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第4話 夢中説夢-5
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調理場へ足を踏み入れると、早速ターゲットを見つけた。そいつは、三嶋と楽しそうに喋っていた。気づかれないようにソッと後ろまで行き、その頭にチョップを喰らわしてやった。
「ぐわっ! い、いたい……! 誰ですかいきなり」
「俺だよアホ。お前、今日も遅刻したらしいな」
「え、えーっと? 確かに今日は天気いいですよねえ。あはは……」
もう一度脳天めがけチョップを喰らわした。先ほどより気持ち1.5倍の威力で。
「い、痛いですって! パワハラですよ!」
「社会人としての義務を守ってないやつに、権利を主張する権利はない!」
「ぐぬぬ……!」
俺と神田のやり取りを見ていた三嶋が、ガッハッハッと豪快に笑った。あまりに愉快そうに笑うので、つられて俺も笑ってしまった。
「神田ちゃん、話題そらすの下手過ぎでしょ……くくく。しかも、リアルでぐぬぬって言ってる人初めて見た……」
「三嶋さん! なんでそこまで笑うんですか。酷いじゃないですか。この極悪非道星人から私を守ってくださいよ」
「おい神田。誰が他所の惑星から来た極悪人なんだ?」
「あ、いやあの。違うんです。今のはちょっと間違えて……」
「何をどう間違えたんだ?」
「いやいやいや。ほんとにもうあの、あれなので……」
「歯ァ食いしばれ!!!」
「ぐにゃっ!」
俺の渾身のチョップを喰らった神田は、大袈裟にその場に倒れこんだ。うわ、調理場の床に寝転がってるコイツ……引くわー。
「高坂、容赦ねえなあお前」
「遅刻するコイツが悪い」
「はは、まあ確かに。そこはフォローできないわー」
まだ可笑しそうに笑っている三嶋。何だかんで、三嶋も神田を甘やかしているところがある。全く、こういうやつはもっと厳しくしつけないといけないのに。
「そういや高坂。お前、もう大丈夫なのか?」
「ん? ああ、おかげさんでな。三嶋にも迷惑かけたな。悪かった」
「まあ困ったときはお互い様ってことで。……それはそうと高坂」
そう言うと三嶋は、急に肩を組んできて耳打ちするようにして話しかけてきた。
「昨日の女、あれ誰?」
「女?」
誰のことを指しているのかはすぐに分かったが、あえて分からないフリをした。
「昨日、お店に来てた人だよ。なになに、高坂の元カノ?」
「そんなんじゃねえって。ただの知り合い」
「知り合いねえ……。ただの知り合いとの別れに涙するほど、高坂くんは純粋なんだなあ。なるほどなるほど」
「……お前、いい性格してるよな」
「うん、よく言われる」
決して誉めたわけではないのに、何故か得意気な三嶋。
コイツは、この手の話には敏感だ。下手に誤魔化しても無駄か。どうせ答えるまでしつこいだろうし、簡単に説明しとくか。
「幼なじみなんだよ。高校3年の時にあいつが東京行っちまって、7年ぶりくらいに昨日会った。それだけ」
「へー。お前幼なじみいたんだ。知らなかった」
「言ってなかったしな。別に付き合って訳でもない。ていうか、昨日泣いてたのは目にゴミが入っただけだって」
「ふーん。それでそれで?」
「それでって……それ以上はねえよ。はい、この話はおしまいおしまい。さ、仕事すっぞ」
実は明日会うことになった、なんて言ったらまためんどくさいことになりそうだし、この辺で終わっておこう。
今日は昼からの勤務なので、ディナーに向けての仕込みがメインの仕事になる。いつまでも雑談をしていては間に合わない。
「おーい神田ー。起きろー」
「…………」
まだ床で寝てやがる。神田、お前も女子なら少しはそういうところに気を遣えよな。と言ってやりたいところだが、俺もそういうところは雑な部分があるので人のことは言えなかった。
「高坂先輩」
「ん? なんだ?」
急に立ち上がった神田。その顔には先ほどまでの元気はなく、具合でも悪いのかと思えるくらいだった。病み上がりの女子にチョップはまずかったか……?
「高坂先輩……」
「だから何だよ、急に先輩付けしやがって。普段そんな呼び方しないだろお前」
怒っているようなら素直に謝ろうと思った。いや、本当なら謝るのは神田だけどな!? 遅刻し過ぎだし。
「あの、えっと……」
「何だってだから。言いにくいことなのか?」
「いえ、あの……。昨日はすみませんでした。勤務変わっていただいて、ありがとうございました」
「え? あ、ああ。今さらそんなことかよ。そういうのは、会ったらすぐに言えよな」
俺はそう言って、軽く神田の頭を小突いた。正直、神田の口からこういう言葉が出てきたのは意外だった。いつもは俺から、お前謝ることあるだろ! と怒号を飛ばしてから謝罪の言葉が出てきていた。
コイツも、少しは成長してるってことなのか。うんうん。俺たちの教育のおかげだな。主に俺の。
「あ、はい。すみませんでした……」
「その気持ちを忘れんなよ。さ、仕込み始めるぞ」
俺がそう言うと、トボトボと準備を始める神田。何か、様子が変じゃないか? いつものあいつらしくない。よっぽど悪いことをしたと思っているのだろうか。その通りだぞ、神田。もっと反省しろ。
「……高坂、お前ってさ」
「なんだ?」
「…………いや、何でもない。さあて、俺もお仕事すっか~」
なんだ、三嶋のやつ。何か言いたそうにしてたけど。
モヤモヤした気持ちを抱えながらも、仕込みの準備に取りかかった。
「ぐわっ! い、いたい……! 誰ですかいきなり」
「俺だよアホ。お前、今日も遅刻したらしいな」
「え、えーっと? 確かに今日は天気いいですよねえ。あはは……」
もう一度脳天めがけチョップを喰らわした。先ほどより気持ち1.5倍の威力で。
「い、痛いですって! パワハラですよ!」
「社会人としての義務を守ってないやつに、権利を主張する権利はない!」
「ぐぬぬ……!」
俺と神田のやり取りを見ていた三嶋が、ガッハッハッと豪快に笑った。あまりに愉快そうに笑うので、つられて俺も笑ってしまった。
「神田ちゃん、話題そらすの下手過ぎでしょ……くくく。しかも、リアルでぐぬぬって言ってる人初めて見た……」
「三嶋さん! なんでそこまで笑うんですか。酷いじゃないですか。この極悪非道星人から私を守ってくださいよ」
「おい神田。誰が他所の惑星から来た極悪人なんだ?」
「あ、いやあの。違うんです。今のはちょっと間違えて……」
「何をどう間違えたんだ?」
「いやいやいや。ほんとにもうあの、あれなので……」
「歯ァ食いしばれ!!!」
「ぐにゃっ!」
俺の渾身のチョップを喰らった神田は、大袈裟にその場に倒れこんだ。うわ、調理場の床に寝転がってるコイツ……引くわー。
「高坂、容赦ねえなあお前」
「遅刻するコイツが悪い」
「はは、まあ確かに。そこはフォローできないわー」
まだ可笑しそうに笑っている三嶋。何だかんで、三嶋も神田を甘やかしているところがある。全く、こういうやつはもっと厳しくしつけないといけないのに。
「そういや高坂。お前、もう大丈夫なのか?」
「ん? ああ、おかげさんでな。三嶋にも迷惑かけたな。悪かった」
「まあ困ったときはお互い様ってことで。……それはそうと高坂」
そう言うと三嶋は、急に肩を組んできて耳打ちするようにして話しかけてきた。
「昨日の女、あれ誰?」
「女?」
誰のことを指しているのかはすぐに分かったが、あえて分からないフリをした。
「昨日、お店に来てた人だよ。なになに、高坂の元カノ?」
「そんなんじゃねえって。ただの知り合い」
「知り合いねえ……。ただの知り合いとの別れに涙するほど、高坂くんは純粋なんだなあ。なるほどなるほど」
「……お前、いい性格してるよな」
「うん、よく言われる」
決して誉めたわけではないのに、何故か得意気な三嶋。
コイツは、この手の話には敏感だ。下手に誤魔化しても無駄か。どうせ答えるまでしつこいだろうし、簡単に説明しとくか。
「幼なじみなんだよ。高校3年の時にあいつが東京行っちまって、7年ぶりくらいに昨日会った。それだけ」
「へー。お前幼なじみいたんだ。知らなかった」
「言ってなかったしな。別に付き合って訳でもない。ていうか、昨日泣いてたのは目にゴミが入っただけだって」
「ふーん。それでそれで?」
「それでって……それ以上はねえよ。はい、この話はおしまいおしまい。さ、仕事すっぞ」
実は明日会うことになった、なんて言ったらまためんどくさいことになりそうだし、この辺で終わっておこう。
今日は昼からの勤務なので、ディナーに向けての仕込みがメインの仕事になる。いつまでも雑談をしていては間に合わない。
「おーい神田ー。起きろー」
「…………」
まだ床で寝てやがる。神田、お前も女子なら少しはそういうところに気を遣えよな。と言ってやりたいところだが、俺もそういうところは雑な部分があるので人のことは言えなかった。
「高坂先輩」
「ん? なんだ?」
急に立ち上がった神田。その顔には先ほどまでの元気はなく、具合でも悪いのかと思えるくらいだった。病み上がりの女子にチョップはまずかったか……?
「高坂先輩……」
「だから何だよ、急に先輩付けしやがって。普段そんな呼び方しないだろお前」
怒っているようなら素直に謝ろうと思った。いや、本当なら謝るのは神田だけどな!? 遅刻し過ぎだし。
「あの、えっと……」
「何だってだから。言いにくいことなのか?」
「いえ、あの……。昨日はすみませんでした。勤務変わっていただいて、ありがとうございました」
「え? あ、ああ。今さらそんなことかよ。そういうのは、会ったらすぐに言えよな」
俺はそう言って、軽く神田の頭を小突いた。正直、神田の口からこういう言葉が出てきたのは意外だった。いつもは俺から、お前謝ることあるだろ! と怒号を飛ばしてから謝罪の言葉が出てきていた。
コイツも、少しは成長してるってことなのか。うんうん。俺たちの教育のおかげだな。主に俺の。
「あ、はい。すみませんでした……」
「その気持ちを忘れんなよ。さ、仕込み始めるぞ」
俺がそう言うと、トボトボと準備を始める神田。何か、様子が変じゃないか? いつものあいつらしくない。よっぽど悪いことをしたと思っているのだろうか。その通りだぞ、神田。もっと反省しろ。
「……高坂、お前ってさ」
「なんだ?」
「…………いや、何でもない。さあて、俺もお仕事すっか~」
なんだ、三嶋のやつ。何か言いたそうにしてたけど。
モヤモヤした気持ちを抱えながらも、仕込みの準備に取りかかった。
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