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何処に消えたか。知ってはいても一言言いたかったのだろう。エーベルハルトは隠していたつもりの様だったが、『婚約者に贈る』といって購入した筈の大粒のサファイアがついたネックレスを、 夜会で裕福でもない男爵令嬢が身に付けていてばれない筈がない。財務担当は知らなくても、侍女の口から公爵家へ耳に入っていた。時折側近達と城下町で豪遊していた事などもだ。
気まずいのか、エーベルハルトが口をもごもごしながらなにやら口にしているが、もとより弁明を聞く気などないヘンリックは侮蔑の表情を向けるのみだ。なにせ本人に自覚はなくとも公費を不正利用したのだから。
「帰宅した姉から、婚約破棄が成立したと聞かされたリュシオン陛下は即座に父へ姉を連れて国に帰ると宣言しました。勿論父も僕も反対しましたが、陛下の意思は固かった。陛下曰く、『このままゆっくり待っていたら、クラウディアの価値を惜しんで婚約破棄の取り消しか他の王族との婚姻を進められかねん』と。侍女に命じてその日のうちに身支度させ、翌日には出立していきましたよ。荷物などあとでいくらでも取りに行かせればいいから、とね。そういう訳で今日僕もここへ取りに来た訳です」
肩を竦めるヘンリックを他の五人が呆然と見つめる。話の内容は理解できるが、理性がついていかないのだ。
「流石に父も、エールデンに着くやいなや婚姻証明を提出するとは思いもよらなかった様ですけどね」
国主の結婚ともなると、普通は数ヵ月かけて婚約を整え、その後一年程度の準備期間を経て結婚式を行うのが通例だ。エーベルハルトとクラウディアの場合、学園の卒業後式をあげる予定で既に準備期間に入っており、ドレスの作成や招待客の選定などが始まっていた。それがまるまる頓挫した事もエーベルハルトに対しての周囲の心証を損なう原因であった。
しかし、リュシオンは準備期間どころか婚約さえすっ飛ばして婚姻証明を国教会に提出してしまったらしい。流石にこれにはエールデンの重鎮も大慌てのようだ。なにせ独身で婚約者がいない、そして国一番の権力者だ。是非わが娘を妃にと毎日の山のような釣書が届くのにうんざりしていた皇帝が、突然他国の公爵令嬢を連れて帰り独断で皇妃の座につけてしまったのだ。
犬猫ではあるまいに返してこいと言われ頑として首を縦に振らない皇帝に業を煮やした重鎮達は、ひとまず皇宮内にクラウディアの部屋を用意し現在リュシオンを説得中らしいのだが、おそらく折れるのは時間の問題だと言われている。その時に正式に発表になる様だ。
「結婚式などこれから何年かかっても国をあげて盛大にやればいい、と仰っているそうです。……まあ、もしかしたら子連れで結婚式になるかもしれませんね。……さて、こんなもんでしょう。もしまだ姉の私物が何処かに残っていたらそちらは処分していただいて結構です。絶対他人の手に渡っては困るような物はここに持ち込んでいないそうなので」
話している間も手を止めず細々とした物を仕訳し、持ってきていた鞄の中に入れると、ヘンリックは小さく息を吐いた。
「……姉が戻って来ることは不可能だとちゃんと理解していただけましたか? まさかまだ姉は無理矢理連れ去られただけだろうだとか、自分が戻ってこいと言えば帰って来るとか厚かましい事を思っていませんよね? はっきり言いましょう。姉は殿下、貴方に愛想を尽かしたのです。貴方は姉に捨てられたのですよ」
「……っ!? そ、そんな事は……っ」
「 そんな事はあります。それと、言っていませんでしたが僕もエールデンに行くことになりました。取り敢えず留学です。ただ、覚えておいて下さい。我が公爵家の今後は貴方次第だと言うことを。僕は義兄となったリュシオン陛下にエールデンに家を興す許可をいただきました。……つまり、貴方が王となった時、治世次第では公爵家は国に爵位を返上し、当家の経営する商会ごとエールデンへ移る用意がある、という事を」
「な、なんだと……!?」
公爵家ではクラウディアがアイデアを出した魔道具を製作販売する商会の経営もしていた。商会にクラウディアが関わっていた事は知らなかったが、商会が多額の税金を納め、優先的に国内に魔道具を販売することで少なからず国が潤っている事は知っていた。その商会が消えてしまったら……想像に一瞬エーベルハルトが身を震わす。
「では、皆様御機嫌よう。次にお会いする時はおそらくエールデンでの結婚式になるでしょう。……貴方方がそれまで各家に残っていられたら、ですけどね」
姉と同じく優雅に一礼をすると、ヘンリックは生徒会室から姿を消した。
引き留める言葉が思い付かず立ち竦む五人を残して。
気まずいのか、エーベルハルトが口をもごもごしながらなにやら口にしているが、もとより弁明を聞く気などないヘンリックは侮蔑の表情を向けるのみだ。なにせ本人に自覚はなくとも公費を不正利用したのだから。
「帰宅した姉から、婚約破棄が成立したと聞かされたリュシオン陛下は即座に父へ姉を連れて国に帰ると宣言しました。勿論父も僕も反対しましたが、陛下の意思は固かった。陛下曰く、『このままゆっくり待っていたら、クラウディアの価値を惜しんで婚約破棄の取り消しか他の王族との婚姻を進められかねん』と。侍女に命じてその日のうちに身支度させ、翌日には出立していきましたよ。荷物などあとでいくらでも取りに行かせればいいから、とね。そういう訳で今日僕もここへ取りに来た訳です」
肩を竦めるヘンリックを他の五人が呆然と見つめる。話の内容は理解できるが、理性がついていかないのだ。
「流石に父も、エールデンに着くやいなや婚姻証明を提出するとは思いもよらなかった様ですけどね」
国主の結婚ともなると、普通は数ヵ月かけて婚約を整え、その後一年程度の準備期間を経て結婚式を行うのが通例だ。エーベルハルトとクラウディアの場合、学園の卒業後式をあげる予定で既に準備期間に入っており、ドレスの作成や招待客の選定などが始まっていた。それがまるまる頓挫した事もエーベルハルトに対しての周囲の心証を損なう原因であった。
しかし、リュシオンは準備期間どころか婚約さえすっ飛ばして婚姻証明を国教会に提出してしまったらしい。流石にこれにはエールデンの重鎮も大慌てのようだ。なにせ独身で婚約者がいない、そして国一番の権力者だ。是非わが娘を妃にと毎日の山のような釣書が届くのにうんざりしていた皇帝が、突然他国の公爵令嬢を連れて帰り独断で皇妃の座につけてしまったのだ。
犬猫ではあるまいに返してこいと言われ頑として首を縦に振らない皇帝に業を煮やした重鎮達は、ひとまず皇宮内にクラウディアの部屋を用意し現在リュシオンを説得中らしいのだが、おそらく折れるのは時間の問題だと言われている。その時に正式に発表になる様だ。
「結婚式などこれから何年かかっても国をあげて盛大にやればいい、と仰っているそうです。……まあ、もしかしたら子連れで結婚式になるかもしれませんね。……さて、こんなもんでしょう。もしまだ姉の私物が何処かに残っていたらそちらは処分していただいて結構です。絶対他人の手に渡っては困るような物はここに持ち込んでいないそうなので」
話している間も手を止めず細々とした物を仕訳し、持ってきていた鞄の中に入れると、ヘンリックは小さく息を吐いた。
「……姉が戻って来ることは不可能だとちゃんと理解していただけましたか? まさかまだ姉は無理矢理連れ去られただけだろうだとか、自分が戻ってこいと言えば帰って来るとか厚かましい事を思っていませんよね? はっきり言いましょう。姉は殿下、貴方に愛想を尽かしたのです。貴方は姉に捨てられたのですよ」
「……っ!? そ、そんな事は……っ」
「 そんな事はあります。それと、言っていませんでしたが僕もエールデンに行くことになりました。取り敢えず留学です。ただ、覚えておいて下さい。我が公爵家の今後は貴方次第だと言うことを。僕は義兄となったリュシオン陛下にエールデンに家を興す許可をいただきました。……つまり、貴方が王となった時、治世次第では公爵家は国に爵位を返上し、当家の経営する商会ごとエールデンへ移る用意がある、という事を」
「な、なんだと……!?」
公爵家ではクラウディアがアイデアを出した魔道具を製作販売する商会の経営もしていた。商会にクラウディアが関わっていた事は知らなかったが、商会が多額の税金を納め、優先的に国内に魔道具を販売することで少なからず国が潤っている事は知っていた。その商会が消えてしまったら……想像に一瞬エーベルハルトが身を震わす。
「では、皆様御機嫌よう。次にお会いする時はおそらくエールデンでの結婚式になるでしょう。……貴方方がそれまで各家に残っていられたら、ですけどね」
姉と同じく優雅に一礼をすると、ヘンリックは生徒会室から姿を消した。
引き留める言葉が思い付かず立ち竦む五人を残して。
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