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第七章
164話 あなたの味方に
しおりを挟む移動中の荷馬車での会話を思い出していたら、目の前のヒュウヲウンが水を呷って、空になったコップを、ダンッと机の上に叩きつけるように置いた。
その音にハッと我に返って、ヒュウヲウンの瞳を見つめる。
「ヴァントリア様、私達にも協力させてッ!!」
「そ、それはダメだ。君達を巻き込むことになってしまうし」
「大丈夫よ! だって私達人気者だから!」
理由になってない気がするんだけど。
興奮したように言う彼女に、もしかしてヒュウヲウンも酔ったのか? と一瞬思ってしまった。
でも、確かに。ランシャはゲームでは上手く立ち回っていた。ウォルズの協力者として随分活躍していた印象がある。
協力者は多い方が嬉しいし、今回の逃げ切れたのは彼女達が味方に付いてくれたからだ。返答に迷っていたら、カウンターの奥の扉が開いた。
「バン様」
扉の奥から、もっさりになっているテイガイアが、フラフラしながらやってくる。せっかくウォルズが整えたのに……。
ちなみに、彼はお酒を飲んでいない、みんながワイワイし出した途中で、先に宿屋に行ってしまった。
疲れているのかな、と思って呼びにはいかなかったけれど、テイガイアの疲労ぶりは休んでいたようには見えない。彼は宿屋に行く前より疲れている顔をしている。
「どうした? 大丈夫か?」
「貴方には見せたくなかったのですが」
ん?
訳がわからなくて首を傾げていたら。
「実は、その。私の持っている魔法石のことなのですが」
テイガイアが言っている〝魔法石〟とは、ゲームで言うアイテムポーチのことだろう。
舞踏会中に戦闘になった時に、武器を取り出した魔法石だ。ウォルズはお金を払う時に魔法石から取り出して使うし、アイテムを収納できる魔法石があっても不思議じゃない。
「あれは元々ウォルズさんに頂いたものですが、私が改造して、容量が大きくなっているんです。生物も生きたまま保管できる。バン様が食べたがると思ってウサピョンも入れてます」
「うさぴょん?」
こいつです、と、テイガイアがアイテムポーチ——魔法石からウサギを取り出した。そう、ウサギさん。あのイルエラが原始人みたく食べられるか聞いてきたウサギさん。ウォルズが食ったらしいウサギさん。
「って、俺が食べたがるって何だよ!」
「気に入っていたようなので」
「どう解釈したらそうなるの!?」
テイガイアはウサギを魔法石の中に戻してから、真剣な眼差しをこちらに向けてくる。
「この中にはラルフくんを入れていたんです。手当てが終わったのですが、目が醒める気配がなくて。」
「え——っ」
ずっと気にかかっていた相手の名前が出されて、咄嗟にテイガイアの魔法石を覗き込む。
あ、いや、もういないのか……。覗いても見えないだろうし。
「私がラルフくんを運んでここに連れてくることもできますが。ラルフくんの今の姿を女性に見せる訳にはいきません」
ラルフの槍に貫かれた姿を見るのは、女の子達にはショックが大きいだろう。見せる訳にはいかない。
「一緒に来てください。ラルフくんの肌に呪いの痣が現れているんです。ラルフくんが目覚めないのはあれのせいだ。おそらく身体を修復しようとして呪いが強くなり、暴走している」
「分かった、俺に何か手伝いができるなら何でもするよ」
ヒュウヲウンは俺達の会話についていけていない様子だったが、俺達の空気を察して、踊り子達の方へと戻っていった。
カウンターに入って、テイガイアと奥の宿屋へと向かう。
ラルフの手当てをしていたと言う一室に入れば、ベッドに寝かされたラルフの周りを黒い霧が取り囲んでいる。
ラルフの傷口から呪いが漏れているのだろうか?
テイガイアが俺の手を両手で取って、真剣な眼差しを向けてくる。
「お願いします。バン様、彼を助ける力を貸してください。大事な友人達なんです。貴方と同じで、私を好いてくれた。私に居場所をくれたかけがえのない人達だ」
「大丈夫だよ、一緒に助けよう、テイガイア」
「私は彼等を忘れていた、助けられなかった。助けたいんです」
俺も助けられなかった。
一緒に助けよう、テイガイア。
「どうすればいいんだ?」
一緒に部屋に入り、ラルフの傍に寄る。
隣に来たテイガイアの顔を見上げて尋ねれば、テイガイアは目を逸らす。何だ?
「ラルフくんに、その、キスを……して、いただきたい」
「………………は?」
俺は、何を言ってるんだ、と言う顔をしていたのだろう。俺に向かって、テイガイアがもう一度真剣な眼差しを向けて言ってきた。
「呪いを解くのは愛の口づけです。ラルフくんはバン様を特別に思っているように見えましたので、その、不本意ではあります、本当は私に毎日——いえ、そうではなくて、とにかく、その、こんなことを頼むのは私も申し訳ないしめちゃくちゃ嫌ですけど、ラルフくんにキスをしてあげてください」
「………………は?」
「何なら、ラルフくんにキスした後、口直しに私が貴方にキスしますから」
誰もそんなこと頼んでない。
……呪いを解くキスって、そんな効果本当にあるかどうかも不明なのに。それに、ラルフが——ディオンが俺を特別に思うって、どう考えたらそう思えるんだ?
まあ、もし本当にそれしか方法がないのなら。仕方がない。
ラルフの顔は好きだし。テイガイアよりは抵抗がないかも。
おそるおそる、頰にキスをする。しかし、相手は無反応だ。
「て、テイガイア、やっぱりこんなんじゃ」
「バン様、こっちを向いてください」
「え?」
それに答えてテイガイアを見上げれば、テイガイアの顔がすぐそこに迫って、唇のすぐそばに、しっとりとした感触が沈み込む。
——ぞわ、と全身に鳥肌が立つ。
「びぎゃああああああッ!? なななな何すんだ急にッ!!」
飛び跳ねてテイガイアから距離を取れば、テイガイアは「口直しです」なんて言ってにっこりと笑う。
「お前がしてどうすんの……」
「そ、そうですね。では、バン様から私に接吻を。さあ、さあどうぞ。バン様、バン様、さあ」
顔を真っ赤にして迫ってくるテイガイアのお望み通り、足の裏で接吻してやった。
テイガイアは俺の足首を掴んでふくらはぎを撫でてくる。オイ、それ見たことあるぞ。
「離せっ! テイガイア、今はラルフを——」
「せっかく2人きりなのに。他の男の名前を呼ばないでください」
「ラルフがいるだろ!?」
ぎゃあぎゃあ騒いでいたら、もぞ、と、ラルフが動いた。
「ん……」
「ラルフ!」
「ラルフくん!」
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