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第1部 四神と結婚しろと言われました

103.変わらぬ朝(玄武視点)

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 香子に空腹を訴えられて、玄武もまた己の腹に手を当てた。どうもなにかが足りないような感覚に戸惑う。今までになかったそれはもしかしたら空腹なのかもしれなかった。
 花嫁に精を与えることは魂をつなぐことと同義である。それには大量のエネルギーを必要とするらしく、前の代の白虎が豪快に食事をしていたことを玄武は思い出した。めったに出ることのない宮廷の宴などではおざなりに手を出すことはあるが、基本人間のような食欲を四神は持ち合せていない。
 居間に黒月が控えている気配を感じ、玄武は念話で香子が動けないことと食事の用意をこちらにするよう申しつけた。
 黒月が室を出ていくのを確認し、

『しばし待て』

 と香子を抱き寄せる。昨夜のうちにどろどろになった床単シーツは室の表に出してあるので、四神宮に仕える者なら香子の状態を理解しているはずだった。

『おなかすいたよぉ……』

 泣きそうな顔で香子が訴える。やはり玄武を受け入れるのは並大抵のことではなかったのだろう。朱雀まで受け入れていたらどうなっていたことか。

『申しつけてはある。ほどなくして運んでくるはずだ』

 香子はそれを聞いて玄武の胸に頭をもたせかけた。朝食が来るまでおとなしくしていることにしたらしい。玄武はくん、と香子の香りを嗅ぐ。確かに抱く前よりその芳香が強くなっている気がする。
 玄武を誘うその香りに、何度でも抱いてしまいたい程の情欲が頭をもたげる。きっと香子が許してくれたなら何日でも抱き続けてしまうに違いない。

(蜜年とも言うしな……)

 これは四神特有の言い回しである。彼らの寿命は長いので当然花嫁と籠る期間が長い。香子が聞いたら頭を抱えそうな言葉ではある。
 寄りそっている間に食事が運ばれてきたらしい。玄武は香子に漢服を着せ、居間に運んだ。朝食は給仕が必要ないようにと食べやすいものが多かった。
 扉の近くに黒月がおり、

『我の分もと持ってこられましたが、この量では足りないと思われますのでどうぞお食べください。なにかありましたらお呼びください』

 言い終ると同時に室を出ていった。香子はさすがに恥ずかしかったらしく顔を伏せたままでいた。くい、と顔を上げさせると香子の顔は真っ赤だった。何か言いたげに口がぱくぱくと開いたり閉じたりする様子も愛らしい。

『どうした?』
『……あの……黒月さんはいつから、ここに……』

 香子の科白に玄武は不思議そうな顔をした。寝室には結界を張っておいたので声や物音が漏れることはない。香子がそこまで気にする理由がわからなかった。

『つい先ほど来たようだが』

 そう答えると香子はあからさまにほっとした顔をした。
 腕を動かすのもおっくうらしい香子に、肉まんや野菜まんを玄武はさりげなく渡した。香子はそれらを一度口に入れると、まるで欠食児童のように食べ始めた。

『香子、ゆっくり食べないと体に悪いぞ』

 そのあまりのスピードに、さすがに玄武は親のようなことを言ってしまう。香子は頷きながらも一気に食べ切り、そして困ったような顔をした。お茶を入れるとそれを飲みながら首を傾げる。

『……なんでだろ……まだなんだか足りないです……』

 玄武は苦笑した。黒月の気配を探ると四神宮で働く者たちが利用する食堂の方にいるようだった。念話で足りないようだと伝える。

『またすぐにでも持ってくるだろう。少し胃を落ちつけた方がいい』

 香子は頷いて茶を啜ったが、なにか思うところがあるらしく首を傾げた。

『あのぅ……なんでまた持ってくるってわかるんですか? 黒月さんも一応足りないだろうというようなことは言っていましたけど……』

 香子の疑問に、玄武は自分たちの能力をあまり説明していなかったことに思い至った。

『香子、我らは離れている者に声を送ることができるのだ。我らはそれを”念話”と呼んでいる』
『へー……』

 香子はなんともいえない顔をした。

『ただ、あまり使うことはないが……』

 おそらくここに来て初めて使ったかもしれないと玄武は思う。基本念話は四神同士で使うことが多い。他の者に意志を伝える為に使うことはできるが、相手は念話を使うことができない為一方的になる。

『やっぱり神様って規格外なんだ……』

 香子は一人納得したように呟き、そして頭を軽く振った。

『うーん……聞きたいことはいっぱいあるんですけど、まだ頭が働いてないみたいなので後で教えてください』

 玄武はそんな香子を優しく抱きしめる。
 抱いても変わらない言動に少しほっとした。
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