婚約破棄されるまで黙っていればいいのね?

東山りえる

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一方、リリアナ・スチュワートは、王都の片隅にある実家の男爵邸で、息を潜めるように過ごしていた。
夜会での醜態と、ヴォルグ家の失脚。
彼女の人生は、天国から地獄へと突き落とされた。

「リリアナ!一体どういうことか、説明しなさい!」

父親であるスチュワート男爵が、書斎で娘を問い詰めていた。
彼の顔は、怒りと不安で歪んでいる。

「お父様……わたくし、何も知らなかったのです。アイゼン様に、ただ、お慕いしていると、そう言われて……」

リリアナは、いつものように瞳に涙を溜め、か細い声で訴えた。
この泣き落としで、これまで彼女は多くのことを乗り越えてきた。

「知らなかったで済む問題か!お前のせいで、我がスチュワート家まで、ヴォルグ家の共犯だと疑われているのだぞ!長年かけて築いてきた、財務省との繋がりも、全て無に帰すやもしれんのだ!」

男爵は、娘の将来ではなく、家の保身しか考えていない。
その点において、この親子はよく似ていた。

「ですが、わたくしは被害者ですわ!ローズ様の嫉妬に巻き込まれ、アイゼン様には利用され……。わたくしが、一番可哀想なのです!」

「黙れ!お前が、身の程もわきまえず、侯爵家の嫡男に色目を使ったのが全ての始まりではないか!」

父親にまで罵られ、リリアナの瞳から、すっと涙が引いた。
そして、その顔に浮かんだのは、悲しみではなく、冷たい計算の色だった。

(……この役立たず)

心の中で、父親を罵る。

(結局、あなたには男爵という地位しかない。ヴォルグ侯爵家という梯子を失えば、もう上へは昇れない)

彼女は、床に突っ伏し、わざとらしく泣きじゃくるふりをした。
その頭の中では、次の手を必死に考えていた。

(このまま終わるわけにはいかない。私は、こんな薄汚い男爵家で、一生を終える女ではないわ)

アイゼンはもう駄目だ。
ならば、次の相手を探すしかない。
もっと確実で、もっと力のある、新しいパトロンを。

(そのためには、まず、この汚名を返上しなくては)
(そうよ……私は被害者。ローズ・ティールという、稀代の悪女に仕立て上げられた、哀れな人形)

その筋書きで、世間の同情を引くことはできないだろうか。
彼女の頭脳が、高速で回転し始める。

捨てられた人形は、ただ泣いているだけではなかった。
埃にまみれた床の上で、新たな糸を操るための計画を、密かに練り始めていたのだ。
その瞳の奥に、再び野心の火を灯して。
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