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朝日のまぶしさにまばたきをすると、隣から腕が伸びてきた。頬を優しく包まれて、ついばむようなくちづけを受ける。
自分の居るのが伯爵家の主寝室で、くちづけの相手がフェリクスであることまで把握すると、しっかりと意識が目覚めた。
「ディアナ、からだに辛いところは?」
気遣われて、首を小さく横に振る。フェリクスはすでに衣服を身につけ、長い髪もすっかりと整えていた。素肌のままのコルネリアがそのことに気づいて恥じらうと、彼は部屋の外に湯の用意を言いつけに離れた。すぐに戻ってきて、寝台に腰かけると、困ったように笑みかける。
「あなたにそのような可愛らしい顔をされたら、昨晩のように我慢がきかなくなってしまう。あんなに強引に抱く気はなかったんだ」
「わたくしは、閣下の妻です。お好きなようになさってください」
ディアナを重ねるのも、愛を囁くのも、捨て置くのも、勝手にすればいい。コルネリアのこころは、コルネリアだけのものだ。もう、だれにも土足で踏み入らせなどするものか。
決意を新たにしていると、夫はこちらににじり寄った。
「閣下ではなく、フェリクスだ」
「承知しました、フェリクスさま」
無感情に返し、間近な彼の顔を見つめかえす。黒く長いまつ毛に縁取られた紺青の瞳は、深い湖のようだった。明るいところで目にすると、濃い肌の色は、きめ細やかで、とろりとしている。肩からこぼれかかる黒髪には、あの日と似た色味の髪飾りがあった。
コルネリアの視線を受けて、彼はくすぐったそうにして、髪飾りの房に指先で触れた。
「覚えていてくれたのだろう? 髪紐の返礼の手紙でも触れられていて、うれしかった」
「さようで、ございますか」
つぶやくのが限界だった。必死に防御壁を張ったつもりだったのに、すきまから滲み出るように、他ならぬフェリクスのディアナに対する思いに、こころが侵食されていく。鋭い痛みを生じはじめる。
侍女が湯を持って入ってきたが、寝台のうえの影に真っ赤になって飛び出ていく。乱雑に置かれたたらいの湯と綿布を使って、フェリクスは否やも聞かず、コルネリアのからだを清めていった。
「──どうして、そのようなことまでなさるのですか?」
後始末なんて、コルネリアにさせればいい。彼はディアナと楽しむだけ楽しめばいいのに。
それに、からだを合わせた相手とは言え、明るい場所で隅々まで見られるのは、やはり恥ずかしい。自分でやるからと、途中から布を受け取ろうとするのを拒否して、フェリクスはふてくされた顔になる。
「……自分が出したものくらい自分で拭くさ」
「あの、申し訳ありません。いま、なんておっしゃいましたの?」
「聞きかえさないでくれ、頼むから!」
頬を染めたフェリクスのようすに首を傾げながら、コルネリアはされるがままに身支度を整えることになった。
自分の居るのが伯爵家の主寝室で、くちづけの相手がフェリクスであることまで把握すると、しっかりと意識が目覚めた。
「ディアナ、からだに辛いところは?」
気遣われて、首を小さく横に振る。フェリクスはすでに衣服を身につけ、長い髪もすっかりと整えていた。素肌のままのコルネリアがそのことに気づいて恥じらうと、彼は部屋の外に湯の用意を言いつけに離れた。すぐに戻ってきて、寝台に腰かけると、困ったように笑みかける。
「あなたにそのような可愛らしい顔をされたら、昨晩のように我慢がきかなくなってしまう。あんなに強引に抱く気はなかったんだ」
「わたくしは、閣下の妻です。お好きなようになさってください」
ディアナを重ねるのも、愛を囁くのも、捨て置くのも、勝手にすればいい。コルネリアのこころは、コルネリアだけのものだ。もう、だれにも土足で踏み入らせなどするものか。
決意を新たにしていると、夫はこちらににじり寄った。
「閣下ではなく、フェリクスだ」
「承知しました、フェリクスさま」
無感情に返し、間近な彼の顔を見つめかえす。黒く長いまつ毛に縁取られた紺青の瞳は、深い湖のようだった。明るいところで目にすると、濃い肌の色は、きめ細やかで、とろりとしている。肩からこぼれかかる黒髪には、あの日と似た色味の髪飾りがあった。
コルネリアの視線を受けて、彼はくすぐったそうにして、髪飾りの房に指先で触れた。
「覚えていてくれたのだろう? 髪紐の返礼の手紙でも触れられていて、うれしかった」
「さようで、ございますか」
つぶやくのが限界だった。必死に防御壁を張ったつもりだったのに、すきまから滲み出るように、他ならぬフェリクスのディアナに対する思いに、こころが侵食されていく。鋭い痛みを生じはじめる。
侍女が湯を持って入ってきたが、寝台のうえの影に真っ赤になって飛び出ていく。乱雑に置かれたたらいの湯と綿布を使って、フェリクスは否やも聞かず、コルネリアのからだを清めていった。
「──どうして、そのようなことまでなさるのですか?」
後始末なんて、コルネリアにさせればいい。彼はディアナと楽しむだけ楽しめばいいのに。
それに、からだを合わせた相手とは言え、明るい場所で隅々まで見られるのは、やはり恥ずかしい。自分でやるからと、途中から布を受け取ろうとするのを拒否して、フェリクスはふてくされた顔になる。
「……自分が出したものくらい自分で拭くさ」
「あの、申し訳ありません。いま、なんておっしゃいましたの?」
「聞きかえさないでくれ、頼むから!」
頬を染めたフェリクスのようすに首を傾げながら、コルネリアはされるがままに身支度を整えることになった。
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