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部屋で朝食を終えると、日課の読書をしていないことが気になりだした。食事の世話をしてくれた侍女に書斎の場所を尋ね、許可を取るために執事を呼ぶように伝える。まもなくコルネリアのもとを訪れたのは、グイドではなく、フェリクスだった。
「じいさまの本を読みたいんだったね。あれを出すのには時間がかかるから、今日のところは書斎で許してくれるかい? あなたが読みたがるときにはいつでも鍵を開けるよう、執事には話しておいたから」
そう早口に告げる彼は、旅装だった。まさか、いまから出かける気なのか。慌てて長椅子を立ったコルネリアのそばまでくると、フェリクスは軽くかがみこみ、そっと頬にくちづけを落とした。
「新婚早々に申し訳ないが、数日留守にする」
そう言われて、コルネリアはピンときた。例の急用の件に違いない。あれは、地下水路の現地確認だと言っていたか。
「昨日ご覧になった地下水路の状況が、思わしくないのですね?」
問いかけに、フェリクスはうなずいた。
「日常的な維持管理の範囲は逸脱している。早急に本格的な補修が必要だ。これから王宮に出向いて補正予算を申請して、その足で国内に散らばった技術者をかき集めてこようと思う。どんなに急いでも三日はかかる」
「まぁ……、王宮はともかくとして、技術者のもとにも、ご自身で向かわれますの?」
「ああ。私が直接出ていったほうが話が早いからね」
そこでことばを切って、フェリクスは照れたようだった。
「うっかりしたな、まるで色気のない話をしてしまった。いつ戻るかだけ伝えるつもりだったのに」
「わたくしは、聞かせていただけて嬉しゅうございますわ」
若いから、女だからと除け者にされずに、問えばきちんと状況を教えてもらえた。そのことだけで、まるで、自分が認められているような気がして、こころが浮き立つ。こちらもつい、素直な気持ちでフェリクスを見上げると、彼はなぜか惚けた顔になった。
ぐっと抱きしめられ、噛みつくように口を塞がれる。びっくりして開いたくちびるのなかに入り込んできた舌に、さらに驚く。舌先で口蓋をなぞられて、予想外の快感にからだが震える。砕けた腰を支えて、フェリクスはコルネリアの口のなかまで愛撫しつくす。
「はぁ、あ……」
顔が離れる。思わず小さく吐息が漏れて、その響きにこもった甘えと媚びに、信じられない心地になる。いつのまにか顔には熱が上り、目は潤んでしまっていた。フェリクスはコルネリアの腰を抱いたまま、こめかみのあたりに指を触れ、白金の髪を撫でた。
「ああ、ディアナ。このまま、邪魔が入らなければいいのに」
フェリクスのつぶやきに、我に帰る。
からだを包んでいたふわふわとしたしあわせは、従姉の名を耳にしたとたんに霧散していた。コルネリアは夫の胸を押しやり、ぐっと顔を背けると、感情を押し殺して口を開いた。
「水が届かなくなれば、多くの生命に関わります。陛下に奏上するような一大事なのでございましょう? どうぞ行っていらして」
「──つれないな」
いじけたように返して、フェリクスは腕を解く。離れていく体温のかわりに、ひやりとした空気が肌に触れる。コルネリアは腰元で両手を組み、うつむいて、部屋を出ていく彼を送った。
「じいさまの本を読みたいんだったね。あれを出すのには時間がかかるから、今日のところは書斎で許してくれるかい? あなたが読みたがるときにはいつでも鍵を開けるよう、執事には話しておいたから」
そう早口に告げる彼は、旅装だった。まさか、いまから出かける気なのか。慌てて長椅子を立ったコルネリアのそばまでくると、フェリクスは軽くかがみこみ、そっと頬にくちづけを落とした。
「新婚早々に申し訳ないが、数日留守にする」
そう言われて、コルネリアはピンときた。例の急用の件に違いない。あれは、地下水路の現地確認だと言っていたか。
「昨日ご覧になった地下水路の状況が、思わしくないのですね?」
問いかけに、フェリクスはうなずいた。
「日常的な維持管理の範囲は逸脱している。早急に本格的な補修が必要だ。これから王宮に出向いて補正予算を申請して、その足で国内に散らばった技術者をかき集めてこようと思う。どんなに急いでも三日はかかる」
「まぁ……、王宮はともかくとして、技術者のもとにも、ご自身で向かわれますの?」
「ああ。私が直接出ていったほうが話が早いからね」
そこでことばを切って、フェリクスは照れたようだった。
「うっかりしたな、まるで色気のない話をしてしまった。いつ戻るかだけ伝えるつもりだったのに」
「わたくしは、聞かせていただけて嬉しゅうございますわ」
若いから、女だからと除け者にされずに、問えばきちんと状況を教えてもらえた。そのことだけで、まるで、自分が認められているような気がして、こころが浮き立つ。こちらもつい、素直な気持ちでフェリクスを見上げると、彼はなぜか惚けた顔になった。
ぐっと抱きしめられ、噛みつくように口を塞がれる。びっくりして開いたくちびるのなかに入り込んできた舌に、さらに驚く。舌先で口蓋をなぞられて、予想外の快感にからだが震える。砕けた腰を支えて、フェリクスはコルネリアの口のなかまで愛撫しつくす。
「はぁ、あ……」
顔が離れる。思わず小さく吐息が漏れて、その響きにこもった甘えと媚びに、信じられない心地になる。いつのまにか顔には熱が上り、目は潤んでしまっていた。フェリクスはコルネリアの腰を抱いたまま、こめかみのあたりに指を触れ、白金の髪を撫でた。
「ああ、ディアナ。このまま、邪魔が入らなければいいのに」
フェリクスのつぶやきに、我に帰る。
からだを包んでいたふわふわとしたしあわせは、従姉の名を耳にしたとたんに霧散していた。コルネリアは夫の胸を押しやり、ぐっと顔を背けると、感情を押し殺して口を開いた。
「水が届かなくなれば、多くの生命に関わります。陛下に奏上するような一大事なのでございましょう? どうぞ行っていらして」
「──つれないな」
いじけたように返して、フェリクスは腕を解く。離れていく体温のかわりに、ひやりとした空気が肌に触れる。コルネリアは腰元で両手を組み、うつむいて、部屋を出ていく彼を送った。
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