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第十四章

269話 大勢の協力者

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 ノス・イクエアへ向かう人やその帰りの人が生み出す流れに乗りそうになると、ヘイルレイラに腕を掴まれて引き戻された。

「おいクソ赤ヤロウ、さりげなく離れようとするんじゃねえよ」
「お前も波に乗れば分かる。どうしようもなくなるんだ」
「なぁにが、波に乗れば、だ」

 ヘイルレイラはそう言って人混みの中へ入る。まっすぐ進んでいるように見えたが、途中でUターンして来た。大量の汗を流しながら荒い息を吐く。かなり無理をしてまっすぐ進もうとしていたらしい。
 それがウォルズの好奇心に火をつけたのか、彼は人の波の中へ入って行ってしまう。慌ててついていけば、彼の佇まいに目を奪われた人々は彼に道を開けていくではないか。
 そう言えば、前世のゲームでも通りやすいように人が避けてたような……。ヘイルレイラはここまでの人混みに入ったことがなかったな。
 ウォルズは急に立ち止まり、必死についてきた俺達に振り返ってドヤ顔を向ける。その顔を見て何だか記憶を失う前のウォルズを思い出して、穏やかな気持ちになっていると、ウォルズに訝しげな目で見られる。

「気持ち悪い奴だな」
「あはは……」

 テイガイアとラルフと待ち合わせている喫茶店へと向かっている最中だった。白い服を着た人の流れの中に、灰色の服を着た人が二人立つ姿を発見する。まるで川の中に石が置かれたかのように流れは彼らを避けていく。
 ウォルズ以外にも人混みに呑まれない人がいたのか。あの灰色の服……。
 少しずつ彼らに近づいていき、その輪郭が確かなものになった時に息を呑む。

「イルエラ……ジノ!」

 喫茶店までもう少しと言うところで、彼らは俺を待ち構えるように立っている。
 彼らは何もせず、何も言わず、ただ人形のように立ち尽くしているばかりだ。
 思わずウォルズの前を行き人の流れにつっこむと、「おい!」と言うヘイルレイラの静止の声が聞こえてくる。人を掻き分け、途中で流されたり二人を見失ったりしながら、彼らの元へ辿り着く。

「イルエラ、ジノ」

 二人の肩を叩いてみると、彼らはやっとこちらに目を向ける。

「どうしてここに? ウロボスの王宮にいたんじゃなかったのか?」
「…………」
「…………」
「と、とにかくここを離れよう」

 二人の他に灰色の集団がいるかもしれない。全く反応を示さない二人の手を引き、人混みから抜け出す。テイガイアとラルフのいる喫茶店へ向かおうとすると、誰かに肩を掴まれた。

「ウォルズ……」

 振り返ると、相手は険しい顔をしている。

「こいつらとはどう言う関係だ?」

 後からやってきたヘイルレイラも険しい顔をしている。

「囚人達だ。また利用しようとしているらしいな」
「大事な仲間だ、利用しようとなんてしてない」
「ハッ、仲間だと? テメエに仲間なんていねえよ」

 その言葉にムッとして、彼らを無視し、喫茶店の中へ入る。もしかしたらテイガイアとラルフならイルエラとジノの洗脳を解くことができるかもしれないと期待して。

「バン様あああああああ!」
「うぎゃあああああああああ!?」

 いきなり抱きつかれて、悲鳴をあげてしまう。

「会いたかったです、貴方がいない日々はまるで暗闇と同じで何の色もなくて」
「セルみたいなこと言うんだな」
「セル? もしかしてウロボス帝のことですか? あの方は確かバン様のような赤色が好き……はっ! 何かされたんですか!?」
「…………」
「バン様?」
「テイガイアがいてくれて良かったよ」
「ば、バン様、今のはもしかしてプロポーズ……」
「なんでそうなるんだ!?」

 離れろともがいていれば、ついてきていたらしいヘイルレイラが口を開け放って突っ立っていた。

「お、思った以上に利用されてるな……」

 軽く引き気味だ。まあ……仕方がないよな。

「テイガイアは甘えん坊なんだ。大人だけど」
「甘えん坊ですまさないで下さい。私は貴方を愛しているんですバン様」
「もうやめて説明できなくなる!」
「この俺だってバンのことを愛してるぞ!」
「そこでラルフまで入ってこないで!」

 ラルフはムッと口を尖らせる。

「この俺のことはディオンと呼べ。身体はラルフだが意思はもうこの俺だけだからな」
「ラル……ディオン。呼び慣れるのにまだ時間がかかりそうだけど頑張るよ」
「それより……こいつらは一体なんだ?」

 ラル……ディオンの言うこいつらとは、俺に着いてきていたヘイルレイラとマリルだ。
 俺が悪いことをするんじゃないかと気になって着いてきたらしいウォルズは含まれていない。

「ヘイルレイラとその妹のマリルだ。ヘイルレイラは俺が悪いことしないか監視してる」
「はあ?」

 まあ、説明してて俺も変だなとは思ったけど。そんなに顔を歪ませなくても。
 ヘイルレイラが気に食わないのか、ディオンは彼とバチバチと攻撃的な視線バトルを繰り広げている。
 テイガイアが俺から離れ、イルエラとジノに向き直る。

「テイガイア?」
「イルエラくんとジノくんについてはヒオゥネくんから聞いています」
「え……」
「興味がなくなったから洗脳を解けと言うミッション付きです。恐らく呪いを吸収したから用済みと言うことでしょう」
「ヒオゥネは呪いを吸収するためにイルエラとジノを洗脳したのか?」
「そう言うことになりますね」
「それで、洗脳は解けるのか?」
「恐らく洗脳はヒオゥネくんの疑似呪いでされているでしょう。それさえ吸収できればいいので……ヒオゥネくんに吸収してくださいと頼みました」
「え、本人に頼んじゃったのか?」
「普通の呪いなら薬を作れたのですが、疑似呪いは難しかったので。ちゃんと疑似呪いを吸うために空間を移動して届けに来てくれましたよ」
「え」
「ヴァントリア様は会うのが初めてではないですよね」

 そう言ってテイガイアがアイテムポーチの魔法石から取り出したのは、真っ黒な丸い毛玉……真っ黒なウサピョンだった。

「コゲテルです」
「だからネーミングセンス!」

 ってそうじゃなくて、ヒオゥネはどんだけこのウサピョンのことを気に入ってるんだ。

「イグソモルタイトでも吸収できたと思うぞ」
「疑似呪いをイグソモルタイトで吸収出来るのか?」

 ディオンに尋ねられ、頷く。

「イグソモルタイトもヒオゥネの分身みたいなものらしいんだ」
「そうだとしたら相当、呪いを溜め込んでいることになるな」
「そう言えば、ヒオゥネも実験されていたんだ」
「ヒオゥネくんが?」
「うん、イグソモルタイトに囲まれるようにして……もしかしたら本体が呪いをコントロールできるようになるまで貯めておくものなのかもしれない」
「なるほど……」

 三人で黙り込んでいると、コゲテルがテイガイアの手の中で暴れ回る。テイガイアの手を噛み、テイガイアが思わず手を離すと、床に着地して、イルエラとジノへと近づく。
 イルエラとジノから黒いモヤが出ていき、今まで黙って話を聞いていたヘイルレイラもウォルズも目を見開く。
 黒いモヤはコゲテルの中へ消えていった。
 ジノとイルエラが倒れ込み、テイガイアとディオンが支える。

「ジノ! イルエラ……!」

 二人を交互に見やると、ゆっくりと、彼らの目が開かれる。

「ヴァン……?」
「ジノ……!」
「どうした、泣いているのか?」
「イルエラ!」

 コゲテルは仕事が終わったと言わんばかりに空間を移動して消えていき、イルエラとジノはふらつきながらもディオンとテイガイアの腕から立ち上がる。

「良かった……、本当に良かった」

 元の二人に戻った。そして、恐らくだが彼らが灰色の集団に狙われることはもうないだろう。
 後はウォルズだけなんだけど。テイガイア達になんて説明したらいいのか。

「心配させてすまなかったな、ヴァン」

 沈んでいると、イルエラに頭を撫でられる。この感じも懐かしくて思わず目をぎゅっと瞑って涙を流すと、テイガイアが心配そうにする。

「やっぱりみんなと一緒にいるのが一番幸せだ」
「おいおい、全員にプロポーズはないんじゃねえか?」
「気色悪いこと言わないでくださいラルフさん」
「満更でもねえくせに。それから、この俺はもうディオンだぜ」
「ヴァン、心配させたみたいだな。……今回のことは悪かった。それから……あいつのことが好きなのも、許せないではあるけど、どうせいつかお前を許した時みたいに許すことになるンだと思うから、待っとけ」
「ジノ……!」
「寄るな!」

 感動して思わず抱き締めれば、相変わらず照れ屋さんらしい、抵抗されるので頭を撫でておくと大人しくなった。
 珍しい、やっぱり再会できて嬉しいんだな。俺も嬉しいぞジノ!

「うるせぇ……」
「何も言ってないけど!?」

 ジノは俺から離れると、ウォルズに振り返って言う。

「お前も……悪かったな。こいつの世話大変だっただろ?」
「は?」
「心配かけたな」

 イルエラも「すまなかった」と伝えるが、ウォルズは何のことだか分かっていない様子だ。記憶がないから当たり前だ。様子のおかしいウォルズに、イルエラもジノもテイガイアもラルフも首を傾げる。

「実は、ゼクシィルに重傷を負わされてからウォルズの記憶がないんだ」
「記憶が? いつからのですか!?」
「俺達と過ごしてた記憶全部だよ」
「そ、そんな、私達はともかく、ウォルズさんがバン様のことを忘れるだなんて」

 テイガイアの言葉に、ウォルズは眉間の皺を深める。

「俺とそいつがどう言う関係だったかは知らないが、君達と共に行動していたことは納得されてやるよ」
「ま、待てよ。俺様は納得されないぞ。テメエらはヴァントリアに利用されてるんだ!」
「こいつのことを知らない出会ったばかりの奴が、偉そうにヴァンのことを語るな!」

 ヘイルレイラはジノの剣幕に怯む。それぞれが彼を睨みつけて責めていたので思わずヘイルレイラを背に庇ってしまう。

「ま、待ってくれ。今まで俺がしてきたことに対してヘイルレイラは怒ってるんだ、いい奴なんだ」
「はあ!?」

 その言葉に驚きを示しているのはヘイルレイラだ。

「どうしてテメエが俺様を庇ってるんだよ!」
「ヘイルレイラ、黙ってたけど、ヴァントリアは実は悪いことをしながら人を助けていて……」
「はあ?」

 どう説明したらいいんだああ……!

「バン様、私から説明します」

 そう言って、テイガイアが連れてきたのは喫茶店の外だ。ヘイルレイラとウォルズは何でこんなところにと文句を言う。

「と言うより、みんなに説明してもらいます」
「へ?」

 テイガイアが拡声魔法を使い、「皆さん、ヴァントリア・オルテイル様がいらしています」と突然紹介し始める。

「ちょっと!?」
「大丈夫です、バン様」

 テイガイアはウインクをしてから、「見てください」とネクトヘイヴの人々へ手を指し示す。

「ヴァントリア様!」
「ヴァントリア様……! ヴァントリア・オルテイル様だ!」
「奴隷や娼婦を死体と偽り別の階層に運んでいたと言うあの……!」
「王族の証を手放さなかったのも彼らを助けるための資金に使っていたからだとか!」
「別の階層へ逃がすためだとも聞いたぞ!」
「私達も奴隷解放運動の署名を書いたんですよ!」
「ひとりぼっちじゃありません!」
「貴方の活動を応援します、俺達に何でも言ってください!」

 人々のそんな声を聞きながら、俺はただぼうっと突っ立っていた。
 なぜ彼らがそんなことを知っているのか、なぜ彼らが力になってくれようとしているのか、それは、あの時の。
 14歳のヴァントリアとの会話を覚えていた人々がいて、それを他の人達にも伝えていたからだ。
 つまり、あの時。
 ヒオゥネはネクトヘイヴの人達の記憶を、消さなかったんだ……!
 ヘイルレイラもウォルズも彼らの声に耳を傾け、ヴァントリアのしてきたことが証明されて驚愕している。
 それでも誰かを傷つけた俺は、少しばかり気まずい気持ちになっていたが、14歳のヴァントリアがしてきたことが認められた気もして、すごく、嬉しかった。

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