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6 一番近くて、一番遠い
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いよいよ、ルディアスと約束した日がやってきた。
服装に悩んでいたら、胡桃がやたらと白いワンピースを勧めてきたので結局それに落ち着いた。
その上からカーディガンを羽織り、私は鏡の前に立つ。
「変じゃないかなぁ……。あぁ、緊張する……」
あれだけ恋い焦がれた相手にやっと会えるというのに、私の心の中は不安のほうが占めていた。
ゲーム内と同じように話しかけていいのかな? いやいや、同じノリで喋ったら引かれるかも知れないし……うーん。
変に意識しすぎて、嫌われたりしたら最悪だよね……。
そもそも、彼は三次元が恋愛対象にならないのだから、悩むだけ無駄なのかも知れないけど……。
「待ち合わせまでまだ少し時間があるから、ゲームにログインしておこうかな」
私は椅子に座りVRヘッドセットを頭につけると、そのままダイブした。
ログインすると、直ぐ隣にシオンが座っていた。
そう言えば、昨日はギルドのたまり場でログアウトしたんだっけ。
彼は水色の長髪に、厨二っぽい黒い衣装が印象的なアバターを使っている。ジョブはアークメイジ。
このギルドは近接職のほうが多いので、彼のような魔法職は結構貴重だったりする。
「シオンさん、おはようございます」
「おはよ! ユリアちゃん!」
「今日は、用事があったんじゃないんですか?」
「ああ、出かける前に、少しだけログインしておこうと思ってね」
「そうなんですか。私も同じです」
私がそう答えると、シオンはニヤニヤとしながらこちらを見た。
「今日、ルディとデートなんだろ?」
「デ、デートっていうか……強引に付き合わされるだけです!」
シオンにからかわれた私は、照れくさい気持ちを隠すように否定した。
「ユリアちゃんってさ、ルディのこと好きだろ? ロールプレイとか夫婦ごっこじゃなく、本気で」
「……な、なんでそう思うんですか!?」
ばれてた。まあ、あれだけルディアスのこと聞きたがってたら当たり前かぁ……。
気が付かないのは本人くらいだよね、きっと。
「見ていればわかるよ。でも……あいつを好きになったら大変だよな。何せ二次コンだし。頭も見た目も良いから学校でもモテるんだが、全て断ってるから完全に高嶺の花と化してるよ」
「……そうなんですか」
「でも……俺は、ユリアちゃんなら、あいつを振り向かせられるんじゃないかって思うんだよね」
「む、無理ですよ!」
「そうかなぁ……俺には、結構ユリアちゃんのこと気に入ってるように見えるけどな。まあ、筋金入りの二次コンだから、単純に相方として気に入ってるだけなんだろうが……案外、押しまくればいけるかも知れないって思ってね」
気に入ってる……? あれは、気に入ってるって言うのだろうか。
アバターは気に入られまくってるけど……。
「まあ、頑張ってくれよな。それじゃあ、俺はそろそろ出かけるよ」
「はい、お疲れ様でした」
シオンは私を励ますと、手を振りながらログアウトしていった。
彼を見送った私は、半透明のウィンドウを呼び出し現実世界の時間を確認する。
「うわぁ、いつの間にかこんな時間だ!」
少しだけのつもりが、結構話し込んでしまったらしい。
私はパネルを操作すると、慌ててログアウトした。
◇ ◇ ◇
「完全に遅刻だ……ルディアス、絶対怒ってるだろうなぁ」
憂鬱な気分で走っていると、携帯が鳴った。ルディアスからの電話だ。
「遅い! 何をしているんだ!?」
「ひっ……すみません! もうすぐ着きますから!」
「……早くしろよ」
そう言うと、ルディアスは電話を切った。相当、お怒りだ。
駅に着いた私は、事前に聞いていた特徴を頼りに彼を探し始める。
「えーと……あっ」
ふと目の前にいる細身の少年が目に留まった。
ショルダーバッグには、しっかりとアニメキャラ(美少女)のストラップと缶バッジが付けられている。痛っ! じゃなくて、いた!
私は「あぁ……絶対、彼だ。間違いない」と思いながら近づいていく。
って……痛バッグはともかく、キャラに負けず劣らずの美形じゃないですか! 正直、予想以上だった。
その茶色い髪、色素の薄い瞳、すっと通った鼻梁はハーフとまではいかなくとも、クォーターを思わせる外見だ。
たぶん、北欧あたりの血が混ざってると思う。服装は黒いパーカー姿で全体的にかなりラフだけど、素材が良いだけに恐らく何を着ても格好良く見えるタイプ。
なんでこんな人が、ネトゲ廃人な上にオタクで二次元コンプレックスなの?
この人とゲーム内でイチャイチャしてたんだなぁって思ったら急にドキドキしてきた。
……リアルのルディアスも、好みすぎて辛いです。
「ルディアスー!」
そう叫びながら、私は彼の元に駆け寄っていく。
すると、パーカーのポケットに手を入れながら不機嫌そうに立っていた彼が、こちらをギロリと睨んだ。
あ、なんか睨まれた。格好いいけど、目つき悪い人だなぁ。
「あの……ルディアスですよね!? 遅れて本当にごめんなさい!」
「お前と言う奴は……」
「えっと……ルディアス……?」
そう言いながらその綺麗な顔を覗き込んだ瞬間、彼は私の頭に手を伸ばし軽く額を小突いた。地味に痛い。
ゲーム内だとアバター越しだから大切に扱われていたけど(キャラの体だけは)、生身には容赦ないなぁ……。
「痛い……」
「遅れた上に、いきなり大声でキャラ名を呼ぶ奴があるか!!」
開口一番、怒リ出すルディアス。
鞄に美少女キャラのストラップや缶バッジ付けてるのは恥ずかしくないのに、なんでゲームのキャラ名で呼ばれるのは恥ずかしいんだろう……。
やっぱり、この人の感覚はズレてるし、よくわからない。
「うぅ……ごめんなさい。でも、まだ本名教えてもらってないですし……」
「響野遥斗だ」
「えっと……いいんですか? 本名で呼んでも」
「今度キャラ名で呼んだら、更なるお仕置きが待っていると思え」
「ひえぇ……! わ、わかりました……遥斗くんですね!」
「……で、お前は?」
「はい? あ、名前ですね。咲本夏陽です」
「わかった。それじゃ、夏陽。行くぞ」
本名で呼ばれてしまった……しかも、名字じゃなくて名前のほうで。
私が思わずその場で固まって夢心地でいると、先に歩いていった遥斗が引き返してきた。
「『行くぞ』と言ったのが聞こえなかったのか……?」
そう言いながら遥斗は私の両頬を思い切り掴み、限界まで伸ばし始める。
我ながら、こんなに伸びるものなのかと驚くくらい全力で頬を伸ばされた。
「い、いひゃいれふ……!」
「……目は覚めたか?」
「ひゃい……」
上手く喋れないので、必死にコクコクと頷く。ようやく私の頬から手を離した遥斗は小さく溜息をつき、外方を向いた。
見た目が可愛いアバターなら許せたことも、リアルの私じゃ許せないってことですね、わかります……。
「本っっっ当に、三次元に対して容赦ないですね……」
「ああ、アバター越しじゃなければ心置きなくできるからな」
「で、でも! 私だって仮にも女子ですよ! 扱い酷すぎません!? それに、一応、私の方が年上なのに!」
「たった一年早く生まれたくらいで、先輩ぶられてもな」
そう冷たく言い放ち、先を歩いていく遥斗。私は、頬を擦りながら彼の後を追う。
その背中を見つめながら歩いていたら、じわりと涙が滲んできた。
ゲーム内では、散々抱き締めたりキスしたりされたけど、現実では手すら繋いでくれない。
それどころか、軽くDV気味ですよ。まだ頬が痛むし……。
今の私は『ユリア』じゃないから当然といえば当然なんだけど、あまりの扱いの差に悲しくなる。
「うぅ……現実は厳しい」
隣、歩いちゃ駄目かな……。いや、それくらいなら良いんだろうけど、何となく歩き辛い。
それにしても、日曜なせいか人が多い。必死に遥斗を追っていると、人混みに飲み込まれてしまった。
あぁ、まずい。このままだと逸れちゃうなぁ……。
そう思っているうちに、彼の背中はどんどん遠くなっていく。あ、完全に見失った……。
何だかこの状況って、まるで私の心情を表しているみたい。
どんなに想っても、絶対に縮まらない距離……そして、どんどん遠くへ離れて、最後は見えなくなるんだ。
どうしようかな。まあ、携帯あるし何とかなるかな……でも、また怒られるんだろうなぁ……。
私が溜息をつきながら下を向いてトボトボと歩いていると、突然、横から腕を掴まれた。
「夏陽!」
その声に気付き顔を上げると、見失ったはずの遥斗がいた。
一応、探してくれたんだ。放置されるかな、なんて思ったけど……。
「あ、遥斗くん……」
「お前は、何度俺の手を煩わせれば気が済むんだ……?」
「……はい。大変、申し訳なく思ってます」
「大体、後ろを歩いているからこんなことになるんだろうが」
「だって……隣を歩いたら怒られるかなぁって思って」
そう言って、口を尖らせる私。気持ちを察して欲しくて、少し拗ねてみせた。
「……何か、勘違いしてるようだから言っておく」
「勘違い……?」
「俺は、確かに二次元しか愛せないが……三次元の女相手でも、友好関係は築くことができるぞ。前にも言っただろ? 仲間として、そして相方としても大事に思っていると」
「はい……」
「それは、リアルでも同じ。そうじゃなかったら、そもそも誘ってないしな……友人としてやっていけそうな異性なら、普通に仲良くもできるってことだ。恋愛対象として興味がないってだけで、別に毛嫌いしてるわけではないぞ」
そう言うと、遥斗は私の腕から手を離した。
「それって……私を友達だと思ってくれているってことですか?」
「駄目だったか?」
「そ、そんなことないです! すごく嬉しい……」
それは、私にとって涙が出るほど嬉しい言葉だった。
友人として認めてもらえたことで、やっとスタート地点に立てた気がしたのだ。
「……他にも、異性の友人はいるんですか?」
「いないぞ。あと、話をする異性といえばゲーム内の知り合いくらいだな」
ということは……私は他の人よりも、少しだけ特別ってことなのかな?
いやいや、あくまでも友人としてってだけだ。調子に乗るな、私。
「だから、本名で呼んでも構わないし、隣を歩いても構わない。友人ってそういうものだろ?」
「で、でも……ずっと不機嫌だったから……」
「それは、お前が気を使いすぎだからだ」
あ……そういうことだったんだ。ひょっとして、友達が欲しかっただけなのかな?
シオン以外の親しい人のことは知らないけど、意外とリアルの交友関係は狭いのかも知れない。
話を聞いている限り、リアルでは一匹狼っぽい部分もあるみたいだし。
なんか、意外な一面を知れた気がする。ゲーム内では常に周りに人がいて、皆から頼られるギルドマスターなのにね。
「遅れることを見越して、早めに待ち合わせておいて良かったな」
そう言いながらゆっくりと歩きだす遥斗。
私は早足で彼を追いかけると、隣に並んで歩いた。
服装に悩んでいたら、胡桃がやたらと白いワンピースを勧めてきたので結局それに落ち着いた。
その上からカーディガンを羽織り、私は鏡の前に立つ。
「変じゃないかなぁ……。あぁ、緊張する……」
あれだけ恋い焦がれた相手にやっと会えるというのに、私の心の中は不安のほうが占めていた。
ゲーム内と同じように話しかけていいのかな? いやいや、同じノリで喋ったら引かれるかも知れないし……うーん。
変に意識しすぎて、嫌われたりしたら最悪だよね……。
そもそも、彼は三次元が恋愛対象にならないのだから、悩むだけ無駄なのかも知れないけど……。
「待ち合わせまでまだ少し時間があるから、ゲームにログインしておこうかな」
私は椅子に座りVRヘッドセットを頭につけると、そのままダイブした。
ログインすると、直ぐ隣にシオンが座っていた。
そう言えば、昨日はギルドのたまり場でログアウトしたんだっけ。
彼は水色の長髪に、厨二っぽい黒い衣装が印象的なアバターを使っている。ジョブはアークメイジ。
このギルドは近接職のほうが多いので、彼のような魔法職は結構貴重だったりする。
「シオンさん、おはようございます」
「おはよ! ユリアちゃん!」
「今日は、用事があったんじゃないんですか?」
「ああ、出かける前に、少しだけログインしておこうと思ってね」
「そうなんですか。私も同じです」
私がそう答えると、シオンはニヤニヤとしながらこちらを見た。
「今日、ルディとデートなんだろ?」
「デ、デートっていうか……強引に付き合わされるだけです!」
シオンにからかわれた私は、照れくさい気持ちを隠すように否定した。
「ユリアちゃんってさ、ルディのこと好きだろ? ロールプレイとか夫婦ごっこじゃなく、本気で」
「……な、なんでそう思うんですか!?」
ばれてた。まあ、あれだけルディアスのこと聞きたがってたら当たり前かぁ……。
気が付かないのは本人くらいだよね、きっと。
「見ていればわかるよ。でも……あいつを好きになったら大変だよな。何せ二次コンだし。頭も見た目も良いから学校でもモテるんだが、全て断ってるから完全に高嶺の花と化してるよ」
「……そうなんですか」
「でも……俺は、ユリアちゃんなら、あいつを振り向かせられるんじゃないかって思うんだよね」
「む、無理ですよ!」
「そうかなぁ……俺には、結構ユリアちゃんのこと気に入ってるように見えるけどな。まあ、筋金入りの二次コンだから、単純に相方として気に入ってるだけなんだろうが……案外、押しまくればいけるかも知れないって思ってね」
気に入ってる……? あれは、気に入ってるって言うのだろうか。
アバターは気に入られまくってるけど……。
「まあ、頑張ってくれよな。それじゃあ、俺はそろそろ出かけるよ」
「はい、お疲れ様でした」
シオンは私を励ますと、手を振りながらログアウトしていった。
彼を見送った私は、半透明のウィンドウを呼び出し現実世界の時間を確認する。
「うわぁ、いつの間にかこんな時間だ!」
少しだけのつもりが、結構話し込んでしまったらしい。
私はパネルを操作すると、慌ててログアウトした。
◇ ◇ ◇
「完全に遅刻だ……ルディアス、絶対怒ってるだろうなぁ」
憂鬱な気分で走っていると、携帯が鳴った。ルディアスからの電話だ。
「遅い! 何をしているんだ!?」
「ひっ……すみません! もうすぐ着きますから!」
「……早くしろよ」
そう言うと、ルディアスは電話を切った。相当、お怒りだ。
駅に着いた私は、事前に聞いていた特徴を頼りに彼を探し始める。
「えーと……あっ」
ふと目の前にいる細身の少年が目に留まった。
ショルダーバッグには、しっかりとアニメキャラ(美少女)のストラップと缶バッジが付けられている。痛っ! じゃなくて、いた!
私は「あぁ……絶対、彼だ。間違いない」と思いながら近づいていく。
って……痛バッグはともかく、キャラに負けず劣らずの美形じゃないですか! 正直、予想以上だった。
その茶色い髪、色素の薄い瞳、すっと通った鼻梁はハーフとまではいかなくとも、クォーターを思わせる外見だ。
たぶん、北欧あたりの血が混ざってると思う。服装は黒いパーカー姿で全体的にかなりラフだけど、素材が良いだけに恐らく何を着ても格好良く見えるタイプ。
なんでこんな人が、ネトゲ廃人な上にオタクで二次元コンプレックスなの?
この人とゲーム内でイチャイチャしてたんだなぁって思ったら急にドキドキしてきた。
……リアルのルディアスも、好みすぎて辛いです。
「ルディアスー!」
そう叫びながら、私は彼の元に駆け寄っていく。
すると、パーカーのポケットに手を入れながら不機嫌そうに立っていた彼が、こちらをギロリと睨んだ。
あ、なんか睨まれた。格好いいけど、目つき悪い人だなぁ。
「あの……ルディアスですよね!? 遅れて本当にごめんなさい!」
「お前と言う奴は……」
「えっと……ルディアス……?」
そう言いながらその綺麗な顔を覗き込んだ瞬間、彼は私の頭に手を伸ばし軽く額を小突いた。地味に痛い。
ゲーム内だとアバター越しだから大切に扱われていたけど(キャラの体だけは)、生身には容赦ないなぁ……。
「痛い……」
「遅れた上に、いきなり大声でキャラ名を呼ぶ奴があるか!!」
開口一番、怒リ出すルディアス。
鞄に美少女キャラのストラップや缶バッジ付けてるのは恥ずかしくないのに、なんでゲームのキャラ名で呼ばれるのは恥ずかしいんだろう……。
やっぱり、この人の感覚はズレてるし、よくわからない。
「うぅ……ごめんなさい。でも、まだ本名教えてもらってないですし……」
「響野遥斗だ」
「えっと……いいんですか? 本名で呼んでも」
「今度キャラ名で呼んだら、更なるお仕置きが待っていると思え」
「ひえぇ……! わ、わかりました……遥斗くんですね!」
「……で、お前は?」
「はい? あ、名前ですね。咲本夏陽です」
「わかった。それじゃ、夏陽。行くぞ」
本名で呼ばれてしまった……しかも、名字じゃなくて名前のほうで。
私が思わずその場で固まって夢心地でいると、先に歩いていった遥斗が引き返してきた。
「『行くぞ』と言ったのが聞こえなかったのか……?」
そう言いながら遥斗は私の両頬を思い切り掴み、限界まで伸ばし始める。
我ながら、こんなに伸びるものなのかと驚くくらい全力で頬を伸ばされた。
「い、いひゃいれふ……!」
「……目は覚めたか?」
「ひゃい……」
上手く喋れないので、必死にコクコクと頷く。ようやく私の頬から手を離した遥斗は小さく溜息をつき、外方を向いた。
見た目が可愛いアバターなら許せたことも、リアルの私じゃ許せないってことですね、わかります……。
「本っっっ当に、三次元に対して容赦ないですね……」
「ああ、アバター越しじゃなければ心置きなくできるからな」
「で、でも! 私だって仮にも女子ですよ! 扱い酷すぎません!? それに、一応、私の方が年上なのに!」
「たった一年早く生まれたくらいで、先輩ぶられてもな」
そう冷たく言い放ち、先を歩いていく遥斗。私は、頬を擦りながら彼の後を追う。
その背中を見つめながら歩いていたら、じわりと涙が滲んできた。
ゲーム内では、散々抱き締めたりキスしたりされたけど、現実では手すら繋いでくれない。
それどころか、軽くDV気味ですよ。まだ頬が痛むし……。
今の私は『ユリア』じゃないから当然といえば当然なんだけど、あまりの扱いの差に悲しくなる。
「うぅ……現実は厳しい」
隣、歩いちゃ駄目かな……。いや、それくらいなら良いんだろうけど、何となく歩き辛い。
それにしても、日曜なせいか人が多い。必死に遥斗を追っていると、人混みに飲み込まれてしまった。
あぁ、まずい。このままだと逸れちゃうなぁ……。
そう思っているうちに、彼の背中はどんどん遠くなっていく。あ、完全に見失った……。
何だかこの状況って、まるで私の心情を表しているみたい。
どんなに想っても、絶対に縮まらない距離……そして、どんどん遠くへ離れて、最後は見えなくなるんだ。
どうしようかな。まあ、携帯あるし何とかなるかな……でも、また怒られるんだろうなぁ……。
私が溜息をつきながら下を向いてトボトボと歩いていると、突然、横から腕を掴まれた。
「夏陽!」
その声に気付き顔を上げると、見失ったはずの遥斗がいた。
一応、探してくれたんだ。放置されるかな、なんて思ったけど……。
「あ、遥斗くん……」
「お前は、何度俺の手を煩わせれば気が済むんだ……?」
「……はい。大変、申し訳なく思ってます」
「大体、後ろを歩いているからこんなことになるんだろうが」
「だって……隣を歩いたら怒られるかなぁって思って」
そう言って、口を尖らせる私。気持ちを察して欲しくて、少し拗ねてみせた。
「……何か、勘違いしてるようだから言っておく」
「勘違い……?」
「俺は、確かに二次元しか愛せないが……三次元の女相手でも、友好関係は築くことができるぞ。前にも言っただろ? 仲間として、そして相方としても大事に思っていると」
「はい……」
「それは、リアルでも同じ。そうじゃなかったら、そもそも誘ってないしな……友人としてやっていけそうな異性なら、普通に仲良くもできるってことだ。恋愛対象として興味がないってだけで、別に毛嫌いしてるわけではないぞ」
そう言うと、遥斗は私の腕から手を離した。
「それって……私を友達だと思ってくれているってことですか?」
「駄目だったか?」
「そ、そんなことないです! すごく嬉しい……」
それは、私にとって涙が出るほど嬉しい言葉だった。
友人として認めてもらえたことで、やっとスタート地点に立てた気がしたのだ。
「……他にも、異性の友人はいるんですか?」
「いないぞ。あと、話をする異性といえばゲーム内の知り合いくらいだな」
ということは……私は他の人よりも、少しだけ特別ってことなのかな?
いやいや、あくまでも友人としてってだけだ。調子に乗るな、私。
「だから、本名で呼んでも構わないし、隣を歩いても構わない。友人ってそういうものだろ?」
「で、でも……ずっと不機嫌だったから……」
「それは、お前が気を使いすぎだからだ」
あ……そういうことだったんだ。ひょっとして、友達が欲しかっただけなのかな?
シオン以外の親しい人のことは知らないけど、意外とリアルの交友関係は狭いのかも知れない。
話を聞いている限り、リアルでは一匹狼っぽい部分もあるみたいだし。
なんか、意外な一面を知れた気がする。ゲーム内では常に周りに人がいて、皆から頼られるギルドマスターなのにね。
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