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第三章 フリーユの街編
35 住処を追われることになりました
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二人でひと通り笑いあった後、僕たちは一階の食堂に向かうことにした。
というのも、僕が盛大なお腹の音を鳴らしてしまったからだ。
朝食後何も食べていないことをすっかり忘れていた僕は、ママさんに押されるようにして部屋を出た。
「あ」
扉を開けた瞬間、扉の前にいた人物とあわや衝突しそうになる。咄嗟に避けた僕は、その人物を見て若干顔を引き攣らせた。
相手も相手でばつの悪そうな顔をしている。
「おや? カレンじゃないか。アンタも来てたのかい」
ママさんが不思議そうに問う。事前の話ではカレンが、部屋に篭った僕の様子を見てくるようママさんに頼んだと言うことだった。
直接顔を合わせるのは気まずいからという理由らしいが、そうなると今この場にいるのは不自然なのだ。
「なんだかんだ言って結局心配で様子を見に来たってとこかい。部屋の前には来たものの恥ずかしくて入れなかったようだけどね」
そんなママさんの推理に、カレンは慌て出す。
「ぜんぜん違うから! 勝手に変なこと言わないで! アレクのことなんて指先ほども興味ないから!」
これでもかというほどの全力否定だ。
昨日徹夜で話し込んで仲良くなれたと思っていた僕としては少し悲しい。
やっぱり怒っているのだろうか。
「そうかい? なら、なぜ部屋の前にいたんだい?」
ママさんが当然の疑問を問う。
「た、たまたまだから! 偶然にも部屋の前を通りがかったのよ!」
「偶然? それにしては変じゃないかい」
「なにがよ」
「この先の部屋に客はいない。通り過ぎる理由がないと思うのはアタシの気のせいかね。カレンは何をしに隣の部屋に行こうとしたんだい?」
僕が泊まるこの部屋は、階段を上って一番奥の部屋からひとつ手前になる。つまりカレンの言い分だと彼女は最奥の部屋に用事があったということだ。しかしその部屋に現在宿泊客はおらず、カレンが用事があること自体不自然なのだ。
そのことをママさんは言っているのだろう。
「うっ」
問い詰めるようなママさんの視線に、カレンは怯み呻く。
しかしそれにしてもやけにママさん追い詰めるな。
カレンが偶然と言うのだから信じてあげれば良いのに。
「それは……あれよ」
「なんだい?」
「隣の部屋で休もうと思ったのよ。誰かさんのせいで寝不足だから」
「うっ」
今度は僕が呻く方だった。それは申し訳ないです。
やはりカレンの機嫌が悪い理由は昨晩の僕にあったらしい。
「休むのは構わないけど、変な話だね。アンタには他に自室があったはずだけどね。わざわざ客室で休む理由はなんだい?」
あ、カレンが冷や汗かいてる。
なんて答えようか迷っているのか目を右往左往させている。
「えっと……そうよ! わたしの部屋に犬っころがいたの! だから優しいわたしがベッドを譲ってあげたのよ!」
「犬っころ?」
ママさんがはてなマークを浮かべている。
ここは僕が補足するべきだろう。
「仲間のシフォンのことです」
「ああ、あの子かい。つまりその子がカレンのベッドを占領してて、仕方がなく空いている部屋で休もうとしたわけかい?」
「そうよ!」
カレンはその通りというばかりに強く肯定する。
確かにこの場にシフォンはいない。だからカレンの話が真実という可能性もある。
しかし。
僕はその話だけは嘘だと見抜いた。
なぜなら__
「カレンとシフォンって仲悪かったよね?」
思い出すのはカレンとシフォンの顔合わせをした時。
出会って早々口喧嘩を始めた二人を、僕が粉骨砕身で仲裁したのだ。
そんな二人が仲良くするはずがない。カレンがシフォンに自分の部屋を使わせるなんてありえないのだ。
それにシフォンは警戒心が強い方で基本心を許した人にしか懐かない。
そんなシフォンがまだ出会ったばかりのカレンの部屋で寝るのも想像できなかった。
カレンが僕の方をキッと睨む。
黙ってろということらしい。はい。
あ、でもママさんは良くやったていう顔をしているな。
「どうなんだいカレン? アタシも変だと思ったんだよ。あのカレンが他人に自分のテリトリーの侵入を許すはずがないんだ」
「確かに」
ママさんの説得力のある言葉に思わずうんうんと頷くと、再び睨まれた。カレンは怖いなぁ。
「良い加減認めたらどうなんだい? 嘘をついてまで本心を隠すことがそんなに大事かい?」
「……」
カレンは俯いている。表情は窺い知れない。
「カレン」
ママさんが一歩近づいた。
カレンは動かない。
「自分の気持ちに素直になりなさい」
ママさんの手がカレンに触れようとした直前。
カレンがその手をはたき落とした。
顔を上げあらわになった表情は、怒っているような悲しんでいるような複雑なものだった。
「どうしてよ、ママ! ママはわたしの味方だと思ってたのに! なんでこんな……意地悪言うのよ!」
「意地悪じゃない。カレンのことを思って言ってるんだ。アンタもそろそろ大人にならないといけない。気持ちは伝えないと伝わらないんだよ。わかるだろ?」
「なによ大人って! わたしまだ12歳だし……そんなこと言われてもわからない!」
「なーに言ってんだい。大人の階段上っといてよく言うじゃないか」
「なんのことよ」
「惚けても無駄さ。さっきアレクから聞いたからね。おめでとう。アンタもついに大人の女性の仲間入りってわけだね。アタシは娘の成長が誇らしいよ」
目尻に溜まった雫を指で拭き取るママさん。あい変わらず感情の起伏が激しいな。
「なに言ってるのかわかんない! おかしいよママ!」
それはそう。
「アタシはおかしくないさ。アンタの方がおかしい!」
娘を罵倒し始めるママさん。
「さっきも言ったけどね。気持ちは伝えないと伝わらないんだよ!? 察してくれるだろうなんて甘すぎだよ! もっと素直におなり! 本心を曝け出すんだよ!」
「いやよ!」
「怖がってるんじゃないよ! 一歩踏み出すんだよ!」
「痛っ! ママ引っ張らないでよ!」
鼻息荒くしたママさんが、カレンの腕を引っ張り僕の前に突き出した。
親子喧嘩に僕を巻き込まないで欲しいんだけどな。
「さあ早く! 伝えるんだよ!」
「なにをよ!」
それね。
「本心だよ! 本当の気持ちを伝えるのさ!」
「そんなのない! 隠している気持ちなんてない!」
「嘘言っちゃいけない! アタシは知ってるんだからね!」
「なにをよ!」
僕も知りたい。
「アタシからは言えないね! カレン、アンタが伝えなきゃ意味がないんだよ!」
「そんなのない! まったくない! 興味ない!」
それはそれで傷つくよね。
「またこの子は……!」
それから親子喧嘩はエスカレートしていき、ついには暴力に発展した.
これは流石にまずいと思った僕は仲裁を試みたがあえなく玉砕。ママさんの厨房で鍛えられた剛腕に吹き飛ばされたのだった。
「はぁはぁはぁ……」
激戦の末、意外にも勝者はカレンだった。敗者となったママさんはというと、途中で腰を痛めて床に蹲っている。ママさんの途中棄権によりカレンが勝者となった形だ。
勝者カレンは腰痛で動けずにいるママさんを見下ろして、突飛なことを言い出した。
「ママ、わたし家を出て行くから」
ふーん。
「ん!?」
どうしてそうなる!?
急展開に僕は頭が追いつかない。
「……そうかい。好きにしな」
ママさんもママさんで止めることもなく冷たくあしらうものだから、カレンは余計に怒ってどこかに行ってしまった。
取り残された僕と床に転がるママさん。これからどうしようかな。
そんな中、ママさんが言った。
「アレク、わかっているんだろうね」
「はい」
理解してますとも。
カレンが家を出るということは、仲間である僕たちも宿を追い出されるということだ。
「わかってるなら良いんだよ」
そう溢して安心したようにママさんは眠ってしまった。
「はぁ~、どうしてこうなったんだ」
この時思ったことは言うまでもない。
『カレンを仲間にしなきゃよかった』だ。
というのも、僕が盛大なお腹の音を鳴らしてしまったからだ。
朝食後何も食べていないことをすっかり忘れていた僕は、ママさんに押されるようにして部屋を出た。
「あ」
扉を開けた瞬間、扉の前にいた人物とあわや衝突しそうになる。咄嗟に避けた僕は、その人物を見て若干顔を引き攣らせた。
相手も相手でばつの悪そうな顔をしている。
「おや? カレンじゃないか。アンタも来てたのかい」
ママさんが不思議そうに問う。事前の話ではカレンが、部屋に篭った僕の様子を見てくるようママさんに頼んだと言うことだった。
直接顔を合わせるのは気まずいからという理由らしいが、そうなると今この場にいるのは不自然なのだ。
「なんだかんだ言って結局心配で様子を見に来たってとこかい。部屋の前には来たものの恥ずかしくて入れなかったようだけどね」
そんなママさんの推理に、カレンは慌て出す。
「ぜんぜん違うから! 勝手に変なこと言わないで! アレクのことなんて指先ほども興味ないから!」
これでもかというほどの全力否定だ。
昨日徹夜で話し込んで仲良くなれたと思っていた僕としては少し悲しい。
やっぱり怒っているのだろうか。
「そうかい? なら、なぜ部屋の前にいたんだい?」
ママさんが当然の疑問を問う。
「た、たまたまだから! 偶然にも部屋の前を通りがかったのよ!」
「偶然? それにしては変じゃないかい」
「なにがよ」
「この先の部屋に客はいない。通り過ぎる理由がないと思うのはアタシの気のせいかね。カレンは何をしに隣の部屋に行こうとしたんだい?」
僕が泊まるこの部屋は、階段を上って一番奥の部屋からひとつ手前になる。つまりカレンの言い分だと彼女は最奥の部屋に用事があったということだ。しかしその部屋に現在宿泊客はおらず、カレンが用事があること自体不自然なのだ。
そのことをママさんは言っているのだろう。
「うっ」
問い詰めるようなママさんの視線に、カレンは怯み呻く。
しかしそれにしてもやけにママさん追い詰めるな。
カレンが偶然と言うのだから信じてあげれば良いのに。
「それは……あれよ」
「なんだい?」
「隣の部屋で休もうと思ったのよ。誰かさんのせいで寝不足だから」
「うっ」
今度は僕が呻く方だった。それは申し訳ないです。
やはりカレンの機嫌が悪い理由は昨晩の僕にあったらしい。
「休むのは構わないけど、変な話だね。アンタには他に自室があったはずだけどね。わざわざ客室で休む理由はなんだい?」
あ、カレンが冷や汗かいてる。
なんて答えようか迷っているのか目を右往左往させている。
「えっと……そうよ! わたしの部屋に犬っころがいたの! だから優しいわたしがベッドを譲ってあげたのよ!」
「犬っころ?」
ママさんがはてなマークを浮かべている。
ここは僕が補足するべきだろう。
「仲間のシフォンのことです」
「ああ、あの子かい。つまりその子がカレンのベッドを占領してて、仕方がなく空いている部屋で休もうとしたわけかい?」
「そうよ!」
カレンはその通りというばかりに強く肯定する。
確かにこの場にシフォンはいない。だからカレンの話が真実という可能性もある。
しかし。
僕はその話だけは嘘だと見抜いた。
なぜなら__
「カレンとシフォンって仲悪かったよね?」
思い出すのはカレンとシフォンの顔合わせをした時。
出会って早々口喧嘩を始めた二人を、僕が粉骨砕身で仲裁したのだ。
そんな二人が仲良くするはずがない。カレンがシフォンに自分の部屋を使わせるなんてありえないのだ。
それにシフォンは警戒心が強い方で基本心を許した人にしか懐かない。
そんなシフォンがまだ出会ったばかりのカレンの部屋で寝るのも想像できなかった。
カレンが僕の方をキッと睨む。
黙ってろということらしい。はい。
あ、でもママさんは良くやったていう顔をしているな。
「どうなんだいカレン? アタシも変だと思ったんだよ。あのカレンが他人に自分のテリトリーの侵入を許すはずがないんだ」
「確かに」
ママさんの説得力のある言葉に思わずうんうんと頷くと、再び睨まれた。カレンは怖いなぁ。
「良い加減認めたらどうなんだい? 嘘をついてまで本心を隠すことがそんなに大事かい?」
「……」
カレンは俯いている。表情は窺い知れない。
「カレン」
ママさんが一歩近づいた。
カレンは動かない。
「自分の気持ちに素直になりなさい」
ママさんの手がカレンに触れようとした直前。
カレンがその手をはたき落とした。
顔を上げあらわになった表情は、怒っているような悲しんでいるような複雑なものだった。
「どうしてよ、ママ! ママはわたしの味方だと思ってたのに! なんでこんな……意地悪言うのよ!」
「意地悪じゃない。カレンのことを思って言ってるんだ。アンタもそろそろ大人にならないといけない。気持ちは伝えないと伝わらないんだよ。わかるだろ?」
「なによ大人って! わたしまだ12歳だし……そんなこと言われてもわからない!」
「なーに言ってんだい。大人の階段上っといてよく言うじゃないか」
「なんのことよ」
「惚けても無駄さ。さっきアレクから聞いたからね。おめでとう。アンタもついに大人の女性の仲間入りってわけだね。アタシは娘の成長が誇らしいよ」
目尻に溜まった雫を指で拭き取るママさん。あい変わらず感情の起伏が激しいな。
「なに言ってるのかわかんない! おかしいよママ!」
それはそう。
「アタシはおかしくないさ。アンタの方がおかしい!」
娘を罵倒し始めるママさん。
「さっきも言ったけどね。気持ちは伝えないと伝わらないんだよ!? 察してくれるだろうなんて甘すぎだよ! もっと素直におなり! 本心を曝け出すんだよ!」
「いやよ!」
「怖がってるんじゃないよ! 一歩踏み出すんだよ!」
「痛っ! ママ引っ張らないでよ!」
鼻息荒くしたママさんが、カレンの腕を引っ張り僕の前に突き出した。
親子喧嘩に僕を巻き込まないで欲しいんだけどな。
「さあ早く! 伝えるんだよ!」
「なにをよ!」
それね。
「本心だよ! 本当の気持ちを伝えるのさ!」
「そんなのない! 隠している気持ちなんてない!」
「嘘言っちゃいけない! アタシは知ってるんだからね!」
「なにをよ!」
僕も知りたい。
「アタシからは言えないね! カレン、アンタが伝えなきゃ意味がないんだよ!」
「そんなのない! まったくない! 興味ない!」
それはそれで傷つくよね。
「またこの子は……!」
それから親子喧嘩はエスカレートしていき、ついには暴力に発展した.
これは流石にまずいと思った僕は仲裁を試みたがあえなく玉砕。ママさんの厨房で鍛えられた剛腕に吹き飛ばされたのだった。
「はぁはぁはぁ……」
激戦の末、意外にも勝者はカレンだった。敗者となったママさんはというと、途中で腰を痛めて床に蹲っている。ママさんの途中棄権によりカレンが勝者となった形だ。
勝者カレンは腰痛で動けずにいるママさんを見下ろして、突飛なことを言い出した。
「ママ、わたし家を出て行くから」
ふーん。
「ん!?」
どうしてそうなる!?
急展開に僕は頭が追いつかない。
「……そうかい。好きにしな」
ママさんもママさんで止めることもなく冷たくあしらうものだから、カレンは余計に怒ってどこかに行ってしまった。
取り残された僕と床に転がるママさん。これからどうしようかな。
そんな中、ママさんが言った。
「アレク、わかっているんだろうね」
「はい」
理解してますとも。
カレンが家を出るということは、仲間である僕たちも宿を追い出されるということだ。
「わかってるなら良いんだよ」
そう溢して安心したようにママさんは眠ってしまった。
「はぁ~、どうしてこうなったんだ」
この時思ったことは言うまでもない。
『カレンを仲間にしなきゃよかった』だ。
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