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第四章 内偵

【二十八】契約(佐助)

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奥方様を冥国に避難させた後、左京と姫を合流させて一緒に恐山の根城へと入ること。これが、我が主である陰陽師、安倍晴明との契約だ。全ては拙者の手の中で完璧に進んでいる。

「奥方様、よくぞご無事で。」

『佐助?あんな高いところから飛び降りるだなんて…本当に貴方は無茶を言いますね。左京に聞いた時はどうしようかと思いました。殿と城の者には本当に…申し訳ないことをしましたけど…私は…間違っていないのよ…ね?』

自分の夫を見殺しにしてしまった罪悪感から、顔は青ざめ震えが止まらずに呆然としている奥方の肩を抱き、そっと慰める。

「奥方様の勇気には感動致しましたよ?貴方は何も間違っておられません。晴明殿の仰ることに今までも間違いはなかったでしょう?全てはこれ迄の悪しき習わしを変えるため。その全てを無き物にし、新しい国をご自身のお子様達と共に作り上げるのです。これ以上素晴らしいことがありますか?貴方には、拙者だけでなく晴明殿も付いておられるのです。全ては思う通りに遂行されますよ。」

自室から飛び降りた奥方様をすぐ下の屋根影に隠れ救出した後、用意していた大岩を川へと投げ入れ水飛沫の演出をした。落ちるところを弥助が少し遅れて見ていたようだが、明かりの少ない新月の所為、落ちた姿までは確認していないだろう。

「さて、奥方様、拙者は後片付けを済ませてから直ぐに追いかけます。宿には晴明様が来られますので何も心配は要りませぬ。貴方のことを凄く心配されておりました故、お会いして安心させてあげて下さい。それでは拙者はこれにて。」

奥方と別れると、才蔵の存在がどうも気になり一度燃え盛る城内へと戻ることにした。右京は倒したと言っていたが、あいつがそう簡単にやられるとは思えない。奴らが戦っていた部屋へ行くと、部屋に才蔵の死体はなく血痕が廊下より外へと続いていた。その痕跡を辿っていくと人影を発見した。気配からして一人。右京が言っていた弥助だろう…。誰かを抱えている様子だが、ぐったりとしており生気は感じられない。やはり右京が言っていた通り才蔵は息絶えたという事か…。悟られぬように離れて観察をしていると、弥助は城の見える丘の上に穴を掘り始めた。才蔵を埋めるつもりか…。

「ふふふ、はははは!何とも呆気ない死に様ですね、才蔵よ。やはり私は間違っていなかったようだ。群れや馴れ合い、そんなものを求めるからこうなる。まぁ、弥助と弥生をここまで育ててくれたことには感謝しておきますかね。」

これで、邪魔者はいなくなった。

才蔵の遺体が土に完全に埋まったのを見届け、再び奥方の後を追った。

「奥方様は到着しておるか?」

宿屋の主人に声をかけると、主人は気まずそうに実は…と言って奥の部屋を指さした。
奥から聞こえてくる、悲鳴のような子供が癇癪を起こしたような声…奥方様が中で暴れているようだ。

『晴明様、晴明様は何処なの??』

隙間から覗きこんでみると奥方様は、叫んだと思えば座り込んだり、幼子のように泣きじゃくりながら部屋の物を色んな方面へと投げつけたりしている…もう、限界のようだな。意を決して部屋へ入ろうとした時、突然肩を叩かれて後ろを振り向いた。気配を全く感じさせないとは、やはり恐ろしいお方だ。

「せ、晴明殿…」

晴明殿は黙って頷くと、人払いをして奥方の部屋へと入っていった。それから、奥方の喚く声が聞こえることはなかった。


晴明殿と初めて会ったのは、才蔵が風魔小太郎の元へと弟子入りし、拙者が一人旅に出て暫くしてからの事だった。何処にも属したくなかった拙者は、戦をしている国に行き仕事を貰うことで生計を立てていた。敵対する国の様子を探ってくる旨を伝えると、大抵の国は自国の忍びを使わずに隠れて偵察できるという利点から、拙者のような一匹狼の忍びを雇うことに積極的だった。拙者が失敗したところで、自国で手塩にかけて大切に育てた忍びを失うことを考えたら安いものなのだろう。任務の回数を重ねる毎に、拙者の名は影の世界で有名になっていき、取引で貰える金銭の額も上がっていく。何処にも属さず、何不自由ないこの生活に満足してはいたが、慣れというものは怖いもの…徐々に刺激が足りなくなっていたところにある噂が飛び込んできた。

それは”恐山に不老不死の陰陽師がいる”

という理解し難いものだったが、その時の拙者の好奇心を擽るのに充分なものであった。恐山の頂上へ向かう途中に張り巡らされた罠、見張りの忍び達を全て片付けて頂上にあった根城に辿り着くと陰陽師は、くることがわかっていたように待ち構え笑っていた。そして、一人でここまで辿り着いた拙者を気に入った様子で城内へと迎え入れてくれたのだった。驚いたのは不老不死と言われている男の風貌、髪は黒黒と生え、顔の皮膚には張りがあった。老爺を想像していた拙者はその姿を見て、違和感を覚えた。どう見てもやっと二十歳を超えた自分と同じくらいにしか見えなかった。

『初めまして、私は安倍晴明。知っての通り、陰陽師をしております。ずっと貴方の戦いを見ていました。敵と判断した時の容赦ない攻撃、周囲を観察し危険を察知する能力…いや~お若いのに素晴らしいです。初見で不躾なお願いとは存じますが…是非とも貴方にお願いしたい仕事があるのですが…いかがですか?』

首にかけられた勾玉を撫でながら、不気味な笑顔を浮かべこちらを凝視してくる男…。直感的に得体の知れない奴だとは思ったが、その時の俺は好奇心を抑えることができなかった。

「拙者の名は、猿飛佐助。貴殿に関する面白い話を聞きこちらへとやってきた次第。数々の刺客中々楽しませてもらいましたよ。拙者からの質問はただ一つ!貴殿は不老不死という噂を耳にした。そんな事が可能なのか…?答えてくれるというのであれば、その仕事とやらを引き受けようぞ。」

別に自分が不老不死になりたいとは思っていなかったが、本当にそんな人間がいるのであればこれ以上興味深いものはない。そして陰陽師は楽しそうに噂の真相を語り始めた。
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