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モブ令嬢イェーレ

09. ざまぁと声をあげて笑いたかったね

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 翌日からはエリザベスと行動するようになった。お互い「イェーレ」「エリザベス」と表立って呼び合うようになり、周囲を驚かせている。
 ちなみに、エレン愛称で呼ばないのはその影響を考慮してのことだ。ただでさえ名前呼びで周囲を困惑させるのに、愛称で呼び始めたらもっと困惑する。それでも今までのように「ライズバーグ様」とは呼びたくないと、申し訳無さそうに謝ってきたエリザベスに私は思わず両手で顔を覆って天を仰いだ。天使か。

 ひとり、勇気あるクラスメイトが「フェーマス様と最近仲がよろしいですね」と探りを入れてきた。別に後ろめたい何かがあるわけじゃないし、何より私には誤魔化すための最強のカードがあった。


「ええ。王家から彼女の警護を任されましたので」
「え?警護?」
「はい。わたくしは第二種の資格を有しております」


 そう言って、制服の襟元にある徽章を指差せばクラスメイトは驚いた表情を浮かべた。

 ちなみに、この王家から~のくだりは嘘ではない。正式に王家から依頼されたもので、王印付きの立派な書状である。聞けば、エリザベスとバカ王子の婚約を破棄したタイミングで作成したらしい。手際良すぎないか。

 こうして私は、堂々とエリザベスの隣にいても問題ない位置を得たのである。

 そんなある日、次の授業は魔法実技ということで演習場へ移動する準備を進めていたところ、教室の入り口に永遠に来なければいいものをと思う男の訪問があった。


「エリザベス嬢はいるか」


 イーリスバカ王子である。
 今更何の用か。じっと見ていれば、エリザベスは、次の授業の荷物を持ってイーリスの元へ歩いていった。
 今までの彼女であれば、はしたなくない程度に急いであの男のもとへ駆け寄っていた。その変化に気づいた数名のクラスメイトがお互い顔を見合わせている。


「…何かご用でしょうか?」
「ああ…いや…最近、会えていないなと思って」


 少し困ったように眉を下げたバカ王子に、エリザベスは首を傾げる。


「…そうでしょうか?」
「妃教育を休んでいるから、王宮に来ていないだろう?それで、いつものお茶もできていない」
「ええ、そうですね」
「だから、今日のお昼は一緒に食べないか?」
「申し訳ありませんが、先約がございます」


 しん、と教室が静まり返った。
 あからさまにバカ王子が困惑している。


「え…と」
「先に、お昼を一緒にすると約束した、友人がおります」
「そ、そうか…」
「ええ」


 重ねて告げられた言葉に困惑した様子で、二の句が告げないらしい。
 ふははは、ざまぁwwwと内心大爆笑しながら様子を見る。護衛対象とはいえ、おふたりはまだ表立っては婚約者だ。勝手に割り込むのはおかしい。

 何かを言おうとして、言葉が出てこないバカ王子にエリザベスは困ったような表情を浮かべる。


「ご用件はそれだけでしょうか?」
「…あ、ああ」
「わたくしのクラスは、次は魔法実技のため移動しなければなりませんの。時間も限られていますし、もう教室に戻られた方がよろしいですわ、殿


 ごきげんよう、と声をかけて、エリザベスはバカ王子の横を通り過ぎる。
 私も軽く頭を下げて彼の横を通り過ぎた…だいぶショックを受けているようで、呆然としている。
 ふふふ、いい気味だ。散々エリザベスを放っておいたんだ。このぐらいは当然でしょ。

 ふと、視界に顔を顰めたレアーヌがエリザベスに向かって近づいていき、何か口を開こうとしているのに気づく。これはよろしくない。エリザベスに声をかけると、彼女は振り返ってほんの少しだけ目元を和らげた。
 …レアーヌは、驚愕の表情を浮かべている。


「え…イェーレ、どうしたの?」
「忘れ物をしていましたので持ってきました」
「あら、まあ…うっかりしていたわ。ありがとう」
「…っ、なんで」


 実際は忘れ物をしていないので、忘れ物のフリをして私の教科書を渡す。と、レアーヌがとうとう驚いた声をあげた。


「取り巻きが違うじゃない。本来なら金髪と茶髪の令嬢で…イーリスの様子も変だし、レオナルドのイベントも起きないなんて…それに、サポキャラがなんで?どうなってるのよ…」


 小声で呟いているが、訓練された私は耳をすませばほとんど聞こえる。
 レアーヌも真名をもらった日に思い出したのなら、7年という時間があったはずだ。それなのに彼女はまだ、目の前の現実をゲームだと勘違いしているように見える。

 そう。ここは現実だ。
 ゲームの世界にそっくりだけど、そうじゃない。
 彼女を取り巻く精霊共が心配そうに「レアーヌ」って呼んでるけど、彼女は見向きもしない。それでも精霊共は彼女を慕い、彼女のために動く。だから余計に現実味がないのかもしれないけど、ゲームには出て来なかった7年の間彼女は一体何をしていたのか。表情には出ないとわかってはいるものの、思わず睨んでしまった。

 ふと、隣から視線を感じてそちらを見れば、エリザベスが困惑した様子で私を見ている。エリザベスを心配させたりしてはならないな、と私はレアーヌを見るのをやめて、わずかに口角をあげた。
 最近、なんだかちょっとは笑えるようになってきた気がする。


「参りましょう、エリザベス」
「え、ええ。ごきげんよう、ダンフォール様」


 エリザベスが挨拶をして、レアーヌの隣を通り抜ける。呆れたことにレアーヌは返事もせずにエリザベスを睨みつけていた。ついている精霊共もやんややんやと文句を言っていて、煩いことこの上ない。
 気づかれないようにため息をついて、エリザベスの後を追う。

 ……エリザベスもレアーヌも気づいてないようだけど。今のやり取り、うちのクラスメイトが固唾を呑んで見守っていたんだよね。あのバカ王子も見ていたはずだけど、どうなることやら。



 魔法実技では、基本的には魔法の制御を習う。成人にも関わらず制御する術を持たずに魔法を行使することは犯罪と同義になっている。特に貴族階級の人間ならなおさらだ。
 この学園が貴族・平民問わず門戸が開かれているのは「実力者は貴賤問わず挑戦できるように」「魔法を扱えるものは制御方法を身に着けられるように」というふたつの目的があるから。ただでさえ7種類もの属性があるのだ。制御方法を教わるのは同じ属性の者に頼むのが一番だが、周囲に同じ属性を持つ者がいないことも多々ある。
 特に貴族階級は重属性持ちが排出されることが多い。だから皆、この学園や系列校に通うのだ。

 私もそのひとり。ちなみに武術学科ではなく魔術学科に通っているのは、理由がある。


「そういえば、イェーレの属性は風?」
「ええ。風と、光です。ちょっと余計なのもついてますけど」
「余計?」


 ちょいちょい、とエリザベスを手招きする。
 エリザベスは魔法の発動を停止させると、私の傍に寄った。エリザベスの耳元にそっと口を寄せ、囁く。


「エルは、母方の従兄なんです」
「……え?従兄、って、ことは…」
「エルからしたら、私の母はエルのお父様の妹になります」


 王族や一部の貴族だけが知っている事実。
 たぶん、エリザベスのお父様であるフェーマス公爵もご存知だろう。エリザベスは聞いたことがないのか、驚いているようだった。するとだんだん、表情が曇っていく。知っていても大丈夫なのかということなのだろう、とアタリをつけて親指を立てればエリザベスはホッとした表情を浮かべた。


「ただまあ、扱いやすいのは風ですので、最も相性が良いのは風なのでしょう」


 私と相性が良いのは風の精霊である。だから、詠唱して反応が得やすいのも風魔法だ。
 対外的に、私は精霊の加護を受けていない。それなのに精霊魔法が使えるのは非常に目立つ。だからそのカモフラージュで詠唱魔法も勉強しているのである。面倒くさい。
 まあ詠唱魔法も威力を調整しやすいという利点があるので勉強する意義はある。精霊魔法は基本、精霊に依存するから威力の制御が難しいのだ。

 手のひらに、詠唱魔法で小さい竜巻を作り上げる。今日の授業はこのサイズの維持だ。エリザベスは水、土のダブル属性持ちだが、今回は水で練習している。
 そういえばゲーム中に対戦するエリザベスの水、土魔法の攻略は難しかった、という感想が薄くなった記憶の海から出てくる。たしかヒロインは希少な全属性適正セクステュープルなのだが、精霊たちが「おれのほうが役に立つ!」と邪魔するせいで発動しても威力が半減するのだ。

 あれは面倒だったなぁ、と思い返しながら視線をずらせば、レアーヌが目に入る。

 ゲーム通り、彼女は魔力の扱いが苦手…というかめっちゃ精霊邪魔してんじゃん。
 エリザベスと同じ水魔法で水の玉を手のひらの上に維持しようとしているようだけど、勝手に精霊が力貸したりして大きさが一定しない上に、時々破裂させてしまっている。
 あちゃー、と思っていると不意に「ねぇ、イェーレ」とエリザベスから声をかけられた。


「…あの日、あのとき、あなたたちが声をかけてくれなかったら…わたくしは、道を踏み外していた気がするわ」


 水球を見つめながら、エリザベスはぽつりと呟く。

 そうだろう。だって、ゲームではそうだったのだ。
 公爵令嬢としての権力や人脈を使い、ありとあらゆる手でヒロインを排除しようとした。さすがに犯罪までは手を染めなかったが、あのゲームの中のエリザベスはずっとイーリスを取り戻そうと必死だったのだ。
 私はエリザベスから視線を外し、竜巻を見つめる。


「…僭越ながら申し上げますと、と思います。
 激情に流されるままに道を踏み外す方が楽だったのかもしれません。でも、あなたは思い留まった。それはとても痛みを伴うものだったでしょう。でも、あなたはそれを決断して、実行できた」


 心の底から良かったと思う。
 あの日、あのとき、エルが傍にいるときにエリザベスのことを思い出して、呟いたのを。エルがエリザベスに一目惚れしていて、彼女を守ろうとしてくれているのも。殿下が、エリザベスの婚約を無効にする手伝いをしてくれたのも。

 エリザベスを見れば、目が合った。


「わたくし、エリザベスのこと応援しておりますよ」
「…っ、イェーレ」


 エリザベスが誰を好きになろうとも応援する。もちろん、エルの想いが叶えばいいけど。
 というかエリザベス、意外とエル好きだよね?エルのことめっちゃ褒めてたし。エルとくっついたらエリザベスと私親戚になるじゃんやったぁ!
 エリザベスは何を考えたのか、顔を赤くした。それと同時に、彼女の手の中にあった水球が霧散する。「あ」と彼女が間の抜けた声を漏らして、私は目を閉じた。


「もう!ひどいわ、イェーレのせいよ」
「それは申し訳ありませんでした」


 申し訳ない、なんて実はひとかけらも思ってないけど。
 エリザベスがそのあと、クスクスと笑ってくれたので良しとしよう。




 後日、エルしかいないと思ってエリザベスにあしらわれたバカ王子を「ざまぁwww」とエルと一緒に声に出して笑ったら、兄様に叱られた。挙げ句、母様に伝えられて今度帰省したら説教だと言われた。
 エルはお咎めなしとか解せぬ。


「まあ、一応エレンも女の子だし…」
「一応言うな。女だよ」
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