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第1章 大聖女は宰相をまだ信じない

第4話 宰相は大聖女を押し倒す

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 愛していますと言った発音が、頭の中で反響する。


「え……っ、え……、」


 セオドアが、私に告白した……?
 政敵で、周りからは犬猿と言われてるのに?
 宰相は私のことが、好き? 


「ここまで直接的に言えば、あなたに届きますか?」


 逆光になって、セオドアの顔色は暗い。
 だけど眼差しには、普段の鋭さも厳しさもなかった。


「僕は……驚くべきことですが、ずっと貴方を好ましいと考えていました」
「こ、この、ましい……?」


 頭に言葉が入ってこなくて復唱すると、宰相は嫌そうな顔をした。


「…………分かりやすく表現すると、ずっと片思いしていたということです」
「は、はぁい……」


 うそだ……、腹黒。
 あれだけ議会で教会の案を否決しては、言い負かしてきたのに?
 私が魔物退治しようとする度、監視に来てたのに?


 想像もしてなかった告白に、パニックだった。
 なのに、宰相は私に問いかけてきた。
 

「なら、僕が魔王討伐を諦めろと言った理由も理解できるでしょう?」


 ど、どうしよう、話についていけない。
 すぐ傍にセオドアがいるってことに気を取られて、頭がふわふわする。触れられている部分が、体温以上に熱を持つ。


「愛する人に死んでほしくないんです。生きてほしいんです」


 こいつらしくない懇願が、耳を打つ。
 多分緊張のせいで、持ち上げられた顎にかすかな力が篭った。


「どうか、僕の思いに答えてください、ルチア」
 

 低くも柔らかく、名を呼ばれる。言い慣れないせいか、音の輪郭が硬かった。


 その祈りに似た呼びかけが、――聞き慣れた言いつけを思い出させた。


 ――ルチア、大聖女ルチア

 ――恋は堕落に繋がる悪しきものです。けして誑かされないように。


 脳裏に、教皇様のお言葉が蘇る。


「は、離して……!」


 金縛りがとけ、指先を振り払う。ぱちんと高い破裂音がして、ひりひりと手の平が痛んだ。


「……信じられない。私にそんなことを言うの」


 セオドアが知らないわけない。聖女は恋をしてはいけないのだ。


 ぷかぷかしていた頭が冷たくなっていく。なのに、目の奥が熱い。きっと、傷ついたように、宰相が唇を一文字に結ぶからだ。


 誤魔化すように、必死に口を動かす


「私は、大聖女ルチア。他の聖女達とだって違うんだよ」


 聖女は神と婚姻している。だから恋をしてはいけない。神以外の誰か一人を愛してはいけない。多くある戒めの一つ。


「大聖女たる私は神と同じように、世界の全てを平等に愛さなくてはいけない」


 そう決まっているのだ。教皇様に拾って頂いたときから、そう定められた。


「だとしても、僕は愛してしまったんです。信仰に殉じようとする愚かな貴方を」


 全身から、溢れそうなぐらい感情が伝わる。押さえ込もうとしているのに、しまい込み切れないなにかが、セオドアを動かしている。


 だけど、……悪魔だ。どれだけ弁明を重ねても、その思いは大罪だ。


「愛する人に死んでほしくないって……、なら世界が滅んでもいいの?!」


 否定して欲しくて、声を荒らげる。

 返答を告げようとする唇が、スローモーションに見えた。天蓋が遠ざかる。私の視界が一変する。ぽすんと柔らかいものに頭が当たった。影が全身にかかる。見上げた先にあったのは、セオドアの顔だけ。


「はい」


 端的な返事が脳に届いた。
 押し倒されたと認識したとき、セオドアは無表情で宣言する。


「愛するものを失うぐらいなら、貴方でないと救えない世界なら、滅びてしまえ」



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