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最終話 夢ノ終了-3
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「俺は昨日、この場所で美幸に会った」
「だから、来てないってば」
「俺は見た。そして話をした」
「話って……?」
「美幸は、俺のことが好きだって言ってくれた。上司と付き合ってるなんて話は、嘘だって」
「…………」
美幸は、俺の目から視線を外さなかった。俺が嘘をついてるかどうかを見定めているのだろう。俺もそれに応えるようにして、言葉を続ける。
「それから、こんなことを言ってた。自分は失敗作だって」
「失敗作……?」
もしこの先の言葉が全く見当違いなものだったら、美幸を傷つけてしまうだろう。口にするべきじゃないと分かっていた。しかし、すでに言葉は口をついて出ていた。
「…………子どもができないんだって」
「……え」
美幸は呆気にとられたように、固まって動かなくなってしまった。
「これが本当のことかは分からない。でも、俺は昨日美幸の口からそれを聞いた」
「……だから、私は喋ってないってば! 勝手に妄想しないでよ!」
「じゃあ嘘なんだな!? 俺が今言ったこと全部!」
そんなつもりはなかったのに、つい声を荒げてしまった。違うだろ、俺がこんなこと言っていいわけがない。ないのに……。俺はそれを止めることができなかった。
「そうだよ! 全部純平の妄想でしょ! そんなの押し付けないで! 私は純平のことなんて大嫌いなの!」
「俺は……!」
自分でも情けない奴だと思う。ハッキリと返事をもらったというのに、まだ諦めきれないのかよ、俺は。
「俺は、大好きなんだよ。美幸のことが。もうどこにも行ってほしくないんだ……! 傍にいてほしいんだ」
「…………じゃあなんで」
美幸は、泣いていた。涙は頬を伝い、地面に落ちた。美幸はそれを拭おうとはしなかった。
「あの時断ったのよ……!」
美幸は俺のすぐ目の前まで来て、俺の胸を両手で叩いた。それに力は込められていなかったが、悲しみが伝わってきた。
そして俺の服の裾を掴んだまま、地面を見つめる美幸。俺と目を合わせようとしない。
「あの時に純平がOKしてくれてたら、私だって……! なのに、なのに。純平が悪いんじゃん」
「……うん。ごめん」
「ごめんって……何よ」
「遅くなってごめん。もっと早く自分の気持ちに気づくべきだった」
「…………」
美幸はそこで、顔をあげ俺のことを見つめた。少し距離を取り、俺と向き合う。その瞳には相変わらず涙が滲んでいる。
「……私が、あの時告白したのは、純平の気持ちを知りたかったから」
「…………うん」
「純平がいま言ってたのは、全部本当のこと。付き合ってる人なんていないし、子どもができない体なのも本当」
「…………うん」
「それから……」
「それから?」
「……純平のこと、好きなのも本当」
「……うん」
「何よ、嬉しくないの?」
「まあまあかな」
「はあ? 人がせっかく告白してるのに!」
「まあまあめっちゃ嬉しいよ」
「何よそれ」
実際、俺の顔はすでにマグマよりも熱くなっていた。今すぐにでも走り回りながら奇声をあげ、この気持ちをハッスルしたいぐらいだ。しかしそれをやると確実に引かれるのでやめておく。
「俺のことが好きなら、なんでつんけんした態度とってたの? この間の月曜日に会ったときなんて、あなたのこと知らないですみたいな態度だったし。そうかと思えば、急に友好的になるしさ」
「そ、それは……言いません!」
「なんじゃそりゃ」
ああ。これが現実だとしたら、俺はいまめちゃくちゃ幸せだな。まさか、こんな展開なるとは思っていなかったけど。あとこのままだと仕事遅刻しそうだけど、俺は全然焦ってない。
「でも、だからこそ私はこの街にもう来たくないの」
「え?」
なんでそうなる。相思相愛なら、何も問題なくね? 子どもができないとしても、俺は美幸と一緒にいたいんだから。
「……純平なら、私の体のことを知っても、それでも良いって言ってくれると思ってたから」
「美幸……」
「でもだからこそ、それが嫌だった。できることなら、私の体のことを知らない時に好きって言ってもらいたかった」
……そうか。それが理由だったんだよな。可哀想だからとか、擁護的な目で見てほしくなかったんだな。
「……ごめん。美幸の辛さ、分かってあげられなくて」
「ううん。いいの。私は、純平の気持ちが分かって満足だから。それに、自分の気持ちも伝えられたから。もう思い残すことないから……」
「……なあ」
それはふと、頭に浮かんだ言葉。本当はもっと早く伝えるべきだった言葉だ。でもまあ、いいか。今だからこそ伝えるべきなんだろう。
「結婚しようか、俺たち」
「…………え?」
驚くほどすんなりと、その言葉が出てきた。今喋ったのは俺なのかと疑うほど。
「……それは、色々とすっ飛ばしすぎなんじゃないかな」
「美幸が言う?」
「それはまあ、そうだけど……」
「ダメかな?」
「……だから、だめだってば。言ったでしょ? 私のからだのこと」
「うん。わかった上で言ってるよ」
子どもがほしくないわけじゃない。ただ、俺はそこまで子育てしたいとか大家族を築きたいとかそんな願望はない。めんどくさそうだしな。それよりも俺は、今美幸と一緒になりたいと思ったんだ。
「純平は分かってないよ。あのね、私はいま25歳なの。18歳の時には既にできにくいって言われてたのに、今の私じゃ……。もしあの時、純平が応えてくれていたらまだ可能性はあったの。だから私は……」
「ごめんな、美幸」
「ち、ちがっ……! 純平は悪くないの! ごめ……」
俺は、美幸を抱き寄せた。その手にはつい力が入ってしまう。美幸は特に抵抗することもなく、すっぽりと俺の腕の中におさまっている。
「ごめんな、俺が馬鹿だった。美幸のこと、何も知らなかった。知ろうとしなかった」
「そんなの、純平が悪いんじゃない。私が悪いの」
「さっきまでは俺のせいにしてたのに?」
「あ、あれは! 言葉のアレよ……」
俺の胸に顔を埋めながら、ゴニョゴニョと何かをぼやいている美幸。その姿が、妙に愛らしくてつい抱き締める力が強くなる。
「い、痛い……!」
「あ、ごめん」
「だから、来てないってば」
「俺は見た。そして話をした」
「話って……?」
「美幸は、俺のことが好きだって言ってくれた。上司と付き合ってるなんて話は、嘘だって」
「…………」
美幸は、俺の目から視線を外さなかった。俺が嘘をついてるかどうかを見定めているのだろう。俺もそれに応えるようにして、言葉を続ける。
「それから、こんなことを言ってた。自分は失敗作だって」
「失敗作……?」
もしこの先の言葉が全く見当違いなものだったら、美幸を傷つけてしまうだろう。口にするべきじゃないと分かっていた。しかし、すでに言葉は口をついて出ていた。
「…………子どもができないんだって」
「……え」
美幸は呆気にとられたように、固まって動かなくなってしまった。
「これが本当のことかは分からない。でも、俺は昨日美幸の口からそれを聞いた」
「……だから、私は喋ってないってば! 勝手に妄想しないでよ!」
「じゃあ嘘なんだな!? 俺が今言ったこと全部!」
そんなつもりはなかったのに、つい声を荒げてしまった。違うだろ、俺がこんなこと言っていいわけがない。ないのに……。俺はそれを止めることができなかった。
「そうだよ! 全部純平の妄想でしょ! そんなの押し付けないで! 私は純平のことなんて大嫌いなの!」
「俺は……!」
自分でも情けない奴だと思う。ハッキリと返事をもらったというのに、まだ諦めきれないのかよ、俺は。
「俺は、大好きなんだよ。美幸のことが。もうどこにも行ってほしくないんだ……! 傍にいてほしいんだ」
「…………じゃあなんで」
美幸は、泣いていた。涙は頬を伝い、地面に落ちた。美幸はそれを拭おうとはしなかった。
「あの時断ったのよ……!」
美幸は俺のすぐ目の前まで来て、俺の胸を両手で叩いた。それに力は込められていなかったが、悲しみが伝わってきた。
そして俺の服の裾を掴んだまま、地面を見つめる美幸。俺と目を合わせようとしない。
「あの時に純平がOKしてくれてたら、私だって……! なのに、なのに。純平が悪いんじゃん」
「……うん。ごめん」
「ごめんって……何よ」
「遅くなってごめん。もっと早く自分の気持ちに気づくべきだった」
「…………」
美幸はそこで、顔をあげ俺のことを見つめた。少し距離を取り、俺と向き合う。その瞳には相変わらず涙が滲んでいる。
「……私が、あの時告白したのは、純平の気持ちを知りたかったから」
「…………うん」
「純平がいま言ってたのは、全部本当のこと。付き合ってる人なんていないし、子どもができない体なのも本当」
「…………うん」
「それから……」
「それから?」
「……純平のこと、好きなのも本当」
「……うん」
「何よ、嬉しくないの?」
「まあまあかな」
「はあ? 人がせっかく告白してるのに!」
「まあまあめっちゃ嬉しいよ」
「何よそれ」
実際、俺の顔はすでにマグマよりも熱くなっていた。今すぐにでも走り回りながら奇声をあげ、この気持ちをハッスルしたいぐらいだ。しかしそれをやると確実に引かれるのでやめておく。
「俺のことが好きなら、なんでつんけんした態度とってたの? この間の月曜日に会ったときなんて、あなたのこと知らないですみたいな態度だったし。そうかと思えば、急に友好的になるしさ」
「そ、それは……言いません!」
「なんじゃそりゃ」
ああ。これが現実だとしたら、俺はいまめちゃくちゃ幸せだな。まさか、こんな展開なるとは思っていなかったけど。あとこのままだと仕事遅刻しそうだけど、俺は全然焦ってない。
「でも、だからこそ私はこの街にもう来たくないの」
「え?」
なんでそうなる。相思相愛なら、何も問題なくね? 子どもができないとしても、俺は美幸と一緒にいたいんだから。
「……純平なら、私の体のことを知っても、それでも良いって言ってくれると思ってたから」
「美幸……」
「でもだからこそ、それが嫌だった。できることなら、私の体のことを知らない時に好きって言ってもらいたかった」
……そうか。それが理由だったんだよな。可哀想だからとか、擁護的な目で見てほしくなかったんだな。
「……ごめん。美幸の辛さ、分かってあげられなくて」
「ううん。いいの。私は、純平の気持ちが分かって満足だから。それに、自分の気持ちも伝えられたから。もう思い残すことないから……」
「……なあ」
それはふと、頭に浮かんだ言葉。本当はもっと早く伝えるべきだった言葉だ。でもまあ、いいか。今だからこそ伝えるべきなんだろう。
「結婚しようか、俺たち」
「…………え?」
驚くほどすんなりと、その言葉が出てきた。今喋ったのは俺なのかと疑うほど。
「……それは、色々とすっ飛ばしすぎなんじゃないかな」
「美幸が言う?」
「それはまあ、そうだけど……」
「ダメかな?」
「……だから、だめだってば。言ったでしょ? 私のからだのこと」
「うん。わかった上で言ってるよ」
子どもがほしくないわけじゃない。ただ、俺はそこまで子育てしたいとか大家族を築きたいとかそんな願望はない。めんどくさそうだしな。それよりも俺は、今美幸と一緒になりたいと思ったんだ。
「純平は分かってないよ。あのね、私はいま25歳なの。18歳の時には既にできにくいって言われてたのに、今の私じゃ……。もしあの時、純平が応えてくれていたらまだ可能性はあったの。だから私は……」
「ごめんな、美幸」
「ち、ちがっ……! 純平は悪くないの! ごめ……」
俺は、美幸を抱き寄せた。その手にはつい力が入ってしまう。美幸は特に抵抗することもなく、すっぽりと俺の腕の中におさまっている。
「ごめんな、俺が馬鹿だった。美幸のこと、何も知らなかった。知ろうとしなかった」
「そんなの、純平が悪いんじゃない。私が悪いの」
「さっきまでは俺のせいにしてたのに?」
「あ、あれは! 言葉のアレよ……」
俺の胸に顔を埋めながら、ゴニョゴニョと何かをぼやいている美幸。その姿が、妙に愛らしくてつい抱き締める力が強くなる。
「い、痛い……!」
「あ、ごめん」
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