僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    君が望む世界(7)

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「なんかもう……夢の中にいるような気分だね」
「うん」
「夕飯美味しかった。ケーキも」
「律は今日三個目のケーキだったね」
「さすがにもう食べられないかと思ったけど、生クリームがあっさりしてたから食べれちゃった」
「律って普段は甘いものを食べるイメージがないけど、甘いもの自体は好きだよね」
「あんまり食べると太っちゃいそうだから控えてるだけで、甘いものは好きだよ」
 僕達が陸と京介からのプレゼントに一通り目を通した後、部屋のベルが鳴り、ホテルのスタッフが夕食を持ってきてくれた。
 テーブルの上に綺麗にセッティングされた夕飯は美味しそうで――実際、物凄く美味しかった――、二人で食べるのにちょうどいいサイズのホールケーキの上には、《Happy Birthday 律》と書かれたプレートもちゃんと添えられていた。
 メニューの説明が終わると、料理やケーキと一緒に再び記念撮影をしてもらい、その後は二人だけにしてもらえたので、心置きなく律と二人っきりの夕飯を堪能した。
 ホテルに来る前の撮影現場でケーキを食べた僕達は、夕飯を食べた後にもちゃんとケーキまで食べてしまうとさすがにお腹がいっぱいになってしまい、二人並んでベッドの上に寝転がった。
「陸と京介からのプレゼントも嬉しかったな。僕が食べたことのないイチゴ味のお菓子が沢山あったし、地域限定のものまであったよね。ロケに行った時にでも買ってきてくれたのかな?」
「しばらく甘いものには困らないね」
「うん。でも、ちゃんと調節しながら食べなくちゃ」
「律は少しくらい太っても問題ないよ」
「そういうわけにはいかない。それに、間食が癖になっても困るから」
「相変わらず自分に厳しいなぁ」
「そりゃそうだよ。基本的に、人間って楽を知ってしまったら楽な方を選ぶようになるんだから。自分に厳しいくらいにしておかないと、どんどん堕落しちゃいそうで怖くない?」
「うーん……僕はどちらかと言えば堕落してる方の人間かも」
「そこは改善して欲しい気もするけど、今のところ、そこまで目に付く感じでもないから、別に構わないかな」
「律に呆れられないよう、努力するよ」
 満腹感に包まれる僕は、食後の一時を律とまったり過ごしているうちに眠たくなってしまいそうだった。
 思わず目を閉じそうになった瞬間、ハッと我に返ると、ベッドに深く沈めていた身体を起こし、ベッドの上から飛び下りた。
「どうしたの? 海」
 僕と同じくまったりモードに突入していた律は、突然僕が慌ただしくベッドから下りたことに首を傾げ、少しだけベッドから身体を起こして僕を見た。
「律にまだプレゼントを渡してないこと思い出した」
「ああ……そう言えば……」
 不覚。本当なら、夕飯前にでも渡そうと思っていたのに、いろんなことに驚いてばかりで、すっかり忘れてしまっていた。
 そして、律本人も僕からの誕生日プレゼントをまだ貰っていないことを忘れていたみたいだから、僕は二重に落ち込みそうになる。
 律って僕からのプレゼントを楽しみにしていないんだろうか……。
 そんなことはないと思うけど、欲のない律のことだから、“くれてもくれなくてもどっちでもいい”くらいには思っているかもしれない。
 毎年物凄く悩んでるんだから、少しくらいは楽しみにしてくれていても良さそうなものなのに。
「はい、律。誕生日おめでとう」
「ありがとう」
 僕が鞄からプレゼントを取ってくるまでの間に、律は身体を完全に起こし、ベッドの上に正座をして待ってくれていた。
 律の前に向かい合って座った僕が、律にプレゼントを差し出すと、律は特に喜ぶ様子もなく受け取って
「開けていい?」
 と聞いてきた。
「どうぞ」
 多分、今まであげたプレゼントの中で一番小さいサイズの箱に、律は不思議そうにしながら包みを開いていく。
 その正面で、心臓のドキドキが止まらない僕。
「あ……指輪……」
 包みを開き、箱を開けた律は、その中で光る指輪を見詰め、ぽそっと小さく呟いた。
 それ、どういう感情? 嬉しいの? 嫌なの? どっち?
「律は指輪なんかつけないかも……って思ったから、どうしようか悩んだんだけどさ。つけなくてもいいから持ってて欲しいなって思って……」
「……………………」
 慌てて説明する僕の言葉を聞いているのかいないのか、律は口を一文字に結んだままジッと指輪を見詰め、微動だにしなかった。
 いやいやいや……何かしらの反応を返してくれないと、僕もどうしていいかわからないじゃないか。
 やっぱり指輪なんて嬉しくなかったのかな? もっと他のものにすれば良かったかも……。
「つけるよ」
「え?」
「ちゃんとつける」
「……………………」
 ようやく律が口を開いてくれたかと思うと、今度は僕が固まる番だった。
 えっと……今のって聞き間違いとかではないよね? 今、「つける」って言った?
「指に嵌めるのはちょっと抵抗があるけど、チェーンが一緒についてるから、毎日首からさげるよ」
「ほ……ほんと?」
「うん。だって、海からのプレゼントだもん」
「……………………」
 全く感情の読めない顔で淡々と言う律に、僕はなんとも言えない感情が込み上げてくるのを感じた。
(平然を装ってはいるものの、実は内心喜んでくれてたりする?)
 そんな淡い期待が湧き上がってきた僕は、探るような目でまじまじと律を見詰めた。そんな中――。
「でも、せっかくだから今日は指に嵌めてみよう」
 僕の視線に気付かないらしい律は、箱から取り出した指輪をナチュラルに左手の薬指に嵌めた。
 右じゃなくて左の薬指に嵌めたってことは、僕を生涯の伴侶として認めてくれているということだろうか。
「ピッタリだ。どうやって僕の指のサイズなんか知ったの? 指のサイズの話なんかしたことないよね?」
「へ? えっと……律が寝てる時にこっそりと……」
「こっそり測ったの? 全然気付かなかった」
「そりゃそうだよ。律っていつも熟睡だもん。一回寝たらなかなか起きないじゃん」
「そうなんだ」
「うん」
 こ……これは……どういう展開? 律が僕から貰った指輪を左の薬指に嵌め、指輪を嵌めた指をジッと見詰めているなんて……。
 これはもう、喜んでると思っていいんだよね? 顔は至って普通だけど、律は僕からのプレゼントに喜んでくれているってことでいいんだよね?
「海のもあるの?」
「へ?」
 じわじわと込み上げてくる喜びに打ち震えていると、唐突に律からの質問が飛んできて、僕は思いっきり間抜けな顔をしてしまった。
 僕のも? つまり、ペアリングかどうかを聞かれているのか?
「いや……ペアリングにしようかとも思ったんだけど、ペアリングは律と一緒に選びたいと思ったから、今回は律のだけを買ったんだ。ペアリングにしたら律が恥ずかしがってつけてくれないかもしれないと思ったし」
 律の誕生日プレゼントを指輪にしようと決めた時、その指輪をペアリングにしようかどうかで物凄く悩んだ。
 律とペアリングをつけたい気持ちはあったけど、どうせペアリングにするなら、二人が気に入るデザインにしたいと思ったし、律と一緒にペアリングを買いに行くのも僕の夢だから、ペアリングはまたの機会にすることにした。
 それに、今言ったように、ペアリングと知った律が恥ずかしがって、せっかくのプレゼントを引き出しの奥に仕舞われてしまっても嫌だった。
「そうなんだ。じゃあちょうどいいのかな」
「ん? 何が?」
 律は相変わらず指輪を嵌めた指を見詰めたまま呟くと、おもむろに顔を上げ、スッとベッドから下りた。
 なんだなんだ? この状況で一体どこに行くつもりだ? 
 ポカンとして律の動きを目で追っていると、今度は律が鞄の中から何かを取り出し、それを手に持ったまま僕のところに戻ってきた。
「はい」
「え? は? 何?」
「いいから受け取って」
「はい……」
 なんだかよくわからないけれど、どうやら僕に渡すものがあるらしい。
 でも、今日は律の誕生日なのに、どうして僕に贈り物が?
 既に律へのプレゼントに便乗して、僕まで司さんからプレゼントを貰っているようなものなのに。今日はプレゼントを貰う側であるはずの律からまで贈り物をされると、何がなんだかわからなくて混乱する。
 それでも、特別なラッピングを施されているわけでもない箱を、僕に向かって差し出す律を放置しておくわけにもいかないから、僕は恐る恐るといった感じで、律から箱を受け取った。
 そして、律が見詰める中、受け取った箱を開けた僕は――。
「嘘……夢……?」
 想像もしていなかった箱の中身に驚くあまり、現実を疑うような言葉しか出てこなかった。
 いや……実際にこれは夢なのかもしれない。実は僕、食後の一時にまったりしすぎて、律に誕生日プレゼントを渡さないまま、うたた寝しちゃっているのかもしれない。
「失礼だな。僕がこういうものを海に贈るのはそんなに意外?」
「いや、そんなことは……ううん、ごめん。物凄く意外だった」
 夢なら早く覚めて欲しいような、こんな幸せな夢なら覚めないでいて欲しいような……。
 だけど、ちょっと怖い顔になって僕を睨む律の表情はとてもリアルだし、今の感覚が夢だとも思えない。
 ってことは、これは夢なんかじゃないってことなんだよね?
「海みたいにチェーンまでは買わなかったから、また今度買いに行くね」
 律から受け取った箱の中身は、僕への指輪だった。
 そのことがなかなか信じられない僕は、喜んでいいのか戸惑っていいのかで迷ってしまうわけだけど、どうして誕生日でもなんでもない僕に、律が指輪を買おうと思ったのかが一番の謎だから
「ど……どうして?」
 他にも色々聞きたいことがあるけれど、まずはそこをはっきりさせようと思った。
「どうしてって……ちょっとした気紛れっていうか、気の迷いっていうか……。僕、今まで色々海に我慢させてきたところがあるし、海と肉体的な繋がりを持った後も、相変わらず海に我慢させてるところがあるかなって。だから、今まで我慢させてたお詫びと、これからも我慢させちゃうことへのお詫び。それと……」
「それと?」
「……………………」
 僕に指輪をプレゼントした理由を説明する律は、最初は平然とした態度で淡々と説明をしてくれていたけれど、急に口籠ると、恥ずかしそうに顔を紅く染め、一度伏せた目で上目遣いに僕を見上げてきたりする。
 クソ可愛い律の仕草にムラムラしてしまいそうになる僕だけど、ここはちょっと我慢しよう。我慢して、律の説明を最後まで聞こうと思う。
「が……我慢させてばっかりの僕だけど、ちゃんと海のことは好きだよって伝えてあげたくて……。口で説明するのが苦手だから、何か形で示してあげようと思ったから、柄にもなく指輪をプレゼントしようって思ったんだ」
 全部説明し終わった後の律は、最初の平然とした態度はどこへやら。顔を真っ赤にして、今にも消えてしまいそうなくらいに身体を小さくしてしまった。
 律がそんなことを考えてくれていたとは思わなかった。
 律は普段から、愛情表現が苦手であることを公表していたから、どんなに律が素っ気無い態度を取ったところで、僕が律の気持ちを疑うことはなかったのに。
 そりゃもちろん、“もうちょっとイチャイチャラブラブしたいな”って願望はあったけど、律の性格はよく知っているし、僕は律と一緒にいるだけでも幸せだから、律がベタベタするのが好きじゃないのであれば、それはそれで仕方ないと諦めているところもあった。
 司さんや悠那君のようにイチャイチャできなくても、お互いがお互いを好きな気持ちに変わりはないんだから。
「でも、何もないのにいきなり指輪をプレゼントするのも変だから、買ったはいいけど渡せなくて……。こうして海が僕の誕生日に指輪をプレゼントしてくれたから、だったら僕もって……」
「じゃあ、買ったのは随分前なの?」
「うん。海と初めてセックスしたすぐ後に……」
「それをずっと持ち歩いてたってこと?」
「うん……渡せるタイミングがあればって……」
「……………………」
 なんてことだ。僕と初めてセックスした後って言ったら、もう二ヶ月も前の話じゃん。その頃から、律は自分の荷物の中に僕への指輪をこっそり忍ばせて、渡せる機会をずっと窺っていたってこと?
 そんな素振りは全然見せなかったし、律の日常は常日頃から事細かく観察しているはずの僕が気付かなかったんだ。他の誰も気付かなかったに違いない。
「自分でもちょっと女々しいって思うんだけど、海と一つになったことで、恋人同士の証みたいなものが欲しいなって思ったのかな……」
 律の声は消え入りそうなほど小さかったけど、二人っきりの部屋の中ではしっかりと僕の耳まで届いてくれた。
 前から可愛い可愛いと思っていた律が、ここまで可愛いことをしてくれるなんて……。これはもう、司さんや悠那君に引けを取らないラブラブ展開だ。
 律は恋愛に対して淡白なんだと思っていたけれど、悠那君ばりに可愛らしいことを考えてくれる子だったんだな。
「全く……不意打ちにもほどがあるよ」
 律に倣い、僕も律から貰った指輪を左の薬指に嵌めると、今やベッドの上ですっかり小さくなってしまっている律を腕の中に引き寄せ、ギュッと強く抱き締めた。
「こんなことなら、最初から二人でペアリングを買いに行けば良かったね」
「ペアリングは恥ずかしい。しばらくはこれでいい。せっかく海に貰ったし……」
「そうだね。僕もしばらくはこれでいいよ。律が選んでくれた指輪だもん」
 自信がなかった今年の誕生日プレゼントは、ちゃんと律を喜ばせてあげることができたらしい。
 と同時に、僕のことも幸せにしてくれる展開を運んできてくれたんだから、今年の誕生日プレゼントは大成功ってことなんだろう。
「でも、いつか一緒に買いに行こうね。ペアリング」
「うん……」
 恥ずかしさで泣きそうになっている律の顔を上げさせ、律の潤んだ瞳の上の瞼にキスを落とすと、それが合図だったかのように、僕達は自然と唇を重ねていった。
 恋人の誕生日を二人っきりのホテルで過ごす、という、降って湧いたような展開に、最初は自信がなくて戸惑うことしかできなかった僕も、こうしていい展開を迎えることで、ちょっとだけ自信がついた気がする。
 初めてのことは誰だって緊張するし戸惑うけれど、やっぱり人生は何事も経験ってことだな。
 司さんには後でいっぱいお礼を言わなくちゃ。そして、今度は司さんや悠那君にも、こういうプレゼントをしてあげたい。
 ずっと律にあげたいと思っていた指輪も、勇気を出してプレゼントしてみると、僕達の関係がもっと深まったように思う。
「律……大好きだよ」
「僕も……海が大好き……」
 誰にも邪魔されることのない二人っきりの空間で溶け合う僕と律の指には、お互いが贈りあった指輪が輝いていた。



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