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㉕雨の日

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 昼間の時間の後片付けを終え、一息つこうとしていた純也に国生から連絡が入る。

 啓介が山から降りるのが遅れそうという内容だった。

 『ご祈祷』を終えたとはいえ、山で逢魔ヶ時を超えてはいけない。いくら鈍い啓介でも、十分に分かっているはずだ。
 
 きっと天候のせいだ。

 純也は思った。まだ梅雨入り前だが、今日は昼過ぎから雨が降り始め、今も降り続いている。
 昼休憩で顔を合わせた啓介が、雨が続くようなら土砂崩れの前兆が出ていないか、敷地内を見て回ると言っていた。
 
 怪異も自然も予測がつかない。
 危ないことは避けてほしいが、責任感の強いあの人は自分の身が危ないからといって、仕事を放棄したりなどしないだろう。

 コテージやクラブハウス、レストランの周り等、比較的、危険の少ない場所を部下に割り当て、自分は険しい自然が多く残るコースへ行ったに違いない。

 コースへ上がるなら一人ではないだろうと思うが、言い切れない。

 時間は、16時前。コース管理の仕事は朝が早いぶん、終わりも早い。定時は16時だ。

 これはもちろん、日が出ている時間帯に仕事を終わらすようにだ。

 純也は急いで啓介に電話をかける。

 呼び出し音がなり、数度繰り返すが出ない。スマホを携帯していないのかもしれない。
 時々、作業の内容に寄っては車の中に置いて出ることがあるらしかった。

 ならばと純也は国生に電話を入れる。

 「国生さんっ!!」

 焦る気持ちから、繋がると同時に話し始めてしまった。

 『大石さんのことだろ?まだ、降りてきてねぇみてぇだから俺も様子見に行ってくるわ。お前どうする?』

 純也の気持ちが分かるのか、国生は彼の態度を気にすることもなく、言いたいことを察してくれる。
 普段通りの国生のおかげで、気持ちが少し落ち着いた。

 「行きたいのはやまやまなんですけど、今日はディナーの予約が入ってて・・・。あの、啓介さんって一人じゃないですよね!?」

 『あぁ、それはそっちに集中した方がいいぜ。あの人、仕事に関してはすげぇ厳しいから。ほっぽりだしてきたなんて知れたら破局だわ。一人では行ってねぇよ、確か川井と一緒だぜ。』

 国生の言葉に嫌な汗が流れる。破局は嫌だ。例え、啓介の無事を確認できたとしても、別れることになったら次は自分が危ない。
 生きていけない。死ぬ。

 でも、啓介が一人じゃないならそれだけでも良かった。川井という従業員の顔はまったくでてこないが、誰でもいいから誰かと一緒にいてほしかった。

 それに、部下が一緒なら無茶はしないだろう。

 「啓介さんを・・・よろしくお願いします・・・ちなみに今日のディナーのお客さん、料理長の古い知り合いらしいです・・・。」

 『はぁ!?聞いてねぇんだけど!!誰、そいつ?』

 「俺もよくは・・・とりあえず、今は啓介さんお願いします!!料理長は俺が見とくんで!!料理長は現状、風見さん達とコーヒー飲んでますよ!!」

 まるで倉本が女好きのように聞こえるが、国生も今さらそんな誤解はしないだろう。
 娘・・・というほどの年の差はないが、気持ちとしてはそれに近いのだと純也は思っている。

 『っち!!ちゃんと見とけよ!!じゃあ、また報告すっから!!』

 「はい!お願いします!!国生さんも気を付けて!」 



 国生の割り当てられた見回りはクラブハウス周辺だった。もう一人、一緒の部下がいたが先に帰らせ、自分は啓介がいるであろうコースへ上がって行く。

 途中にある神社へ寄って手を合わせた。

 天気の悪い日は、日が暮れるのが分かりづらい。人間に不利な条件が増えれば、怪異達には有利な条件が増える。
 そうでなくとも、雨の山は単純に危ない。

 !!!
 やばい!!祭囃子だ!!

 作業用の軽トラを走らせる国生の耳に、山で異質でありながらも覚えのあるメロディーが届く。

 雨音や車のタイヤの音と重なることなく、なぜかその祭囃子だけはやけに綺麗に聞き取れてしまう。
 分厚い雨雲が空を覆い日の傾きが分からない。
 もともと薄暗かったせいで、いつ逢魔ヶ時に入ったのか分からなかった。

 早く上司を見つけて山から下りなければ・・・。

 国生は、もともと今の能力があったわけではない。ある出来事を体験するまでは、人より感が良いだとか察しがいいだとか、その程度だった。

 今の外見のイメージ通り、国生はもっと若い頃は悪友達と好き勝手に遊び回っていた。
 20歳の冬にこの白花岳に仲間と共に不法侵入し、そして死にかけた。強盗や窃盗が目的だったわけではない。
 当時、ハマっていたスノーボードだ。 

 ゲレンデは他の客で溢れている。自分達だけで、もっと好きに滑りたい。

 親が会員だった国生は子供の頃に何度か宿泊や食事で、ここを利用していて、この山の雪景色を覚えていた。
 施設の専用通路の門は施錠されるがセキュリティシステムはついておらず、力技で乗り越えて侵入されてもブザーが鳴ったり通報がいったりしない。 
 一応、防犯カメラはついているがリアルタイムで誰かが監視しているわけでもない。

 さすがに建物内への侵入はセキュリティシステムが作動するが敷地内に入っただけでは、何も起こらない。場所によってはカメラに記録される程度のものだ。
 山には野生動物が生息しているので、あまり精密なシステムだと夜行性動物に反応しまくってしまう。

 しかも目立たないだけで、そこらかしこに作業用の細い通路が通っていて、実は門を通らなくても敷地の中には入れてしまうのだ。
 獣道同然なので、夜はかなり危険だが・・・。

 国生は、仲間達と車で上がれるところまでを上がり、そこからボードを担いで徒歩で進み、運が良いのか悪いのかゴルフ場の開けた敷地まで辿り着いてしまったのだ。
 施設内の防犯情報をまったく知らないにも関わらず、適当な計画と侵入経路で犯行は取り敢えず成功した。
 
 自分達の持ち込んだ僅かな灯りと、思いがけずも明るい月明かりのもと、滑り始めた。
 
 ただ、彼らは大自然の雪山を甘くみていた。そして、盛り上がっていたというより、何かおかしくなっていたのだと思う。
 仲間も自分も異常な程にハイになっていた。  

 夜の雪山に入るなんて、自分から命を捨てに行くようなものだと今なら分かる。

 そして、本当に気を付けなければいけないのは、行きよりも帰りなのだ。
 これは後から教わったことだが、今ではじゅうぶんに身に沁みている。
 なにせ、その帰り道で仲間共々、死にかけたのだから。

 その時の臨死体験を得て、見えるようになってしまったのだ。

 大変な経験ではあったが、死にかけなければ国生は倉本と出会えていない。一人も欠けることなく助かったのは、倉本のおかけだ。
 倉本と出会うために死にかけたわけでないが、自分の人生の岐路で出会ったことに運命を感じずにはいられなかった。
 この力をもらえたことも、自分の恋を後押ししてくれているように思えた。

 聞いたこともない音量で、祭囃子が鳴り響く。例えるなら、それはすぐ側だ。
 
 先程から何度か上司と部下に電話をしているが、二人とも電話にでない。
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