〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
8 / 95
第二章  彼のために・・・自分のために・・・唇へのキスはしない・・・

しおりを挟む
「じゃ…毎週デートね。予定絶対空けておいてくれよ。」

 桂の返事に気を良くして、お決まりのトークアプリのIDを交換。
無事に契約成立。そして亮はそう言った。 

「…毎週…ですか?」

 契約期間は10ヶ月。そして毎週のデート。
契約項目が増えていく。

 そう…。亮は涼しげな表情で返事をすると続けて言った。

「来週の金曜日の夜、初デートだから。時間は…俺ちょっとその頃忙しいから…8時にしようか?」

 桂の返事など期待せず、亮はスマートフォンでスケジュールをチェックしながら勝手に決めると、予定を打ち込んで行く。

 桂は慌てて、亮に言われた時間と待ち合わせ場所をスケジュール帳に書きとめた。

 亮は至極ご満悦な笑顔を浮かべるとニヤッと笑って、それじゃ、来週のデートお洒落してこいよ…と言ったのだった。
 
「お洒落といってもなぁ…。」

 桂はショーウインドーに映った自分の姿を見て溜息を吐いた。

 給料はいたって安い。仕事に出費が嵩む為、自分の身の回りの物には桂は無頓着だった。

 仕事もカジュアルなジャケットにコットンシャツ、チノ・パンツといういでたち。
 あとは改まった時の為のスーツとネクタイがあれば充分だからだ。
お洒落には無縁だし無関心だった。

「これが…精一杯だよな。」

 今朝リナが見たててくれたスーツ姿の自分を見ながら呟く。

 今日のリナはもう諦めたのか、桂に説教をする事もなく「初デートだからお洒落しなくちゃね。」と笑いながら桂のクローゼットを漁ったのだった。

 桂にしては目一杯のお洒落な格好。だけど桂は以前見かけた、亮の恋人の「本命の世界で一番愛しい男」の健志を思い出して憂鬱になる。

 亮の隣にいた彼は非の打ち所のない、ファッション誌から抜け出たような垢抜けた服装をしていたのだ。

 …俺…すげぇ…ダサい…。

 まじまじと自分の姿を見詰め、そして堪らなくなってフイッと視線をショーウインドウから逸らす。

 一瞬自己嫌悪や原因のわからないジレンマに陥った。

「これが俺なんだ…良いさ…これで。」

 健志と張り合おうとしてしまう気持をなんとか押さえながら、桂が自分を納得させるように呟く。

 自分らしい格好…それで良いんだ。俺は…俺なんだから…。身代わりでも、契約でも…ごっこでも…今は俺が彼の恋人なんだ。飾ることはしない。
 
 あれこれと物思いに耽りながら桂は人が行き交う雑踏を見詰める。
自分の前を通りすぎる誰もが、垢抜けたファッショナブルな服装で、ここが代官山だと言う事を桂に思い知らしめる。

 初めて代官山に来たが、自分がこの町にそぐわない…という思いが強くなる。

 ついでに自分が彼にそぐわないのではないかという…不安も強くなる。
 
雑踏の中から頭一つ飛び出た亮の姿が視界に入ってきて桂の心臓がドクンと跳ねた。

 彼の姿を見る今の今まで、信じられなかった…。本当に彼が来るのか…。本当に自分と恋人ごっこをするつもりなのか…。

 亮は人込みをモノともせずに悠々とした足取りで通りを歩いて来る。視線を心持ちさ迷わせ桂の姿を探しているようだった。

 桂は亮の姿をもっとよく見たくて、人影に隠れるように一歩後に下がるとジッとこっちに向って歩いてくる亮をひたと見詰める。

 ストーカーじみた自分の行為に呆れながらも、桂は亮を見詰め続けた。

 今日の亮はブルーグレーの色が良く映える、体に馴染んだスーツを着ている。 

 春の陽気で暑い所為か、ライトストーン色のスプリングコートを手に持ち、右手にはアタッシェをぶら下げている。その姿はやり手の営業マンといった風情だ…。

 そこまで考えて桂は苦笑する。 いつだって…この1年俺は彼を見詰めつづけていたんだ…。それは彼と恋人ごっこをする様になっても変わりはしないのだろう…。

 初めて彼を見たのは1年前。桜木町のBarだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

処理中です...