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異世界編 1章

第60話 旅立ちの夕方

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 巨大な鉄の塊が、騒々しい呻り声を辺りに鳴り響かせている。
 そんな4人が乗り込んだ陸上艇を、少し離れた場所でターナ達は見守っていた。

 「大丈夫かしら…… 少々心配ですわ」

 「どうだろうな、でもあいつら直ぐに帰ってくるんだろ? 予定では」

 「そうね、荷物を届けるだけですから…… 届けるだけ…… ですわ」

 「その割には、食料を積みすぎじゃないかしらぁ」

 「それは、ニクミ様が……」

 「あらぁ? 何かしらスレイブちゃん」

 「い、いえ…… なんでも……」

 そう言いうとスレイブはニクミから目を逸らす。
 しかしターナは、そんな茶番など気にもせず、ふと呟く。

 「神の降臨は近いわ」

 その言葉にスレイブは逸した目をターナに向ける。

 「うん、そうだね母さん」

 「素敵な神様だといいわね、ターナ」

 「この世界はもうすぐ生まれ変わるのよ」

 「ああ…… 楽しみだよ」

 「ではニクミ様、飛空艇の準備を」

 「分かったわターナ、それじゃタメツグちゃん達を見送ってからにしましょ」

 「……そうね」

 ターナは、なかなか出発しない陸上艇を見送ろうとしながら考えた。

 自分のやろうとしていることは正しいのか?

 と。

 いつも心の何処か奥深くで、何かが蠢いている。
 それが何かは分からない、とても大切なことのような気もする。
 だが、いつもその思いは振り払う……
 そして、僅かな罪悪感だけが残るのであった。

 「もう……(ここまで来たのよ…… レッドドラゴンのエレメンタルストーン。村を1つ食べさせた、エレメンタルストーン。神はそろそろ満足してくれるのかしら……)

 そんな、思いにふけっていたターナにスレイブの声が聴こえる。

 「なぁ、あいつらいつ出発すんだ?」

 「え!?」

 考えるのをやめたターナは陸上艇を見ると、砲塔の上でスイが何か暴れている様子だ。

 「何か揉めてるみたいねぇ、ちょっと近づいてみましょ」

 「そうですね、ニクミ様」

 「ほんと、しょうがない子達ね。ふふっ」

 3人が陸上艇に近づくと、スイが車長ハッチをバンバン叩いている。
 かと思えば、今度は砲塔から飛び降りると、喚きながら運転手ハッチをバンバン叩き始めるのだ。

 「スイ、どうかしまして?」

 ターナの呼びかけに、スイは涙目で振り向く。

 「はぅ! マヨマヨ様がイジワルなのです!」
 
 「マヨーラがですの?」

 「そうなのです! スイの場所をマヨマヨ様が退いてくれないのです!」
 
 「スイちゃん、だからそれは違うって」

 何時の間にか車長ハッチから頭を出したマサヒデはそう言った。
 それを見たスイは、すぐさま砲塔に飛び乗るとマサヒデの頭を掴んだ。

 「むぎぎぎぃぃ、掴まえたのです」

 「痛てててぇ、お、おい、スイちゃん落ち着け」

 「これが落ち着いて居られる訳がないのです! 今もご主人様はマヨマヨ様のパンツをみてニヤニヤしているに違いないです!」

 「そ、そんなことないから多分、痛ててて、無理に引っ張らないで」

 「何やってんだよ、お前らは……」

 スレイブは呆れて言った。

 「にぎぎぎぃ、ご主人様を出して下さい…… ですぅ」

 「痛い、痛い、首が取れる!」

 「いい加減にしろっ! スイ! 降りて来いっ!」

 流石に見かねたスレイブは思わず叫んだ。

 「はう!?」

 驚いたスイは正秀の頭を離すと、しぶしぶ戦車から降りてくる。
 その顔は、ちょっとふくれっ面になっていた。

 「むー」

 「どうしたんだよ?」

 少し落ち着いた様子のスイを見ると、正秀は戦車から降りて来た。
 為次もハッチを開けると、頭だけ出して様子を伺った。
 そんな、為次を見るや否やスイは駆け寄ろうするのだが……

 グワッシッ!

 スレイブはスイの頭を鷲掴みにして引き止める。

 「待て、スイっ」

 「ぬにゃぁぁぁ!」

 「スイ、ちゃんと説明してくれないと分かりませんわ」

 ターナは言った。

 「むー……」

 ふて腐れるスイに代わって正秀が教えてあげる。

 「別にたいしたことじゃないんだが、どうにもマヨーラの座ってるとこが気に入らないらしいんだ」

 「たいしたことなのです! 大問題なのです!」

 「スイは少し静かにしてちょうだい」

 「はぅ……」

 「マヨーラはどこに座ってまして?」

 「砲手席だよん」

 為次は言った。

 「砲手席? ですの?」

 「俺の後ろのちょっと上」

 「それでタメツグはマヨーラのパンツ覗いてるのか」

 スレイブは為次を睨んだ。

 「覗いてないよっ」

 「私は騙されないのですっ、ご主人様は黒のパンツが好きに違いありません!」


 「ちょっと! あんた達いい加減にしなさいよ!」

 マヨーラは車長席のハッチから頭を出すと叫んだ。

 「はうっ! マヨマヨ様その席を私に譲って下さい。です」

 「あたしは別に構わないけど……」

 「スイちゃん言っただろ、それはダメだぜ」

 「うぅ…… マサヒデ様は意地悪なのです」

 「スイちゃんが居ないと装填できないだろ?」

 「それは、そうですが……」

 「それとも装填手はやめるかい?」

 「……や、やめない…… です」

 スイは今にも泣き出しそうな顔をしながら必死に答える。

 そんなスイを見た為次はどうしようかと困ったが、とりあえず戦車から這いずり出る。
 そして、スイに近づくと瞳いっぱいに涙目を浮かべた顔を見ながら、そっと頭をナデナデしてみた。

 「うわぁぁぁぁぁん! ごじゅじんざみゃ~、うぇぇぇん……」

 とうとう泣き出してしまった。
 為次はスイを抱き寄せてみるが、もうどしていいのか分からない。

 「うーん、困った」

 「スイちゃん……」

 「あらあら、泣いちゃったわんぁ」

 忘れていたが一応ニクミも居る。

 為次の胸の中でスイは泣き叫んでいた……

 少し説明すると、このレオパルト2の座席配置は車体前方から向かって左側に3人、右に1人となっている。
 車長席は車体向かって砲塔の左側、前後は中央寄りにあり、その直ぐ前下に砲手席がある。
 そして、更に砲手席の前下が操縦席となっており、操縦席のみ車体部分に配置してある。
 簡単に言えば、3座席が直列配置でそれが雛壇のようになっている。
 もっとも、為次の座る操縦席だけ車体にあるので、砲塔を旋回すれば操縦席だけその配置がずれるのは当然だ。
 残る装填手席は主砲砲尾を挟んで車長席の向って右隣にあり、砲尾と車長席の間は簡易的なフェンスで仕切ってあるのだ。

 どうにもスイはこの配置が気に入らないうえに、為次とマヨーラが近いし見えないのが何より我慢できない様子であった。
 
 そんな時だった。

 「なあ」

 スレイブは為次に声を掛けた。

 「何? スレイブ」

 「為次とスイは席を移動したら困るんだよな?」

 「まあそうね、運転できるの俺だけだし」

 「俺もできるぜ」

 「やめて……」

 「お、おう……」

 「うぇぇぇん……」

 「じゃあ、そーてんってのはあたしじゃダメなの?」

 「ダメじゃないが、今から教えるのもなぁ」

 マヨーラの案も悪くないが、正秀に却下された。
 そこへ、スレイブが当たり前のことを言うのだ。

 「それなら、マサヒデとマヨーラが席を替わるしかないんじゃねーのか?」

 「お、おう」

 「う、うん」

 為次はスイの頬に手をあてがい、涙を親指で拭ってやりながら言う。

 「ねぇスイ、それでいい?」

 「うぇぇぇ…… もうマヨマヨ様のパンツは覗かないですか?」

 「うん、もう見ないから……」

 「ちょっとタメツグ! あんた見てたの!?」

 「んなもん、ちょっとしか見てないよーだ」

 「はぅ! スイのパンツも見るのです!」

 「私のもいいわよぉ」

 そこへニクミも負けじと言った。
 ターナはちょっと引き気味だ。

 「…………」

 「やっぱり見たんじゃない!」

 「マヨが股開いて座ってっからでしょ」

 「為次…… お前……」

 「ギャー! ひ、開いてないわよっ!」

 「あひゃひゃひゃ」

 「お前ら、いい加減にしろっー!!」

 またまたスレイブは叫ぶハメになってしまったのでした……

 「「「「……はい」」」」」

 こうして四人は大人しくなった。

 …………
 ………
 …

 結局、席の取り合いは正秀とマヨーラが入れ替わることで落ち着き、ようやく四人とも搭乗できたのだ。
 それに、この世界のことはマヨーラが一番詳しいので、周囲の警戒も任せることになり、ペリスコープとパノラマサイトの覗き方を教えといた。
 そんな、マヨーラは直ぐ足元に正秀の頭があるのでどうにも落ち着かない様子ではある。
 が、嬉しそうでもあった。

 「マヨーラ、スイちゃん、出発するぜ」

 そう言いながら、正秀は後ろを振り向く。

 「ギャー!」

 慌てて短いスカートを押さえるマヨーラ。

 「おっと、すまねぇ……」

 「もう…… 言ってくれれば、いつでも……」

 「ん? 何がだ?」

 「な、な、な、なんでもないわよ!」

 「ぷっ」

 「笑うなぁ! バカツグ!」

 「なんだよ?」

 「はいはい、それじゃ行きますか」

 「おう」

 為次がアクセルを軽く踏むと、レオパルト2はゆっくりと動き出す。

 ターナ、スレイブ、ニクミに見送られ……

 止まった……

 「あ」

 「どうした?」

 「軽くするに忘れとった」

 「ああ。スイちゃん、頼むぜ」

 「はいです」

 スイは車内から魔法を付与する。

 「エンチャントリバースグラビティ」

 僅かにサスペンションの浮く感覚が感じ取れた。
 再びレオパルト2は動き出す。

 ターナ、スレイブ、ニクミに見送られ……

 「早く行けよ……」

 ぽつりとスレイブは呟いた。

 そして、レオパルト2は冒険者区画を後にするのであった。

 ※  ※  ※  ※  ※

 この世界に正秀と為次が飛ばされてきて12日目。

 レオパルト2は再びサイクスの街を出た。
 辺りは一面に草原が広がっている。
 草々は夕日に照らされて、まるで赤い海のようである。
 その草原を裂くかのように伸びている街道をレオパルト2は走る。
 騒々しいエンジンを鳴り響かせ、土埃を巻き上げながら……

 この先彼らに何が待ち受けているのだろうか?
 だが、どんな苦難があろうとも、それは案ずることは無い。
 なぜなら彼らの駆る戦車は地上最強の乗り物なのだ。
 鋼鉄と複合装甲に守られた移動要塞と言っても過言ではない!
 
 その証拠に、ほら。
 今もマヨーラが騒ぎ立てている……

 「ちょっとバカツグ! 何やってんのよ!」

 「えー、何って?」

 「分かるでしょ! 正門ぶっ壊してんじゃないわよ!」

 サイクスの街を出る時に、門が閉まっていたので為次はお構いなしに突っ込んで行った。
 正秀も小慣れたもので、それに合わせて無言で砲塔を旋回させた。
 おかげで、正門は難なく粉砕できたのである。

 「だって、門が閉まってたし誰も居ないから」

 「居なかったのです」

 「居なかったな」

 「居なかったじゃないわよ! 門兵は外側に居るのよ……」

 「まあ、落ち着けよ」

 そう言いうと正秀はマヨーラの方を振り返る。

 「ギャー!」

 慌てて短いスカートを押さえるマヨーラであった。

 遠ざかるサイクスの入口付近で門兵が2人、こちらに向かって何か喚いている……
 だが、もう聞こえない……
 否、初めからエンジン音と装甲に阻まれて聞こえる分けもないのだ。

 地上最強の兵器を止められる者は誰も居ない……
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