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第三章 覚醒

【十八】覚醒(左京)

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目が覚めると、外には日が差し始めていた。起き上がり辺りを見回したが佐助殿の姿は消えており、置き手紙が残されていた。

”呪印の威力が強く、完全には取り除けておりませぬ。本日、子の刻にまたこの小屋へと参られたし。城の者にはくれぐれも内密に。”

新月後いつもであれば、夜明けを迎えても梵字が疼き体調不良に悩まされていたが、今日は既に夜が明けているというのに体が軽やかな気がした。急いで城へと戻り偽りの任務報告を済ませると逃げるように自室へ入った。

『 おい、左京よ、入るぞ?
昨晩の任務はどうであったか?』

部屋へ戻ったのを見計らったように訪ねてきた才蔵師匠の呼び掛けに、冷や汗が出る。冷静に対応しないと怪しまれてしまうな…

「はい、問題ありませぬ。夜間の任務で少々疲れたので休ませて貰ってもいいでしょうか?」

『 おぉ、そうじゃな、すまぬ。昨晩、城の周りに古い友人の気配を感じたもので少し気になってな。ご苦労じゃった、ゆっくり休んでくれ。』

まだ何か言いたげな様子ではあったが、すぐに部屋を後にしてくれた師匠にホッと胸を撫で下ろす。それにしても、古い友人とは?もしかして、才蔵師匠と佐助殿は知り合いなのか?昨晩の出来事から色々と動き出した俺の運命。
余程疲れていたのか、直ぐに夢の中へと落ち気づいた時にはすっかり日が暮れようとしていた。

さて、そろそろ出発するか。任務の身支度を整え、門番に夜間警備だと最もらしい言い訳をして城を抜け出し小屋へと向かった。佐助殿は母上の事も知っているようだったな。この先、私はどうなるのであろうか?確かに才蔵師匠は大変優れた忍であり、誰からも尊敬されている人格者。しかし、私の中の何かが物足りないと訴えていた。その"物足りなさ"とは何なのか?佐助殿についていればそれが分かるような気がした。

物心ついた頃から、周りの大人達の冷たくはないが、どこかよそよそしい視線を感じながら過ごしていた毎日。"何故貴方達は、そんな目で僕の事を見ているの?僕は貴方達に何かしましたか?”と自問自答する日々を過ごしていた幼少期。ついにその疑問を解く時がきたのだ。

『 左京よ、ご機嫌は如何かな?昨晩より少しスッキリしたようにお見受けするが。』

小屋へと到着し、中に入ろうと扉に手をかけた刹那、突然後ろから声をかけられて飛び退いた。

「さ、佐助殿でございますか?」

『 拙者の気配が感じられなかったのですか?才蔵は相変わらず修行の仕方も甘いようですね。なに、心配ありませんよ?すぐに貴殿もあなたの師匠才蔵を超えることになるでしょう。』

やはり、才蔵師匠と知り合いなのか…。

「佐助殿、才蔵師匠が城周辺で旧友の気配を感じたと不思議がっておりました。もしかすると、見回りがくるかもしれませぬ。」

『 なる程、それは面白いですね。しかし追っ手がきては面倒なことになりそうだ、早速昨晩の続きといきましょうか。』

何やら俺の背中に向かって印を結びながら術を唱えだした佐助殿。その刹那、背中に熱い感覚を覚え全身に電気が走ったような衝撃を受けた後、俺はまた気を失った。

_________


『 おはようございます、
貴殿の名をお聞かせください。』

「いきなり名を尋ねるとは失礼な奴じゃな。まぁいい、今は気分がいいからな。我の名は右京、我を目覚めさせたのはお主か?」

『 うまくいったようですね、右京。拙者は猿飛佐助と申します。貴殿はまだ完璧ではありません。片割れが生きている限り貴殿が主導権を握るということは無いと思ってください。しかし、片割れが瀕死に陥った場合、貴殿は主導権を握り完全に左京の意識を葬ることができるでしょう。いいですか?今の段階であなたが活動出来るのは例外を除けば私が呼び出した時だけです。それも私が近くにいなければ保つ事はできません。』

「ややこしい事ばかり言いおって。その片割れとやらを始末したらいいだけの話であろう?それよりも、例外とは何なのだ?」

『 例外は新月の日、夜が明ける直前まで。日暮れと共に意識を完全に乗っ取ることができるでしょう。夜明けが近づくに連れて徐々に左京の意識が戻り始めますので、その点は気を付けてくださいね?その日は拙者が近くに居ずとも闇夜の間は左京の意識を乗っ取り思う存分暴れることができるでしょう。そうですね、二年拙者に時間をくれれば本体の左京を最強の忍者に育て上げることができる。さすれば、貴殿は更なる力を得ることができるでしょう。暫くは不自由かもしれませんが、その時がくるまで我慢してください。それではまた次の新月にお会いしましょうぞ。』

___________


『 兄さん、さ、左京兄さん!!』

どこからか名を呼ぶ声が聞こえる。
目を覚ますと俺は城近くの丘の上に寝かされており、名を呼んでいたのは弥助であった。

「俺は一体…何故このようなところに…」

佐助殿と小屋に入り話をした後、体に何か衝撃を感じた所までは覚えているが、そこからの記憶が全くない。

『 よかった、師匠が兄さんを探していたので城内を探していたのですが見つからず、門番に左京兄さんが一人で出て行った事を聞き探しにきたのです。何があったのですか?まさか、敵襲??』

「いや、少し外の風に当たりたくなってここへときたのだが、心地よくてそのまま眠ってしまったらしい。弥助よ、心配かけたな。」

それからの俺は、満月の日に城を抜け出し佐助殿との修行を続けた。そして、新月の度に襲われていた心身の不調に襲われることもなくなり心も落ち着いたように思う。佐助殿が呪印の解除に成功してくれたのだろう。あの方は命の恩人だ。一つだけ気になること、それは不調が無くなった代わりに新月の日になると襲ってくる凄まじい眠気。俺は毎月、朝までの記憶が全く無いほどに眠りこけ、気がつくと朝を迎えているといった状況だった。
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