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風太6歳 美晴4歳

空野豆ミニバスクラブ

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 美晴は自分なりに、現在の状況を分析した。
 
 (わたしの意識は今、6歳の風太くんの中にいる……! つまりここは、6年前の世界なんだ……!)
  
 6歳の風太の体に、12歳の美晴の魂が入ってしまった、という結論だ。しかし体を乗っ取ったわけではなく、全ての主導権は風太側にあるようで、憑依というよりは精神の同居に近い。今の美晴は、6歳の風太と視覚聴覚味覚などの五感を共有しながら、心の中で彼に話しかけることぐらいしかできない。

 「へー、そうなんだ」
 (風太くん、あんまりピンと来てない……?)
 「よくわかんないけど、おれのこころのなかに、おまえがいるってこと?」

 風太は自分の左胸をぽんぽんと叩いた。当然その感触は、肉体をシェアしている美晴にも伝わっている。

 (うん……。そういうことみたい)
 「そっか。へんなかんじだなぁ。おまえ、なまえはなんていうの?」
 (わたしは美晴。6年後の未来から来たの)
 「みはる、かぁ。もしかして、じょし?」
 (えっ? う、うん。一応、女子だけど)
 「やっぱり。じょしっぽくて、きれいなこえだなって、おもってた」
 (えっ? わたしの声が、綺麗……?)
 「うん。すがたはみえないけど、みはるのこえ、きれいだね」
 (で、でも、これは心の中の声で、わたしの本当の声は、のどが潰れてるから……!)
 「ん? どうしたの?」
 (ううん……。ありがとう、小さな風太くん。はぁ……もう、「きれい」だなんて、気軽に言っちゃダメだよ……)
 「あれ? みはる、おこってる? こえ、ふるえてるけど……」
 (い、いえ。とにかく、わたしの声はあなただけにしか聞こえない、ということですね)
 「みはるは、なんさいなの? しょうがくせい?」
 (12歳の6年生だよ。風太くんと同じ、月野内小学校に通ってる……)
 「えっ? そうなんだ。おれのおにいちゃんよりうえかぁ」
 (6歳の風太くんが小学1年生なら、お兄ちゃんは小学5年生、かな……?)
 「じゃあ、みはるはおれのおねえちゃんだ。そういうことでいいよな。よろしく、みはるおねえちゃん」
 (わたしが、風太くんのお姉ちゃんっ!? つまり、風太くんがわたしの弟!? ちょ、ちょっと照れる……かも)
 「こうえんにいくから、ついてきて。おねえちゃん」
 (う、うん……。わたし、あなたの、お、お姉ちゃんだから、ついてく)

 体の自由が風太にあるため、「風太についていかない」という選択肢せんたくしは、最初からない。「お姉ちゃん」という言葉の響きにドキドキしているせいか、美晴もちょっとアホになっていた。
 
 * *

 今も昔も変わらない、やまあらし公園。
 美晴を搭載とうさいした風太は、小さな足でテクテクと元気に歩き、その公園までやってきた。6歳の体にとっては大きくて重いバスケットボールを、両手でしっかりと抱きかかえながら。

 「よし。みてろよ、みはるおねえちゃん」
 
 風太はそう言うと、やまあらし公園にポツンと立っている一本のバスケットゴールを見上げた。
 ゴールがこの一本しかないため、ここで本格的なバスケットの試合などはできない。シュート練習のための物である。

 「こうやって……おりゃっ!」
 
 ぽすっ。
 風太が投げたボールは、低い放物線を描き、ネットを優しく撫でるだけに終わった。リングに入っていないので、残念ながら得点は0。

 「あーだめだ。ぜんぜんとどかない……」
 (ううん、もう少しだったよ。がんばって!)
 「どうやってなげたらいいのかなぁ。シュートのしかたがわからないや。みはるおねえちゃんは、バスケできる?」
 (えっ!? わ、わたし、バスケットボールは苦手……)
 「なにがとくい? サッカーとかドッジは?」
 (それもちょっと……。スポーツ全般が苦手です……)
 「じゃあ、やすみじかんはなにやってるの? おにごっことか?」
 (休み時間は、その……ど、読書とかですかね?)
 「ふーん。どくしょか。なんか、つまんなそうだな」
 (ううぅ、ごめんなさい……)
 「べつに、あやまることじゃないよ。おれは、どくしょよりうんどうするのがすき。スポーツはなんでもとくい」
 (ふふっ、風太くんは今も昔も変わらないんですね)
 「いちばんすきなのは……やっぱりバスケかな! いつもこうやって、ひとりでれんしゅうしてるんだ。こっそりれんしゅうして、バスケがうまくなったら、ゆきのにかっこいいところをみせてやろうと……」
 (えっ!? バ、バスケットが一番!? それは、サッカーや野球よりも!?)
 「うん! あれ? おれ、なにかへんなこといった?」
 (い、いえ……)

 美晴が知る風太という人物は、バスケットボールとは無縁の存在だった。風太が友達とバスケをしているところも、バスケについて語っているところも、美晴は一度も見たことがない。休み時間になると、いつもサッカーやドッジボール、たまに野球をしている少年であり、彼の口から出るスポーツの名前も、いつも「サッカーやドッジ、野球」である。
 
 (きっと、風太くんに何かがあったんだ……! バスケットボールを好きじゃなくなった理由……! そこに、風太くんとお兄ちゃんの関係を知る、手がかりがあるはず……!!)
 「おれのにいちゃん? みはる、らいたにいちゃんのことしってるの?」
 (は、はい。どうして風太くんのお兄ちゃんは、風太くんに『出来損ないの弟だ』なんて言ったりしたのか、ずっと気になってて……!)
 「なんだよ。みはるも、おれが『できそこない』ってよばれてること、しってるのか。いっとくけど、おれはできそこないじゃないぞ!」
 (その通りですっ! 風太くんは出来損ないなんかじゃなくて、誰よりも勇敢でとても優しい男の子……! って、あれ?)
 「ん? なんだ?」
 (否定、しました?)
 「あたりまえだろ! そんなこといわれたら、やっぱりくやしいじゃんか」
 (そ、そうですよ、ねぇ……)

 6歳の風太は、自分が『出来損ない』であることを否定した。しかし12歳の風太は、それを否定しなかった。明らかな反応の違いに、美晴は首をかしげた。
 
 (じゃあ、どうして12歳の風太くんは、あんなことを……?)
 「12さい? みらいのおれのこと?」
 (はい。6年後のあなたとは、ずいぶん違うみたいで……)
 「へー。12さいのおれって、どんなかんじ?」
 (へっ!? ど、どんな感じと、言われましても……!)
 「でかい? かっこいい? みはるおねえちゃんとはなかよしなの?」
 (わ、わたしと仲良しかどうかは、その、なんというか……! と、友達では、ありますっ。多分っ)
 「そっかぁ。ともだちをまもるためにたたかう、りっぱなおとこになってたらいいなあ」
 (立派ですっ!!! 風太くんは、わたしの憧れの人なんですよっ!!!)
 「うわぁっ!!? び、びっくりしたぁ……」
 (あっ! ご、ごめんなさいっ。つい、大きな声が出てしまって)
 「でも、うれしいな。みらいのおれは、りっぱなおとこになってるってことだよね」
 (いえ、あの……。立派な人ではありますけど、男かどうかまでは、保証できません……)
 「えっ!? どういうこと!? おれ、おとこじゃなくなってるの!?」
 (もしかしたら、女になってるかも……)
 「えぇーーーっ!!?」

 プップー。車のクラクションの音。後ろから聞こえてきた。
 音のした方へ振り返ると、公園の外に、一台の自動車が停まってるのが見えた。運転席には、6年前のこの世界でも特に外見が変わっていない守利(風太の母親)が座っており、隣の助手席には、小学5年生ぐらいの雷太(風太の兄)が座っている。
 守利は窓を開け、こちらに向かって大声で呼びかけてきた。

 「フウくーん! 総合市民体育館に行くわよぉーー!!」
 「はーいっ! ママ、いってらっしゃーいっ!!」
 「『いってらしゃい』じゃなーいっ! フウくんも一緒に行くのよーーっ! 早く車に乗りなさーいっ!」
 「なんでーーー? おにいちゃんを、クラブにおくっていくんでしょーー?」
 「今日から、フウくんもクラブに参加するのーーっ! 他の子たちと一緒に練習するのよーーっ!!」
 「ふーーーーん。わかったーーー!」

 話はまとまり、風太は母親の自動車が停まっている場所へと駆け出した。

 * *

 車でのんびり15分。やってきたのは、あの総合市民体育館だ。
 本日、この体育館を使用している団体は、「空野豆そらのまめミニバスクラブ」。主に土曜日や日曜日に活動をしている、地域の小学生を対象としたバスケットボールクラブだ。風太の兄である雷太は、その高学年チーム(4・5・6年生)に所属している。風太の家族を乗せた車がここへ来た理由は、もちろん雷太をクラブへと送るためであるが、今日は他に、もう一つの理由があった。

 「低学年チームのみんな! おはようございまーす!」
 「「「……はようざいぁーす」」」
 「元気がなーいっ! バスケットボールの基本は声出しから! おはようございまーす!!」
 「「「おはようございまーす!」」」
 「うん! 今日も元気にいきましょう! よろしくお願いしまーす!」

 高学年チームの子たちが集まる第一コートではなく、低学年チームの子たちが集まる第ニコート。風太を含めた、1・2・3年生の男子と女子合わせて30人ほどは、こちらのバスケットコートで練習をすることになった。
 まずは元気ハツラツな女性コーチが登場し、眠たげな子どもたちに大きな声であいさつをした。

 「えー、ではさっそく練習を始めていきますが……その前に! 今日から練習に参加する、小学1年生の子たちに、自己紹介をしてもらいたいと思いまーす」

 初対面の2年生や3年生の前で、自己紹介をする。何気ないイベントだが、全員の注目が集まるということもあって、1年生の子たちはみんなドキドキしていた。特に身長が高くて目立つ風太なんかは、緊張でガチガチになっている。

 「どうしよう、みはるおねえちゃん。なんていえばいいのかな?」
 (わ、わわ、わたしも、こ、こういう場は、苦手っ……!)
 「お、おいっ! しっかりしてよ! おねえちゃんだろ!」
 (ごめんなさいっ!)
 
 美晴も役に立たない。そうこうしているうちに、順番に自己紹介が終わり、ついに風太の番になってしまった。女性コーチは、「じゃあ、次は君!」と、元気に風太を指名した。

 「は、はいっ! おれは、ふたせふうた! ですっ! よ、よろしくおねがいしますっ!」

 風太は、自分の名前をはっきりと言った。すると、それを聞いていた2年生や3年生の先輩たちから、少しざわめきが起こった。

 「ふたせ?」「ふたせだって」「なまえ、ふたせなんだ」「らいたくんとおなじだー」「ほんとだ。おなじなまえ」「らいたくんのおとうとかなぁ?」「すごーい」「すごいねー」

 子どもたちはみんな、二瀬風太という名前を聞いて、二瀬雷太のことを連想したようだ。ざわめきの中、女性コーチは風太に尋ねた。

 「風太くんは、二瀬雷太くんの弟?」
 「は、はいっ! おれは、らいたにいちゃんの、おとうとですっ!」
 「そうなんだ! へぇー、あの雷太くんに弟がいたなんて……!」
 「らいたにいちゃんのこと、なんでみんなしってるの?」
 「雷太くんはね、このクラブでは有名人なの。去年、うちの高学年チームを全国3位に導いた、バスケットボールの超天才。クラブの歴史上でも、あの子以上の選手はいないわ。今は5年生にして、高学年チームのキャプテン。この前なんて、地元の新聞社から取材が来たりしてね」
 「ふーん。らいたにいちゃんって、そんなにすごいんだ。じゃあ、らいたにいちゃんにかてるひとは、いないの?」
 「勝てる人? バスケットの1on1で勝負して、ってこと?」
 「うん」
 「そうねぇ。雷太くんは体も大きいから、並みの男子中学生レベルでも勝てないだろうし、コーチの私だって負けちゃうかも」
 「そっかぁ。らいたにいちゃんには、だれもかてない……」

 バスケットボールのことをよく知らない6歳の風太にも、その心の中にいる美晴にも、「二瀬雷太は小学生のころから天才だった」ということは伝わった。そして美晴は、兄のことを褒められた風太が、あまり嬉しそうな感情を持っていないことに気がついた。
 
 (どうかしましたか? 風太くん)
 「らいたにいちゃんは、すごくて、おれは、できそこない……」
 (よ、弱気になっちゃダメですっ! あなただって、きっと才能があるはずだからっ! ほら、公園でシュートの練習をしたことを思い出して! 自信を持って!)
 「う、うん。そうだよな。おれだって、いままでいっぱいれんしゅうしてきたんだ。だいじょうぶ、だいじょうぶ……!」
 (その意気ですっ! あなたにはおねえちゃんがついてるから、がんばって!!)
 「ありがとう、みはるおねえちゃん。ちょっとげんきになった」

 うつむき気味だった風太は、美晴に励まされて顔を上げた。
 これから練習が始まる。下を向いてはいられない。風太はさらに自分を奮い立たせ、練習へとのぞむ決意をした。
 
 *

 「シュートのやり方は、こうして、こうして、こう! リズムを大切にね。じゃあ、1年生のみんなもやってみましょうか」
 「「「はーいっ!」」」

 コーチの指導の元、低学年チームの本格的な練習が始まった。ストレッチ、ウォーミングアップ、ドリブル練習、パス練習ときて、次はいよいよシュートの練習である。
 風太もさっそく、教わった通りにリングへと向かってボールを投げてみた。

 「こうして、こうして……おりゃっ!」
 
 スパッ。
 風太の投げたボールは、綺麗なを描いて飛び、鮮やかにゴールリングを通過した。試合中ならば2点獲得の、ナイスシュートだ。今まで独学で積み上げてきたシュートの練習が、ついに実を結んだ。

 「や、やった! やったよ、みはるおねえちゃんっ!」
 (うんっ! 風太くん、すごい! 練習の成果だよ!)
 「よーし、もっとやってみよう……!」

 スパッ。ぽすっ。スパッ。ぽすっ。
 風太は10回ボールを投げ、5回シュートを決めることができた。その初心者とは思えない実力に、他の子たちからの注目が次第に風太に集まり始め、コーチも興味深そうに風太のそばまでやってきた。

 「すごいわ! 1年生なのに、こんなに綺麗なシュートが打てるなんて……! 風太くん、とっても上手ね!」
 「へへっ。そうかなぁ」
 「これは、あの雷太くんを超える逸材いつざいかもしれないわ……! 期待しちゃうわね」
 「ほんとっ!? おれ、らいたにいちゃんより、すごい!?」
 
 コーチに褒められ、風太は明るい笑顔になった。そして周りで見ていた他の子たちも、次々と風太の実力を評価しだした。

 「すごーい」「ふうたくん、すごいねー」「ドリブルもじょうずだったし」「パスもうまかったよ」「すぐしあいにでられるよー」

 みな、口々に褒めた。
 しかし、その中に紛れたある一言を、風太は聞き逃さなかった。誰が言ったのかは分からず、悪意がこもっていたのかも分からないが、それは風太の耳に入ってしまった。

 「きっと、らいたくんにおしえてもらったんだよ。うらやましいなあ、おにいちゃんがてんさいのひとは」
 
 言うまでもなく、雷太が風太にバスケットボールを教えたことは一度もない。兄弟で顔を合わせても「愚かな弟よ」「出来損ないの弟よ」と、見下したような言葉を並べるだけ。
 しかし、何も知らない他人からすれば、風太の努力も雷太の指導の賜物たまものに見えてしまうのである。

 「……!」
 
 風太はキョロキョロと周囲を見回し、その言葉の主を探した。しかしどれだけ探しても、それを言った子は見つからなかった。

 *

 その後、休憩を挟み、簡単な練習試合をした。1・2・3年生の子たちがまずはボールに慣れるための、遊びのような試合である。だから、そこまで必死にプレーする必要はないのだが、風太だけは心に余裕を持っていなかった。

 「はぁ、はぁ……!」

 相手からボールを奪うと、仲間にパスをすることなど全く考えずに、一人でドリブルしてシュートまでいくという、ワンマンプレー。みんなから認められたいという焦りが、風太をそうさせていた。しかし、そんな単調なプレーが何度も上手くいくはずがなく、基礎的な体力も作れていない風太は、すぐにスタミナが切れてしまい、2年生や3年生の先輩に簡単に止められるようになってしまった。

 「く、くそっ……!!」
 (風太くん、落ち着いて!)
 「おねえちゃんはだまっててよ! バスケできないくせにっ!」
 (うぅ……!)

 そして試合は終わり、本日の練習も終了。試合でのイライラした様子は他の子たちにも伝わり、風太は少し浮いた存在になってしまった。聞きたくないような噂話うわさばなしも、ぽつぽつと数が増えていった。

 「ふうたくん、どうしたんだろう」「なんか、おこってるみたいだった」「ふうたくんはうまいけど、にねんせいやさんねんせいにはかてなかったね」「らいたくんは、いちねんせいのときからせんぱいよりもうまかったのに」「くらべるのはかわいそうだよ」「らいたくんはてんさいだから」

 本人の耳にも、それはしっかりと届いている。風太はモヤモヤとした気持ちを抱えながら、第一コートを眺めていた。
 そこでは高学年チームの試合が行われており、無双状態とも言える活躍ぶりの雷太が、華麗なプレーで見る者を魅了していた。

 「らいたにいちゃんは、おれとはちがって……」
 (風太くん、落ち込まないで。あなたはまだバスケットを習い始めたばかりなんだから、実力の差があるのは当然のことですっ)
 「これから、おれはうまくなるとおもう? 『おまえにはなんのさいのうもない』って、にいちゃんはよくおれにいうんだ」
 (そんなこと、気にしちゃダメですよ。わたしはきっと、風太くんは上手くなると思いますっ!)
 「ほんとに? いっぱいれんしゅうすれば、にいちゃんよりもうまくなれるかなぁ」
 (ええ、きっと……!)
  
 「なれるよ。ふうたくんなら」

 美晴の言葉に被さるように、風太を励ました人物がいた。そいつは突然後ろから現れ、てくてくと歩いてこちらにやってくると、風太の隣にちょこんと座った。

 「はじめまして」

 透き通るような目をした、おかっぱ頭の女の子。服装はスポーツ用の白いTシャツに紺色の短パン。年齢は風太と同じくらいなので、低学年チームでさっきまで一緒にバスケットの練習をしていた子だろうが、印象に残っていない。

 「えっと、だれだっけ?」
 「わたしのこと、おぼえてない? さっき、いっしょにれんしゅうしたのに」
 「うん。ごめんな」
 「そっか。じゃあおぼえて。わたしのなまえ」
 「わかった。ちゃんとおぼえるよ」
 「わたしのなまえは、リブラ」

 おかっぱ頭の女の子は、「リブラ」と名乗った。見た目からして外国人ではなさそうだが、どうやって漢字で「リブラ」と書くのかは分からない。

 「リブラ? へんななまえだな」
 「てんびんざだから、リブラ」
 「ふーん。ちょっとかっこいいじゃん」
 「そう? わたし、かっこいい?」
 「うん。それで、リブラはおれになんのようなの?」
 「ふうたくんは、バスケットボールがうまい」
 「べつに、うまくないよ。にいちゃんのほうがうまいし」
 「ううん。ふうたくんのほうがうまい。ほかのひとがなんていってても、わたしはふうたくんのほうがうまくなるとおもう」
 「そ、そっか……」

 リブラに励まされ、風太は少しだけ顔を赤らめた。
 美晴お姉ちゃんはなんとなく複雑な気分になったが、心の中で静かに二人の会話を聞いていようと決めた。

 「だから、ふうたくんに、おねがいがある」
 「おれにおねがい? リブラが?」
 「そう。わたしに、バスケをおしえて」
 「えっ!? おれが、おまえに!?」
 「うん。わたしも、うまくなりたい。シュートとか、スパッスパッって、きめてみたい。ふうたくんみたいに」
 「お、おしえるのはいいけど、どうしておれに? コーチやせんぱいのほうが、おしえるのがうまいとおもうけど」
 「ううん。ふうたくんが、いちばんだから。こころのつよさが」
 「こ、こころの、つよさ……? よくわかんないけど、ほめてくれてるのかな」
 「ほめてる。だから、おしえて。バスケット」
 「よし、わかった。いっしょにれんしゅうしよう! ほら、ついてこいリブラ!」
 「『ついてこい』は、いや」
 「えっ!?」

 駆け出そうとする風太の手を、リブラはそっと握った。

 「いっしょに、いこ」
 「う、うん……!」

 風太は走らなかった。リブラの歩幅に合わせて、バスケットゴールの近くまでゆっくり歩いた。
 小さな胸の高鳴りは、同居人である美晴にも伝わっていた。

 (ふ、風太くん? わたしのこと、忘れてませんか? いえ、元気になってくれたのは嬉しいことなんですけど、立ち直りが早すぎるというか、単純すぎるというか……)

 お姉ちゃんが何やらゴチャゴチャ言っているが、風太はリブラとの練習に夢中で、全く聞いていなかった。
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