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身体奪還作戦

対話

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 * *

 時間は少しさかのぼり、前日のこと。
 風太と安樹は最後の計画を練ることにした。風太が用意したノートに、安樹がペンで決定事項を記入していく。

 「この段階でボクが美晴を眠らせておく、と」
 「でも……そんなに……上手く……いくのか……? 人を……無理やり……眠らせる……マッサージ……なんて……」
 「んー? この前、ボクに寝かし付けられたのは、誰だっけ?」
 「う、うるさい……なっ……! まぁ……、上手く……いくなら……やってくれ……。とびっきりの……深い……眠りを……美晴に……!」
 「フフッ、期待しててよ。さて、この次はいよいよキミの登場だ」
 「ああ……。寝起きの……美晴に……『おれは美晴が好きだ』……って……言わせるんだ……よな……?」
 「そうだ。ということは、キミが女の子になりきって『風太』という男を惚れさせる、ということだ。恥ずかしがらずに最後までやりきる演技力が大切だよ」
 「おれに……おれを……惚れさせる……のか……。うーん、どうすれば……いいんだろう……?」
 「あはは、あまり悩むことないんじゃない? だって、キミの好みのタイプは、キミが一番よく知ってるだろう? キミはキミが思う理想の女の子になりきればいいんだ」
 「そ、そう……言われても……な……。おれ……、そういう……好みの……タイプ……とか……よく分からないし……。女子……には……興味ない……から……」
 「はぁ、そうですか」
 「ん……? なんだよ……その……あきれたような言い方……」
 「じゃあハッキリ言うけど。風太ってさぁ、『おれは女子なんかに興味ないゼ』って、そうやってカッコつけるところがカッコ悪いよね」
 「べ、別にっ……カッコつけてるわけじゃないっ……!」
 「ふーん、本当に興味ないの? 全然? 全く?」
 「きょ、興味……ないぞ……! 女……なんて……うるさくて……わがままで……自分勝手なだけの……」
 「この画像を見ても、そう言える?」

 安樹はスマートフォンを取り出し、風太に画面を見せた。画面には、「代浜サユコ」というワードで画像検索した結果が表示されている。代浜サユコはグラビアアイドルなので、ハイビスカス柄のビキニで胸を強調するポーズをとっている写真や、体操服のブルマで尻を強調するポーズをとっている写真など、扇情的せんじょうてきな画像が多い。

 「わあぁっ……!? なんだよ……それっ……!!?」
 
 風太は真っ赤になりながら、即座そくざに顔をそらして目をつぶった。

 「ほら、赤面してる。やっぱり風太もエロ男子なんだね」
 「ち、違うっ……!! おれは……エロ……じゃないっ……!!」
 「いいよ、否定しなくても。男なんてそんなものだって、女の子はみんな分かってるから。男としての本能ほんのう……いや、煩悩ぼんのうかな?」
 「あっ、あのなぁ……! とにかく……そんな……くだらない話……してないで……作戦会議の……続きを……しようぜ……!」
 「何言ってるの? これを利用した作戦だよ?」
 「は……?」
 「“エロ”で堕とすんだよ。『風太』の本能に逆らえない美晴をね」
 「はあぁ……!? お、お前っ……真面目に……!」
 「大真面目だよ。色仕掛けは立派な戦術さ。むしろ、今回のようなケースにこそ実行すべき作戦だ」
 「その……色仕掛けは……誰が……やるんだよ……」
 「それは、もちろんー」

 安樹はニヤリと笑うと、無言で風太を指さした。指をさされた風太は、すご~く嫌そうな顔で首を左右に振った。

 「ダメだよ、やらなきゃ! 元に戻るためなら、キミは何でもする覚悟なんだろう!?」
 「そ、そりゃあ……そうだけど……! べ、別に……エロくない……作戦でも……いいだろっ……!? 美晴を……惚れさせるだけなら……他の……やり方でも……!」
 「確かに、ちゃんとした愛をはぐくむなら時間をかけるべきさ。しかし、キミにはもう時間がないんだろう? 少し強引にはなるけど、目的達成のためなら仕方がないことなんだ!」
 「だ、だけど……! おれ……色仕掛けなんて……やったことないし……! どうすれば……いいのか……全然……分からないんだよっ……!」
 「大丈夫。それを今から練習するんだ。さっきキミに、グラビアアイドルの画像を見せたでしょ? あれを参考にして、男を誘惑するポーズや仕草を学ぼう。今から二時間ほどしっかり練習すれば、キミは月野内小学校一のセクシー小学生になれるよ!」
 「そんなの……なりたく……ないっ……!」
 「よし、まずはうつ伏せに寝てみようか。脚をパタパタさせながら、両手で頬杖をついて、『ルンルン♪』って感じの顔をしてみて」
 「なぁっ……!? なんだよそのポーズはっ……!!」

 それから二時間。風太は「これも元に戻るためだ……!」と自分に言い聞かせながら、様々なグラビアポーズをとる練習をした。女豹めひょうのポーズやにゃんこポーズはさすがに恥ずかしすぎるのでNGを出したが、安樹が「何を恥ずかしがってるの!? やる気がないならボクもう帰るよ!?」と本気で怒るので、仕方なく風太は羞恥に震える腕で一生懸命ポーズをとった。安樹は「リリィ……リリィ……ボクだけのリリィ……」と呟きながら、風太の写真をカシャカシャと何枚も撮った。

 * *

 そして現在。
 そばに立つ気配に気付き、ベッドで気持ち良く眠っていた美晴は、ほんの少しだけまぶたを開けた。しかし、身体を包む布団の懐かしい香りと、素足に心地よく触れる冷たさや柔らかさに甘え、完全には目を覚ますことができず、未だ夢うつつの状態にある。

 「うぅん……」

 やはり、開放感がまるで違う。美晴のベッドが美晴に与えるやすらぎの効果は絶大だった。
 美晴は本来の目的を忘れ、このまま朝までずっと眠っていたいとさえ思っていた。そばに立つ気配の正体だけ確認し終えたら、もう一度まぶたを閉じようと……。
 
 「あれ……? そこにいるのは……わたし……?」

 ぼんやりとした視界の中心には、『美晴』が立っていた。何か物音を立てるわけでもなく、ただまっすぐに立ち、黙ってこちらを見降ろしている。
 美晴は自分を見ている『美晴』に気付き、重かったまぶたを徐々に軽くしていった。

 「どうして……体操服……?」

 『美晴』は体操服を着ていた。白地に、襟元と袖口が臙脂色えんじいろ。そして短パンも臙脂色。月野内小学校指定の、女子用体操服だ。体育の時間くらいにしか着ない服装で、『美晴』はそこにいた。

 「うぅん……? まだ、夢……? あなたは、美晴デビル……?」
 「……」
 「それとも、風太くん……? どっち……?」
 「……」
 「……?」

 寝起きの美晴は、まだ混乱していた。
 その『美晴』は体操服を着ていて、メガネをかけていない。しかし頭にツノはなく、しっぽや羽根も生えてない。そして何より、さっきから一言もしゃべらない。もし、風太なら「おい……美晴……! どうして……お前が……ベッドで寝てるんだ……!」ぐらい言うだろうし、美晴デビルなら「はぁ~い♡ 今日も誘惑ゆうわくしにきてあげたよ~♡」ぐらい言うハズだ。何もしゃべらないので、美晴はまだ判断に苦しんでいた。

 「あ……。起き……なきゃ……」

 とにかくここで眠っているわけにはいかない。そう思った美晴が起き上がろうとすると、そこで初めて『美晴』が動いた。『美晴』は、布団をめくろうとした美晴の手にそっと左手を添えて制止し、耳元に顔を近づけ、ささやいた。

 「隣で……寝ても……いい……?」
 「えっ……!?」

 * *

 「あ、あのっ……!」
 「~♪」

 一枚の布団。美晴の隣に、ごそごそと『美晴』が入ってきた。
 不可解な状況に、困惑する仰向けの美晴。対して、うつ伏せで頬杖をついて余裕そうな顔をした『美晴』。しかし、風太がこんな大胆なことをするはずがないので、ひょっとしたらここはまだ夢で、この『美晴』は美晴デビルなのかもしれない。と、美晴はそう思っていた。

 「えっと、その、一つ聞いてもいい?」
 「ん……? 何……?」
 「ここは夢? それとも現実?」
 「ふふっ……。夢じゃない……よ……。これは……現実……」
 「……!!」

 現実世界。つまり今、美晴の目の前にいる『美晴』は、美晴デビルではなく風太だということになる。この『美晴』は、あの風太なのだ。
 しかし『美晴』は、その言葉と共に体勢を変えた。今度は美晴に添い寝をするような形になり、体操服によりくっきりと浮かび上がった身体のラインを見せつけるようなポーズに。

 「あぁっ! わ、わたしの体で、そんなっ」
 「んー……? どうかしたの……?」
 「あ、あなたは本当にっ、ふ、風太くんなのっ!?」
 「風太……くん……? 風太くん……?」
 「えっ?」
 「くすっ……。あなたこそ……何を……言ってるの……? 風太くんは……あなたでしょ……?」

 あやしく微笑わらう『美晴』に、その面影はない。

 「そ、それって、どういう意味っ!?」
 「おかしな……風太くん……♪ 入れ替わってるんだから……わたしが美晴で……あなたが……風太くん……なんだよ……?」
 「ほ、本気? 本気で、言ってるの……?」
 「もちろん……。あなたは……風太……なんかに……なりたく……ない……?」
 「ううんっ、全然っ! 嬉しいっ! すごく、嬉しいけどっ……!」
 「仲直り……しようって……思った時に……考えたの……。あなたの……気持ちも……しっかり……考えてあげようって……。あなたも……こんなに……辛かったのかなって……」
 「え……」

 それは、美晴が一番求めていた言葉だった。

 「一人で……辛いのを……ずっと我慢してきたんだよね……? ずっと……苦しんで……悩んで……やっと……幸せに……なれたんだよね……? 入れ替わる前は……イジメのせいで……どれだけ……追い詰められてたのかなって……考えると……」
 「!!」

 一粒、そしてまた一粒。
 
 「あなたを……責めたりするのは……とても……かわいそうなことだって……そう思ったの……」
 「待って」
 「風太くん……? どうかした……?」

 溢れ出して止まらない。
 
 「なみだ、が……。なみだが、止まらないのっ……!」

 誰かに分かってもらいたかった。そして、やっと分かってもらえた。
 『風太』は少女のように眼をこすり、ぽろぽろと涙をこぼした。

 「今は……泣いても……いいよ……。怖かった……よね……?」
 「うんっ、うん……。わたし、ずっと、怖くてっ……!」
 「今日まで……よく……頑張った……ね……。あなたも……自分を……褒めて……あげてね……」
 「ぐすんっ……。どうして、ふ、風太くんは、こんなに優しい言葉を、かけてくれるの……? わたしっ、あなたに、ひ、酷いこと、いっぱいしたのにっ」
 「ううん……。あなたの……立場なら……それも……仕方ないよ……。今まで……分かってあげられなくて……ごめんね……? これからは……わたしの分の……幸せを……あなたに……あげるから……ね……」
 「そ、そんな、わ、わたし、なんかにっ」
 「こっちに……来て……。泣くなら……ここで……泣いて……?」
 「ひぐっ、うぅっ、うあぁぁあああああんっ」

 『風太』は『美晴』の胸に抱かれ、これまで溜め込んでいたものを吐き出すように、わんわんと泣き叫んだ。体操服は『風太』の涙や鼻水でぐしょぐしょになったが、『美晴』は決して彼を離さず、済ました笑顔で優しく頭を撫でながらなぐさめ続けた。

 ふんわりとした布団の中で、男女は一番近い距離にまで近づいた。

 「ありがとう……! 本当に、ありがとうっ……! ぐしゅっ……」
 「今日だけは……いいけど……、これからは……あなたが……男の子……だから……強くならなきゃ……ダメだよ……?」
 「うんっ……! わたし……じゃなくて、おれ、強くなるっ……! あなたを……美晴を守れるようにっ!」
 「ふふ……」

 今はとても幸せな時間で、ずっとこのままこの場所にいたい……と、美晴はそう思っていた。何から何まで解決し、全てが上手くまとまった……と、美晴は“勘違い”をしていた。
 「その身体は必ず奪い返す」という風太の伝言を、美晴はもう覚えていなかった。

 (悪いな、美晴。おれがお前に勝つには、こうするしかないんだ……)

 自分の首元に、輝く桃色のペンダント。相手の首元に、まだ輝く前の青色のペンダント。それぞれがあることを確認し、風太は美晴の後ろにある壁をぼんやりと見つめた。
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