〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第五章 煙草なんて苦いだけ…吸いたくなんてないのに…

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 遅い昼食…ぎこちない沈黙だけが二人を包んで。

 桂はさっきの、亮の行為の意味を考えて混乱したままテーブルに着いていた。

…どうして…彼は突然…あんな事を…。
 キスは契約には入っていない行為だ…。彼のキスは健志さんのモノなのに…。

 亮も不機嫌そうに黙ったままで…でも桂の料理を旺盛に口に運んでいた。

 その姿を見て桂は少しだけ救われたような気がする。せっかく二人で過ごす時間なのに…ギクシャクした雰囲気だけは嫌だった…。

 本当に…少し痩せた…。
顎はこの1週間足らずで鋭利な感じに尖り、首から肩のラインも細くなったような気がする。昨夜は顔色もあまり良くなかった…。

 亮を見詰めながら、桂は考える。
少しでも栄養がつけばと思って…美味しい料理を作りたかった。夕食の支度はしてやれないから…。今作ったもので今日は精一杯だな。

 がちがちのフランスパンは甘党の亮のために卵とミルクで作ったフレンチトーストに。
シロップは無かったから焦がし気味にした砂糖を添えて。

 冷蔵庫の隅に転がっていた玉葱を見つけて、それはみじんにしてゆっくり炒めてから、コンソメスープとあわせてフードプロセッサーへ。滑らかな口当たりのオニオンスープに仕立てていた。

 メインにハムとソーセージのソテー。付け合せにバターで焼いたブロッコリーとアスパラガスを添えた。

 バターの芳ばしい香りが満ちたダイニングで二人は黙々と食事をしていく。

 それでも食事が終わりになる頃には、お腹が一杯になって気持も和らいだのか亮が穏やかな声で「ごちそう様」といつも通り桂に言った。

 それを聞いて桂も微笑んでいつも通り「お粗末さまでした」と答える。 

 バツが悪そうに桂の笑みから視線をふっと逸らすと、亮が「コーヒー淹れる。」と言って立ちあがった。

 それを合図に桂も食器を片付けるために席を立つ。汚れた食器をまとめて、コーヒーメーカーを弄っている亮の後ろをすり抜けるとシンクに立った。慣れた手つきで食器の汚れを濯いでは食器洗い機に入れていった。

 食器洗い機がヴィーンと言う機械音をたてて作動し始めるのと、ほぼ同時にコーヒーの芳しい香りが部屋に漂い始める。

「桂も飲むだろ?」

 すっかり普段の調子に戻った様子の亮が桂に声を掛けた。 

「…あ…」

 桂が躊躇うように声を出した。そしてチラリと時計に視線を走らせる。時刻はもう4時になろうとした。 

 もう…帰らなきゃ…。もっと楽しく過ごしたかったな…。せっかくの時間を自分がぶち壊した…落胆を拭いきれず、それでもその気持を殺すと桂は亮の方へ向き直って答えた。

「せっかくだけど…今日は帰るよ。…もう4時だから…」

 それを聞いて、マグカップを棚から出そうとしていた亮の腕の動きが止まる。

 ゆっくりと視線を桂に戻すと刺すようなキツイ目線で桂を見詰めた。しばらく何も言わず桂を見つめると、フイッと視線を逸らす。

 亮の様子に訳もわからず桂も彼を見詰めた。亮はマグカップをガタンと大きな音をたててコーヒーメーカーの前に置くと、次の瞬間「くそっ」と罵声のような声を小さく吐出した。

「あ…あの…」

 俺…なんか…また地雷踏むような事…言った?亮がなぜ自分の前で身悶えたようにしているのか訳がわからず桂が声を恐る恐る掛けた。

 桂の声を聞いて亮の肩がピクッと揺れる。それが合図のように大股でシンク前の桂の所にくると乱暴に桂の腕を掴んだ。

 あまりの力の強さに桂が眉をひそめた。抵抗しようとする動きは亮の声で遮られてしまう。

「…なんでだ…?なんで帰るんだよ…?さっきの事まだ怒っているのか…?」

 乱暴な行動と裏腹な弱々しい声。驚いて桂は亮の顔を見た。亮の瞳は躊躇うように揺れている。

「…あ…だって…山本…疲れているだろう…?ゆっくり休んだ方が…。それに今日…日曜日だし」

 それを聞いて今度は亮が顔を顰めた。不機嫌さを隠そうともせず苛々したように言う。 

「何言ってんだ?日曜日が…どう関係してんだよ…?俺達…今週ろくに会っていないじゃないか。そりゃ…俺の所為だけど…。お前だって映画を見てないだろ…」

 拗ねたような口調で、それなのに縋るように必死で言葉を積み上げていく亮。

 まるで捨てられまいと必至で言う亮の言葉を聞いて桂の胸が激しく揺さぶられる。慌てて込み上げそうになる嗚咽を飲み込んで亮を見た。 

 なんて…残酷なんだろう…。ひどい言葉で俺を切り裂くかと思えば…今度は有頂天にさせるような甘い言葉を平気で口にする…。

 その度に俺の胸は掻き毟られそうなほど…苦く、甘く疼くんだ…。

 桂は亮と付き合うようになってから、身に付いてしまった泣き笑いのような笑みを浮かべると、不安そうに自分を見詰める亮の顔を見詰め返して答えていた。

「分かった…帰らないから。…コーヒー…ミルク入れてくれよ…」

 どうしたら良いのか分からないジクジク痛むような感情を持て余しながら桂は答えていた。
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