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おだんご頭と新しい刑
公開処刑
しおりを挟む「痛っ……! 痛てっ、いってぇ……!」
風太は自分の右手首を押さえながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねて悶絶した。
なんだかんだ言っても、やっぱり美晴の「体は」弱い。多分、6年生の女子の中でも、格別に弱い。
(相変わらず弱いな、この体はっ! ちょっとぐらい鍛えておけよ、くそっ!)
幸い、目に見えた外傷にはなっていないが、まだ手首はジンジンと痛む。風太は体から吹き出る汗を感じつつ、テディベアのようなポーズでぐったりしているキモムタに歩み寄った。
「ハァ……ハァ……」
意識はあるようだが、呆然本気としている。辛うじて、指で鼻血を拭くことぐらいはできるようだ。一応、その手にはまだ、クッキーがしっかりと握られている。
(美晴も弱いけど、このキモムタってやつも弱いな。たかが女子のパンチ一発でノックアウトかよ。涙音が一番嫌いなタイプの男子だな、こいつは)
風太は呆れながら、そんなキモムタのそばにしゃがみこみ、手中にあるクッキーを無理やり奪い返そうとした。しかし、キモムタは「うぁぁいっ!」と叫びながら、手足をジタバタさせて抵抗し、風太を振り払った。
「ハァ、ハァ……!」
「お前の……負けだ……。お前は……おれに……じゃなくて、わたしに……負けたんだ……」
「う、うるじゃいっ! い、いきなり、なぐりゅ、なぐる、なんてっ、卑怯だじょおっ!」
「泣くなよ……。見逃して……やるから……、クッキーを……置いて……さっさと……どこかへ行け……よ……」
「く、くしょ! くぞっ! くそぉっ!」
キモムタは、顔面を真っ赤にして怒ってはいるものの、すでに肉体が戦意を失っている様子だった。
これ以上はケンカにならないと判断し、『美晴』はスカートを軽くはたき、落ち着いてメガネをかけようとした。しかし、その一瞬のスキをついてか、それとも偶然のタイミングか、キモムタは最後の悪あがきに出た。
びりっ、びりびりっ。
「ハムッ……もぐもぐっ、もちゅっ」
「ん……?」
「くっちゃ、くっちゃ、むぐぐっ」
「お、お前っ……! 何やってるんだっ……!?」
……食べている。
『美晴』の足元にいる小太りの少年は、クッキーを卑しく頬張っていた。一枚食べ終わると、そいつはカスの付いた指をちゅぱちゅぱと舐めた。
もちろん、風太としては、それを黙って見ているわけにはいかない。
「この野郎……いい加減に……しろよっ……!! クッキー……返せっ……!!」
「む、むほっ……!」
風太はそいつに掴みかかり、腕を押さえつけ、クッキーを奪い返そうとした。キモムタも負けじと、残っている力を振り絞って抵抗し、右に左に体をひねってゴロゴロと大暴れしている。そして、激闘の末……。
ぽすっ。
「あっ……!!」
「へっ、へへっ」
キモムタは、クッキーを高く放り投げた。風太は咄嗟に立ち上がり、それを追おうとしたが、クッキーは高く宙を舞った後、「小三元」の穴の空いた屋根から、その中へ落ちた。
「奈好菜の……クッキーが……」
「や、やったぞ。作戦成功だ。へっへっへ」
「……!」
勝ち誇ったように薄気味悪い笑みを浮かべ、ぐったりと倒れてるキモムタに、風太はトドメを差すことを決めた。
「お前は……もう……ダメだ……」
間合いをとり、ボクサーのように脚でステップを踏んで、渾身の「蹴り」を繰り出すリズムを作る。
ターゲットは動かない。もう体を動かす力は残っていないのだろう。どうせ狙うなら股間がいい。男の体には、アソコが一番効くはずだ。
「お、おい! 何するんだ、おいっ! やめてっ! ま、待って! 待ってくれよぉっ!」
「潰れろっ……!」
ドシュッ。
*
「この建物は……、古い方の……ウサギ小屋か……。そういえば……一度も……来たこと……なかった……な……」
金網の扉には南京錠が付けられておらず、風太は問題なく「小三元」の中に入ることができた。
さびた金網に囲まれ、天井は穴の空いたトタン屋根。立地の関係もあり、「小三元」はなかなか不気味な仕上がりになっている。ウサギを飼育していた形跡が今も残っているので、ちょっとした廃墟のようだ。
「あった……! よかった……、割れてない……」
屋根の穴のちょうど真下に、探しものはあった。風太が食べた一枚と、キモムタが食べた一枚の、合計二枚がなくなってはいるものの、残りのクッキーは割れずにしっかりと、ラッピングに包まれている。風太はひとまず安心し、それをスカートのポケットにしまった。
(ウサギかぁ……。たしか、緩美がウサギ好きだったような)
緩美とは、6年1組のクラスメートである。雪乃や実穂たちと仲が良く、性格は臆病で恥ずかしがり屋だが、動物の世話や花壇への水やりなど、生き物に愛情を持って接することができる、優しい女の子だ。雪乃を通じて、風太も彼女と話す機会が多い。
足元に落ちていた餌の皿をぼんやり眺めていると、ふと、5年生の時の出来事を思い出した。
◇ ◇ ◇
「風太くん風太くんっ! 緩美ちゃんへの誕生日プレゼント、これにしようよっ! 絶対これがいいよっ!」
「ウサギのぬいぐるみか。でも、高そうだな。雪乃のおこづかいで買えるのか?」
「えーっと、値段は……ぎゃーーー!! うぇーん、高すぎて買えないよぉ」
「諦めるしかないな。他のものにしたら?」
「……」
「なんだよ、その目は」
「半額ぅ……出してくれたら……」
「はぁ……。じゃあ、おれとお前の、二人分のプレゼントってことにするぞ。いいな?」
「やったぁ! 風太くんカッコイイよ! ひゅーひゅー!」
「うるさいなっ!」
──
「買えてよかったぁ。このウサギちゃんも、『風太くん、お買い上げありがとウサ!』って言ってるよっ」
「言うなよそんなこと」
「風太くん、ウサギ好き? 動物、好きだっけ?」
「まぁ、チーターとか黒ヒョウとか、好きだけど」
「うーん。男の子って感じだね……」
「な、なんだよっ!? ダメなのか!?」
「ううん。じゃあいつか、動物園行きたいね。あ、でも水族館もいいかな。やっぱり、遊園地がいいかも!」
「おいおい、動物園でも水族館でも遊園地でも、入るにはお金が必要なんだぞ。今のおれたちには、お金がないだろ」
「そうだった! うーん、無理かなぁ」
「今すぐには、な。でも、いつか必ず行こう」
「うんっ! 動物園と水族館と遊園地と映画館と博物館と高級イタリアンレストランとカラオケとボウリングと海と山とゲームセンターとお祭りとライブと高級フレンチレストラン、絶対行こうねっ! 約束だよっ!」
「お、多いな……」
◇ ◇ ◇
(あの約束、あれからいくつ果たせたかな……)
懐かしい思い出に笑みを浮かべ、指折り数えながら、自分の手に視線を移す。
「……!」
ゆっくりと、折った指を元に戻していく。
色白で細い、少女の手。握力は、元の風太の手には遥かに劣るだろう。こんな手では、きっとまともにボールを投げることすらできない。
……こんな体では、どこへ行っても、雪乃を守ることはできない。
(ごめんな、雪乃。もう少し時間がかかるみたいだ)
暗くなる気持ちを抑え込み、風太はしっかりとその顔をあげた。すると、その時……。
ガシャンッ!!
「!?」
風太の背後にある小三元の扉が、勢いよく閉まった。
風の影響で勝手に閉まったわけではない。外にいる誰かが、中に風太がいるのを見計らって、閉じ込めたのだ。しかし、キモムタはすでにノックアウトされ、小三元の外で泡を吹いて倒れているはずだ。
「なっ……!? だ、誰だ……!? まだ……閉めるな……!」
風太は焦り、その扉へと走った。ガシャンガシャンと金網を揺らし、無理やりにでも開けようとしたが、どうやら新品の南京錠が外側から付けられているらしく、びくともしない。
扉を閉めた犯人は、そこにいた。
「残念ね、美晴」
「五十鈴っ……!」
6年2組の学級委員長である五十鈴が、扉の外からこちらを見ていた。いつも通り落ち着きを払い、一仕事終えたような様子だ。
こいつのそばには、いつもあの女がいる。今回も、おそらく例外ではないのだろう。嫌な予感しかしなかった。
「うわっ、眩しい……!」
五十鈴の後方で光る懐中電灯が、『美晴』の顔を照らし出す。曇天の空でも、よく見えるように。
「やったあ! バニーちゃん、ゲットだね!」
まん丸な瞳に、このふざけたしゃべり方。ポニーテールのそいつが邪悪な笑顔で、風太の前に姿を現した。
「蘇夜花……!!」
「また会えたね美晴ちゃん。さっきとは違う、最っ高のシチュエーションだよ」
「何を……する……つもりだ……!」
「決まってるじゃん。『刑』だよ、『刑』。よくもわたしのお腹に、パンチしてくれたよねー」
「黙れっ……! お前は……絶対に……!」
「はいはい、舌戦はもういいよ。そろそろ雨が降っちゃうから、早く始めたいんだ。みんな、待ちくたびれてるしさぁ」
「みんな……!?」
蘇夜花の後ろには、6年2組の生徒たちが、男女合わせて10人ほどいた。スマートフォンのカメラで撮影したり、こちらを指さして隣の奴と何か話したりしている。
蘇夜花は、そんなろくでもない連中の先頭に立ちながら、『美晴』に向けての会話を続けた。
「分かる? 美晴ちゃん。これは『公開処刑』だよ」
「マヌケな……顔した……やつらばっかり……、よく……こんなに……集めたな……」
「うーん、可愛くないね。その汚い言葉遣いも、洗い流してあげなきゃ。その役目は、スペシャルゲストさんにやってもらおうかな」
「スペシャル……ゲスト……?」
次の瞬間、蘇夜花が呼んだ「スペシャルゲストさん」を見て、風太は凍り付いたように固まった。
「『バニーガール』、楽しんでね。執行人の奈好菜ちゃん」
応援ありがとうございます!
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