〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第二章  彼のために・・・自分のために・・・唇へのキスはしない・・・

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 大学の研究室から桂は窓の外を眺める。
 
 4月…新入生達が希望に胸を膨らませて学内を闊歩している。

 上級生達が盛んにサークル勧誘をしていた。かわいい女子学生が通る度に集団で躍起になって声を掛けて行く。

 ナンパなのか勧誘なのか判らないような様子を見ながら桂の表情が綻んだ。

 あんな風に無邪気に恋を楽しんだのが遠い昔のようで、少しセンチな気分になる。

 いつの頃からか…もう覚えていない。ごく自然に恋愛の対象に男性が入るようになっていた。

 その事で後悔をした事はなかった…と言えば嘘になる。

 女性とならば普通に始まり穏やかに過ごせるはずの恋愛も、桂にとってはいつも波乱と修羅場の連続だった。

 ノンケを好きになって、こっぴどく振られる…そんな事は桂にとっては当たり前の事で。

 おまけに尽くしすぎて振られる事も多く…リナにいつも、少しは冷たくあしらいなさいな…。と忠告される事もしばしば。

 たまに気に入った女性と恋愛をしても、今度は「貴方ってイイ人ね。」とそれで終わってしまう。

 人が良すぎるという事が、恋愛ではデメリットになってしまうのだから…全く上手くいかないものだ…。

 過去の自分の恋愛遍歴を振り返って桂は一人で笑ってしまう。

 ホントに俺も色々バカな恋愛してきた…。

 ここ1年は特定の恋人を作らなかった…。

 体が寂しくて人恋しい夜は…ただ…独りでいる事を楽しもうとしてきた。フリーでい続けた理由はただ一つ…山本 亮…彼だった。

 見つめていたことがバレていたのは致し方ないこと。

 ひそかに彼を見つめることが、桂の唯一の楽しみだったから。淡い恋心にもならないそれを、酒と共に胸の中でゆっくり揺らして慈しむのが幸せだった。

 それが「恋人ごっこ」の相手役として桂に白羽の矢を立てた、そんな運命の皮肉さがたまらなく嫌になる。
 
「おい…新入生達のアンケートはどうだった…?」

 同僚の真柴の重厚な声に桂はハッと意識を戻した。慌てて振り返って真柴を見て返事をする。

「ええ。大丈夫でした。」

 手元のファイルを括りながら続ける。

「どの生徒も入学前に90時間は学習していたようです。初級前半は済んでいますね。」

 顎を擦りながら、真柴がそうか…と答える。

 真柴は桂の先輩講師だった。桂が授業の組み立てに悩む時、いつも明快かつ鋭いヒントを与えてくれる。

 桂はこの一見ボーっとした熊のような風貌の真柴を誰よりも尊敬していた。

「それじゃ、今年は少しデ出しが楽そうだな。」

 真柴が幾分ホッとしたような声音で言う。それを聞いて桂がうっーと少し唸った。真柴が眉を寄せて桂を見る。

「何か問題でもあるのか…?」
 
 桂はもう一度先程整理したばかりのファイルを見た。

「ええ…実は自学自習で文法を先に積め込んだ学習者が多いので…動詞がどうも…辞書形で入っているようなんですよ。マス形の定着がかなり悪いようなんで…。」

 桂の顔を見ながら真柴が嫌そうな表情を見せる。

「そうか…こりゃ…直すのに苦労するな…。」

 これじゃ…今年も大変な思いをしそうだな…忌々しそうに真柴が呟くのを聞いて桂が笑みを浮かべた。

「そうですね…。大変な始まりになりますね。」

 真柴にそう答えながら、ふいに亮の姿が脳裏を掠めた。

…そうだ…俺達の始まりも…大変なんだ…。

 その事に思い至って桂はふいに背中がゾクッとするよな悪寒に襲われていた。
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