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あなたの真実は
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(ごめん?)
何に対しての謝罪?
今までのエリオノールに対しての態度を悔い改めたのだろうか、と思ったが違った。
ゆっくりとランバートが口を開いて、秘密の言葉を打ち明けた。
「好きだよ。エリオノール。
オレは、君を愛している」
一瞬エリオノールは「好き」と「愛してる」ってどんな意味だっけ、と当惑した。以前伯爵夫妻に婚約の申し込みをしに行ったときも言われたが、その時は冗談だと思っていた。
たっぷり一呼吸分は考えてから、
「……は? え? ごめん。ごめんって意味も分からないし、何も理解できないんだけど。ええと、ランバートは私を嫌いだったんじゃなかったの?」
意味がまったく分からないので、エリオノールは一つ一つ確認することにする。
「それは嘘。君を嫌いになろうとしたけど無理だった。でも嫌いなふりをしていた」
「は、はぁ……。嫌いなふりを……まぁとりあえずそれは置いておくわね。話が進まないから」
なぜ無理に嫌いになろうとしたのか?
嫌いなふりをする必要があるのか?
追及したかったが、それはあとにするとして、
「私をす、好き、なの? 冗談ではなくて、本当に?」
ランバートは顔色一つ変えずに、平然と答えた。
「好きだよ」
「ええと、バーナード公爵があなたのおめがねにかなわなかっただけで、あなたの認めるお相手だったら私と結婚してもよかったってこと?」
「そうなるね」
「私のこと好きなら、私と結婚したいんじゃないの? ほかの人と私が結婚してもいいの?」
「本当ならオレが君と結婚したいよ?もちろん。君がオレ以外の男とセックスするなんて、相手の男を殺したくなる。君に触れるだけで許しがたいのに。種付けされて、その男の子供をはらむなんて、想像しただけで気が狂いそうだ」
淡々とおぞましいセリフを口にするランバート。
エリオノールで、何てことを想像しているのだろう。
彼はそっと目を伏せて、苦しそうに吐露する。
「でも、オレは君が世界で一番大切で、君を失うのが怖かった。だからエリオノールを遠ざけた。オレは君に生きていて欲しかった。オレが君を好きでいるのはどうしようもないとしても」
「……ええと、よく分からないんだけど、あなたが私に好意を持って一緒にいたら、私が死ぬと思ってるの?」
ありえない、と思いつつ、ランバートの話を聞いているとそうとしか思えなかった。魔女に呪いを受けたわけでもないのに。もちろん魔女などおとぎ話の中にしか、存在するはずがない。
「笑いたければ笑って。オレは呪い子なんだ。オレが傍にいて、大事に思ってた人たちはみんな死んだ。母上、マリー、アンナ、ダグもみんな、みんな」
マリーとはランバートの慕っていた乳母、アンナは幼くして病で亡くなったランバートの妹。ダグは幼い頃から大事にしていた犬だった。
ランバートの母は、マリーとともに城下町に出掛ける際馬車の横転事故で亡くなってしまった。ちょうど、十年前のあの出来事の少し前のことだ。ダグが老衰で亡くなったのも。同じくらいだったはずだ。
それらがランバートのせいだなんて、バカげている。
だが、笑えるはずがなかった。
こんなに彼が辛そうな顔をしているのに。
「あなたの大事にしている人が亡くなるというのなら、おじさまは?お元気じゃないの」
「父上は……ライバルというか、そういう親子の生易しい絆とかそういうものはないから。呪いだかなんだかもはねのけそうだし。生きてるのは嬉しいけど」
「そ、そうなのね。あのね、おばさまとマリーが亡くなったのは事故よ。アンナも病気のせい。あなたのせいじゃないわ。ダグだって、老衰よ。あなたにどんな落ち度があるっていうの」
「アンナの葬儀で言われたんだ。母上は婚約者のいる父を奪って結婚したから、罰が下ったんだって。そんな母上の子どもであるオレは呪い子だって。悪魔はオレみたいに、美しい顔をしているものだって、そう言ってた。『呪い子が幸せになれるはずがない』。だからオレが『大事に思っているものはみんな失うだろう』って。母上の葬儀でも『それみたことか』って言われたよ」
「……誰に? 誰に言われたの?」
自分でも最高潮に腹が立ったのが分かった。
アンナが亡くなった時は、まだランバートも幼かった。純粋なランバートをそんな何の根拠もないことで、傷つけたなんて。
多分髪の毛が逆立っているかもしれない。
侯爵夫妻がどのような経緯で結婚することになったのかは、エリオノールは知らない。だが、それが真実なのだとしても、ランバートが呪い子であるなんて、そんなことはないのだ。絶対に。
「名前は教えない。君、殴り込みにでも行く気だろう。
……バカだと思うよね? 幼い頃は信じてたけど、今なら分かってるよ。ありえないことは。だけど、それでもオレは君を失いたくない。母上たちが若くして亡くなったのは事実で、もしオレが神に嫌われているのなら、そんなオレの傍にいていいことなんてあるはずがない」
ランバートは軽く嘆息して、続けた。
「幼い君に告白された時、嬉しかったよ。同時にオレはエリオノールを、女の子として好きだって分かった。だから、君だけは失いたくない、そう思って君を特・別・にしたんだ。嫌いになるように、嫌われるようにって、この十年それだけを考えて振る舞ってきた。君に嫌われるのは成功したけど、君を嫌いになるのは無理だった。君はあまりにも魅力的だったから。オレをにらみつける顔すら、可愛くて仕方なかった」
苦しそうなランバートを見ていられなくて、思わずエリオノールは力強く主張してしまった。
「私は死なないわ! そりゃああと五十年くらいすれば死ぬかもしれないけど。証明する。だから私をあなたの傍において。ずっと」
「は?」
ランバートはぽかんと口を開けた。
「ねぇ、それってプロポーズ?」
「え? あ……」
言われて気づいた。
確かに「ずっと傍において」だなんてプロポーズ以外の何でもない。
「君はオレと結婚してもいいの? 君、オレのこと嫌いだろう。あんなにひどく扱ってきたんだから」
確かに。意地悪をされたし、からかわれたり冷たくされて嫌だった。こんなに嫌われているのなら、エリオノールも嫌いになろう。そう思って拒絶していた。
だけれど、エリオノールはそもそもランバートが好きだったのだ。結婚したいと思うほど。その気持ちが、冷たくされたところで消えることはない。エリオノールへの態度はやり方はどうであれ、今は彼女のためを思ってしたことなのだと分かった。
ランバートも全て打ち明けてくれたのだ。だから、エリオノールも伝えたかった。
幼い頃は簡単に言えた言葉なのに、恥ずかしくてしかたなくて、頬が熱くなって消え入りそうな声で、
「私、ランバートが大好き。大きくなったらお嫁さんにしてね?」
その途端、ランバートの表情が蕩けそうなほどに甘くなった。
「喜んで。オレのエレン」
心臓をぎゅうっとわしづかみにされたみたいに切なく苦しくなって、(ああ私は、この人のこんな顔が、ずっと見たくてたまらなかった)と思った。
からかっている表情でも、冷たい表情でもなく、張り付けたようなうわべだけの笑顔ではなく。
ランバートに笑いかけられただけで、とてつもない幸福感を感じたのが悔しい。
「だけどね、あなたにいいようにされたのムカつく。私、この十年ずっと『どうしてあなたにこんなに嫌われるのかしら』って悩んできたんだもの。ねぇもう一回殴らせて?」
「それで君の気が済むなら。どうぞ?」
ランバートはおとなしく目を閉じた。それがまた腹が立つ。
「今度は平手じゃなくてこぶしよ?」
「どうぞ」
ランバートの驚いた顔がみたい。
そう思ったエリオノールは、ランバートの頬に触れた。
「……え?
キス、した?」
ランバートが困惑しながら目を開けて、エリオノールはやっと溜飲が下がった。
「ふふ。驚いた?あなたにされてばかりだからやり返してやったわ!」
「君は……もうどうしてそんなに……」
当惑していたランバートが、軽くため息をついて、にやっと笑った。
その笑顔に何か得体のしれないものを感じて、エリオノールはひるんでしまう。
「え? な、何?」
「本当のキスを、教えてあげるよ。まず場所は頬じゃなく、唇ね」
「別にそんなのいらな……んっ」
断ったのに、素早くランバートの唇がエリオノールのそれに触れた。人の唇がこんなに柔らかいものだと、初めて知った。驚きはしたものの、不快では全くなかった。むしろ……。
ぬるりと唇の間から生暖かいものが入り込んできて、しばらくしてそれが彼の舌だと気づく。からかうようにエリオノールの口の中を蹂躙してから、ようやく唇が離れた。
「煽ったのは君だから。オレが全部教えてあげる。手始めにそろそろこれ、ほどいてくれる?」
「だ、だめよ。なんか変なことしそうだもの」
キスだけならまだしも、この先のことをする心構えはない。それなのに、ランバートのギラギラした目はいかにもこの先に進みたいと言いたげだ。
「いいよ。このままでも。勝手にするから」
何に対しての謝罪?
今までのエリオノールに対しての態度を悔い改めたのだろうか、と思ったが違った。
ゆっくりとランバートが口を開いて、秘密の言葉を打ち明けた。
「好きだよ。エリオノール。
オレは、君を愛している」
一瞬エリオノールは「好き」と「愛してる」ってどんな意味だっけ、と当惑した。以前伯爵夫妻に婚約の申し込みをしに行ったときも言われたが、その時は冗談だと思っていた。
たっぷり一呼吸分は考えてから、
「……は? え? ごめん。ごめんって意味も分からないし、何も理解できないんだけど。ええと、ランバートは私を嫌いだったんじゃなかったの?」
意味がまったく分からないので、エリオノールは一つ一つ確認することにする。
「それは嘘。君を嫌いになろうとしたけど無理だった。でも嫌いなふりをしていた」
「は、はぁ……。嫌いなふりを……まぁとりあえずそれは置いておくわね。話が進まないから」
なぜ無理に嫌いになろうとしたのか?
嫌いなふりをする必要があるのか?
追及したかったが、それはあとにするとして、
「私をす、好き、なの? 冗談ではなくて、本当に?」
ランバートは顔色一つ変えずに、平然と答えた。
「好きだよ」
「ええと、バーナード公爵があなたのおめがねにかなわなかっただけで、あなたの認めるお相手だったら私と結婚してもよかったってこと?」
「そうなるね」
「私のこと好きなら、私と結婚したいんじゃないの? ほかの人と私が結婚してもいいの?」
「本当ならオレが君と結婚したいよ?もちろん。君がオレ以外の男とセックスするなんて、相手の男を殺したくなる。君に触れるだけで許しがたいのに。種付けされて、その男の子供をはらむなんて、想像しただけで気が狂いそうだ」
淡々とおぞましいセリフを口にするランバート。
エリオノールで、何てことを想像しているのだろう。
彼はそっと目を伏せて、苦しそうに吐露する。
「でも、オレは君が世界で一番大切で、君を失うのが怖かった。だからエリオノールを遠ざけた。オレは君に生きていて欲しかった。オレが君を好きでいるのはどうしようもないとしても」
「……ええと、よく分からないんだけど、あなたが私に好意を持って一緒にいたら、私が死ぬと思ってるの?」
ありえない、と思いつつ、ランバートの話を聞いているとそうとしか思えなかった。魔女に呪いを受けたわけでもないのに。もちろん魔女などおとぎ話の中にしか、存在するはずがない。
「笑いたければ笑って。オレは呪い子なんだ。オレが傍にいて、大事に思ってた人たちはみんな死んだ。母上、マリー、アンナ、ダグもみんな、みんな」
マリーとはランバートの慕っていた乳母、アンナは幼くして病で亡くなったランバートの妹。ダグは幼い頃から大事にしていた犬だった。
ランバートの母は、マリーとともに城下町に出掛ける際馬車の横転事故で亡くなってしまった。ちょうど、十年前のあの出来事の少し前のことだ。ダグが老衰で亡くなったのも。同じくらいだったはずだ。
それらがランバートのせいだなんて、バカげている。
だが、笑えるはずがなかった。
こんなに彼が辛そうな顔をしているのに。
「あなたの大事にしている人が亡くなるというのなら、おじさまは?お元気じゃないの」
「父上は……ライバルというか、そういう親子の生易しい絆とかそういうものはないから。呪いだかなんだかもはねのけそうだし。生きてるのは嬉しいけど」
「そ、そうなのね。あのね、おばさまとマリーが亡くなったのは事故よ。アンナも病気のせい。あなたのせいじゃないわ。ダグだって、老衰よ。あなたにどんな落ち度があるっていうの」
「アンナの葬儀で言われたんだ。母上は婚約者のいる父を奪って結婚したから、罰が下ったんだって。そんな母上の子どもであるオレは呪い子だって。悪魔はオレみたいに、美しい顔をしているものだって、そう言ってた。『呪い子が幸せになれるはずがない』。だからオレが『大事に思っているものはみんな失うだろう』って。母上の葬儀でも『それみたことか』って言われたよ」
「……誰に? 誰に言われたの?」
自分でも最高潮に腹が立ったのが分かった。
アンナが亡くなった時は、まだランバートも幼かった。純粋なランバートをそんな何の根拠もないことで、傷つけたなんて。
多分髪の毛が逆立っているかもしれない。
侯爵夫妻がどのような経緯で結婚することになったのかは、エリオノールは知らない。だが、それが真実なのだとしても、ランバートが呪い子であるなんて、そんなことはないのだ。絶対に。
「名前は教えない。君、殴り込みにでも行く気だろう。
……バカだと思うよね? 幼い頃は信じてたけど、今なら分かってるよ。ありえないことは。だけど、それでもオレは君を失いたくない。母上たちが若くして亡くなったのは事実で、もしオレが神に嫌われているのなら、そんなオレの傍にいていいことなんてあるはずがない」
ランバートは軽く嘆息して、続けた。
「幼い君に告白された時、嬉しかったよ。同時にオレはエリオノールを、女の子として好きだって分かった。だから、君だけは失いたくない、そう思って君を特・別・にしたんだ。嫌いになるように、嫌われるようにって、この十年それだけを考えて振る舞ってきた。君に嫌われるのは成功したけど、君を嫌いになるのは無理だった。君はあまりにも魅力的だったから。オレをにらみつける顔すら、可愛くて仕方なかった」
苦しそうなランバートを見ていられなくて、思わずエリオノールは力強く主張してしまった。
「私は死なないわ! そりゃああと五十年くらいすれば死ぬかもしれないけど。証明する。だから私をあなたの傍において。ずっと」
「は?」
ランバートはぽかんと口を開けた。
「ねぇ、それってプロポーズ?」
「え? あ……」
言われて気づいた。
確かに「ずっと傍において」だなんてプロポーズ以外の何でもない。
「君はオレと結婚してもいいの? 君、オレのこと嫌いだろう。あんなにひどく扱ってきたんだから」
確かに。意地悪をされたし、からかわれたり冷たくされて嫌だった。こんなに嫌われているのなら、エリオノールも嫌いになろう。そう思って拒絶していた。
だけれど、エリオノールはそもそもランバートが好きだったのだ。結婚したいと思うほど。その気持ちが、冷たくされたところで消えることはない。エリオノールへの態度はやり方はどうであれ、今は彼女のためを思ってしたことなのだと分かった。
ランバートも全て打ち明けてくれたのだ。だから、エリオノールも伝えたかった。
幼い頃は簡単に言えた言葉なのに、恥ずかしくてしかたなくて、頬が熱くなって消え入りそうな声で、
「私、ランバートが大好き。大きくなったらお嫁さんにしてね?」
その途端、ランバートの表情が蕩けそうなほどに甘くなった。
「喜んで。オレのエレン」
心臓をぎゅうっとわしづかみにされたみたいに切なく苦しくなって、(ああ私は、この人のこんな顔が、ずっと見たくてたまらなかった)と思った。
からかっている表情でも、冷たい表情でもなく、張り付けたようなうわべだけの笑顔ではなく。
ランバートに笑いかけられただけで、とてつもない幸福感を感じたのが悔しい。
「だけどね、あなたにいいようにされたのムカつく。私、この十年ずっと『どうしてあなたにこんなに嫌われるのかしら』って悩んできたんだもの。ねぇもう一回殴らせて?」
「それで君の気が済むなら。どうぞ?」
ランバートはおとなしく目を閉じた。それがまた腹が立つ。
「今度は平手じゃなくてこぶしよ?」
「どうぞ」
ランバートの驚いた顔がみたい。
そう思ったエリオノールは、ランバートの頬に触れた。
「……え?
キス、した?」
ランバートが困惑しながら目を開けて、エリオノールはやっと溜飲が下がった。
「ふふ。驚いた?あなたにされてばかりだからやり返してやったわ!」
「君は……もうどうしてそんなに……」
当惑していたランバートが、軽くため息をついて、にやっと笑った。
その笑顔に何か得体のしれないものを感じて、エリオノールはひるんでしまう。
「え? な、何?」
「本当のキスを、教えてあげるよ。まず場所は頬じゃなく、唇ね」
「別にそんなのいらな……んっ」
断ったのに、素早くランバートの唇がエリオノールのそれに触れた。人の唇がこんなに柔らかいものだと、初めて知った。驚きはしたものの、不快では全くなかった。むしろ……。
ぬるりと唇の間から生暖かいものが入り込んできて、しばらくしてそれが彼の舌だと気づく。からかうようにエリオノールの口の中を蹂躙してから、ようやく唇が離れた。
「煽ったのは君だから。オレが全部教えてあげる。手始めにそろそろこれ、ほどいてくれる?」
「だ、だめよ。なんか変なことしそうだもの」
キスだけならまだしも、この先のことをする心構えはない。それなのに、ランバートのギラギラした目はいかにもこの先に進みたいと言いたげだ。
「いいよ。このままでも。勝手にするから」
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