疎まれ魔女は愛弟子に偏愛される

彼岸花

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8.魔女と断頭台

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 看守に連れられて広場に着くと、綺麗な薄暮の空の下に、何とも物騒な外観の断頭台が置かれていた。
 私は看守に促され、断頭台に上がった。
 やっぱり、怖い。実際に断頭台を目の前にすると、死への恐怖で足がすくんでしまう。
 ああ……私はこのまま、謂れのない罪で首を刎ねられ死んでしまうのだろうか。
 せめて、最愛の人に──ルークスに、きちんと「愛してる」と伝えたかった。

 ……そうだ。どうせ死にゆく運命ならば、ここにいる人たちに自分の気持ちを伝えてから死のう。
 そう思った瞬間、口が動き出して、気付けば私は目の前いる群衆に向かって喋り始めていた。

「最期に、皆さんに聞いて欲しいことがあります!」

 私がそう叫んだ瞬間、見物人たちは困惑した様子でどよめいた。

「ご存知の通り、私は魔女です。ですが、皆さんに危害を加えようと思ったことは一度たりともありません」
「嘘をつけ! 今さら何を言っていやがる! 証拠は上がってるんだ!」
「そうよ! うちの子を返してよ!」

 予想通り、見物人たちは口々に罵声を上げた。けれど、私はそれにも怯まず話を続けた。

「きっと……先日処刑された魔女も、私と同じ気持ちだったと思います」
「そんなわけあるか!」
「そうだぞ! お前ら魔女が、俺たちに危害を加えようと悪巧みしていることはわかっているんだ!」
「私が死ねば、あなた達は満足するかも知れません! でも……こんな私でも、居なくなると『悲しい』と思ってくれる人達がいるんです!」

 八年間、私を想い続け、誰よりも大切にしてくれたルークス。
 出会ったばかりにもかかわらず、私を励まし、涙を流してくれたくれたグレン。
 それに、各地の魔法使いたちも、私の訃報を聞けばきっと悲しんでくれるだろう。
 そんな優しい人たちと出会えただけでも、私の人生は幸せだったと──今ならそう思える。

「皆さんは、もし自分の愛する人が魔力を持っている人だったら──あるいは、潜在魔力持ちで途中からそうなったとしたら、どうしますか?」

 私の質問に、見物人たちはさらに困惑していた。

「諦めますか? 『自分まで悪く言われたくないから』と、距離を置きますか? そんなに簡単に割り切れるものではないでしょう? 違いますか?」
「そんなこと知るかよ! 大体、魔法使いの数自体少ないんだから、そんな状況に陥る心配すらないだろ!」
「そうですよね。その通りです。でも、もしそういう立場になったら……と仮定して考えてみてください」
「それは……」

 私がそう尋ねると、最前列で悪態をついていた若者は黙り込んだ。

「きっと……皆さんの殆どは、その相手から離れられないと思います。寧ろ、その相手が悪く言われていたら、庇うことだってあるかも知れません」

 見物人たちは皆、「そんなこと考えたこともなかった」と言いたげな表情をしている。

「こんなに多くの人が集まっていれば、この中に一人くらいは、過去に魔女に親切にして貰ったことがあったりして、魔女のことを憎みきれない人がいるかも知れません。皆さんの中には、『本当は悪く言いたくないけれど、仕方なく周りに合わせている』という人もいるのではありませんか?」
「そんなことあるものか! 皆魔女を嫌っているぞ!」
「そうだ! 自惚れるな!」
「それと……これだけは言わせて下さい! 私たち魔法使いは、あなた達と同じ人間です! 悪口を言われれば悲しいし、傷付くんです! 魔力を持っているからと言って、心がないわけではありません!」

 そう訴えかけると、罵声混じりに反論していた見物人たちは、狼狽えた表情で私を見つめた。

「私は、いつの日かきっと、あなた達がわかってくれる日が来ると……差別のない平和な世界になると……そう信じています。──言いたいことは以上です。もう悔いはありません」

 覚悟を決めた私は、隣りにいる死刑執行人に「もう大丈夫です」と小声で伝えた。
 けれど、死刑執行人はなかなか処刑を実行しようとせず、戸惑ったような表情で私を見つめていた。
 もしかしたら、この死刑執行人は、私が言った言葉に何かを感じたのかも知れない。

「ちょっと! そこの死刑執行人! 何やってるのよ! 早くその女の首を刎ねなさいよ!」

 突然、最前列中央にいる見物人の女が叫びだした。

「この女はね……八年前、うちの息子を──ルークスを誘拐したのよ! だから、最近起こった連続誘拐殺人事件の犯人もこの女に違いないわ! 私、この女が現場付近を彷徨いているところを見たの!」
「え……?」

 大声で喚き散らしている女の言葉を聞いて、少しだけ謎が解けた。
 この人は、間違いなくルークスの継母だ。私を悪い魔女として密告したのもこの人だろう。
 でも、彼女は一体どうやって彼の家出先を特定したんだろう?
 それはさておき……ルークスを可愛がっていたならまだしも、散々彼を苛め倒していたくせに、何故今頃になって私の前に現れたのだろうか。

「早く! 早くその女を殺しなさいよ!」

 女は気が狂ったように叫び続け、私の処刑を求めた。
 死刑執行人は女に急かされるように私の背中を押した。私は死刑執行人に促され、断頭台の窪みに首を差し入れた。
 首が固定され、あとは首を刎ねられる瞬間を待つだけになった。

「さようなら……ルークス……」

 私はそう呟いて、ゆっくり目を閉じた。

「それでは、只今より魔女スカーレット・クラウンの処刑を執り行いま──」
「ぐっ……!?」

  死刑執行人の一人が民衆に向かって喋り始めた途端、突然誰かが苦しそうな声を上げた。
 思わず目を開けて確認すると、先程まで喚き散らしていた女の肩に、身の丈以上ある長い氷の槍アイススピアが突き刺さっていた。

「うぅっ……」

 女が倒れた瞬間、他の見物人たちは一斉に悲鳴を上げ逃げ惑った。
 取り残された女が呻き声を上げ、地面に仰向けになっていると──女の肩に刺さっていた氷の槍アイススピアが自然に引き抜かれ、まるで意思を持っているかのように空中をくるくる舞い、今度は女の心臓の辺りを容赦なく貫いた。その刺撃によって、女は弓なりに体を仰け反らせる。それが止めになったらしく、女の呼吸は完全に止まった。目を見開いたまま、ぴくりとも動かない。恐らく、絶命したのだろう。
 この氷の槍アイススピアは……もしかして……!

「スカーレット!!」
「ルークス!?」

 ルークスは人混みを掻き分けながら、続けざまに氷の槍アイススピアを操った。そして、次は断頭台の上にいる死刑執行人たちに向かって、複数の氷の槍アイススピアを放つ。
 すると、その槍は死刑執行人たちの腕に深く突き刺さり、彼らは絶叫して断頭台から転げ落ちていった。彼らの場合、恐らく致命傷にはならないだろうが、かなり痛そうだ。
 ルークスは人混みを抜け出し、漸く断頭台の上に辿り着くと、素早く私を救出し手の拘束を解いてくれた。

「ルークス……! もう、駄目かと思った……! もう、二度と会えないかと思った……!」
「助けるのが遅くなってしまい、すみません。でも……僕はスカーレットがどこにいようと必ず駆けつけてみせますし、必ず助け出してみせます。たとえ、地獄の果てだろうと……」

 ルークスはそう言うと、私の背中に手を回し、痛い程の力を込めて抱きしめてきた。

「ルークス……愛してる……! 離れてみてわかったの……私、あなたを愛してる。心の底から愛してる……!」
「僕も同じです……貴女を心の底から愛しています。貴女がいない世界なんて、考えられない……」

 私は涙で視界が滲みながらも、ルークスの頬に触れ、今の自分の正直な気持ちを伝えた。そして、彼を強く抱きしめ返した。

「ところで……さっき殺していた人は……」
「ああ、ですか?」

 ルークスはそう言いながら、元継母の死体を、ゴミでも見るような目つきで見た。

「ちょうどいい機会だから、始末しておきました。今さら母親面して何言ってんだって感じですよね。でも、その理由が逆恨みによる復讐だったと知って、納得しました」
「復讐……?」
「ええ。あの人は、僕が家出した後、父に僕への虐待がばれて離縁されたみたいなんです。父は仕事が忙しく、僕と顔を合わせる機会が少なかったから、隠し通せると思ったんでしょうね。でも、僕が家出した所為で、それがばれてしまった。それで、何年も逆恨みした結果、どういうわけか僕の家出先を特定したらしくて……。それで、事件を起こしてスカーレットに罪を被せようとしたんだと思います。魔法暴発事件が起きた後にスカーレットの罪が発覚すれば、『魔女たちが悪巧みをしているに違いない』と思う人も沢山出てきますし、その流れでスカーレットが処刑されると思ったんでしょうね」
「まさか、そんなことのために事件を起こすなんて……。その所為で、子供たちは……」
「ええ……。あの人の計画に気付くのが遅れた所為で、スカーレットにも怖い思いをさせてしまいましたね」
「ううん、いいの……こうやって助けに来てくれただけで、十分嬉しいから」

 私たちが断頭台の上でそんなやり取りをしていると、逃げ惑う人々に混じって、数十人ほどの人間が突然殴り合いをし始めた。中には、武器を持っている者までいる。

「なっ……あれは……!?」
「以前から、王政に不満を持っていたレジスタンス集団ですよ。彼らも、魔法使いを迫害したり差別したりするやり方に納得できなかったんでしょうね。つまり……魔力を持たない人間の中にも、ちゃんと僕たちの味方がいたってことです」
「……!」

 どうやら、あのレジスタンス集団は、この混乱の中でなおも「魔女を殺せ! 処刑を続行しろ!」と喚き続けている魔女嫌悪派の集団と争っているようだ。
 乱闘騒ぎは、やがて警備兵や城から駆けつけた騎士団を巻き込み、どんどん大ごとになっていった。

「とりあえず、この場は彼らに任せて……今は逃げましょう?」

 ルークスは私に優しく微笑みかけると、手を差し出してきた。
 私は彼の言葉に対して「はい」と頷くと、ゆっくりと彼の手を取った。
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