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第十一章 ― お前はただ一言「終り」と言えば良いんだ。そうすれば俺は…お前の前から消える…
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亮の胸の中で少し気持の落ち着いた桂が亮に訊ねた。こんな言い争いをする前から気になっていたことだった…。
「山本…なんで日本に居るんだよ…。帰ってくるの来週の日曜の筈だろ…」
桂の当然の質問に亮がプイッと視線を逸らした。躊躇うような一瞬の沈黙のあと亮が答えた。
「健志が急に出張になって…。あいつが居なきゃしょうがないだろ…。だから帰ってきた…」
そっか…少しの落胆を胸に桂は答えた。
こんな扱いを受けても尚、亮が自分を気にして帰ってきたと言ってくれたら良かったのに…そう願ってしまう自分に桂は苦笑する。桂が亮の胸の中で肩を微かに震わせて笑った瞬間だった…。
桂はパッと顔を上げると、激しくもがいて亮の腕の中から抜け出した。
「…桂…?」
突然の桂の行動に亮が驚いて立ちすくんだまま桂を見詰めた。桂は自分を侵す甘い毒の亮を悲しげな気持で見詰めると呟くように告げた。
「帰れよ…。今日は帰れ」
桂の言葉に亮がえ?というように瞳を見開いた。桂はブルッと肩を震わすと亮を悲しげに見据えて言った。
「健志さんが都合悪くなったからって…そんな簡単に帰ってくるなよ。大事な恋人なんだから、待てよ。それに…いくら寂しいからって帰国して俺のところになんか来るな。健志さんに…健志さんに…失礼だ…」
混乱したように瞳を揺らす亮に向かって桂は泣きそうになりながら捲くし立てていた。
無我夢中で…必至になって言葉を積み上げていく…。その中にある自分の気持に気付かれたくなくて…。
「せっかく…久し振りに逢えたんだろ?この…休暇は健志さんの物だろ!それだったら、すぐに俺のところに来るな。いくら健志さんが都合悪くなったからって…節操なく俺の所になんか来るな!健志さんとのデートの余韻に浸れよ…!それが…健志さんに対する誠実ってもんだ…ろ…」
泣きそうな桂の顔を、ショックを受けたように見詰めつづける亮。
二人の間に習慣になりつつあるぎこちない沈黙が落ちた。桂は亮の姿を見詰める事に耐えられず顔を背けた。
視線の置き所に戸惑い足もとの塵に目線を落とす。しばしの沈黙の後、亮がふぅっと息を静かに吐出すのが聞こえてきた。
「……分かった」
ぶっきらぼうに言う亮の声。桂は身じろぎせずその声をぼんやりと聞いていた。亮は桂が何も答えないのを、腹ただしそうに見やると、後はなにも言わず桂の横を通り抜けた。
カツカツカツと亮の靴音が遠ざかるのが桂の耳に響いてくる。その音は夜の闇の中に。
行かないでよ…俺を一人にするなよ…。言いたくても許されない言葉…。
桂は零れ落ちている涙をぐっと拭った。自分で望んだ事なのだから…。
彼が自分の部屋の前に居るのが最初信じられなかった…。飲みすぎた所為で夢でも見ているのかと思った…。
でも彼は本当にそこに居て…。東村の事で、焼もちのような事を言ってくれて…。
帰国してすぐに逢いにきてくれた…。その事が嬉しくて…本当に嬉しくて…。
桂はぼんやりとマンション下を見詰めた。亮の姿は見えなくなっていた。
亮が居ない…その事を思い知ってブワっと桂の目から涙がまた溢れてきた。
あのまま彼に身を任していれば、亮は自分と一緒に居てくれたのだろうか…?
そう考えて桂は頭を振った。
抱きしめられた時に不意に彼の体から香った甘い香り。亮の物ではない…纏う人そのもののような華やかで艶やかな香りだった…。
記憶の中に、健志の姿と共に染みつくコロンの香り。何度も嗅いだ匂いだった。
「J’s」で亮の隣に当然のように座りながら亮に艶然と微笑みかける美しい亮の恋人。健志が桂の横を通り過ぎる度に、健志の残り香が桂にも匂っていた…。
今亮の体から香ったその匂いは、まるで「亮は自分のものだ。」そう健志が主張しているようで…。その香りを纏った亮に今日だけは抱かれたくなくて…。
「…くそっ…うっ…」
桂が小さな泣き声を漏らした。ちっぽけなプライドなのは分かっている…。でも…あの香りをさせる亮と一緒にいたくはなかった…。
また…亮に逢えるのだろうか…?その不安を胸に桂は嗚咽を漏らしつづけていた。
「山本…なんで日本に居るんだよ…。帰ってくるの来週の日曜の筈だろ…」
桂の当然の質問に亮がプイッと視線を逸らした。躊躇うような一瞬の沈黙のあと亮が答えた。
「健志が急に出張になって…。あいつが居なきゃしょうがないだろ…。だから帰ってきた…」
そっか…少しの落胆を胸に桂は答えた。
こんな扱いを受けても尚、亮が自分を気にして帰ってきたと言ってくれたら良かったのに…そう願ってしまう自分に桂は苦笑する。桂が亮の胸の中で肩を微かに震わせて笑った瞬間だった…。
桂はパッと顔を上げると、激しくもがいて亮の腕の中から抜け出した。
「…桂…?」
突然の桂の行動に亮が驚いて立ちすくんだまま桂を見詰めた。桂は自分を侵す甘い毒の亮を悲しげな気持で見詰めると呟くように告げた。
「帰れよ…。今日は帰れ」
桂の言葉に亮がえ?というように瞳を見開いた。桂はブルッと肩を震わすと亮を悲しげに見据えて言った。
「健志さんが都合悪くなったからって…そんな簡単に帰ってくるなよ。大事な恋人なんだから、待てよ。それに…いくら寂しいからって帰国して俺のところになんか来るな。健志さんに…健志さんに…失礼だ…」
混乱したように瞳を揺らす亮に向かって桂は泣きそうになりながら捲くし立てていた。
無我夢中で…必至になって言葉を積み上げていく…。その中にある自分の気持に気付かれたくなくて…。
「せっかく…久し振りに逢えたんだろ?この…休暇は健志さんの物だろ!それだったら、すぐに俺のところに来るな。いくら健志さんが都合悪くなったからって…節操なく俺の所になんか来るな!健志さんとのデートの余韻に浸れよ…!それが…健志さんに対する誠実ってもんだ…ろ…」
泣きそうな桂の顔を、ショックを受けたように見詰めつづける亮。
二人の間に習慣になりつつあるぎこちない沈黙が落ちた。桂は亮の姿を見詰める事に耐えられず顔を背けた。
視線の置き所に戸惑い足もとの塵に目線を落とす。しばしの沈黙の後、亮がふぅっと息を静かに吐出すのが聞こえてきた。
「……分かった」
ぶっきらぼうに言う亮の声。桂は身じろぎせずその声をぼんやりと聞いていた。亮は桂が何も答えないのを、腹ただしそうに見やると、後はなにも言わず桂の横を通り抜けた。
カツカツカツと亮の靴音が遠ざかるのが桂の耳に響いてくる。その音は夜の闇の中に。
行かないでよ…俺を一人にするなよ…。言いたくても許されない言葉…。
桂は零れ落ちている涙をぐっと拭った。自分で望んだ事なのだから…。
彼が自分の部屋の前に居るのが最初信じられなかった…。飲みすぎた所為で夢でも見ているのかと思った…。
でも彼は本当にそこに居て…。東村の事で、焼もちのような事を言ってくれて…。
帰国してすぐに逢いにきてくれた…。その事が嬉しくて…本当に嬉しくて…。
桂はぼんやりとマンション下を見詰めた。亮の姿は見えなくなっていた。
亮が居ない…その事を思い知ってブワっと桂の目から涙がまた溢れてきた。
あのまま彼に身を任していれば、亮は自分と一緒に居てくれたのだろうか…?
そう考えて桂は頭を振った。
抱きしめられた時に不意に彼の体から香った甘い香り。亮の物ではない…纏う人そのもののような華やかで艶やかな香りだった…。
記憶の中に、健志の姿と共に染みつくコロンの香り。何度も嗅いだ匂いだった。
「J’s」で亮の隣に当然のように座りながら亮に艶然と微笑みかける美しい亮の恋人。健志が桂の横を通り過ぎる度に、健志の残り香が桂にも匂っていた…。
今亮の体から香ったその匂いは、まるで「亮は自分のものだ。」そう健志が主張しているようで…。その香りを纏った亮に今日だけは抱かれたくなくて…。
「…くそっ…うっ…」
桂が小さな泣き声を漏らした。ちっぽけなプライドなのは分かっている…。でも…あの香りをさせる亮と一緒にいたくはなかった…。
また…亮に逢えるのだろうか…?その不安を胸に桂は嗚咽を漏らしつづけていた。
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