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第1章 異能力の目覚め
第9話 最強の異能力
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「あ、そういえばこの後、東と帰る約束していたんだった。…………すぐ断ってくるわ。」
「おう分かった。」
俺は南と帰るために東に断りをいれに行く。
俺が東と一緒に帰りだしたのは中学の頃だった。
それは中学二年生のころからだ。
その時に起きた事件が関係しているが、それを彼女はあまり詳しく知らないだろう。それになぜ、俺がいつも一緒に帰ろうとするのかも知らないはずだ。
今では二人で帰ることが普通になっており、疑問に思うこともないだろう。
その事件の内容は俺と南と当事者しか知りえないことだ。
俺と南で意図的に隠していたのだ。
彼らが今なにをしているのかは知らない。多分、この町にはいないだろう。それは賢明な判断だ。彼らがこの町にまだいるなら俺の苦労は水の泡になる。
苦労って何だろう?
多分それは俺と南が彼女へ危害を加えようとした人間を阻止したことなのだが、なにかが引っかかる。
彼女を助けたことを苦労とは思っていなかった。
しかし、彼女を助けたことなど事件を包括的に見たとき、穴が多いのだ。
自分が関わったことなのに、虫食いのように穴がある。
それは完成されたパズルが実は全く違う出来になっており、本当の完成に必要なピースをどこかに置き忘れているが、その模造品はたしかに本物よりも見栄えが良いが気がするのだ。
支離滅裂なことを言っているようだが、何かがこの事件については足りない。
何か大切なことを忘れている気がした。
いつもそうだ。
この事を考えないようにしていたが、考え出すと何かが分からなくなる。あの事件のことを考えると靄(もや)がかかったように見えなくなるんだ。
それは今、ボケっと俺を見ている彼女を見ても思い出せないことだった。
「何よ?」
考え事をしているうちに彼女のいる特別自習室に着いた。
「なあ。東は中二の頃のこと覚えてるか?」
「え?何よ急に?未だ中二の男なら知ってるけど?」
「誰だそいつは?そうじゃなくて中二の時にあった出来事のことだ。」
東はこの男は会って早々なにを言ってるんだ?と不信感を露わにして俺を見てくる。
「は?あーそういえば、肇と南くんと三人でアニメショップに行ったわね。そこで貴方が同人雑誌を買おうとして私が怒ったこと?なに?買っちゃったの?」
「買ってねぇよ。いや違う。それじゃない。」
「じゃあ何よ?煮え切らないわね。」
「いや分からないならいい。それと、今日は南の奴と一緒に帰るから。すまんが本屋はまた今度で。」
「また…………分かった。いいわ。」
そうして、俺は彼女に背を向けて特別自習室から出ようとしたとき、彼女に止められる。
「ねぇ。何か悩んでることない?」
その顔は平静を装っているようで、どこか緊張した面持ちであった。
そういうフウに西京の目には映っていた。
「悩んでること?」
「そう。たとえば将来のこととか。」
「いや、特にないな。」
「…………そっか。わかった。じゃあ、また。」
「おう。じゃあまた。」
そうして俺は彼女のもとから去った。
「そうか。だからさっきの舘口先輩はお前を襲ってきたのか。」
俺と南は今日も異能についての相談会を開くことを決め、二人してぶらぶらと帰路に就く。
「そうそう。舘口先輩の想い人が俺と帰ってるところを誰かがチクったんだろうな。」
「なるほど。…………それはお前が悪いだろ。」
「ん?悪いことはないだろ?告白しない舘口先輩の勇気のなさと、だれかれ構わず遊びに出る女に惚れる舘口先輩の見る目のなさが悪い。」
「まあ、それもそうか。」
「そうだ。」
「で、この人もそのお前の女癖の悪さからお前を殺しにきたのか?」
「殺されるようなことはしていないんだけどなぁ。」
俺と南は楽しく帰っていると、肉だるまに道を阻まれたのだ。
彼は醜悪な面でこちらを睥睨すると、いきなり「お前が南だな?殺してやるぞ!!!」と激高したのだ。
いきなりのことに驚くことも忘れてしまい、平然とする南と俺にさらに腹を立てているこの男はなんなのだろう。
常軌を逸して怒っている人間を見ると逆にこちらは冷めてしまうものである。
「えーと。どちらさん?今度にしてくれないかな?」
南はいつものように軽く話しかける。怒っている相手を逆なでするような癇に障る声だ。
「あ!?お前に選択肢はねぇぞ。ここで死ね!!」
男は南の対応にまたもや激高するとそのまま、巨体を揺らし、右手を南めがけて振り下ろす。
南は避けると、俺はその光景を見て驚くばかりである。
「お、おい!南。なんかわからんが謝ったら?」
南は突然の攻撃に驚き、とりあえずその場しのぎに謝る。
「そうだな。とりあえず謝るか。…………えっとごめんね?」
またしても南の軽薄な謝罪に激高した男は止まらず、そのまま南を掴まえようと突進してくる。
南はしょうがないと彼に近づくと、そのまま舘口先輩にやったように念動力を拳に乗せて、その男の腹に一撃加える。
しかし、謎の影に阻まれた。
その影はウネリながら、南の周りを取り囲むと、一気に南に集まっていく。あっという間に南は影に取り込まれる。影の集まりの中から彼の声が聞こえてくる。
「なんだこれ!?おい、西京。こいつ異能力者じゃね?」
「お、おう、多分、そうだな。大丈夫か!?」
「いや、結構ヤバイ。中から思い切り殴ってるんだがびくともしねぇんだよな。まあ、なんとか影は触らずに異能で防いでる。」
「そうか。なんかもう囲まれた時点でお前の負けな気がするが頑張れ!!」
「おう!!なんとか頑張るわ!!」
南の声が聞こえてきて、五分ほど経ったとき影は徐々に散らばっていく。俺はその様子をただ傍観していたわけではなく、何回か自分の異能を行使しようとしていたわけだが全く発動しなかった。
ごめん、南くん。俺何も出来ないみたいだから鼻歌でも歌って君が出てくるの待ってるよ。
影の中からは変色した南が笑顔で出てきた。
「なんかめっちゃ痛いなこれ。なんだこの異能は?」
「知らないが、ヤバイな。お前、全身真っ黒だぞ。魔族に転身したのか?」
「知らんが、焼けるように痛むんだ。ヤバイ。こいつ強いぞ。」
あまりに早い戦いの終わりに正直、この男の強さもよく分からないが、早くも奴は出てきた南を仕留めようと南に肉薄し、殴りつける。
「おっとヤバイ。…………ふーあぶねぇ。」
寸でのところで動かない体をむりやり念力で動かし回避する南を見て、ニタリと男は笑みを浮かべる。
笑った顔は少し可愛い。
「なんだお前が追っていた異能者だったのか。手間が省けたぜ。なあ。吉井。」
ブ男の言葉に、隣から眼鏡の神経質そうなサラリーマン風の男が頷く。
「そうだな。とりあえず早く終わらせろ。これくらいの異能者ならお前でもやれるだろう?」
「はっ。当たり前だ。」
ブ男は眼鏡男との会話を早々に切り上げると南を殺そうと俺たちに近づいてくる。
「おいおい。ヤバイぞ。南。どうする?」
「知らねぇよ。とにかく助けてくれよ!!」
「よし!よし分かった!!…………どうしよう。」
「え?」
「いや、とりあえず、お前を担いで逃げるか?」
「そうだな。そうしよう。…………あ。無理だわ。」
俺たちが焦っているうちに、目の前が暗くなったと思ったら、それは奴の影であった。
奴はもう俺たちの前におり、こちらをニヤニヤと醜い笑みを浮かべて見下ろしていた。
2mはあろうかという大男がこちらを睥睨している。
おっと。これはまずい。
どうにかしなくては。
考えろ。俺はどうやって異能を発動していた?
ここで使えなければ意味のない異能だ。
発動出来たのは三回だ。
あの変人と出会ったとき。南を裸に剥いた時。そして小田を含めた三人を気絶させたとき。
ん…………?なぜこんなにその時の状況を詳細に覚えている。
水たまりにも劣る俺の小さい海馬で何故にそこまで鮮明に覚えているのか。
何かあったはずだ。
こう手を突き出して…………。
「いや、違うな。…………。違うもっと前だ。何かしていたはずだ。…………あ。」
橋爪は俺の奇妙な行動を見て、眉を顰めてこちらを睨む。
「なんだお前?邪魔すんじゃねぇよ。」
その言葉と共に俺に奴の大木のような腕が振り下ろされる。
覚えているのは、発動する前に絶対に誰かと話していたこと。
変人と話した後に発動した。
南と会話して発動していた。
その会話の内容は今から起こす異能力についてだ。
俺が彼らに問うた。
今から異能を行使すると。
彼らは答える。
やってみろと。それが妄想の産物ではないと証明してみろって。
だから意地になって俺は異能を行使するんだ。
これだ。
絶対にこれで発動する。
「南、今からこいつを気絶させるぞ!!!!」
「おう!!やれ!!」
ようは宣言と承認だ。
簡単なようで難しいな。
枷が付いた異能か。
一人では発動することが出来ない異能だ。
「これは、また面倒な異能力だな。」
そうつぶやいた時には目の前の男は倒れていた。先ほどの常識外れの巨大なブ男ではなく、まあそこらにいる程度のブ男であったが。
それは彼の異能力が発動していないからだろう。
右手から光が出て彼を包んだのだ。光が消える頃には男は倒れていた。
変人との時は、彼に承認をもらい。
南の時は、南に承認をもらった。
その時、俺は図らずも異能を宣言し、やつらを倒してきたわけだ。
倒れている男を確認するころには、南を蝕む黒い影も消えていた。
「あ、こいつ。見たことあるわ。橋爪だ。隣の高校のやつだが、喧嘩がべらぼうに強いのに、この顔だから女子も寄ってこなかったんだな。可哀想に。」
「そうなのか。…………可哀想に。今でも不良はそれなりの需要があると思うがこの顔ではな…………。」
南は橋爪の顔を覗きこみながら、失礼なことを言い放ち、そのまま疲れたと寝転ぶ。
その時、視界に先ほどの眼鏡の男がいた。
「これは驚いた。橋爪をやれる異能者がいるとはな。瀬川の情報にはない異能者だ。興味深い。」
その眼鏡の男はこちらを見ながら感嘆の声を漏らす。
「なんだあんた?」
南は寝転んだまま、彼に問う。
初対面のスーツの男に対して、寝転んだまま応答できる彼の神経を少し疑ってしまう。敵かもしれないし、保険屋か銀行マンかもしれない。どちらにしても異能関係者ではあるのだが。
「ああ。俺は一応、そこで倒れている橋爪の仲間になるな。君たちはシャクンタラーだろう?」
「いや、なにそれ?」
「ん?…………謀っているのか?」
この男のいうことは意味不明だが、とにもかくにも南をしっかり立たせる。
「え?…………なんだよ?西京?胸を触るなよ。感じちま…………」
「うるせぇ。とりあえず、立てよ。先方はスーツをばっちり着込んで来てんだよ。こういうのは初めが肝心なんだ。敵かは分からんが、寝転んだ相方と俺のようなぼんくら高校生がこいつと戦っても勝てる気がしない。」
「お前は権力に弱いな。…………ふっ。おい、そこのお前。俺らとやる気か?ん?どした?かかってこいよ?バカ野郎!!」
彼は先ほどの橋爪との闘いですぐに負けたためか、アドレナリンも多量に分泌され興奮している。また特に活躍できなかったことから何か溜まっているんだろう。威勢が良い。
「ん?今はこの少年と話している邪魔はよしてもらおう。」
三流の雑魚敵みたいな台詞を吐いたなと南を見ていたら、南が吹き飛ばされた。
もの凄い風圧を感じたと思えば、南は数メートルほど後方へと飛ばされ、倒れていた。
見ると眼鏡の男は手を前に突き出し、南に向けて異能を放っていたのが分かる。
「これが私の異能だ。風を操る能力だ。…………さて、君は確かにシャクンタラーではなさそうだ。シャクンタラーの奴らなら今の異能を見れば、俺が誰だか分かって逃げていただろう。」
自慢げにこちらに話しかける男を見て思う。
こいつの狙いが分からない。
しかしながら、今の行動をみればこいつはいつでも異能で攻撃してくる可能性がある危険人物だと推察できる。
「それはまた…………すごいっすね。ちょっと待っててくださいね。…………いえいえ。彼の安否確認だけですんで。」
なにを言ってるのかは謎だが、とりあえず後方に飛ばされた南を迎えに行く。
南は気持ちよさそうに歩道に寝転がっている。
「南くーん?大丈夫かい?」
「すごかった。なんかフワッと浮いたと思ったら空を飛んだよ。ライト兄弟も何もあんな飛行機モドキを作ることはない。彼に頼んで飛べばいい。それは夢心地。」
「おい?バカに磨きがかかってるぞ。お前は女好きっていう面があるんだからこれ以上属性増やさなくていいんだ。はい、おっきして。」
「はーい。」
と、南とこんなバカな小芝居をしているうちに、彼に耳打ちする。
「…………をやる。いいな?」
「おう。やれ。」
小声で聞こえた承認の声。
俺は手を前に突き出す。
何かを察した、眼鏡男はこちらに向かって何やら叫んでいる。
「少年?…………おい!お前ら!!何をしている?」
そうして、身の危険を感じたのか、彼は異能を行使し周りにいくつもの竜巻が出来る。それは彼を中心に円を描くようにまわりながら、彼の手の動きに合わせてその場にいくつも発生する。
数秒も経たずに優に100を越える竜巻が発生している。その中で、彼は笑みを浮かべてこちらを見る。
「せっかくこのファウスト幹部である飯田(いいだ)自ら誘ってやろうと思ったのだがな。残念だ。ここでお別れだ。野良の異能者くん。」
彼は笑いながら一気に竜巻をこちらに向けて放つ。いくつもの竜巻は生きたようにこちらに食らいついてくる。
「んー分からんから、とりあえず、全部吐いてもらおう。よっ!!」
そのまま異能を発動した。
それは、彼の異能を無効化し、彼の精神を操る異能だ。
次の瞬間、すべての竜巻は消滅し、彼はその場に倒れた。
「おう分かった。」
俺は南と帰るために東に断りをいれに行く。
俺が東と一緒に帰りだしたのは中学の頃だった。
それは中学二年生のころからだ。
その時に起きた事件が関係しているが、それを彼女はあまり詳しく知らないだろう。それになぜ、俺がいつも一緒に帰ろうとするのかも知らないはずだ。
今では二人で帰ることが普通になっており、疑問に思うこともないだろう。
その事件の内容は俺と南と当事者しか知りえないことだ。
俺と南で意図的に隠していたのだ。
彼らが今なにをしているのかは知らない。多分、この町にはいないだろう。それは賢明な判断だ。彼らがこの町にまだいるなら俺の苦労は水の泡になる。
苦労って何だろう?
多分それは俺と南が彼女へ危害を加えようとした人間を阻止したことなのだが、なにかが引っかかる。
彼女を助けたことを苦労とは思っていなかった。
しかし、彼女を助けたことなど事件を包括的に見たとき、穴が多いのだ。
自分が関わったことなのに、虫食いのように穴がある。
それは完成されたパズルが実は全く違う出来になっており、本当の完成に必要なピースをどこかに置き忘れているが、その模造品はたしかに本物よりも見栄えが良いが気がするのだ。
支離滅裂なことを言っているようだが、何かがこの事件については足りない。
何か大切なことを忘れている気がした。
いつもそうだ。
この事を考えないようにしていたが、考え出すと何かが分からなくなる。あの事件のことを考えると靄(もや)がかかったように見えなくなるんだ。
それは今、ボケっと俺を見ている彼女を見ても思い出せないことだった。
「何よ?」
考え事をしているうちに彼女のいる特別自習室に着いた。
「なあ。東は中二の頃のこと覚えてるか?」
「え?何よ急に?未だ中二の男なら知ってるけど?」
「誰だそいつは?そうじゃなくて中二の時にあった出来事のことだ。」
東はこの男は会って早々なにを言ってるんだ?と不信感を露わにして俺を見てくる。
「は?あーそういえば、肇と南くんと三人でアニメショップに行ったわね。そこで貴方が同人雑誌を買おうとして私が怒ったこと?なに?買っちゃったの?」
「買ってねぇよ。いや違う。それじゃない。」
「じゃあ何よ?煮え切らないわね。」
「いや分からないならいい。それと、今日は南の奴と一緒に帰るから。すまんが本屋はまた今度で。」
「また…………分かった。いいわ。」
そうして、俺は彼女に背を向けて特別自習室から出ようとしたとき、彼女に止められる。
「ねぇ。何か悩んでることない?」
その顔は平静を装っているようで、どこか緊張した面持ちであった。
そういうフウに西京の目には映っていた。
「悩んでること?」
「そう。たとえば将来のこととか。」
「いや、特にないな。」
「…………そっか。わかった。じゃあ、また。」
「おう。じゃあまた。」
そうして俺は彼女のもとから去った。
「そうか。だからさっきの舘口先輩はお前を襲ってきたのか。」
俺と南は今日も異能についての相談会を開くことを決め、二人してぶらぶらと帰路に就く。
「そうそう。舘口先輩の想い人が俺と帰ってるところを誰かがチクったんだろうな。」
「なるほど。…………それはお前が悪いだろ。」
「ん?悪いことはないだろ?告白しない舘口先輩の勇気のなさと、だれかれ構わず遊びに出る女に惚れる舘口先輩の見る目のなさが悪い。」
「まあ、それもそうか。」
「そうだ。」
「で、この人もそのお前の女癖の悪さからお前を殺しにきたのか?」
「殺されるようなことはしていないんだけどなぁ。」
俺と南は楽しく帰っていると、肉だるまに道を阻まれたのだ。
彼は醜悪な面でこちらを睥睨すると、いきなり「お前が南だな?殺してやるぞ!!!」と激高したのだ。
いきなりのことに驚くことも忘れてしまい、平然とする南と俺にさらに腹を立てているこの男はなんなのだろう。
常軌を逸して怒っている人間を見ると逆にこちらは冷めてしまうものである。
「えーと。どちらさん?今度にしてくれないかな?」
南はいつものように軽く話しかける。怒っている相手を逆なでするような癇に障る声だ。
「あ!?お前に選択肢はねぇぞ。ここで死ね!!」
男は南の対応にまたもや激高するとそのまま、巨体を揺らし、右手を南めがけて振り下ろす。
南は避けると、俺はその光景を見て驚くばかりである。
「お、おい!南。なんかわからんが謝ったら?」
南は突然の攻撃に驚き、とりあえずその場しのぎに謝る。
「そうだな。とりあえず謝るか。…………えっとごめんね?」
またしても南の軽薄な謝罪に激高した男は止まらず、そのまま南を掴まえようと突進してくる。
南はしょうがないと彼に近づくと、そのまま舘口先輩にやったように念動力を拳に乗せて、その男の腹に一撃加える。
しかし、謎の影に阻まれた。
その影はウネリながら、南の周りを取り囲むと、一気に南に集まっていく。あっという間に南は影に取り込まれる。影の集まりの中から彼の声が聞こえてくる。
「なんだこれ!?おい、西京。こいつ異能力者じゃね?」
「お、おう、多分、そうだな。大丈夫か!?」
「いや、結構ヤバイ。中から思い切り殴ってるんだがびくともしねぇんだよな。まあ、なんとか影は触らずに異能で防いでる。」
「そうか。なんかもう囲まれた時点でお前の負けな気がするが頑張れ!!」
「おう!!なんとか頑張るわ!!」
南の声が聞こえてきて、五分ほど経ったとき影は徐々に散らばっていく。俺はその様子をただ傍観していたわけではなく、何回か自分の異能を行使しようとしていたわけだが全く発動しなかった。
ごめん、南くん。俺何も出来ないみたいだから鼻歌でも歌って君が出てくるの待ってるよ。
影の中からは変色した南が笑顔で出てきた。
「なんかめっちゃ痛いなこれ。なんだこの異能は?」
「知らないが、ヤバイな。お前、全身真っ黒だぞ。魔族に転身したのか?」
「知らんが、焼けるように痛むんだ。ヤバイ。こいつ強いぞ。」
あまりに早い戦いの終わりに正直、この男の強さもよく分からないが、早くも奴は出てきた南を仕留めようと南に肉薄し、殴りつける。
「おっとヤバイ。…………ふーあぶねぇ。」
寸でのところで動かない体をむりやり念力で動かし回避する南を見て、ニタリと男は笑みを浮かべる。
笑った顔は少し可愛い。
「なんだお前が追っていた異能者だったのか。手間が省けたぜ。なあ。吉井。」
ブ男の言葉に、隣から眼鏡の神経質そうなサラリーマン風の男が頷く。
「そうだな。とりあえず早く終わらせろ。これくらいの異能者ならお前でもやれるだろう?」
「はっ。当たり前だ。」
ブ男は眼鏡男との会話を早々に切り上げると南を殺そうと俺たちに近づいてくる。
「おいおい。ヤバイぞ。南。どうする?」
「知らねぇよ。とにかく助けてくれよ!!」
「よし!よし分かった!!…………どうしよう。」
「え?」
「いや、とりあえず、お前を担いで逃げるか?」
「そうだな。そうしよう。…………あ。無理だわ。」
俺たちが焦っているうちに、目の前が暗くなったと思ったら、それは奴の影であった。
奴はもう俺たちの前におり、こちらをニヤニヤと醜い笑みを浮かべて見下ろしていた。
2mはあろうかという大男がこちらを睥睨している。
おっと。これはまずい。
どうにかしなくては。
考えろ。俺はどうやって異能を発動していた?
ここで使えなければ意味のない異能だ。
発動出来たのは三回だ。
あの変人と出会ったとき。南を裸に剥いた時。そして小田を含めた三人を気絶させたとき。
ん…………?なぜこんなにその時の状況を詳細に覚えている。
水たまりにも劣る俺の小さい海馬で何故にそこまで鮮明に覚えているのか。
何かあったはずだ。
こう手を突き出して…………。
「いや、違うな。…………。違うもっと前だ。何かしていたはずだ。…………あ。」
橋爪は俺の奇妙な行動を見て、眉を顰めてこちらを睨む。
「なんだお前?邪魔すんじゃねぇよ。」
その言葉と共に俺に奴の大木のような腕が振り下ろされる。
覚えているのは、発動する前に絶対に誰かと話していたこと。
変人と話した後に発動した。
南と会話して発動していた。
その会話の内容は今から起こす異能力についてだ。
俺が彼らに問うた。
今から異能を行使すると。
彼らは答える。
やってみろと。それが妄想の産物ではないと証明してみろって。
だから意地になって俺は異能を行使するんだ。
これだ。
絶対にこれで発動する。
「南、今からこいつを気絶させるぞ!!!!」
「おう!!やれ!!」
ようは宣言と承認だ。
簡単なようで難しいな。
枷が付いた異能か。
一人では発動することが出来ない異能だ。
「これは、また面倒な異能力だな。」
そうつぶやいた時には目の前の男は倒れていた。先ほどの常識外れの巨大なブ男ではなく、まあそこらにいる程度のブ男であったが。
それは彼の異能力が発動していないからだろう。
右手から光が出て彼を包んだのだ。光が消える頃には男は倒れていた。
変人との時は、彼に承認をもらい。
南の時は、南に承認をもらった。
その時、俺は図らずも異能を宣言し、やつらを倒してきたわけだ。
倒れている男を確認するころには、南を蝕む黒い影も消えていた。
「あ、こいつ。見たことあるわ。橋爪だ。隣の高校のやつだが、喧嘩がべらぼうに強いのに、この顔だから女子も寄ってこなかったんだな。可哀想に。」
「そうなのか。…………可哀想に。今でも不良はそれなりの需要があると思うがこの顔ではな…………。」
南は橋爪の顔を覗きこみながら、失礼なことを言い放ち、そのまま疲れたと寝転ぶ。
その時、視界に先ほどの眼鏡の男がいた。
「これは驚いた。橋爪をやれる異能者がいるとはな。瀬川の情報にはない異能者だ。興味深い。」
その眼鏡の男はこちらを見ながら感嘆の声を漏らす。
「なんだあんた?」
南は寝転んだまま、彼に問う。
初対面のスーツの男に対して、寝転んだまま応答できる彼の神経を少し疑ってしまう。敵かもしれないし、保険屋か銀行マンかもしれない。どちらにしても異能関係者ではあるのだが。
「ああ。俺は一応、そこで倒れている橋爪の仲間になるな。君たちはシャクンタラーだろう?」
「いや、なにそれ?」
「ん?…………謀っているのか?」
この男のいうことは意味不明だが、とにもかくにも南をしっかり立たせる。
「え?…………なんだよ?西京?胸を触るなよ。感じちま…………」
「うるせぇ。とりあえず、立てよ。先方はスーツをばっちり着込んで来てんだよ。こういうのは初めが肝心なんだ。敵かは分からんが、寝転んだ相方と俺のようなぼんくら高校生がこいつと戦っても勝てる気がしない。」
「お前は権力に弱いな。…………ふっ。おい、そこのお前。俺らとやる気か?ん?どした?かかってこいよ?バカ野郎!!」
彼は先ほどの橋爪との闘いですぐに負けたためか、アドレナリンも多量に分泌され興奮している。また特に活躍できなかったことから何か溜まっているんだろう。威勢が良い。
「ん?今はこの少年と話している邪魔はよしてもらおう。」
三流の雑魚敵みたいな台詞を吐いたなと南を見ていたら、南が吹き飛ばされた。
もの凄い風圧を感じたと思えば、南は数メートルほど後方へと飛ばされ、倒れていた。
見ると眼鏡の男は手を前に突き出し、南に向けて異能を放っていたのが分かる。
「これが私の異能だ。風を操る能力だ。…………さて、君は確かにシャクンタラーではなさそうだ。シャクンタラーの奴らなら今の異能を見れば、俺が誰だか分かって逃げていただろう。」
自慢げにこちらに話しかける男を見て思う。
こいつの狙いが分からない。
しかしながら、今の行動をみればこいつはいつでも異能で攻撃してくる可能性がある危険人物だと推察できる。
「それはまた…………すごいっすね。ちょっと待っててくださいね。…………いえいえ。彼の安否確認だけですんで。」
なにを言ってるのかは謎だが、とりあえず後方に飛ばされた南を迎えに行く。
南は気持ちよさそうに歩道に寝転がっている。
「南くーん?大丈夫かい?」
「すごかった。なんかフワッと浮いたと思ったら空を飛んだよ。ライト兄弟も何もあんな飛行機モドキを作ることはない。彼に頼んで飛べばいい。それは夢心地。」
「おい?バカに磨きがかかってるぞ。お前は女好きっていう面があるんだからこれ以上属性増やさなくていいんだ。はい、おっきして。」
「はーい。」
と、南とこんなバカな小芝居をしているうちに、彼に耳打ちする。
「…………をやる。いいな?」
「おう。やれ。」
小声で聞こえた承認の声。
俺は手を前に突き出す。
何かを察した、眼鏡男はこちらに向かって何やら叫んでいる。
「少年?…………おい!お前ら!!何をしている?」
そうして、身の危険を感じたのか、彼は異能を行使し周りにいくつもの竜巻が出来る。それは彼を中心に円を描くようにまわりながら、彼の手の動きに合わせてその場にいくつも発生する。
数秒も経たずに優に100を越える竜巻が発生している。その中で、彼は笑みを浮かべてこちらを見る。
「せっかくこのファウスト幹部である飯田(いいだ)自ら誘ってやろうと思ったのだがな。残念だ。ここでお別れだ。野良の異能者くん。」
彼は笑いながら一気に竜巻をこちらに向けて放つ。いくつもの竜巻は生きたようにこちらに食らいついてくる。
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