その恋はモラルに反してますから!? のんきな彼は野獣上司に溺愛される

嘉多山瑞菜

文字の大きさ
15 / 27
5ページ目 気づくの遅えよ

後編③

しおりを挟む
 原因は、やはりシステムの安部が推測したとおりだった。

 詳しいことまでは圭介には分からなかったが、カスタマーサポート部が引き出した情報から、最新セキュリティの更新プログラムに不具合があったことが、あっさりと判明した。
 
 原因が分かってからの近藤の対応は早かった。

 販売サイトの全サービスを停止させたのだ。
 
「ありえねぇだろ」

 さらりと彼は、社長達にそう言ったらしい。
 
 中途半端な状態でサイトを運営すれば、ますますカスタマーサポートに負荷がかかる。
これ以上は無理との判断だった。
 
 機会損失が、という声も上がったのだろう。
当然だ。スマートフォン全体で見れば、最新機種の割合はまだまだ少ない。 

 このまま売り続けることは可能だったが、近藤は、カスタマーサポートの状態と、半端なサービスを提供することはならないとの判断で、全サイトをメンテナンス画面に切り替えた。
 
 ただし、メンテナンス時間は12時間。
ソリューションが,24時間欲しいと言ったのを、近藤は、それこそ機会損失を盾にして、絶対に譲らなかった。
 
 圭介はといえば、それこそガムシャラにお客様対応をしていた。

 電話は、止まることを知らず、取っても取っても鳴り響く。ただ、唯一の救いだったのは、近藤のお陰で、各部署から総勢30名余りの社員とスタッフ達がカスタマーサポートに加勢できたことだった。
 
 そのため、カスタマーサポートの社員達は、滞留していたメールサポートに専念することが出来たお陰で、6000件近い問い合わせメールは、あっという間に数を減らしていった。
 
 今日が山だ・・・圭介はぐっと息を吸い込み、気合を入れた。
 
 システムが復旧する予定は夜の12時。

 小出は、本来18時でクローズする電話窓口を、12時まで開けることを決めた。

 無論、誰にも異論はない。メールでサポートするより電話で話した方が、対応効率は早いからだ。
 
 さすがにアルバイトスタッフは帰宅させたが、社員は残り、引き続き電話対応にあたる。それこそ、食事も休憩も取ることを忘れて、圭介は一心不乱に対応し続けた。
 
「お電話ありがとうございます・・・このたびはご迷惑をお掛けして・・・」 

 小出からレクチャーを受けたスクリプトを使い、会社の顔として謝りつづけ、受注を取り続ける。
 
 次の電話を・・・そう思って受話器に手を伸ばした矢先、その手を遮る別の腕が伸びた。

 手首を掴まれて、はっと顔を上げると、いつのまにか横に近藤が立っていた。
 
「もう、終わりだ」
 
 言われた言葉にきょとんとすると、近藤が苦笑を浮かべた。
 
「12時だ。サイトが復旧した、見てみろ」
 
 慌てて、サイトを見ると、確かにいつもの販売画面が圭介の目に飛び込んできた。
 
「あっ・・・セキュリティは大丈夫なんですか?」
 
 ああ、と苦笑したまま近藤は答えると、圭介の手首を掴んだまま、立ち上がらせた。
 
 戻るぞ、と言われ、えっ、あのっ、皆と・・・という圭介の言葉は一切無視されて、ずるずると引き摺られていく。
 
 背後では、小出の「皆、ありがとう・・・お疲れさん・・・」という労いの言葉と、同時に社員が拍手をするのが聞こえてきて・・・その達成感の中に居られなかったことを恨めしく思いながら、圭介は仕方なく近藤と一緒に自分達のフロアへ歩き出していた。
 

  
◇◇◇◇◇


 
 ほら、と言って手渡されたマグカップの中身はいつものコーヒーじゃなかった。
 
 甘い香りに鼻をクンと一回鳴らして覗き込むとクルトンの浮いたポタージュが入っている。
買い置きのインスタントをいれてくれたらしい、近藤のさりげない優しさが嬉しい。
 
 フロアーに戻った後、プチの受注が、凄い勢いで入り始めているのを確認しただけで、すぐにまた近藤にタクシーに乗せられてしまった。
 
 結局、部屋に連れ帰られ、圭介はテーブルの前で疲れた身体を投げ出していた。
 
「何か喰うか?」
 
 近藤が、なぜか心配そうな表情で、床にへたり込んでいる、圭介の顔を覗き込む。
 
 その問いに黙って首を左右に振ると、マグカップに口をつけた。
食欲は消えていて、ざわつくような興奮だけが全身を支配していたが、そのトロリとした甘さが、疲れを癒すように胃に流れ落ち、体中に染み渡っていく。
 
 ジン、とした温もりが中から湧き上がってきて、やっと圭介は緊張から解放されて、ホッと全身の力を抜いた。

 そんな圭介の様子に、近藤も圭介の真横に腰を下ろすと、ネクタイを緩めながら圭介の肩に腕を回して、そっと身体を自分の方へ引き寄せた。
 
 なすがまま、圭介はだるい身体を近藤に預け、彼の肩に頭を委ねる。
 
「疲れただろう・・・良くやったな」
 
 ポツッと言われた、褒め言葉に、圭介はふわりと微笑んだ。

 嬉しい・・・彼の役に立てて・・・そんな幸福感が湧き上がってくる。
 
「小出が褒めてた・・・お前が頑張って、皆を引っ張ってくれたと」
 
 小出さんが?・・・じゃ、貴方は・・・?

 声にならない問い・・・それすらも近藤は見透かしていて。
 
「お前の提案・・・あれは、的確だった」
 
 近藤が、マグカップを持ったまま膝の上に投げ出していた手に、片手を重ねるとギュッと握り締めた。
 
「・・・ありがとな・・・圭介・・・」
 
 多くを言わない、シンプルな言葉が嬉しくて・・・涙が出そうになる・・・
 
 何か言おうと思うけど、胸が満ち足りたような幸福感に支配されてしまって、言葉が出てこない。
 
 ああー俺、やっぱりこの人が好きだ・・・
 
 唐突に胸の中に湧き上がる想い。
 
 妻がいようと、愛人になろうと、彼の気まぐれだろうと、からかわれているのだろうと、そんなことは、もうどうでも良くなってしまった。
 
 彼に憧れて、彼の仕事をしている姿が大好きで、誰よりも彼の役に立ちたいと思う、彼のためだったら何でも出来る・・・そう気付いてしまったから。
 
 離れたくない・・・別れることなんて・・・絶対に・・・嫌だ・・・・・・

 その想いは本当にしっくりと自分の中で形作られて。

 彼が求めて望んでくれる限り・・・ずっと、ずっと、ずっと、一緒にいたい・・・。
 
 何度も自覚した想いは、確固たるものに・・・確信に変化していて・・・圭介は自分の肩を抱いたまま、オフのままのテレビの液晶画面を静かな表情で見ている、近藤の端正な面差しを見つめた。
 
「近藤さん、俺・・・気付いたんです」
 
 それは、思った以上に滑らかに自然に口を突いて出て。
 
「あー、なんに、だ?」
 
 近藤は、握っていた手を離すと自分も静かにマグカップに口をつけた。

 少し落とし加減にした部屋の灯が、彼の顔に陰影をほのかに浮かび上がらせていて、優美な横顔を圭介はじっと見つめた。
 
 ふいに、胸がドキドキする。
甘い誘惑もあって。  
 
 告ったら、この人はどんな表情を見せるんだろう
 
 その瞬間を想像して、圭介はクスリと久しぶりに心からの笑みを漏らした。 
もう、迷いはなかった。
 
「あなたが、好きだってことにです。」
 
 その言葉に、近藤のマグカップを持つ手が一瞬揺れた、

 本当に驚いたのかもしれない。びっくりしたように、眼を見開いて、圭介を見返した。
 
 何を考えているのか、わからないようなその表情に、圭介は、ちょっとだけ緊張して、彼の様子を見守る。

 近藤はつかの間、眼を閉じると、すぐに、ふわりと口元に、やわらかい 微笑を浮かべた。

 次の瞬間、眼を開けると、マグカップをテーブルに置いて、手を圭介に向かってまっすぐ伸ばしてくる。
 
 え・・・と思う間もなく、彼の手の甲で、こつんと額をノックされた。

 甘い感触に一瞬眼を閉じると、肩を抱いていた近藤の腕に強い力が込められた。あっという間に、壁に身体を押し付けられると、そのまま、近藤が覆いかぶさってくる。
 
 そして、額に、ちょんとキスを落とされて・・・そして・・・耳元で囁かれた。
 
「ばーか、気付くの遅えよ」
 
 ちょっと照れたような、すねたようなその言葉に、ポタージュのせいではない、ジンワリとした暖かいものが胸に込み上げてきて。
 
 はい、すみません・・・その言葉は、近藤の唇に吸い取られていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

処理中です...