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「よう貴一!」
声をかけてきたのは、この世界では珍しく普通な数少ない友人、ヤマザキだった。
「おっすヤマザキ!」
ゲームの世界とはいえ、気の置けない友人というものは大変良いものだ。そこには性欲も打算もない、嗚呼素晴らしい純粋なる友情の世界。恋愛は確かに楽しいかもしれないが、常日頃からそればかりでは脳内物質の過剰摂取とともに、心身共に疲弊してしまうだろう。食生活も情緒もしかり、世の中はバランスが大事なのだ。
「で、どした」
「おう、実は最近このあたりに変質者が出るらしくてな」
「マジか、丸太は持ったか」
「護身用の範疇超えてるー」
気を付けろよ! と声をかけるとぽんぽん肩を数回叩き、ヤマザキは放課後の部活動に行った。そういえば俺も何か部活に入ろうかなだとか、ヤマザキは本当に良い奴だなだとか、なんであんな奴が私立白液学園なんかにいるんだろうな……だとか、複雑な思いが瞬時によぎった。
「東頭様と別れて」
「彼も迷惑してる」
「あーはいはいはいはい」
可愛い系クラスメイトに取り囲まれ、貴一はフルーツバスケット状態になっている。囃し立てるようにキャンキャン吠えるクラスメイトと、後ろの方で取り巻きの一人にしがみつきながら、泣き出しそうな怯えた顔でこちらを見つめてくる取り巻きくんの姿があった。
付き合ってもいないのに別れろとはこれ如何に? いくら説明してもこの手の輩には何を話しても無駄だということは、貴一も重々承知していた。
「ブンブンハロー白チューブ」
貴一はこれまで黙って聞いていたフルーツバスケットたちの罵詈雑言をこっそり録音していた。言質が取れたところを見計らい、今度は録画機能に切り替えて、ぐるりと周囲を見渡すようにバスケットの様子を余すことなく録画する。
ざわめく可愛い系たちをぐるりと見渡すと、貴一はドスの利いた声を上げる。
「俺には失うものは何もない。通ってる学校ごときばれても、アンタ達はどうか知らんけど『俺は』何も困らない。このままネットのおもちゃになるか、東頭に今日のやり取りを送信されるか、選べ」
ハッタリだと喚く頭の悪いかわいい子達に録音と動画をダイジェストで見せてやる。奪い取られそうになると、もうデータは転送済みであることと、自分の身に何かあれば信頼できる筋こと友人ヤマザキ君が情報を拡散させる旨、あわせて伝えた。
狼狽するかわいい子達を見ていると、弟から借りた小説にある、悪役令嬢の断罪シーン(返り討ちバージョン)を思い出すなぁとぼんやり考えていると
「お前ら何をしてやがるんだ!」
ガラガラぴしゃりとやかましくドアを開き、貴一の努力をすべて無駄にするがの如く、東頭が単身教室へ殴り込みに来たのだった。
蜘蛛の子を散らすように逃げるかわいい子達を尻目に、東頭はギュウと貴一を抱きしめる。
「ごめんな、怖かったよな……俺のせいでこんな」
「クソムカつく台詞だな」
貴一にとってのそれは、俺がこんなにモテるからというイケメンの自虐系自慢にしか聞こえないのであった。ごめん、悪かったごめん二度とこんなと呟きながら頭を撫でられ首筋に吸い付かれ全身を撫でまわされる。
このままだと我が貞操がヤバい。そう判断した貴一は「だめだよ、当て馬君が見てる」と身を捩じらせて目線を反らすが、反らした先にすでに当て馬はいなかった。
どうやら分が悪いと判断し、先ほどの取り巻き達に隠れるようにして一目散に逃走したらしい。
「アイツマジで使えねえなぁ! 糞ボケカスこら!」
東頭の彼氏ちゃん面すんならせめて最後まで居ろやボケ!と昔ヤンチャしていた頃のお上品ではない言葉が口を突いて出る。諦めて貴一は脳内で名犬ポチたまという国民的ドラマの感動的なシーンを瞬時に思い返し、無理やり両目に涙を溜めて東頭の方をじっと見つめる。
「東頭君……」
「ん、どうした? あいつらに何かされたか! お願いだから泣かないでくれ……」
東頭に宛てたものではないが、今しがた散々暴言を吐いたばかりだというのに思いの外優しい顔で見返され、貴一は一瞬身を竦める。
「東頭君は、当て馬君のこと好きなんでしょ?」
ゲーセンや教室でいちゃついてるところをさんざん見てきたことを、貴一は表面上心に傷を負ったという風で目からぽろぽろ涙をこぼしながら訴える。
「俺、当て馬君や他の子達みたいに可愛くないし、東頭君と一緒にいられるなんて思ってない……身の程知らずなの、わかってるから」
妹のBL小説で死ぬほど読んだ健気受けとやらを熱演して見せる。俺は今平凡受け世界選手権の日本代表選手だと己を鼓舞しながら、吐き気を催すような演技を魅せている。
「でも、でも……わかってるけどぉ、浮気されるの、辛いから!」
野球部と喧嘩で鍛えた腕力を駆使して東頭を突き飛ばすと、そのままやはり野球部で鍛えた脚力で校庭を全力疾走し、夜の校舎を飛び出した。
フルーツバスケットが思いの外長引いてしまい、外はもう真っ暗であった。
声をかけてきたのは、この世界では珍しく普通な数少ない友人、ヤマザキだった。
「おっすヤマザキ!」
ゲームの世界とはいえ、気の置けない友人というものは大変良いものだ。そこには性欲も打算もない、嗚呼素晴らしい純粋なる友情の世界。恋愛は確かに楽しいかもしれないが、常日頃からそればかりでは脳内物質の過剰摂取とともに、心身共に疲弊してしまうだろう。食生活も情緒もしかり、世の中はバランスが大事なのだ。
「で、どした」
「おう、実は最近このあたりに変質者が出るらしくてな」
「マジか、丸太は持ったか」
「護身用の範疇超えてるー」
気を付けろよ! と声をかけるとぽんぽん肩を数回叩き、ヤマザキは放課後の部活動に行った。そういえば俺も何か部活に入ろうかなだとか、ヤマザキは本当に良い奴だなだとか、なんであんな奴が私立白液学園なんかにいるんだろうな……だとか、複雑な思いが瞬時によぎった。
「東頭様と別れて」
「彼も迷惑してる」
「あーはいはいはいはい」
可愛い系クラスメイトに取り囲まれ、貴一はフルーツバスケット状態になっている。囃し立てるようにキャンキャン吠えるクラスメイトと、後ろの方で取り巻きの一人にしがみつきながら、泣き出しそうな怯えた顔でこちらを見つめてくる取り巻きくんの姿があった。
付き合ってもいないのに別れろとはこれ如何に? いくら説明してもこの手の輩には何を話しても無駄だということは、貴一も重々承知していた。
「ブンブンハロー白チューブ」
貴一はこれまで黙って聞いていたフルーツバスケットたちの罵詈雑言をこっそり録音していた。言質が取れたところを見計らい、今度は録画機能に切り替えて、ぐるりと周囲を見渡すようにバスケットの様子を余すことなく録画する。
ざわめく可愛い系たちをぐるりと見渡すと、貴一はドスの利いた声を上げる。
「俺には失うものは何もない。通ってる学校ごときばれても、アンタ達はどうか知らんけど『俺は』何も困らない。このままネットのおもちゃになるか、東頭に今日のやり取りを送信されるか、選べ」
ハッタリだと喚く頭の悪いかわいい子達に録音と動画をダイジェストで見せてやる。奪い取られそうになると、もうデータは転送済みであることと、自分の身に何かあれば信頼できる筋こと友人ヤマザキ君が情報を拡散させる旨、あわせて伝えた。
狼狽するかわいい子達を見ていると、弟から借りた小説にある、悪役令嬢の断罪シーン(返り討ちバージョン)を思い出すなぁとぼんやり考えていると
「お前ら何をしてやがるんだ!」
ガラガラぴしゃりとやかましくドアを開き、貴一の努力をすべて無駄にするがの如く、東頭が単身教室へ殴り込みに来たのだった。
蜘蛛の子を散らすように逃げるかわいい子達を尻目に、東頭はギュウと貴一を抱きしめる。
「ごめんな、怖かったよな……俺のせいでこんな」
「クソムカつく台詞だな」
貴一にとってのそれは、俺がこんなにモテるからというイケメンの自虐系自慢にしか聞こえないのであった。ごめん、悪かったごめん二度とこんなと呟きながら頭を撫でられ首筋に吸い付かれ全身を撫でまわされる。
このままだと我が貞操がヤバい。そう判断した貴一は「だめだよ、当て馬君が見てる」と身を捩じらせて目線を反らすが、反らした先にすでに当て馬はいなかった。
どうやら分が悪いと判断し、先ほどの取り巻き達に隠れるようにして一目散に逃走したらしい。
「アイツマジで使えねえなぁ! 糞ボケカスこら!」
東頭の彼氏ちゃん面すんならせめて最後まで居ろやボケ!と昔ヤンチャしていた頃のお上品ではない言葉が口を突いて出る。諦めて貴一は脳内で名犬ポチたまという国民的ドラマの感動的なシーンを瞬時に思い返し、無理やり両目に涙を溜めて東頭の方をじっと見つめる。
「東頭君……」
「ん、どうした? あいつらに何かされたか! お願いだから泣かないでくれ……」
東頭に宛てたものではないが、今しがた散々暴言を吐いたばかりだというのに思いの外優しい顔で見返され、貴一は一瞬身を竦める。
「東頭君は、当て馬君のこと好きなんでしょ?」
ゲーセンや教室でいちゃついてるところをさんざん見てきたことを、貴一は表面上心に傷を負ったという風で目からぽろぽろ涙をこぼしながら訴える。
「俺、当て馬君や他の子達みたいに可愛くないし、東頭君と一緒にいられるなんて思ってない……身の程知らずなの、わかってるから」
妹のBL小説で死ぬほど読んだ健気受けとやらを熱演して見せる。俺は今平凡受け世界選手権の日本代表選手だと己を鼓舞しながら、吐き気を催すような演技を魅せている。
「でも、でも……わかってるけどぉ、浮気されるの、辛いから!」
野球部と喧嘩で鍛えた腕力を駆使して東頭を突き飛ばすと、そのままやはり野球部で鍛えた脚力で校庭を全力疾走し、夜の校舎を飛び出した。
フルーツバスケットが思いの外長引いてしまい、外はもう真っ暗であった。
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