上 下
24 / 31

24

しおりを挟む
 朝日のまぶしさにまばたきをすると、隣から腕が伸びてきた。頬を優しく包まれて、ついばむようなくちづけを受ける。
 自分の居るのが伯爵家の主寝室で、くちづけの相手がフェリクスであることまで把握すると、しっかりと意識が目覚めた。

「ディアナ、からだに辛いところは?」

 気遣われて、首を小さく横に振る。フェリクスはすでに衣服を身につけ、長い髪もすっかりと整えていた。素肌のままのコルネリアがそのことに気づいて恥じらうと、彼は部屋の外に湯の用意を言いつけに離れた。すぐに戻ってきて、寝台に腰かけると、困ったように笑みかける。

「あなたにそのような可愛らしい顔をされたら、昨晩のように我慢がきかなくなってしまう。あんなに強引に抱く気はなかったんだ」
「わたくしは、閣下の妻です。お好きなようになさってください」

 ディアナを重ねるのも、愛を囁くのも、捨て置くのも、勝手にすればいい。コルネリアのこころは、コルネリアだけのものだ。もう、だれにも土足で踏み入らせなどするものか。
 決意を新たにしていると、夫はこちらににじり寄った。

「閣下ではなく、フェリクスだ」
「承知しました、フェリクスさま」

 無感情に返し、間近な彼の顔を見つめかえす。黒く長いまつ毛に縁取られた紺青の瞳は、深い湖のようだった。明るいところで目にすると、濃い肌の色は、きめ細やかで、とろりとしている。肩からこぼれかかる黒髪には、あの日と似た色味の髪飾りがあった。

 コルネリアの視線を受けて、彼はくすぐったそうにして、髪飾りの房に指先で触れた。

「覚えていてくれたのだろう? 髪紐の返礼の手紙でも触れられていて、うれしかった」
「さようで、ございますか」

 つぶやくのが限界だった。必死に防御壁を張ったつもりだったのに、すきまから滲み出るように、他ならぬフェリクスのディアナに対する思いに、こころが侵食されていく。鋭い痛みを生じはじめる。

 侍女が湯を持って入ってきたが、寝台のうえの影に真っ赤になって飛び出ていく。乱雑に置かれたたらいの湯と綿布を使って、フェリクスは否やも聞かず、コルネリアのからだを清めていった。

「──どうして、そのようなことまでなさるのですか?」

 後始末なんて、コルネリアにさせればいい。彼は楽しむだけ楽しめばいいのに。
 それに、からだを合わせた相手とは言え、明るい場所で隅々まで見られるのは、やはり恥ずかしい。自分でやるからと、途中から布を受け取ろうとするのを拒否して、フェリクスはふてくされた顔になる。

「……自分が出したものくらい自分で拭くさ」
「あの、申し訳ありません。いま、なんておっしゃいましたの?」
「聞きかえさないでくれ、頼むから!」

 頬を染めたフェリクスのようすに首を傾げながら、コルネリアはされるがままに身支度を整えることになった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貴方の子どもじゃありません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:31,241pt お気に入り:3,877

あなたを守りたい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:262pt お気に入り:1,490

あなたの心を知る方法

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,566

婚約破棄されたって平気です。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:2,194

邪魔者は消えようと思たのですが……どういう訳か離してくれません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:3,465

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:269pt お気に入り:3,277

私の知らぬ間に

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:2,926

【第一部完結】あなたの愛なんて信じない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:100,941pt お気に入り:3,869

優秀な妹と婚約したら全て上手くいくのではなかったのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:107,615pt お気に入り:2,593

処理中です...