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雅貴と谷川⑤

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 俺と違って、お前は男らしくて真っ直ぐだから、きっとあの4人をどうこうしようなんて、もう思ってないだろう。
 自分が怪我をさせたと聞いたらなおさら、お互い傷を負ったと終わらせるつもりなんだろうと思う。
 被害届だって、一度出さないと約束したら絶対に出さない。

 バスローブのまま、ベッドに寝転び二人で微睡んでいた。
広いベッドだというのに、雅貴は谷川を抱き寄せ隙間なくくっついて、ずっと背中や髪を撫でている。

 「夏樹、しばらくは家で療養してくれよ。もう少し怪我がよくなったら、先生のとこ行こ?」
  
 先生とは、妊活でお世話になっている主治医のことで、穏やかで物腰が柔らかく、いつも誠実に対応してくれる。
 最初はツンツンしていた谷川も、次第に心を開いていった。

 本当に良い先生だ。3ヶ月前、事情を話に行った時も

 『あまり谷川君を怒らないでくださいね。ホルモン剤の投与はだだでさえ情緒を不安定にさせます。さらに、なかなか結果がでないことで、自分を責めてしまう患者さんも多いんです。谷川君は、もしかしたら一時だけ辛い気持ちを忘れたかったのかもしれない。それで、お酒を飲んだのなら、きっと今はすごく落ち込んでいるだろうから、貴方が支えてあげてください。』

 そう言われて、雅貴は、留置所で声を荒げてしまったことを反省した。心配したからこそだし、沈んだ様子の谷川にそれ以上叱ることは止めたが、彼の不安を事前に察することができたなら、今回のことは起こらなかったかもしれない。

 『谷川君が戻ってきたら、また二人で来てください。待ってます。』

 「療養?つまんねぇよ。・・・それに、そんな休んだらおかしく思われんだろ・・・。」

 「3ヶ月ぶりにホルモン剤再開するのに体調が心配だから、俺が家で休ませてるって言っとく。そう言っとけば、そこを突っ込んでくる程、デリカシーのない奴はさすがにいねぇよ。」
 
 なるべく傍にいるつもりだが、しなければならないことがあるのも現実だ。
 仕事もあるし、何より例の4人のこともある。

 4人の中の一人、陣内は国会議員の父親を持つ、なかなかのボンボンで、交通刑務所に収容されていること自体が怪しかった。
 本当はもっと大きな犯罪を犯した身でありながら、父親の力で道路交通法違反に改竄された疑いが大きい。
 他の三人も日頃からつるんでいたため、そこのおごぼれを頂いたといったところだ。

 スピード違反や飲酒運転で捕まった際に違法薬物の疑いかひき逃げでもしていたのか、数ヶ月、世の中から隔離してほとぼりをさます必要でもあったのだろう。

 こいつらの本来の罪状など、どうでもいいが谷川に対する暴行がなかったことにされるのは許せない。

 「夏樹、好き・・・」

 雅貴が小さな声で呟いた。伝えるためではなく、素直な気持ちが思わず声に出てしまった。

 「・・・俺も・・・」

 聞こえてないと思ったのに、嬉しい言葉が返ってくる。ぐりぐりと額や髪を擦り付けてくる、まるで猫のような仕草が愛おしい。
 恋人のことを愛おしいと思えば思うほど、彼を傷つけた4人を許せなかった。



 家に戻って二日がたった。谷川は雅貴の気持ちを汲んでか、家で大人しくしてくれている。
 世話係という名の護衛には、谷川が気を使わなくて良いように、谷川がリーダーをしていた暴走族グループの元メンバーをつけた。
 谷川が雅貴の元へ来たとき、彼を慕って付いてきて組員として今も共にいる。

「夏樹・・・近いうちに向こうの弁護士が会いたいって言ってきてんだけど・・・お前どうする?イヤなら俺が相手するけど・・・」

 「・・・弁護士くんの?何の話で来るんだよ。もう、あの件は終わったんじゃねぇの?」

 口止めに来るはずだ、と雅貴は予想を付けていた。例え谷川が被害届を出さなかったとしても、今後、いっさいこの件が表に出ることがないよう、きちんと片付けて置かなければ安心できないはずだ。

 「夏樹・・・俺は、どんだけ大金積まれても和解なんてしたくねぇよ。でも、お前が、さっさと片付けて忘れたいっていうなら、お前の好きにしたらいい。」

 どっちにしても、お前に手を出した4人は死ぬから。
 いや、ぎりぎり生かしておいた方が地獄を見れていいかもしれない。
 政治家だとかいう父親の方もだ。

 雅貴は、谷川には少しでも気持ちが楽になる方を選んで欲しいと思った。

 間違ってもないだろうが、もし谷川が自分の目の前で4人を拷問して殺してほしいというなら喜んで叶える。
 普段、甘えてこない恋人のワガママほど可愛いものはない。

 「俺は・・・会いたくない。特にどうこうしてくれってこともないし・・・後々、面倒にならないよう片付けといてくれよ。」

 あの4人の出所まで、あと2週間。刑期が伸びた形跡はなかった。

 今となっては、それでいい。早く外に出てくれた方が、こちらの手が届く。
 弁護士が来るということは、谷川の素性を知っているということだ。復讐されることを恐れて、息子をどこかに逃がすかもしれない。
 出所前に、こちらの出方が知りたいのだろう。

 仮に海を渡ろうが、国境を越えようが逃さない。こちらは警察や裁判所ではないのだ。
 諦める理由がない。

 「分かった。弁護士の相手は俺がする。」



 『谷川は、何も望んでいない。金も謝罪も4人の社会的制裁も。俺も彼の気持ちを尊重する。』

 弁護士には、そう伝えた。嘘ではない。 

 彼が望んでいないなら、俺も要求はしない。なので、もうあの4人はいらないということだ。

 
 
 二週間後、黒塗りの高級車が出所した4人を乗せて消えた。偽造ナンバーと全てのガラスに張られた特殊スモークフィルムのせいで、乗車している人間の顔がどこのカメラにも写っておらず、行方を追えなかった。

 その時、政治家の父親が用意していた迎えの車は、嘘の工事現場の立看板により発生した渋滞で到着が遅れていた。
 
 唯一分かったのは迎えの車と消えた車は、同じ車種の同じカラー、同じナンバーだったということだけだった。
 
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