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大好きな人の目覚め

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「リディア、おはよう」
 
 少しかすれているけれど、聞きなれた声。

(夢かな?幻聴かな?)

 一瞬迷ったけれど、
 夢じゃない。
 シーズベルト様が目覚めた!

「おはようじゃないですよ! 何をのんきに……!」

 オレは迷わず彼の首元に抱きついた。

「あなたが……アーテルが眠ったとき、オレ二度と目覚めないんじゃないか、そう思って……!
 すごく怖くて……! オレのことあなたに惚れさせた責任とってくださいよ! オレのことおいてあなたが死ぬかも、なんて心配、二度とさせないで……! 
 もしオレより先に死んだら、絶対許しませんから!」
 
 リディアの姿なのに、気持ちに余裕がないのと二人きりなのでアルバートの口調でしゃべる。
 我慢していた不安だった気持ちがこみ上げる。いつの間にか涙がこぼれて、こっそりぬぐったけれど、シーズベルト様にはバレたようだった。

「泣いてるのか?」
「泣いてませんっ。つーかこういうとき、気づかないフリするもんでしょ!できる男なら!」

 毒づくと、シーズベルト様はくすくすと笑った。本当にオレのことが可愛くて仕方がないみたいな、頭イカれてるとしか思えない優しい声で、

「悪い。オレの至らないところは、君が注意してにしてくれ」
「ご自分でも勉強なさってください」

 照れくさくて、鼻をすすりながら可愛くなさマックスな発言をするオレ。我ながら可愛げないな。
 本当この人何がよくてオレのことが好きなんだろ。リディアのときなら外見だけは最高に可愛いが。
 シーズベルト様は、遠い目で過去を振り返るようにしみじみと、

「善処するよ。確かに前世の君を失ったとき、失意のあまりオレも後を追おうかと思った。あんな思いは二度とごめんだが、君にさせるのは忍びない。あの時は君を手に入れる前だったが、心が通じてから失ってしまったら、どちらが辛いのだろうな」

 そういや、この人前世のオレを好き?で死んだの知ってたんだよな。
 命あるものはいつかは尽きる。それが自然のことわりだ。
 どんなに好きで愛し合っていたって、一緒に命を終えるなんてほぼありえなくて。
 それでも。
 オレはシーズベルトと恋人になれてよかった。婚約者になれてよかった。
 一度この温かさを手に入れたら、もう知らないでいたあの頃には戻れない。

「あなたといつか別れる日がくるとしても。どちらが先に命を終えて、辛い思いをしたとしても。どんなに生まれ変わってもオレはきっとまたあなたを探して、あなたを選びますよ。
 あなたのいない人生は考えられません。愛しています。シーズベルト様」

 手をとって甲に口づけながら、オレは告白した。これ以上の愛のささやきは、もうオレにはできないだろうな。こっ恥ずかしすぎる。
 シーズベルト様が起きた嬉しさで、オレも頭がイカれてるんだと思う。
 オレの告白に、シーズベルト様は大きく目を見開いて、微笑んでくれた。

「ああ。全く君の言うとおりだな、オレもきっと君を探す」

 目覚めたばかりとは思えないほどの力で、オレを抱きすくめてくる。

「痛いんですけど……何ですか?」

 シーズベルト様はオレの頭をぐりぐりと頬にこすりつけながら、

「君がそういう風に言ってくれるのは珍しいから、嬉しくてついな」

 そうだっけ?
 「シーズベルト様かっこいいー!」とかよく言ってる気がするけど。
 そんなに喜ぶんなら、たまには言ってもいいかな。しょっちゅうだと気恥ずかしくて、オレのライフが持たないが。

「……」

 ふっとシーズベルト様の力が弱まったと思って顔を見ると、めちゃくちゃ顔色悪い。
 起き上がったオレはシーズベルト様を無理やり横にさせると、ベッドから飛び降りた。

「あなた病み上がりなんですから、まず軽い食事をとらないと。お医者様呼びますね!」

 いくら嬉しいからって、この人病人なんだった。イチャコラしている場合ではないんだった!


 シーズベルト様の目覚めに、もちろん屋敷中大喜びだった。使用人に慕われてるからな。シーズベルト様。
 直ちに医師の診察を受け、「しばらくは適度に運動をして、滋養のあるものを食べ、回復に努めるように」と指示された。
 出かけずに済む執務をこなしたり、レオナルド様にあれこれ報告したりと、数日は忙しかった。その合間に簡単な運動からして、シーズベルト様は少しずつ前の生活を取り戻していった。



 ★★★


 ベッドでうとうとしていると、執務を終えたシーズベルト様が遠慮がちに入ってきた。
 シーズベルト様それどころじゃなかったので、言わないでおいたんだけど。今晩こそは話したくて、夢の中に引っ張られそうになりながらも待っていたのだ。
 放置するわけにもいかないから。
 そろそろいいだろう。アーテルが抜かしていたことをシーズベルト様に聞いても。
 オレがもう眠っていると思ったのか、背中越しにシーズベルト様が優しく抱き寄せてきた。
 オレはくるっとシーズベルト様と向かい合わせになった。

「……アーテルを消すおつもりですか?」

 オレが起きていることに一瞬驚いたように身じろぎをして、真剣な表情になるシーズベルト様。

「……そもそもアーテルを作ったのは、レオナルド様のためだからな。問題が片付いた今、アーテルは不要だ。オレの影だからな。むしろ人に見られないほうがいいから、いないほうがいい。君はどうしてほしい?」

 そう問いかけるシーズベルト様の目は、オレを試すかのようで。
 だからどうしてオレに聞くんだよ。
 ずるくない?
 どうしたいか、って聞かれたら、失いたくないとしか言えない。
 だってアーテルも、オレの好きな人シーズベルト様の一部なのだから。
 
「アーテルは、公爵として抑圧されたあなたの解放された姿でもあったのではないですか。シーズベルト様には必要だと思いますよ。リディアには必要です。少なくとも」

 前世のシーズベルト様にも似てるし。公爵になる前のシーズベルト様は知らないけど、今の落ち着いた性格は若くして継いだ爵位の重圧でもあったと思うんだよなあ。
 アーテルはある意味シーズベルト様の理想の姿というか、ストレス発散になってたと思うよ。本人そう思ってなくったってさ。
 しばらく無言だったシーズベルト様は、

「君にはオレのことがなんでも分かるんだな。オレにも分からないことが」
「そりゃああなたよりオレのほうがあなたのこと好きですから。アーテルの姿で外出するのが問題なら、この屋敷の中でだけたまに彼になればいいんじゃないですか?」

 ふっとシーズベルト様の表情が和らいだ。

「検討しよう」


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