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フェリ・デール①
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数多あるお話の中で、目に留めていただきありがとうございます。よろしくお願いします。
序盤は読むのも重たいですが、話はさくさくと進みますので、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。
べあふら
********
「ムンデ国は本当に、そなたを一人で寄こしたのだな」
冷たい地面に跪く、フェリの頭上から、重厚感のある言葉が降ってくる。そこに含まれるのは、明らかな侮蔑だ。
「実に、愚かだな。そう思わないか、フェリ・デール」
自分一人の命で償える程、自分に価値があるとは、フェリは思ってはいない。
愚かなことをしている自覚はあった。しかし、フェリにはただ命に従い、この死地に一人赴く他に、許された選択肢は無かった。
「面を上げよ」
フェリは命に従い、ゆっくりと顔を上げた。
いつもは自身の醜い容姿を隠すため、大きめの外套を深々とかぶり、眼以外は布で隠しているのだが。
今はそれすらも剥ぎ取られ、まるで裸で立っているようで、居心地が悪い。
そんな矮小な自分を、壇上の玉座の前に泰然と佇む赤髪の男が見下ろしている。
軍人らしい屈強な体躯は、自分など比較しようもないほどに、威風堂々とした揺るぎない威厳を醸し出している。まさに、王者の風格であった。
その身に纏う気迫が、さらにその男を、どっしりと重く巨大な存在に思わせた。
ジグムント・ヴァン・グランカリス。
グランカリス帝国の若き覇者。百戦錬磨の軍神と名高い彼は、前宰相の退いた後、この一年で疾風のごとく頭角を現した。
今や、その名を知らぬ者は、この大陸にはいない。
自身が戦火の先陣をきり、彼が率いた戦では、敵は完膚なきまでに制圧され、その姿を見たものは戦意を喪失するという。
燃えるような紅の豊かな長い髪は、炎のようでもあり、血のようでもある。
冷淡にこちらへと向けられた視線は、それでもめらめらと燃え盛る猛火のような熱を内包していた。
この男が一人で戦地に立ったとしても、ムンデ国はきっと勝てないだろう。フェリは、そう思った。
これが、グランカリスの覇王、紅の獅子。
初めて目にするその姿は、その名の通りの雄々しい男だった。
尊大で傲然とした態度は、覇王の名に相応しい。
彼は、あらゆる力をもった……力と、富と、権力と、地位の全てを手中に収める、現在のグランカリス帝国における実質的な最高権力者である。
「この度の戦は、遺憾千万であった」
覇王は、変わらぬ口調で、淡々と告げる。
この度、フェリ・デールが軍師を務めるムンデ国は、愚かにもグランカリス帝国に戦いを挑んだ。そして、必然のように敗北した。
ムンデ国は、複数の派閥の集合体で、その派閥の長の代表が首長となり、国を治めている。身体能力が高く、好戦的な民族性は、周辺各国からも恐れられていた。
フェリは、ムンデ国現首長の属する最大派閥に仕える軍師だ。
いや、軍師だった。
もはや、過去のことだ。
ムンデ国の現首長の息子、それがフェリの主人だった。今回無謀にも、大陸一の国土を誇るグランカリス帝国に戦を仕掛けた、首謀者でもある。
フェリは、この戦の戦犯として、身柄をグランカリス帝国に引き渡されたのだ。
10年近く命を懸けて仕えた国は、あっさりフェリを捨てた。
わかっていたことだ。
純然たる事実として、ムンデ国が勝利する未来など無いことは、開戦前から明白だった。
グランカリス帝国の国力はムンデ国のそれと、比較するに及ばない。
そして、己がとるに足らない存在だということも。
「比して、昨年の、渓谷での一戦は、実に見事であったな」
ジグムントの唸るような重低音が、フェリの身を震わす。
ここにきて、初めてフェリは動揺した。じわり、と嫌な汗が滲み、背筋が冷える。
渓谷での一戦。
昨年、ムンデ国が、グランカリスの兵を後退させることに成功した、国境付近での二国間の衝突のことだ。ムンデ国がグランカリス帝国を出し抜いたのは、後にも、先にもこの時だけ。
約一年前の、あの作戦をフェリが立案したことは公にはされていない。にもかかわらず、この場で、そのことに言及されるということは……この男に、その事実を知られている。
フェリの心中は複雑だった。
「知っての通り、あの渓谷での我が国の被害は甚大だった。……そなたには、誠に感謝している」
そうか。なぜ、こうして何の価値もない自分が、敗戦にあたり、こうしてグランカリス帝国へわざわざ連行されるに至ったか。ようやく腑に落ちた。
あの時、多くのグランカリス兵が命を落とした。その、報復を受けるのだろう。
単に死地が変わっただけ。
でも、無実の罪で殺されるより、自分の死が誰かの慰めになるのなら、その方が幾分価値があるように思える。
最期に、ムンデ国を出て、グランカリス帝国への道中、これまで見たことも無い景色をこの目に焼き付け、音を聞き、匂いに触れたことだけでも、有意義であった。
眼光鋭くこちらを凝視する覇王の視線を感じながら、死を目前にして、奇妙に心が凪いだ。
この男を前にすれば、どんな生物も、怯えを抱き、萎縮するだろう。獰猛な殺気が、じりじりと肌を刺激する。
狙いを定められたら最後。許されるのは、ただ、喰われるのを、怯えながら待つのみ。
生存本能が、この男には逆らってはいけないと告げている。実際、壇上の覇王は、一瞥で自分の命すら、一瞬で奪える。
——……それなのに。
なんと凛々しい男なのだろう。まるで、本物の獅子のようだ。
ただ、そこに在るだけで、悠然とした気高さを感じさせる。
獣のような強い生命力を体現していながら、その自信に満ちた風格は優美な貫禄を兼ね備えていた。
醜い自分と、同種の生物とは、とても思えない。
死ぬ前に、このような人物とまみえる機会を与えられたことだけでも、価値があるように思えた。
そんな魅力が、覇王たる男にはあった。
「今日から、このグランカリスが、そなたの祖国である。死しても、ムンデの地に帰れるなどとは思わぬことだ」
もとよりムンデ国に帰る意志はない。帰る場所もない。
「感謝、申し上げます」
すぐには殺されないのか。
おそらくは短い期間であろうが、敵国であるグランカリス帝国が、自分を迎えてくれることに、驚きを禁じ得ない。
フェリは、自国でも味わったことのない、ほのかな感動を覚えながら、紅の獅子に深々と頭を下げた。
序盤は読むのも重たいですが、話はさくさくと進みますので、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。
べあふら
********
「ムンデ国は本当に、そなたを一人で寄こしたのだな」
冷たい地面に跪く、フェリの頭上から、重厚感のある言葉が降ってくる。そこに含まれるのは、明らかな侮蔑だ。
「実に、愚かだな。そう思わないか、フェリ・デール」
自分一人の命で償える程、自分に価値があるとは、フェリは思ってはいない。
愚かなことをしている自覚はあった。しかし、フェリにはただ命に従い、この死地に一人赴く他に、許された選択肢は無かった。
「面を上げよ」
フェリは命に従い、ゆっくりと顔を上げた。
いつもは自身の醜い容姿を隠すため、大きめの外套を深々とかぶり、眼以外は布で隠しているのだが。
今はそれすらも剥ぎ取られ、まるで裸で立っているようで、居心地が悪い。
そんな矮小な自分を、壇上の玉座の前に泰然と佇む赤髪の男が見下ろしている。
軍人らしい屈強な体躯は、自分など比較しようもないほどに、威風堂々とした揺るぎない威厳を醸し出している。まさに、王者の風格であった。
その身に纏う気迫が、さらにその男を、どっしりと重く巨大な存在に思わせた。
ジグムント・ヴァン・グランカリス。
グランカリス帝国の若き覇者。百戦錬磨の軍神と名高い彼は、前宰相の退いた後、この一年で疾風のごとく頭角を現した。
今や、その名を知らぬ者は、この大陸にはいない。
自身が戦火の先陣をきり、彼が率いた戦では、敵は完膚なきまでに制圧され、その姿を見たものは戦意を喪失するという。
燃えるような紅の豊かな長い髪は、炎のようでもあり、血のようでもある。
冷淡にこちらへと向けられた視線は、それでもめらめらと燃え盛る猛火のような熱を内包していた。
この男が一人で戦地に立ったとしても、ムンデ国はきっと勝てないだろう。フェリは、そう思った。
これが、グランカリスの覇王、紅の獅子。
初めて目にするその姿は、その名の通りの雄々しい男だった。
尊大で傲然とした態度は、覇王の名に相応しい。
彼は、あらゆる力をもった……力と、富と、権力と、地位の全てを手中に収める、現在のグランカリス帝国における実質的な最高権力者である。
「この度の戦は、遺憾千万であった」
覇王は、変わらぬ口調で、淡々と告げる。
この度、フェリ・デールが軍師を務めるムンデ国は、愚かにもグランカリス帝国に戦いを挑んだ。そして、必然のように敗北した。
ムンデ国は、複数の派閥の集合体で、その派閥の長の代表が首長となり、国を治めている。身体能力が高く、好戦的な民族性は、周辺各国からも恐れられていた。
フェリは、ムンデ国現首長の属する最大派閥に仕える軍師だ。
いや、軍師だった。
もはや、過去のことだ。
ムンデ国の現首長の息子、それがフェリの主人だった。今回無謀にも、大陸一の国土を誇るグランカリス帝国に戦を仕掛けた、首謀者でもある。
フェリは、この戦の戦犯として、身柄をグランカリス帝国に引き渡されたのだ。
10年近く命を懸けて仕えた国は、あっさりフェリを捨てた。
わかっていたことだ。
純然たる事実として、ムンデ国が勝利する未来など無いことは、開戦前から明白だった。
グランカリス帝国の国力はムンデ国のそれと、比較するに及ばない。
そして、己がとるに足らない存在だということも。
「比して、昨年の、渓谷での一戦は、実に見事であったな」
ジグムントの唸るような重低音が、フェリの身を震わす。
ここにきて、初めてフェリは動揺した。じわり、と嫌な汗が滲み、背筋が冷える。
渓谷での一戦。
昨年、ムンデ国が、グランカリスの兵を後退させることに成功した、国境付近での二国間の衝突のことだ。ムンデ国がグランカリス帝国を出し抜いたのは、後にも、先にもこの時だけ。
約一年前の、あの作戦をフェリが立案したことは公にはされていない。にもかかわらず、この場で、そのことに言及されるということは……この男に、その事実を知られている。
フェリの心中は複雑だった。
「知っての通り、あの渓谷での我が国の被害は甚大だった。……そなたには、誠に感謝している」
そうか。なぜ、こうして何の価値もない自分が、敗戦にあたり、こうしてグランカリス帝国へわざわざ連行されるに至ったか。ようやく腑に落ちた。
あの時、多くのグランカリス兵が命を落とした。その、報復を受けるのだろう。
単に死地が変わっただけ。
でも、無実の罪で殺されるより、自分の死が誰かの慰めになるのなら、その方が幾分価値があるように思える。
最期に、ムンデ国を出て、グランカリス帝国への道中、これまで見たことも無い景色をこの目に焼き付け、音を聞き、匂いに触れたことだけでも、有意義であった。
眼光鋭くこちらを凝視する覇王の視線を感じながら、死を目前にして、奇妙に心が凪いだ。
この男を前にすれば、どんな生物も、怯えを抱き、萎縮するだろう。獰猛な殺気が、じりじりと肌を刺激する。
狙いを定められたら最後。許されるのは、ただ、喰われるのを、怯えながら待つのみ。
生存本能が、この男には逆らってはいけないと告げている。実際、壇上の覇王は、一瞥で自分の命すら、一瞬で奪える。
——……それなのに。
なんと凛々しい男なのだろう。まるで、本物の獅子のようだ。
ただ、そこに在るだけで、悠然とした気高さを感じさせる。
獣のような強い生命力を体現していながら、その自信に満ちた風格は優美な貫禄を兼ね備えていた。
醜い自分と、同種の生物とは、とても思えない。
死ぬ前に、このような人物とまみえる機会を与えられたことだけでも、価値があるように思えた。
そんな魅力が、覇王たる男にはあった。
「今日から、このグランカリスが、そなたの祖国である。死しても、ムンデの地に帰れるなどとは思わぬことだ」
もとよりムンデ国に帰る意志はない。帰る場所もない。
「感謝、申し上げます」
すぐには殺されないのか。
おそらくは短い期間であろうが、敵国であるグランカリス帝国が、自分を迎えてくれることに、驚きを禁じ得ない。
フェリは、自国でも味わったことのない、ほのかな感動を覚えながら、紅の獅子に深々と頭を下げた。
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