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最後の修学旅行 第一夜

クソ虫の交尾

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 「むにぃ~~~!!!」

 蘇夜花ソヨカは『美晴フウタ』のほっぺたを、左右からぐにーっと引っ張った。

 「たとえば怪盗かいとうが変装しているなら、こうやって顔を引っ張れば素顔が出てくるけど」
 「いふぁいっふぇ……!!」
 「うーん、これは違うか」

 蘇夜花が手を離すと、『美晴』のほっぺたはバチンと元に戻った。

 「痛てて……! ふ、ふざけるなよ……お前っ……!!」
 「あんまり大きな声出さないでよ。中継先のみんなに聞こえちゃうでしょ。こんなオカルトみた妄想、他の子たちには聞かれたくないんだから」
 「ど……どういう……意味だよ……」
 「自分でも、何を言ってるんだろうと思ってるんだよ。でも、あなたは美晴ちゃんじゃないでしょ。多分」
 「……!」

 バレた。
 蘇夜花の言う通り、ここにいる『美晴』は、本物の美晴じゃない。しかし、言い当てた蘇夜花ですら常識では考えられないと思っているのか、あまり騒ぎ立てようとはしなかった。

 「美晴……じゃない……って……?」
 「わたしはね、美晴ちゃんが美晴ちゃんじゃなくなる瞬間を、この目で見たんだ。わたしを殴ろうとする直前、美晴ちゃんは叫んだ。『助けて! ナントカくん!』って」
 「……!」

 あの時、美晴が大声で叫んだ言葉は、『助けて! 風太くん!』。つまり、風太の名前までは、まだバレていない。

 「そして、そこから美晴ちゃんは別人になった。見た目は全く変化せずに、ね。……さあ、今世紀最大の謎だよ。わたしを殴った『ナントカくん』とは、一体何者なのか」
 「……」
 「美晴ちゃんは実は双子で、あの時弟とすりかわった? いやいや、美晴ちゃんは二重人格で、あの時急に少年の人格が目覚めた? いやいや、美晴ちゃんには幽霊のお友達がいて、あの時男の子の幽霊が憑依ひょういした? どれもこれも信じられないせつだけど、確実に言えることが一つ」
 「な、なんだよ……」
 「誰かいる。誰にも助けを求められず孤独だったハズの、美晴ちゃんのそばに。正体不明の……おそらく男の子が、美晴ちゃんを助けようとしてる。わたしの邪魔をしている」
 「……!!」

 自身の計画を狂わせている存在に、蘇夜花は激しい憎悪ぞうおの感情をつのらせた。

 「五十鈴イスズちゃんは、『美晴の恋が成就じょうじゅでもしたんじゃない? カレシができたら、女って変わるもの』って言ってたけど」
 「えっ……!? いや、そ、それは違う……!」
 「わたしも絶対違うと思う。美晴ちゃんにカレシなんかできるわけないし」
 「おい……! それは……失礼だろ……!」

 『美晴にカレシができた説』はすぐに消えた。

 「今も、別人だよね? さっきキモムタくんを倒したのは、あなたでしょ? けっこう強いみたいだね、ナントカくんは」
 「う……!」
 「話したいな。聞きたいことが、山ほどあるよ。どういうシステムかは知らないけど、本来の美晴ちゃんは、しばらくOFFにしといてね。ナントカくんの方を、ONにして」
 「……!」

 体の入れ替わりは強制なので、ONやOFFのボタンはない。蘇夜花なりに、手探てさぐりで真相を解明しようとしているのだろう。

 (おれと美晴の入れ替わりのことを、親切に教えてやる必要はないな。まだバレていないなら、隠し通してやる!)
 
 風太は、蘇夜花にウソをつくことを決めた。

 「あ、あのっ……!」
 「なぁに? ナントカくん」
 「おれ……じゃなくて、わたし……美晴……!」
 「え?」
 「わたし……美晴……なの……ですわよ……!!」
 「……」

 風太の第一声を聞いた蘇夜花は、口をポカンと開けていた。

 「なんのことだか……さっぱり……だわね……! わたし……美晴……です……もんっ……! 男の子……? 誰なのですか……それは……!」
 「うーん?」
 「お前を……じゃなくて、あなたを……ブッ飛ばしたのも……、キモムタを……倒したのも……全部……女子の……わたし……! かわいい……ハート柄の……恋愛で……うさぎとねこで……ピンク色の……おしゃれドレスな……お姫様の……わたしですなの……!」

 女子が好きそうな単語をたくさん並べ、『美晴』は自分が女の子であることを蘇夜花にアピールした。とにかく、男子のにおいを消そうとした。
 それを聞いていた蘇夜花は、「ふぅ」とため息をつき、呆れたような口調で答えた。

 「まあ、そうなるよね。分かってた」
 「な、何が……よ……!?」
 「『お前には教えてやんねーよバーカ』ってことでしょ? 美晴ちゃんの秘密を、素直にわたしに教えるわけないよね」
 「うぐ……!」
 
 見透みすかされている。

 「今は修学旅行中。拷問ごうもんして無理やり吐かせようにも、時間が足りない。だから……今日は諦めて、やり方を変えるね」
 
 蘇夜花は腰を上げて、やっと風太の背中から降りた。なわとびで固く縛られているせいで、両手はまだ使えないが、脚は自由なので、風太はまず体をゴロンと側転させて、肺が楽な体勢を作った。

 「はぁ……はぁ……」
 「ねぇ、これが何か分かる?」

 寝転んでいる風太の顔のそばに、蘇夜花は透明な袋を一つ置いた。透明なので、中に入っているものは、見れば分かる。

 「星型の……キャンディ……?」
 「名前は『星幻糖せいげんとう』。簡単に言うと、ウィスキーボンボンみたいな、お酒が入ったお菓子の仲間」
 「お、お酒っ……!?」
 「これにはアルコールは入ってないけどね。でも、それによく似た……一時的に脳を麻痺まひさせる成分が入っている」
 「脳が……麻痺……」
 「つまり、『酔う』ってこと。酔っぱらった大人がどうなるかは知ってる?」
 「お、大声出したり……フラフラ歩いたり……」
 「そう、自制が効かなくなる。感情も、興奮も、自分で抑えられなくなるの。欲求が増幅ぞうふくし、自分が気持ちよくなれる方へと進んでしまう」
 「興奮が……抑えられなくなるって……。まさか……」

  風太の頭に浮かんだのは、先ほどの牟田の姿。

 「うん! さっきのキモムタくんみたいに、興奮してフガフガになっちゃうんだよ。これを大量に食べたりしたら」
 「それで……? これを……今から……おれに……無理やり……食べさせる気か……?」
 「そんなことしないよ。だって、あなたはもう食べてるし。そろそろ効いてくるかな」
 「え……」

 蘇夜花は全てを語った。この「星幻糖」が風太の口に運ばれるまでの、全てを。

 「電気ポットのお湯でこれをたくさん溶かして、わたしは『星幻糖水』を作った。そして、それを水筒に入れて、夜ごはんの席に持ち込んだ」
 「よ、夜ごはん……!? オリエンタルホールの……中華料理に……!?」
 「その通り。あとはこっそり混ぜるだけ。カニのタレと、エビのチリソースに。酸っぱさの中に、甘味が溶け込むように」
 「あっ……!!」

 ドクンと、心臓が大きく脈を打つ。
 心当たりがありすぎて、悪寒おかんが走る。一筋の冷や汗が、ほおを垂れていく。

 「『アマガワ』は、あなたがこの部屋を出るまで終わらない。両手使えない状態で、織姫は上手くこの部屋を脱出できるのか? それともここから出られず、彦星と永遠に結ばれてしまうのか? さあ、第二の賭け事ギャンブルの始まりだよ」
 「くっ……!」
 
 のそのそと、ゆっくりと、こちらに向かって来ている。
 目は覚めたようだが、未だに興奮こうふんが覚めていない。獣のように鼻の穴をヒクヒクとさせた一人の男が、こちらに近づいている。一歩ずつ、のそ、のそ、と。

 「美晴ちゃんじゃないのなら、あなたも美晴ちゃんになってもらうしかないね」

 * * *

 牟田の木刀を捨てにいっていた五十鈴が、女子部屋に戻ってきた。そして、部屋の中で行われている痴態ちたい……もとい惨状さんじょうを見て、愕然としていた。
 
 「蘇夜花! これは、何があったの……!?」
 「ん? 織姫と彦星だよ。二人がラブラブなのは、当然じゃない?」
 
 五十鈴とは対照的たいしょうてきに、蘇夜花はいつも通りのスマイルで平然としていた。「星幻糖」なんてものを口にしたらどうなるか知っているからこその、余裕だ。

 「フンスーッ、フンスーッ!!」
 
 牟田は、女子におおかぶさっていた。
 興奮に身を任せて、小太りの体を揺すりながら、自分の下にいる女子の首元くびもとの香りを、必死にいでいる。一応、まだ体操服(男子なので群青色ぐんじょういろ)を着てはいるが、それを脱ぎ出すのも時間の問題だ。
 このように、牟田が女子を襲おうとするのは、五十鈴でも予想ができていた。五十鈴が驚いたのは、その体の下にいる女子の方。

 「はぁっ……はぁっ……」

 小さな体の『美晴』。牟田に上から押し潰されて、苦しそうな顔を……していない。顔を赤くして、うっとりしたような表情を浮かべているだけで、全く抵抗をしていない。どれだけ首元の臭いを嗅がれても、文句一つ言わず、牟田の変態へんたい行為を受け入れているようにさえ見える。
 『美晴』の身に、何かが起こっている。そしてこのまま放っておくと、さらに深いぬまへと沈んでいく。
 
 「ごめん、ちょっと見ていられないわ」

 そう言うと、五十鈴は動いた。
 まず、牟田を蹴っ飛ばす。牟田は「ぴぎゃあっ!」と悲痛な鳴き声をあげながら、『美晴』の上から転がり落ちた。
 そして残ったのは、下品に大股おおまたを広げている『美晴』。荒くなった呼吸を整えながら、少し残念そうな顔をしている。

 「チッ……!」

 舌打ちをすると、五十鈴は『美晴』の胸ぐらを掴み、ピシャリと一発、ほっぺたを強く叩いた。

 「あなた、キモすぎるわよ!! さっさと死ねば!!?」

 怒声どせいが響く。
 男子の変態行為を受け入れている『美晴』がキモすぎて、五十鈴がブチギレた。……というのは、それを見ている蘇夜花や6年2組の連中を納得させるための、いわばパフォーマンス。本題ではない。
 その後、五十鈴はとても小さな声で、『美晴』に話した。

 「何やってるのよ、美晴」
 「はぁ、はぁ……。か、体が……熱くて……変な気持ちに……なってた……。ありがとう、五十鈴……。ちょっとだけ……目が覚めた……」
 「助けてあげられるのは、あと一回よ。合言葉あいことば、忘れてないでしょうね」
 「えっと……。なんだっけ……? 『ピーナッツ』……?」
 「おバカ。とにかく、わたしは蘇夜花を連れてこの部屋を出るわ。あなたは牟田くんをやっつけておきなさい。そして合言葉を言うの。分かった?」
 「えぇっ……!? でも、おれ……今……心臓が……バクバクで……かなり……ヤバくて……! 両手も……使えないし……!」
 「『星幻糖』ってやつの効果ね。でも、なんとかするのよ。できないなら、あなたは一生、牟田くんのおよめさんだからね」
 「えっ……嫌だ……! あいつの……お嫁さん……なんて……絶対に嫌だ……!」
 「自分の意志をしっかり持ちなさい。酒に酔わされても、男には酔わされないのが、良い女よ」
 「別に……良い女には……なりたくないけど……」

 最後に、ペチッと小さく美晴のほっぺたを叩くと、五十鈴は美晴から離れた。そして、うんざりしたような顔をわざわざ作ってから、蘇夜花に言った。

 「もう行きましょう、蘇夜花。このクソ虫たちの交尾こうびを見てると、なんだか吐き気がしてくるわ。わたし、生理的に無理みたい」

 * *

 「ふーっ……。ふーっ……」

 『美晴』が、大きく息を吐き出す。

 「あ、あっ……」
 
 全身が敏感びんかんになりすぎて、着衣ちゃくいのわずかなれにすら、体が反応してしまう。汗が体のどこかを流れるたびに、意識がそこへ向いてしまう。

 「い、意志を……。し、しっかり持た、持たない、と……。ふーっ……」

 五十鈴の言葉を思い出しながら、溢れる欲求にあらがう。どうにか自制して、落ち着きを取り戻そうとする。

 「はぁ、はぁ……。さっきより……体が……熱い……。体温が……おかしい……」

 部屋のエアコンからは冷房が出ているが、体の火照ほてりは収まらない。そして、体温が上昇するにつれて、風邪を引いたときのように、頭がボーッとしてきた。

  「ん……」

 牟田が立っている。寝ている『美晴』を、立って見降ろしている。呼吸をしながら、ムンムンと欲望を剥き出しにして、こちらをじっと見ている。

 (こいつを受け入れちゃダメだ……! 拒否きょひしないと、拒否っ!)

 開いていたあしを閉じ、真っ直ぐにする。そして、牟田と目を合わさなくするために、プイッと顔を横に向ける。風太なりに考えた結果の、「そういうことをする気はありませんよ」の意思表示いしひょうじ
 しかし、牟田はそれを無視してた倒れこんできた。

 「フゴォッ!!」
 「うわぁっ……!? 来たっ……!」

 ガバッ。
 牟田が『美晴』に体を重ねる。顔と顔はかなり近づき、フガフガと荒い鼻息が、『美晴』の首筋にかかっている。むしゃぶりつくように、牟田は豪快に香りを堪能している。

 (こ、これ以上は本当にヤバい……! 早く言わないと! やめろって言わないとっ!!)

 男らしく低い声で威圧すれば、牟田を退しりぞけることができるかもしれない。『美晴』は軽く咳払いして、体を寄せてくる牟田に向けて言った。
 
 「やぁっ……んっ……。やめ……てっ……」

 その小さな声はいつもより高く、むしろ女性的だった。風太でさえも、自分が出した声やセリフに驚いていた。
 結果として、逆効果になった。牟田は「ウウーッ……!」と唸り声を上げ、いっそうの興奮を見せた。情欲をかき立ててくる女を、めちゃくちゃにしてやろう、と。
 
 「ん……ふっ……」

 そして、情欲をかき立てられているのは、牟田だけではなかった。「星幻糖」に狂わされているのは、『美晴』も同じ。

 「かわいい……」

 無意識に、口から出た言葉。
 
 (え……? 今……おれが言った……? かわいいって? こいつを、かわいいって!? 思ったのか!? おれが!?)

 体の狂乱は、心まで侵食し始める。

 (ダメだ……。もう、ダメだ……。こ、こいつのこと、かわいいとしか、思えないっ……)

  完全に酔いに飲まれた『美晴』は、正常な判断力を失い、相手を選ぶことさえしなくなっていた。自身の欲望さえ満たしてくれれば、誰でもいい。牟田でも。

 「いいよ……。もっと……来て……」

 *

 『美晴』は、ドキドキしていた。
 
 (何をするんだろう。これから……)
  
 期待のドキドキ。興奮のドキドキ。そして、恋愛のドキドキ。少女の胸の高鳴りは、自分を愛そうとしてくれている少年に向けて。

 (いいよな、別に。お、おれのこと、好きなんだし。好きになってくれてるんだし。な、何をされても……いい……)

 『美晴』の準備は万端。牟田に「ううウンコしてくるから、まま待っていろ」と命令され、今は座って待機たいきしている状態。両手は縛られたままで、目の中にはハートマーク。
 そして、牟田が戻ってきた。その手には何かを持っている。

 「ブヒヒッ、おお、お前はもう、ぼくの言いなりだな……! よよ、よし! はは始めるぞ……!」
 
 そう言うと、牟田はまず部屋の電灯を薄暗くした。「男女の夜の空気」を作るためだ。
 勢いづいた牟田は、さらに『美晴』に命令した。

 「ぱぱ、ぱん、パンちゅを、見せろ……!」
 「え……?」
 「短パンを降ろして、ぼぼぼくに、パンツを見せりっ、見せろっ!! フガッ!」
 「できない……。手が……動かない……」
 「じゃ、じゃあ! ぼぼぼくが、脱がせりゅから、じ、じじ、じっとしてろ!!」
 「……」

 牟田は恐る恐る『美晴』に近づき、短パン(女子なので臙脂色えんじいろ)のゴムに、太い指をひっかけた。スッ、ススッと、とても段取だんどり悪く、短パンが降りていく。

 「やっ……」

 突然、『美晴』が小さな声を出した。牟田はビクッとして、一度手を止めた。

 「こ、ここ、声出すなっ!!」
 「ふふ……」

 慌てる牟田を見て、『美晴』はその顔に似つかわしくない妖艶ようえんな笑みを浮かべていた。
 嫌がる声を出した理由は、拒否きょひではない。ただの遊び。『美晴』はわざと抵抗して、お互いの体の欲求をさらに高めようとしている。
 
 「よ、よし、ででできた……!」

 できていない。短パンを下にズラしただけ。
 『美晴』のパンツの上半分。純白のレースと小さなリボンが見えているだけで、全体色が清涼感のあるミントブルーであることまでは分からない。しかし、牟田はリボンが見えた段階で、完全に興奮しきっていた。

 「じゃあ、やや、やるぞ! 撮り始めるぞ、むむムービーレターを!」
 「ムービーレター……?」

 中途半端にパンツを晒され、やや不満げな顔をしていた『美晴』は、牟田の言葉に首をかしげた。

 「ささ撮影で、使うのは、これだっ!!」
 
 と言いながら、牟田は手に持っていた物品を、『美晴』の前に出した。

 「えっ……!? こ、これは……!」

 デジタルカメラ。
 美晴のお母さんに見せるための写真を収めたデジタルカメラが、誰にも触られないようにバッグのなかにしまっておいたハズのデジタルカメラが、今は牟田の手中にあった。

 「ささ、さっき、おおお前の荷物のなかで、これを見つけたんだ! フゴォッ!」
 「やめ……て……」
 
 今度は遊びじゃない。ガチの拒否。
 一夜の恋が、めていく。
 
 「こここれ、すす、好きな男に渡す、カメラなんだろっ!! いす、五十鈴ちゃんが、そそ、そう言ってたのを、きき、聞いたからなっ!!」
 「やめ……ろ……」

 ふつふつと、心が熱くなっていく。性的興奮により上昇した体温が、そのまま怒りの熱量へと変わっていく。
 
 「ぼくが、むむムービー撮るから、お前は、エロい格好して、ここ心も体も、もうむむ牟田くんのものですって、言え! お前は、ぼぼぼくの言いなりで、お前はもう、ぼぼぼくのものなんだからっ!!」
 「だから……」

  星幻糖に酔った一夜だけの関係ということも忘れて、牟田は『美晴』が自分に惚れたんだと確信している。そして、まずは『美晴』が別の男の元へと戻ってしまわないように、浮気中のムービーレターを撮って、関係を立ち切らせようとしている。
 牟田はデジカメを構え、ムービー機能をオンにした。最初にズームしたのは、もちろん『美晴』のパンツ。

 「えっ……?」

 カメラが捉えたのは、パンツではなく、『美晴』のくつ下だった。しかも、両足の裏。『美晴』の足の裏が、どんどんカメラに迫って来ている。
 
 「やめろって……言ってるだろうが……!!!」

 そして、ドカッと衝突。
 フライングドロップキック。両足で相手に跳び蹴りをする、プロレスの技。やっと自分を取り戻した風太の、きれいなドロップキックの瞬間が、カメラに収められた。
 不意の一撃に、牟田は驚く間もなく吹き飛ばされた。

 「ぴぎゃあっ!!?」

 両足を使ったキックなので、着地は困難。蹴られた牟田が地面に落ちるのとほぼ同時くらいに、蹴った風太もドサッと背中から着地した。
  
 「うぐっ……!」
 
 ドロップキックをし終えた風太は、あまり手応てごたえを感じていなかった。
 短パンがズラされていたせいで、それほど威力が出ていない。少しくらいはダメージを与えただろうが、おそらく牟田はすぐに復帰してくる。
 
 「はぁ、はぁ……クソっ……! い、今の状態だと……これが……限界か……。やれるだけ……やった……。もういいだろ……」

 風太は、部屋のドアの方をチラリと見た。
 両手が使えないので、あのドアを自力で開けるのはかなり難しい。モタモタしていたら、また牟田に襲われてしまう。風太は最後の希望を込めて、言葉を絞り出した。

 「開け……『マカダミアナッツ』……」
 
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