僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    君が望む世界(6)

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 結局、朝のうちに渡すことができなかった律への誕生日プレゼントを鞄に入れて家を出た僕は、撮影現場に入るなり
「誕生日おめでとう! 律!」
 と、僕達が来るのを待ち構えていたかのような陸と京介に、お菓子の詰め合わせにしては馬鹿みたいに大きな包みを差し出され、包みを差し出された律は目を丸くして驚いた。
「えっと……これは?」
「イチゴ味のお菓子詰め合わせ。いろんなコンビニ回って集めてみたら凄い数になっちゃってさ。こんなにイチゴ味のお菓子があるとは思わなかったよ」
 まさかとは思うけど……コンビニで売っているイチゴ味のお菓子を全部買い集めてきたのか? いくら律でも、そこまでしてくれるとは思わなかったに違いない。
「全部で100個くらいあるぞ」
「100個⁈」
 そりゃ包みも大きくなるよ。食べるのも大変だな。この中、ほんとに全部イチゴ味のお菓子なんだ。
「でも、値段はそんなに掛からなかったな。駄菓子も入ってるから」
「……………………」
 ここまで徹底的にイチゴ味のお菓子を集めてくるとは……。友情なのか暇なのかわからなくなりそうだ。
 この二人のことだから、イチゴ味のお菓子集め自体を楽しんだ可能性も大いにある。
「あ……ありがとう。まさかそこまでしてくれるとは思わなかった」
「いいって。俺らも宝探ししてるみたいで楽しかったから」
「いつもは何気なく使ってるコンビニも、目的があると楽しくなるよな」
 なんてポジティブなんだろう。この二人、多分何もない無人島に手ぶらで放り出されたとしても、あっという間に楽しみを見つけ出し、思う存分楽しむことができる人間なんだろうな。
「で? 海は何あげたの?」
「えっと……僕はまだ……」
「えー? なんだよ。まだあげてないの? 一緒に住んでるんだから、いつでも渡せるじゃんか」
「そうなんだけど……」
 そのいつでも渡せるはずのタイミングを、他の住人に邪魔されたとは言いづらい。
 今日は日が変わった瞬間に、「誕生日おめでとう」って言葉は律に伝えたし、その時にプレゼントを渡してしまおうかとも悩んだんだけど、朝になったらメンバーと一緒に律の誕生日を祝うことになっていたし、もし、僕の選んだプレゼントを律が気に入らなかった場合、他のメンバーが一緒にいてくれた方が助かると思ったから、そこではプレゼントを渡さなかったんだよね。
 今思うと、渡しておけば良かったと思う。
 仮に僕のプレゼントを律が気に入らなかったとしても、朝に貰う他のメンバーからのプレゼントで帳消しにしてもらえたかもしれなかったから。
 正直、今年のプレゼントは律が喜んでくれるかどうかの自信がなくて、僕としては“失敗したかも?”と不安になっている。
 やっぱり、安易に悠那君の言葉に乗っからない方が良かったんだろうか。今更どうしようもないけれど……。
「でもま、仕事が終わってから祝うのもアリだよな。その方が気兼ねしなくて良さそうだし」
「まあ……そういうことかな」
 既に出勤前にメンバーと一緒に律の誕生日を祝っている身としては、仕事が終わった後、たった一人で改めて律の誕生日を祝ってあげなくてはいけないというプレッシャーに負けそうになる。
 しかも、司さんがわざわざ僕と律に二人っきりで過ごす時間を作ってしまったから、失敗は許されないって感じがして、余計に緊張してしまう。
 もちろん、律と二人っきりで過ごせる時間は嬉しいし、楽しみにしていないわけでもないんだよ? 誰にも邪魔されることなく、朝まで律と二人っきりでいられる状況は、楽しみにしているし期待もしている。
 でも、だからこそ“絶対に失敗したくない”って気負ってしまい、それがプレッシャーや緊張に繋がってしまうのだ。
 まだ高校生の僕にとって、恋人の誕生日をホテルで一緒に過ごすなんてことには慣れていないし、どう振る舞うべきなのかもさっぱりわからない。
 特に意識することなく、普通にしていればいいんだと思う反面、それだとせっかくホテルで律と二人っきりの誕生日を過ごす意味がないのでは? と、ついつい特別感を出してしまいたくなる……というか、格好つけてみたくなる僕がいる。
 今更律相手に、格好つけたってしょうがないって気もするんだけどさ。
「んじゃま、今日の撮影は予定より早く終わらせて、律に誕生日を満喫させてあげようぜ」
 撮影が終わった後のことを考えると、落ち着かなくてそわそわしてしまう僕とは裏腹に、陸と京介は俄然やる気を出したりする。
 ほんとにもう……司さんも人が悪いよね。そういうプレゼントを贈るつもりなら、一言僕に教えてくれても良かったのに。今日は律の誕生日なんだから、僕にまでサプライズをする必要はなかったと思う。
 それとも、これは何かの試練なのか? 一人の男として、“どんな状況でも恋人を喜ばせるテクニックを身に付けておけ”という、司さんからのメッセージか何か?
 司さんがそんなことを考えているようには思えないけれど。
 なんにせよ、ようやく律と一線を越えることができた僕は、更なる進化を求められているのかもしれないな。





「最初に司君から相談された時は、悠那君へのサプライズなのかと思ったのよね。でも、よくよく話を聞いてみれば、律君への誕生日プレゼントだって言うからびっくりしちゃった。考えてみれば、悠那君の誕生日はとっくに終わってるし、この時期にサプライズする相手っていったら、今月が誕生日の律君しかいないって、すぐにわかりそうなものなのにね」
 陸や京介のおかげ……なのかどうかは知らないが、今日の撮影は予定していた時間よりも少し早く終わらせることができた。
 今日の撮影シーンを全て撮り終わった後に、スタッフが用意した誕生日ケーキで律の誕生日をみんなで祝い、解散になったタイミングで、マネージャーがちょうど良く僕達を迎えに来てくれた。
「それでも、司君が二人にホテルの宿泊券をプレゼントしようとしていることには驚いたんだけどね。服とかアクセサリーとか、実用性のあるものをプレゼントするんだろうと思ってたから」
 仕事を終えた僕達を乗せた車を運転するマネージャーはよく喋ったが、そこにどんな意図があるのかはわからない。もともとマネージャーは良く喋る人だから、特に意味はないのかもしれない。
 だけど、何か意味があるのだとすると、その意味を詮索したくなる。
 もしかして、今夜僕達が初めて恋人同士の夜を過ごすつもりだと思われているんじゃないだろうな。きっと二人とも緊張しているだろうから、たくさん喋って緊張を和らげてあげよう、なんて思われているのだとしたら、恥ずかし過ぎるからやめて欲しい。
 そもそも、僕と律って初めてでもないし。
「ホテル側の人にはちゃんと話を通してるから心配しないで。もちろん、二人の関係もバラしてないわ。“仲良し幼馴染みの二人に、高校最後の誕生日を特別な空間で過ごさせてあげたい”ってことにしてるの。ま、全部司君の案だけどね。たまたま私の同級生が働いてるホテルだったから、色々サービスもしてくれるって」
「へー。それは楽しみですね」
 心なしかうきうきしているような声のマネージャーに、僕はなるべく平然を装った声と態度で返した。
(色々サービスって何⁈ どういうこと⁈)
 と、内心は焦りまくりだったけど。
 っていうか、司さんと悠那君が二人っきりでホテルで過ごすことには驚かないけど、僕と律になるとマネージャーも驚くんだ。
 それだけ僕達が健全な目で見られているということなんだろうけれど、明日になったらその目がどうなるかはわからないってことだよね。
 でも、どこかしら楽しそうな様子のマネージャーを見ると、悪い方向には進まないんだろうから安心する。自分達のマネージャーが、男同士の恋愛に浮かれる姿もちょっと複雑だけど。
 所構わずイチャつき放題な司さんと悠那君のせいで、すっかり免疫がついちゃったのかもしれない。もしくは、もともと男同士の恋愛に萌える人なのかもしれない。
「もうすぐ着くわよ。どうする? フロントまで付き合った方がいいならそうするけど?」
 今まで学校の修学旅行や仕事以外でホテルを利用したことのない僕達は、自分達だけでホテルにチェックインをしたことがない。しかも、宿泊券なんてものを利用したこともないから、ここはマネージャーに付き添ってもらうことにした。
 少々情けない選択ではあるけれど、ここで手順を覚えてしまえば、次からは困ることもなくなるだろうから、最初は大人の手を借りてしまおう。
「じゃ、明日また迎えに来るから。楽しい誕生日を過ごしてね」
 ホテルに着き、チェックインを済ませてしまうと――マネージャーが見守る中、僕がチェックインをした――、マネージャーはエレベーターに乗り込む僕達に向かって手を振った。
 チェックインさえしてしまえば、後はどうしていいかわからなくて困るということもなくなる。
 ただ、今回は普通に泊まるだけではなく、誕生日プランというやつになっているらしいから、それがどういうものなのかがわからない。
 僕達を部屋まで案内してくれるホテルスタッフの後ろについて歩く僕は、初めてホテルに泊まった時でもこんなにドキドキしたことはないと思うくらいに、心臓がバクバクと煩かった。
「こちらのお部屋になります」
 そして、僕達が泊る部屋のドアを開けられると、遠慮している律の背中を押し、律を先に部屋の中に入れてから、僕もその後に続いた。
「わ……」
「凄……」
 部屋の中に入ってまず驚いたのは、部屋の中が誕生日を祝うために飾り付けがしてあったこと。こんなサービスを行っているホテルがあるなんて知らなかった僕達にとって、可愛らしく飾られた室内はそれだけでサプライズだった。
「夕食はお部屋までお持ちさせていただくことになっています。7時頃とお伺いしておりますが、そのお時間でよろしいですか?」
「は、はい。7時でいいです」
 司さんに貰った宿泊券には“ディナー付き”と書いてあったから、夕飯がついていることは知っていたけれど、部屋まで持って来てくれるようになっているとは思わなかった。
 もともとそういうプランなのか、職業柄、人が出入りするレストランを司さんが避けてくれたのかはわからない。
 もしかしたら、“二人っきり”という空間に拘っただけなのかもしれないが……。
「かしこまりました。それでは7時にお持ちします。お寛ぎいただく前に、誕生日の記念写真を撮らせて頂きますね」
「えっと……はい」
 記念写真まで撮ってくれるらしい。どうりで首からカメラを提げていたわけだ。なんでカメラなんか提げてるんだろう? って思ってたんだよね。実は。
「お撮りした写真はチェックアウトの時にアルバムに入れてお渡しします。夕飯の時にも一枚撮らせて頂きます」
「わかりました」
「それではごゆっくりどうぞ」
「どうも……ありがとうございました……」
 僕達に向かって丁寧にお辞儀をしたスタッフが出て行くと、僕と律は無言のまま顔を見合わせてから――。
「びっくりした。こんなサービスがあるんだ」
「ほんとだね。びっくりし過ぎてずっと間抜け面しちゃってたよ」
 急におかしくなってしまい、二人で笑った。
 笑ったことでようやく緊張も解け、余裕ができた僕達は、部屋の中を一通り見て歩くことにした。
「凄く可愛い飾り付けになってるね。女の子が喜びそう」
「きっと彼女の誕生日に利用する人が多いんだよ」
「部屋も思ってた以上に広いし、ゆったりしてるね」
「見て見て。窓からの景色が綺麗だよ」
 部屋に入った時にも記念写真を撮ってもらったけれど、僕達は僕達でスマホを取り出し、何枚か部屋の中の写真を撮った。
 後でメンバーに見せようと思ったのと、律の18歳の誕生日の思い出に。
「司さんにホテルの宿泊券をプレゼントされた時は“どうしよう”って思っちゃったけど、こういうのって自分では絶対に利用しようと思わないから、プレゼントされて良かったかも」
「律が気に入ったなら、来年は僕がプレゼントするけど?」
「いい」
「なんで?」
「だって、海からのプレゼントは残るものがいいから」
「律……」
 最初は戸惑いしかなかった律も、ホテルの一室が自分の誕生日を祝うために飾り付けされている光景にはテンションが上がったらしい。
 子供の頃は毎年していたけれど、大きくなるにつれ、誕生日の飾り付けってしなくなるものだもんね。あまり気にしていなかったけれど、こういういかにも“誕生日です!”って飾り付けは、大きくなってからも嬉しいものなんだ。
 それにしても、テンションが上がったついでにぽろっと零した律の本心を耳にした僕は、そのあまりにも可愛い発言に胸がキュンとなってしまった。
 ちょっと聞きました? 今の発言。僕からのプレゼントは残るものがいいらしいですよ?
「今まで貰った海からのプレゼントは全部取ってあるよ。幼稚園の頃に貰ったものも」
「そうなの⁈ 知らなかった」
「実家の僕の部屋にあるよ。箱に入れてしまってはあるけどね」
「へー……」
 そうだったんだ。そんな昔にあげたプレゼントまで全部取ってくれていただなんて思わなかった。律の部屋に遊びに行った時、僕がプレゼントした品なんて置いていなかったから、とっくに捨てられちゃったのかと思っていたのに。
 もちろん、僕も律から貰ったプレゼントは全部取ってあるし、大事に保管もしている。大好きな律から貰ったものを捨てるなんてできないからだけど、律も同じだったんだと思うと、嬉しくて胸が熱くなってしまう。
「だから、海から貰うものはずっと残るものがいい。それを見ると当時のこととかちょっと思い出して懐かしくなるし、ずっと海と一緒にいたんだって証拠みたいに思えるから。今見ると、“これはなんだろう?”って思うものもあるんだけどね。当時の海が一生懸命作ったものだと思うと、捨てるに捨てられないよ」
「っ……」
 ど……どうしたんだろう。さっきから律が凄く可愛いことばっかり言ってくる。僕、嬉しいのと律が可愛いのとで、どうにかなっちゃいそうだよ?
 もしかして、こういう特別な空間のおかげで、律に何かしらのスイッチでも入ったんだろうか。
 だとしたら、それを利用しない手はないって気にもなるんだけど。
「そうだ。夕飯までまだちょっと時間があるから、陸と京介に貰ったプレゼントを開けてみようよ」
「へ? あ、うん……」
 これはもしかして、恋人同士らしいイチャイチャモードに突入か? と思った矢先、コロッと日常的な会話に戻ってしまう律に、僕は裏切られた気分になる。
 そうだ。律ってこういう子だよ。自分が如何に僕を喜ばせる発言をしているのかだなんて、まるで自覚がないんだから。散々僕を喜ばせ、僕の感情を煽るだけ煽っておいて、自分は何事もなかったかのような顔をして……。
 律は純真無垢で、僕にとっては天使のように清らかな存在ではあるけれど、無意識のうちに僕を振り回す、小悪魔的要素もしっかり持っていると思う。もちろん、律本人にはその自覚が全くないけれど。
「どんなお菓子が入ってるんだろう。僕が食べたことないやつとかあるかな?」
 夕飯の前に律と恋人らしい時間を過ごせるかと期待したのに、それは陸と京介からのプレゼントに邪魔された。
 次からはもっと控えめなプレゼントにするよう、二人にお願いしておかなきゃ。
 律が急に二人からのプレゼントを見ようって言い出したのも、部屋の中に持って入った二人からのプレゼントが、あまりにも存在感があり過ぎて目立ったからだろう。
 部屋の中に入った直後は忘れてしまっていた存在も、部屋の中を見回しているうちに嫌でも目に入ってしまうから、目に止まってしまったら、中身が気になってしまったのだろう。
「海もこっちに来て一緒に見ようよ」
「ぅ、うん……そうだね……」
 大きな包みをベッドの上に置いた律は、やや残念そうな顔の僕には一切気付くことなく、無邪気な顔で袋の口を閉じているリボンに指を掛けた。



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