〜Marigold〜 恋人ごっこはキスを禁じて

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
66 / 95
第十一章  ― お前はただ一言「終り」と言えば良いんだ。そうすれば俺は…お前の前から消える…

しおりを挟む
「誰だよ?あいつ」

 1週間ぶりに聞く亮の声は桂の記憶そのままにやはり怒っていた。

 桂はあまりに記憶通りの亮の声音にうっすらと笑みを浮かべた。彼にまた会えた事が嬉しくて…亮の吐息が間近に感じられるだけで桂の胸は一杯になる。

 亮は桂が何も言わないのに苛立ったような表情を浮かべると、桂の身体を乱暴に抱き寄せた。 

「誰なんだよ?あいつ。どうして桂の部屋に入るんだよ?」

 言ってギュッと桂の背中に回した腕に力を篭めた。

「大学の後輩だよ。終電ないから泊める事にしたんだ。」

 もう会えないかもしれない…そう思っていたから亮の腕の拘束に胸が激しく高鳴ってしまう。桂もおずおずと亮の背中に腕を回した。

「…で…あいつとセックスするのか?俺がいないから…あいつと遊ぼうと思ったのかよ?」

 頭上から降ってきた亮の冷たい声に桂がぱっと顔を上げた。 

「あ…何言ってんだよ?」

 信じられないような思いで桂は亮を見詰めた。亮の顔は冷たく、そしてなぜか辛そうに歪んでいる。桂は亮の心無い言葉に涙が出そうになるのを必至で我慢する。

 なんで久し振りに会えたのにこんな事言われなきゃいけないんだ…?俺がセックス・フレンドだからか…?桂はショックで亮の腕の中から出ようともがいた。

「放せよ!」

 心の奥底からやっとプライドを掻き集め桂は亮の身体を乱暴に押しやり、腕の中から抜け出した。

 ドンと亮の身体を押すと、自分も一歩後ず去った。亮の顔を桂は睨みつけると怒りを押し殺した低い声でやっと言葉を押し出した。 

「俺が…浮気すると思った?それともすれば良かった?そうすれば契約違反で契約を解除できると思ったかよ?」

「桂…なに言って…?」

 今度は亮の方が驚きで瞳を大きく見開いた。愕然としたような表情で慌てて桂の腕を掴もうとする。

 桂はその手を振り払った。涙声になりそうなのを精一杯のプライドで噛み殺す。

 自分を辛そうに見る亮に桂は泣き顔に笑みを浮かべると呟くように言った。

「バカだな…。俺がそんな事するの待ってなくたって良いはずだろ?お前が健志さんと会ってきて、俺となんか付き合っていられない…、そう思ったならそう言えば良いんだ。山本が終りにする…そう言えば俺は……」

 俺は…お前の前から消えるのに…。その言葉を桂は口に出来ず、ただ亮の顔を見詰めながら嗚咽を押し殺すのに必至だった。戦慄く唇を必至で真横に引き結ぶ。

 亮が桂の瞳を見詰めて逡巡するように視線をさ迷わせた。そして躊躇いがちに桂に手を差し出すと呟くように言った。

「ごめん…ごめん…。桂…悪かった…」

 頼りなげに亮の唇から紡がれる謝罪の言葉。表情を苦しそうに歪め、縋るようなその瞳は不安で揺らめいている。

 壊れ物に触れるように、自分を泣きそうな瞳で見詰める桂を亮は抱き寄せた。

 嫌々をするように身体を捩って抗らう桂の身体を抱きしめると、桂の髪の毛に顔を埋めてくぐもぐった声で呟いた。

「ごめん…桂…。俺…お前居なくて…。携帯も出ないし…。だから…苛々してて…。ごめん…。ごめんな」

 終わりにするなんて…言うなよ…。そう告げる亮に桂はひそやかな涙を零した。 

 どうして、こんなに残酷でそれなのに甘い言葉を言うのだろう…。

 その言葉だけで…俺はいつも流されてしまう。亮が少しの優しい言葉をくれるだけで…。それだけで胸が震えてしまうんだ…。

 桂はコクンと声もなく亮の言葉に頷いていた。
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

処理中です...