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第五章

祭り前日

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 刻の流れとは公平だ。
 時間は何人も分け隔てることなく、万物に等しく訪れる。
 それは神の取り決め、絶対なる摂理。誰しも抗うことはできない。

 つまり、なにが言いたいかというと――気づいたら、なんの対抗策も講じられないまま、祭りの前日となりました。

 なにせ、やたら悪目立ちするレリルと、そもそもやる気のない颯真では、こっそり地道な調査など壊滅的に向いていなかった。
 謎を解き明かすどころか、颯真とレリルのふたりして、結局、来る日も来る日も食っちゃ寝していただけようなものだ。

 そして、最後の頼みの綱でもあったレリルの父親、シービスタ領主のラシュレー子爵からも、『任せる』との一文以下の返事のみ。
 手紙を見たレリルが、予想通りとばかりに「ね?」と、何故かちょっとドヤっていたのが腹立たしい。

 祭りとは名ばかりの、南の漁港と北の貿易港の熾烈な対抗戦。
 敗者は港の規模を縮小し、勝者の傘下に収まる――
 今年は永年の因縁に終止符が打たれる年だと、市井では実しやかに囁かれていた。
 おかげで祭りを控えたシービスタの港町は、近年類を見ないほど見物客で賑わっている。

 町の入口には、でかでかと祭りの開催を告げる横断幕。
 しかも、いつの間にか”領主代行公認”となっているらしく、横断幕の端には『ラシュレー子爵家協賛』と銘打たれていた。

「で、どうすんだ?」

 颯真の座る椅子の対面――客間に据えられた長ソファーの上に、レリルが直立姿勢で突っ伏していた。
 昨日まではまだ余裕を伺わせていたものの、おやつ時のいつもの買い出しで、沸きに沸く町の盛り上がりっぷりに、いい加減に現実を直視したらしい。

 で、戻って以降、ずっとこのままだ。

「ああ、うううう~」

 死にかけのトドのような呻き声が聞こえた。
 身体ごとジタバタしだしたので、羽化寸前のアザラシのほうが意味不明で的確かもしれない。

「ううう~、ああああ~!」

 今度はソファーの上で盛大にバタ足をしている。かと思ったら、クロールになり、最後はバタフライになった。
 先日、屋台で見かけた、生きたエビの鉄板焼きを思わせる。

 見ていて楽しいので、颯真はしばらく放っておくことにした。

「お、力尽きた? 焼けたか?」

「……はぁ。毎度毎度、颯真はお馬鹿だよね。私が、こんっなに悩んでるってのに……あああ、本当どーしたらいいのか」

 どうやら、ツッコむ元気もないらしい。

「どうするって、もう明日だろ? 今更どうこうできるわけねーし、やるしかないんじゃねえの? ここで止めさせたら暴動もんじゃね?」

「だよね。そーなんだよねー。極論、それしかないんだけどねー……」

 問題は、負けた側をどう納得させるかに尽きる。
 領主代行権限で宣誓書でも書かせて、後腐れないようにするのが一番だろうが、双方の入れ込み具合からして後腐れしそうなのは目に見えている。
 ここに領主自身がいるのならまた違うだろうが、いるのは代行の小娘、もとい令嬢のレリル。敗者側からなんだかんだとゴネられて、押しに負ける未来図しかない。

「ちなみに、どんな種目で争うんだ? 内容次第じゃあ、引き分けもありってことで、有耶無耶にするしかないんじゃねー? で、勝負は来年に持ち越しってことで」

 先送り万歳だ。なにせ、偉い人とかも割とやってる常套手段だし。

 気楽に考える颯真の胸元に、一冊の冊子が投げつけられた。

「町の入口で配ってたお祭りのパンフ。町を一周する騎馬での徒競走、シービスタの住民なら参加は自由、一着の優勝者が所属するほうが勝者になるんだってさ」

 パラパラめくると、冒頭にわざわざカラーで記載されていた。
 劇画タッチで描かれた荒れ狂う馬のイラストが見開きになっている。

「ご愁傷さま」

 実に白黒つけやすそうな競技内容だった。
 鼻先の差で写真判定、写真がないから同着で引き分け――なんてご都合主義など、まず期待できそうにもない。

「……これはもう、あれね。魔獣だか魔物だかを町に放って、お祭り自体を中止させるしか……」

「黒いぞ子爵令嬢、領主代行にあるまじき発想だな」

 思考の迷宮に行き詰まったレリルが、闇の波動を放っていた。

 まあ、颯真の正体もとスライムもとだけに、擬態能力を使ってできなくもなかったが、大勢の人間が詰めかける中、下手に暴れて退治されそうなリスクを負う気はない。
 すでに諦めムードの颯真の興味は、冊子の後半に載っている大食い大会へと向いていた。

「参加費無料、入賞者にはさらに豪華景品か……これって、よそ者の俺が参加してもいいもんかな」

「参加……ああっ! その手があった!」

 突然、レリルがソファーから跳ね起きた。

「颯真の変態よ、変態!」

「変態じゃなくて変身な。人聞きが悪いにも程がある」

 正確には擬態だが。

「どちらにしろ、断固として断る」

 颯真は即断した。
 控えめにも、碌な目に遭わない予感しかしない。

「よかった~、颯真がいてくれて助かったわ。これで、颯真も無駄飯喰らいの汚名を返上できるわね」

「届け、俺の声」

 いつの間にそんな汚名を被っていたのかも問い質したい。
 とにかく、魔物――になれることはレリルは知らないので、おおかた町中で熊にでもなって中止に持ち込めとでもいうのだろう。

 しかし、レリルの考えは違っていた。

「私は領主代行よね?」

「だな。遺憾ながら」

「なんで遺憾なのよ。シービスタの町は、シービスタ地方にある町って意味なの。私はシービスタの領主代行として、この別荘地に住んでいる。つまり今現在、シービスタの住人ともいえるわよね?」

「参加要項を満たしているってか? たしかにレリルが優勝すれば、勝負は有耶無耶にできるわな。へえ、レリルにしては、まともな考えじゃないか。てっきり、俺に熊になって暴れろとか言い出すかと」

「”レリルにしては”ってのが余計よ。暴れてもらうのはあくまで最終手段ね。颯真を犠牲にするのも忍びないし」

 犠牲になるとわかっていて、手段のひとつに数えるなと声を大にしたい。

「よし、わかった。俺も応援してる。頑張れよ。じゃあ、俺は大事そうな用事を思い出したんで、これで――」

 すっと立ち上がり、退室しようと背を向けた颯真を、レリルががっちりと羽交い締めホールドした。

「ええ、一緒に頑張ろうね。颯真の健脚、期待しているから!」

 満面の笑みで迫るレリルから逃れる術はなかった。
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