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ライラック王国~プラミタの魔術師と長耳族編~
露払いをする青年
しおりを挟む食事を終え、デザートとして赤い実を一つずつ食べてから寝る支度を始めた。
寝床はマルコムが準備をしてくれるようで、シューラは寝る前に歯磨きや口を洗うためにミナミとともに水辺に来た。
「ミナミ。水の魔力を持っているなら旅に役立つ使い方を教えるよ。」
シューラは水辺にしゃがみこんで言った。
これからどうやら水の魔力の役立つ使い方を教えてもらえるようだ。
ミナミはワクワクしながらシューラを見た。
「まず、水の魔力で小さくてもいいからこのくらいの水の玉を出すんだ。」
シューラは右手の上に小さい一口大の水の玉をふよふよと発生させた。
水の魔力は水を操るだけではなく発生させることも出来るのか
ミナミは感心して水の玉を見た。
だが、考えてみればシューラが刃に纏わせている水も彼が発生させたものだ。
水の魔力の扱いとは、鍛錬として水辺の水を操ったりしているが、水を発生させることが本懐だろう。
「そしてこれを…」
シューラは発生させた水を口にポイっと放り込んだ。
そして口の中から水が動く音がボコボコ聞こえる。
ミナミはシューラが鋭い水の刃を飛ばして攻撃をしているのを知っているため、それにドキリとした。
しばらくボコボコ音を立てて、何やらシューラが納得した顔をすると、口の中の水を吐き出した。
「これで、歯の手入れは楽勝。水の魔力を持っているから口の中で水流を起こして汚れを落とせるわけ。」
シューラは誇らしげに言った。
すごく便利。
ミナミは心底思った。
だが、自分が出来るだろうか?
一番の不安はそれだ。
魔力の量は多い方だろう。しかし、扱いはうまいとは言えない。
加減が下手なのはシューラだって身をもってわかっているはずだ。
「魔力の操作は自分の身体に近いほど楽なんだ。
それが体内ならもっと楽だよ。だって、体にある魔力を扱っているんだから。」
シューラは当然のことのように言った。
そしてシューラは一本にミナミの腕ほどの長さの枝を持った。
「難しく考えすぎなんだよ。…魔力の扱いもこれと同じだ。
僕は個人的に武器を扱う人間の方が魔力の扱いの感覚がうまくなりやすいと思っている。」
シューラは最初は短く持って自分の足元の地面に円を描いた。
そして次は真ん中くらいを持って一歩ほど先の地面に円を描いて、最後に一番端っこをもって枝の届く範囲の限界の位置と思われる箇所に円を描いた。
「魔力の扱いの感覚は武器に似ている。長い武器を振り回したり繊細に扱う者ほど…感覚を掴みやすい。
マルコムが魔力の扱いがあまり得意じゃないのは、武器を扱うにしても自分の身体能力と力ありきの戦い方だからだよ。」
シューラの例えはミナミにとってすごくわかりやすいものだった。
確かに自分の身体に近いものはよく見える。だから扱いやすい。
魔力もそうなのだ。
「まあ、武器を扱う奴って魔力を戦いに使えるほど多い奴がいないからピンとこないだけだど、僕が魔力の扱いをうまいと思うやつらは、ほとんどが剣に精通していた。」
シューラは得意げに笑いながら言った。
彼の口ぶりからすると、シューラは魔力の扱いがうまいのだろう。
マルコムだって自分よりうまいと言っていた。
それに、あの戦い方は武器の技術もだが魔力の技術も必要に思える。
「よし」
ミナミはまず手の上に水の玉を発生させるところから始めた。
意外にも水の玉は発生させることができた。
しかし、ミナミの発生させた水の玉は、バシャンと派手な音を立てて空中で破裂した。
そして発生させた水の玉は一口大どこではなく、ミナミのあたま一つ分だ。
破裂した水の玉により、ミナミとシューラはびしょ濡れになった。
「発生させない水でもできるから…」
シューラは気を遣うように鍋に入った水を差しだしてきた。
どうやら、もともとミナミには発生させた水を扱うことは期待していなかったらしい。
いつかは出来るようになればいいとあったと思うが、今ではなかったみたいだ。
そして鍋の水を使うとミナミにも口を洗う作業はあっという間にできるようになった。
口のさっぱりするし綺麗になったのがわかる。
「…すごく便利」
ミナミは思わず呟いた。
寝床に行くとマルコムが呆れた顔をしていた。
タオルなど無いし二人とも風の魔力を持っていないので、水でビショビショのままだ。
「…少し加減をしてなら行けるか」
マルコムは面倒そうにつぶやくと、ミナミとシューラに拠点から離れた箇所に立つように言った。
どうやら彼が風の魔力で水を乾かしてくれるようだ。
シューラはミナミの手をぎゅっと握ってきた。
ミナミは恐いのか?と思ったが違ったようだ。
「飛ばされないようにね」
シューラは忠告のように言った。
ミナミは言っていることがわかったが、忠告が現実離れしているので首を傾げた。
しかし、彼の言葉の意味をミナミは身をもって知った。
マルコムが風を発生させたとき、目を開けられないほどの風が一瞬で水を飛ばした。
そしてミナミの身体がどんどん風に押されて後ろに下がる。
目を開けられないので周りは見えないが、ミナミは歯を食いしばり目を強く閉じて地面から足が離れないように踏ん張っていた。
凄い疲れる。
余計な力が入っているきがする。
あと、隣のシューラも後ろに下がっている気がする。
正面からの強風のため、口を開けて話すことも出来ない。
必死に風に耐えていると、風が弱くなってからぴたりと止んだ。
おそらく数秒の事だっただろうが、その倍以上の時間を感じた。
「もう少しさ…魔力操作を練習しようよ」
シューラはマルコムに呆れたように言った。
「俺だってそれなりにやっているよ。前よりはましになったでしょ。」
マルコムは困ったように笑いながら言った。
「わかっているよ。まあ、君は姫様と同じ魔力が多くて操作が難しいタイプだからね…
元のガサツさもあるけど」
シューラはミナミとマルコムを見比べながら言った。
なるほど、マルコムはミナミと同じように魔力が多くて制御が難しいタイプなのか!
ミナミは納得した。
「でも、マルコムが魔力で光るところは想像できないね」
ミナミは自分と同じように幸せな気分を感じてマルコムがピカピカ光るところは想像できなかった。
「そりゃあ、俺が生まれてすぐに覚えたのは律することだったからね。表情を隠す、悟られない…感情を表に出す事も憚れていた。
だから魔力の制御ではなくて感情の制御という点で、光る事は無いね。」
マルコムは皮肉気に笑いながら言った。
マルコムはなかなか殺伐とした環境で育ったようだ。
ミナミは逆鱗なのか不安だったが、彼の様子を見ると何でもないことのようだ。
「最初に会ったときは気持ち悪かったよね。いつもニコニコと胡散臭い笑みを浮かべて穏やかな貴族の子息様って…僕の嫌いなタイプだったよ。」
シューラは口を歪めて、不愉快さを示すような口調で笑いながら言った。
「実際、俺は穏やかで笑顔の多い貴公子だったから。」
マルコムは口を歪めて笑いながら言った。
ミナミはシューラとマルコムの話す、昔のマルコムが全然想像できなかった。
マルコムは確かに顔の造りは穏やかそうだが、彼の笑顔が穏やかかどうかは別だ。
外見も確かに貴公子と言われてもおかしくないが、言動がどうしても貴公子じゃない。
人間というのは年数を重ねると大きく変わるのか…
ミナミは年月の偉大さを感じた。
「変に納得しているところ悪いけど、昔は貴族の子息の騎士だったのもあって取り繕っていただけでこれが素だから」
マルコムは一人頷いているミナミを見て呆れた様子で言った。
ミナミは口に出していないのに、マルコムが自分の考えていることわかったのかと思って目を丸くした。
「何考えているのかわからないけど、たぶん昔の俺と今の俺の差について見当違いなことを思っているでしょ。」
マルコムは目を丸くして首を傾げるミナミを見て呆れたように言った。
ミナミはマルコムの言葉を聞いてさらに目を丸くした。
マルコムが用意してくれた寝床について寝る準備を始めたとき、イトが軽快な足音立ててやってきた。
「仲良しだねー」
イトは寝床にいるミナミたちを見て開口一番言った。
実際仲良しに見えるだろう。
ミナミはシューラにぴったりとくっついており、マルコムがその近くに座っている。
布団が満足にない今、くっついて暖を取るのが一番楽なのだ。
「うるさいよ。余計な事を言いに来たの?」
マルコムは辛らつにイトに言った。
「違うって。そうだ。俺もここで寝て…」
「ダメに決まっているだろ?」
イトの言葉が終わる前にマルコムが冷たく答えた。
ミナミもマルコムに賛成だ。
イトはおそらくここで自分も滞在していいのか聞こうとしたのだ。
ミナミとしてもイトは嫌いじゃないが、鍛錬などをするときに傍にいられると戸惑うのだ。
「ひどいね」
「それよりもプラミタ連中には話がついたの?」
がっかりした様子を見せるイトを気にせずにマルコムは質問をした。
「もちろん。俺が指名しなくてもあのエラって子はシルビ師に教えるのを押し付けたよ。まあ、一番彼が怪我が軽いのもあるし、もしかしたらプラミタ連中の外との緩衝材として連れてこられた可能性もある。」
「あんな子どもにその役割をさせるほど、プラミタは人材不足なのかな」
「それも含めて明日きけばいいだろ?滞在は赦さなくても、シルビ師から教えを受けているときは俺も同席させてほしい」
「話を付けたのはそっちだから、許可を得ているなら気にしないよ。」
「はあ、マルコム君たちにフラれたら俺は今日、どこで寝ればいいのやら…」
イトはがっかりした様子で言った。
どうやらイトは寝る場所がないらしい。
怪我人のいる小屋でも、寝ようと思えば寝れるとミナミは思うが何か違うのだろうか?
「軽口はそれくらいにしな。君は君でまだガレリウスから情報を得ていないでしょ?
俺たちがいないときの方が話しやすいものもあるだろうし、地下牢のある建物で寝ればいいよ。」
「おっと、その手があったか。」
「結構痛い目に遭わせたから、優しくしたら色々話すかもしれないね。」
マルコムとイトの会話は何気ないかもしれないが、ミナミにとっては何か定型文のようなお互いわかっている事実を話しているという感じがした。
おそらくイトはマルコムにガレリウスの尋問について聞きたかったのだろう。
なんでこんな遠回しなことをするんだろうか…
ミナミは少し呆れたような目をイトに向けた。
「どうしたのミナミ?僕と同じくイトがそんなに不愉快?」
「ううん。違うの。ただイトさんって回りくどいな…って思っただけ。」
シューラはミナミの様子に気付いて気を遣うように尋ねてきた。
ミナミはその心遣いが嬉しかったので優しくシューラに応えた。
ただ、シューラの言った言葉の中にちょっと引っかかるものがあったが、ミナミに対してのものじゃないので気にしないことにした。
「シューラは君が不愉快だってさ。だから早くガレリウスとお話でもしてきな。」
マルコムは顎でイトを追い払うように言った。
イトは名残り惜しそうな目を向けながらも、とぼとぼと村の方に歩いて行った。
そういえば、マルコムってシューラがイトをあまり得意としていないから自分が率先して話しているのでは?
ミナミはふとその結論にたどり着いた。
確かにマルコムはイトと話すことが多いしなにやら取引のようなものもしている。
それは彼にとってイトが話しやすくて意外と気が合うというのもあるだろうが、マルコムは率先して誰かと接しようとするとは思えないのだ。
もちろん企みがあればするかもしれないが、ミナミはそれが想像できない。
薬の作り方の情報を売ろうとしていた時もだが、マルコムはもしかしてイトとシューラが接するのが嫌なのでは?
理由はわからないが、その結論はミナミの腑に落ちた。
ただ、わからないという理由にしても決して悪いものではないだろう。
ミナミは一人で納得して頷き、隣にぴったりとくっついているシューラの肩をトントンと叩いた。
「え?」
シューラはわけがわからないという顔をしている。
応援ありがとうございます!
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