〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

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第七章 カミサマ…お願い…今だけ…俺を彼の本当の恋人でいさせて…

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 コックを捻って、熱い湯を頭から浴びる。心地よい暖かさに身を任しながら、桂は亮の事を考え続ける。

 いつもみたいに亮がしっかりしていれば、こんな事を考えたり…いや考えるけど…こんなに切なく考えたりしないのに…。

 いつもみたいだったら…俺は都合の良い男を演じていられる。亮の要求を適当にかわして…自分も「ごっこ」を楽しんでいるんだ…そう言う風に見せる事が出来るのに。

 でも今日みたいに無防備な亮の姿を見せられると…「ごっこ」や「契約」や「期間限定」の事なんか忘れてしまって、なんだってしてあげたくなってしまう。

 愛しさばかりが湧きあがって、気持が押さえられなくなってしまう…。

 さっきだって、無邪気にお粥を美味しいと言う彼に、キスしたくなってしまって、その衝動を押さえるのに苦労したのに…。

 桂は全ての考えを振りきるように、頭を左右に激しく振るとシャワーを止める。どんなに色々考えても結論なんて出ない…。

 それよりも、やはり体調の良くない亮が気になって…桂は体を手早く洗うと、パジャマに着替えてバスルームから出た。

 亮の様子をそっと窺がう。微動だにせずに、こちらに背中を向けている亮に桂は苦笑した。さっきの事をまだ怒って拗ねているのか…。

 フッと笑みを零して、桂は亮の毛布をもう一度肩口まで掛けなおしてやる。そして、また亮の髪の毛を梳き上げた。途端に亮の肩がピクリと震えた。それでも亮は何も言わずに、向こうを向いてしまっている。 

 桂は自分も寝る為に蒲団を床に敷いた。

 そういや…リナはいつもこうやって寝てたっけ…。最近めっきり桂の部屋に来なくなったリナを思い出す。新しい恋人と順調らしい様子が、先日会ったときに滲み出ていた。恋人と安定していれば俺の所に来る必要はないしな…。そんな事を思いながら蒲団に入る。

 もう一度亮を見上げながら、明日熱があるようだったら、今度こそ医者に見せないと…と考える。明日は土曜日だから、午前中だったら近所の医者は開いてたな…。桂が明日の予定をあれこれ立てていた時だった。

「どうして…そっちで寝るんだよ…」

 ふて腐れた態度そのままの亮の声が頭上から響いた。

「え…?」

 言っている事が分からずに、桂が枕から顔を上げる。今度は亮が体をこちらに向けて、ベッド下の桂を覗き込んでいた。

「風邪が伝染るの嫌なのか…?」

 今度は弱気な亮の声。その言葉にやっと亮の言いたい事が分かって…桂は笑みを浮かべて答えた。

「違うよ。そのベッドで二人じゃ狭いだろ。今夜はゆっくり休んだ方が良い」

 どうして…こう直球で胸に飛び込んでくるようなことを言うんだろう。今だけだと…体調が悪くて弱気になっているから…余計いつもより甘えたがる…。それは分かっているけど…。

 亮が少し拗ねたような顔をする。

「…じゃ…俺がそっちに行く…。それも…ダメかよ…」

 拗ねた顔そのままで、やっぱり拗ねた口調で言う。甘えた口調に桂が諦めたように一つ息を吐いた。

 熱で潤んだ瞳でそんな顔をされると堪らなかった。あっさりと陥落してしまった、自分の意志の弱さに苦笑しつつ、桂は亮の瞳を見返しながら言った。

「良いよ…。山本が大丈夫なら…。こっちで一緒に寝よ。でも…絶対蒲団はぐなよ」

 桂の答えを聞いて亮が嬉しそうにベッドから滑り降りる。頼りない足取りで、桂の隣に体を横たえると、桂の体にギュッとしがみついた。

 幸せな思いで、桂も亮の体を自分の胸に抱き寄せる。亮がくぐもぐった声で囁いた。

「いつもと逆だな…。ゴメン…」

 自分の胸に顔を埋める亮の頭に、自分も顔を押し付けると桂は久し振りに亮の香りを吸い込んだ。それだけで気持が落ち着く気がして…。

「別に…良いよ。たまには良いよな…」

 亮がコクンと頷くのを、桂は愛しそうに見つめた。亮の体をあやすように優しく擦りながら、さっきの考えを訂正する。

…良いよな、たまには…。一つ目、二つ目の亮のお願いを断ったから…。今だけは…俺が亮の本当の恋人…。だから三つ目ぐらいは叶えたって…。
 
 思って、桂はもう眠りに落ちた亮の額に、ゆっくりとキスをしていた。
 
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