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第2部 嫁ぎ先を決めろと言われました
123.かわいい子の為にがんばるのです
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翌朝香子は、セレスト王国の貿易商と面会を取り付けたという報告を、まだ玄武の室にいる時間に白雲から受けた。
『未の刻(13時頃)に王城内の謁見室で面会可能とのことです』
『(彼らは)終わり次第天津に向かうのかしら』
『そのようです』
本来ならば主官である趙文英がこういった報告を行うのだが、四神の嫉妬がとんでもないので四神宮に彼が足を踏み入れることはめったにない。結果白雲にしわ寄せがいく。とても申し訳なく香子は思うのだが、こればかりはどうしようもなかった。
そうと決まったら今日はいつもより早めに行動する必要があるだろう。
そう思って朝飯をある程度で切り上げて部屋に戻ると、ちょうど侍女たちが掃除をしている最中だった。
あちゃあと香子は思う。こちらが早く行動しようと思うなら、きちんと事前に連絡しておかなければならないことを失念していた。
『清掃中だったのね。ごめんなさい、また後で戻るわ』
青くなる侍女たちに謝り、香子は朱雀に抱かれたまま一旦朱雀の室に向かった。
『悪いことしちゃいました』
『そなたは甘いな』
紅夏にお茶を淹れさせる。朱雀からしたらあそこで謝って出ていくのはおかしいのだろう。確かに花嫁の部屋の清掃などもっと早く終えておくべきだということはわかる。だが香子は連絡をしておかなかった自分も悪いと思っているので、清掃の邪魔をしたくはなかった。
『自己満足に過ぎないんですが、いいんです』
『香子がいいというのならかまわぬ』
『あ、でも。今日は外でお茶をしたいと思うからその準備だけお願いしてもらってもいいかしら』
紅夏に声をかける。
『紅児に何か?』
『エリーザに後悔してほしくないの』
『承知しました』
紅夏はそれが紅児と話をする為だとすぐに察したようだった。紅児に関しては敏感である。
そろそろいいかなという頃合で部屋に戻り紅児に声をかける。延夕玲と黒月も一緒だが賢明な二人が口を挟むことはないはずだ。
四神宮の庭は広くはないが、景観は美しく整えられている。まだ午前中だが陽射しが強くなってきているのが感じられた。けれど四神宮の中はいつも快適な温度に保たれている。それは庭も同様だった。
『これぐらいの時間だとまだ気持ちいいわね』
『そうですね』
紅児は控えめに答える。
『……でも、四神宮の外はもっと暑いのかしら?』
『暑いやもしれぬが……我の側にいれば大丈夫だ』
朱雀の返答に、やはり四神宮の中は温度が調整されているのだということがわかる。しかも四神による自動制御である。端午の頃(陰暦なので六月頃)だというのに天壇で暑く感じられなかったからそうなのだろうなと思ってはいたのだ。そんな雑談を経て、本題に入る。
明日の朝紅児の養父が帰るらしいというのを聞いたと言えば、少し気が抜けたのか紅児の目にうっすらと涙が浮かんだ。
休暇を取り消したということは見送りにこないように言われたのだろうと聞けば、図星だった。紅児としては香子にそういう話をさせてしまったことを申し訳なく思っているようで、香子にはそれがなんとももどかしく感じられた。
紅児はいい子すぎるのだ。それにこの国では来年には成人するのだからと気丈に振舞っている。だがそれは違うと香子は思う。
紅児はこの国の民ではない。セレスト王国での成人年齢は18歳だと聞いている。それをきちんとした教育も受けさせないままに、15歳で成人だからとこの国の都合を押し付けていいわけがない。日本の成人年齢は20歳だ。それをこの国の成人年齢は18歳だからもう大人だといきなり大人扱いされても困るのだ。そう香子は考えているので、紅児については18歳まではしっかり見守っていかなければならないと思っている。
子どもは大人に遠慮などしなくていいのだ。
『単刀直入に聞くわね。エリーザ、貴女はお義父様の見送りに行きたいの? それとも行きたくないの?』
『行きたいです!』
紅児は即答した。
子どもはもっとわがままを言っていい。香子は笑んだ。
『じゃあ、いってらっしゃいな』
養父には怒られるかもしれないが、それでも見送りをしないよりはずっといいだろう。
紅児は感謝するようにペコリと頭を下げた。
昼食を終えて、香子は青龍と朱雀と共に王城内の謁見室へ向かっていた。
すでにセレスト王国への書状は用意してある。
王英明に先導され、趙文英、香子、青龍、朱雀、眷属全員という大所帯である。この書状だけは確実に紅児の身内へ届けなければならない。
可哀想に、セレスト王国の貿易商は平伏し、震えていた。
たまたま唐に着いた時春の大祭が行われると聞いて滞在を延ばしたのだという。
応対は白雲が行った。
『約三年前にセレスト王国からの問い合わせがありました。その返答を用意したので王国の官僚に届けなさい。そしてそれについての回答を半年以内に持って戻るように』
『し、承知しました……』
『任務を遂行するならば四神の加護を授けよう。セレスト王国に届け回答を期日通り持ち帰るならば、この先そなたたちの船は決して嵐に遭わず、沈没することはない』
『ほ、本当でございますか!?』
貿易商は食いついた。長い時間をかけての航海。船は傷むし、当然ながら沈没の危機はある。それが四神の加護によって守られるというならどんなことでもするつもりだった。
『左様。ただし虚偽を行えばそなたたちの命はない』
『は、はい……』
幸か不幸か、貿易商は大祭初日に青龍と朱雀が本性を現した姿を遠くから見ていた。とんでもない国だと腰を抜かし、その後前門に上がるところまでは見られなかったが、四神が全てを超越した存在だということは実感していた。通訳を通してであったが、その威厳は感じられたし、書状を届けて回答を持ち帰るだけならなんということもない。
必ず回答を持って戻りますと約束し、貿易商は意気揚々と港のある天津へ移動したのだった。
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「貴方色に染まる」37、38話辺りです。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
『未の刻(13時頃)に王城内の謁見室で面会可能とのことです』
『(彼らは)終わり次第天津に向かうのかしら』
『そのようです』
本来ならば主官である趙文英がこういった報告を行うのだが、四神の嫉妬がとんでもないので四神宮に彼が足を踏み入れることはめったにない。結果白雲にしわ寄せがいく。とても申し訳なく香子は思うのだが、こればかりはどうしようもなかった。
そうと決まったら今日はいつもより早めに行動する必要があるだろう。
そう思って朝飯をある程度で切り上げて部屋に戻ると、ちょうど侍女たちが掃除をしている最中だった。
あちゃあと香子は思う。こちらが早く行動しようと思うなら、きちんと事前に連絡しておかなければならないことを失念していた。
『清掃中だったのね。ごめんなさい、また後で戻るわ』
青くなる侍女たちに謝り、香子は朱雀に抱かれたまま一旦朱雀の室に向かった。
『悪いことしちゃいました』
『そなたは甘いな』
紅夏にお茶を淹れさせる。朱雀からしたらあそこで謝って出ていくのはおかしいのだろう。確かに花嫁の部屋の清掃などもっと早く終えておくべきだということはわかる。だが香子は連絡をしておかなかった自分も悪いと思っているので、清掃の邪魔をしたくはなかった。
『自己満足に過ぎないんですが、いいんです』
『香子がいいというのならかまわぬ』
『あ、でも。今日は外でお茶をしたいと思うからその準備だけお願いしてもらってもいいかしら』
紅夏に声をかける。
『紅児に何か?』
『エリーザに後悔してほしくないの』
『承知しました』
紅夏はそれが紅児と話をする為だとすぐに察したようだった。紅児に関しては敏感である。
そろそろいいかなという頃合で部屋に戻り紅児に声をかける。延夕玲と黒月も一緒だが賢明な二人が口を挟むことはないはずだ。
四神宮の庭は広くはないが、景観は美しく整えられている。まだ午前中だが陽射しが強くなってきているのが感じられた。けれど四神宮の中はいつも快適な温度に保たれている。それは庭も同様だった。
『これぐらいの時間だとまだ気持ちいいわね』
『そうですね』
紅児は控えめに答える。
『……でも、四神宮の外はもっと暑いのかしら?』
『暑いやもしれぬが……我の側にいれば大丈夫だ』
朱雀の返答に、やはり四神宮の中は温度が調整されているのだということがわかる。しかも四神による自動制御である。端午の頃(陰暦なので六月頃)だというのに天壇で暑く感じられなかったからそうなのだろうなと思ってはいたのだ。そんな雑談を経て、本題に入る。
明日の朝紅児の養父が帰るらしいというのを聞いたと言えば、少し気が抜けたのか紅児の目にうっすらと涙が浮かんだ。
休暇を取り消したということは見送りにこないように言われたのだろうと聞けば、図星だった。紅児としては香子にそういう話をさせてしまったことを申し訳なく思っているようで、香子にはそれがなんとももどかしく感じられた。
紅児はいい子すぎるのだ。それにこの国では来年には成人するのだからと気丈に振舞っている。だがそれは違うと香子は思う。
紅児はこの国の民ではない。セレスト王国での成人年齢は18歳だと聞いている。それをきちんとした教育も受けさせないままに、15歳で成人だからとこの国の都合を押し付けていいわけがない。日本の成人年齢は20歳だ。それをこの国の成人年齢は18歳だからもう大人だといきなり大人扱いされても困るのだ。そう香子は考えているので、紅児については18歳まではしっかり見守っていかなければならないと思っている。
子どもは大人に遠慮などしなくていいのだ。
『単刀直入に聞くわね。エリーザ、貴女はお義父様の見送りに行きたいの? それとも行きたくないの?』
『行きたいです!』
紅児は即答した。
子どもはもっとわがままを言っていい。香子は笑んだ。
『じゃあ、いってらっしゃいな』
養父には怒られるかもしれないが、それでも見送りをしないよりはずっといいだろう。
紅児は感謝するようにペコリと頭を下げた。
昼食を終えて、香子は青龍と朱雀と共に王城内の謁見室へ向かっていた。
すでにセレスト王国への書状は用意してある。
王英明に先導され、趙文英、香子、青龍、朱雀、眷属全員という大所帯である。この書状だけは確実に紅児の身内へ届けなければならない。
可哀想に、セレスト王国の貿易商は平伏し、震えていた。
たまたま唐に着いた時春の大祭が行われると聞いて滞在を延ばしたのだという。
応対は白雲が行った。
『約三年前にセレスト王国からの問い合わせがありました。その返答を用意したので王国の官僚に届けなさい。そしてそれについての回答を半年以内に持って戻るように』
『し、承知しました……』
『任務を遂行するならば四神の加護を授けよう。セレスト王国に届け回答を期日通り持ち帰るならば、この先そなたたちの船は決して嵐に遭わず、沈没することはない』
『ほ、本当でございますか!?』
貿易商は食いついた。長い時間をかけての航海。船は傷むし、当然ながら沈没の危機はある。それが四神の加護によって守られるというならどんなことでもするつもりだった。
『左様。ただし虚偽を行えばそなたたちの命はない』
『は、はい……』
幸か不幸か、貿易商は大祭初日に青龍と朱雀が本性を現した姿を遠くから見ていた。とんでもない国だと腰を抜かし、その後前門に上がるところまでは見られなかったが、四神が全てを超越した存在だということは実感していた。通訳を通してであったが、その威厳は感じられたし、書状を届けて回答を持ち帰るだけならなんということもない。
必ず回答を持って戻りますと約束し、貿易商は意気揚々と港のある天津へ移動したのだった。
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「貴方色に染まる」37、38話辺りです。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/977111291/934161364
応援ありがとうございます!
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