんなアールの目の前に来てレイは言う。

「貴方虐められるのが好きなの?」

「いいえ。」

アールは即答した。
レイはムッとすると、アールの頬を軽くつねる。

「貴方はこうやってもらってたんでしょ?シナって子に。
…なぜ私に言ってくれなかったの?
私ならやってあげられる。貴方のために。
あの子はそれで苦しんでいたわ。
シナって子に気でもあるのかしら?…違うわよね?」

レイが言うが、アールは一切表情を変えない。

レイは嫌だった。
シナに虐めを強要するアール。
それは彼女に心を許しているのではないかと思ったからだ。
アールが自分から離れていきそうで、それが嫌で怖かった。

つねる強さを強めてみる。
すると、彼はやっと口を開いた。

「やめてください…。」

「なんで」

アールは本を落とし、レイの腕を掴んで言った。

「わからない……。貴女じゃわからない!」

急に彼の表情が変わる。
それに少々戸惑いを感じるレイ。
つねった手を離してしまった。
アールは言った。

「傷 傷 傷 傷。…それは証拠…。
私がこの児童園で今生きていると言う証拠!」

その言葉にレイは驚く。

「…なぜ私なんだ…。
なぜ私があの魔物の言いなりにならなくては…なぜラムが脅かさなければならないのかっ!
…なぜ…二つの居場所を行き来しなければならないのか!」

アールが押し殺していた苦しみは今、解き放たれてしまったのだ。
アールはレイに近づいて更に言う。

「私はここ、児童園で生きていきたい…。
ラムと一緒にいたい。いつまでも…。
でも、児童園の奴等は私を拒み、暴力をされ、貶され…。
私だけは普通の人の扱いを受けられず…。
この気持ち…レイ様にならわかりますよね?」

彼の焦点の合わないような目。

彼の気持ちは、レイにはわかる。
自分も周りから普通の扱いを受けさせてもらえなかった。
全てが怖く、喉元につっかかる嗚咽を常に感じてきた。
その苦しさは頭の中で回りきって、他の事は何も考えられないくらいに巡り、常に恐怖と憎しみと隣り合わせ。

アールは続けた。

「パートリーダーの座を奪われそうで…。
何度練習しても上手くならない…できない…雑音を束ねた感情をぶつけるような声しか出せず…!
…あそこを降りたら……、私の居場所は…存在意義がどこにもなくなってしまう!
だからと言ってあの魔物といればいずれラムを殺さねばならない!
私は守る為に児童園から逃げてはいけない!例え人形のフリをしてでも…!
私だけを見てくれたラムを守りたいんだっ!」

どこかパニックになりかけのアール。
アールの気は高くなって脈が早くなる。
レイは思わず言った。

「アールさん!」

しかしアールは、レイの口をおさえる。
その時、アールは我に返る。
アールはレイから手を離した。

「…も…申し訳ございません。」

「…大丈夫よ」

レイは息を切らし、そう答えた。
アールは自分の髪をぐしゃっと掴んで塞ぎ込んだ。
レイはそんなアールを見て言う。

「…ごめんなさい。私のせいでもあるわよね…。
貴方をここまで迷わせたのは私のせい…。
…貴方の心を欲しいばかりで貴方の事…本当は何もわかってあげられなかったわ…。」

それを聞いたアールは落ち着いた表情で顔を上げる。

「…いいえ。証拠が…欲しかっただけなんです…。
傷があれば…、小さい頃よくみんなに囲まれて、傷つけられながらも唯一みんなと一緒にいた時間…。
私が存在していると言う事を、思い出す事ができるのです…。
だから…貴女では駄目なのです…。」

レイは彼を見つめる。
彼の歪んだ顔を見るのは嫌いではない。
むしろ自分にだけ見せてくれているようで嬉しい。

「大丈夫…。私はペルちゃんの見方でも、ここの児童園の味方でもなんでもないの…。
私は貴方の味方。…私が貴方の居場所になりたい。」

レイはアールに言った。

ああ、欲しい。

アールはレイの胸に顔を埋めた。
苦しい時、人の温もりが欲しくなる。
アールは叫びたい声を押し殺して、ただその温もりに逃げた。

これが愛なのか、そうでないのか、アールにはまだわからない。
レイもこれは自分が手に入れた愛なのか、そうでないのかわからない。



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