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第一章 綻び
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しおりを挟む俺が兄ちゃんの半裸を偶然見てしまった日の翌朝。
「おはよ、真弥。今朝は何だか疲れた顔してるな。何かあったの?」
げっそりとした顔で教室に入って来た俺を見て、日向が心配そうな顔になって俺の顔を覗き込んできた。
が
「いや、別に……。何もないよ。ちょっと寝不足なだけ」
疲労と眠さで半分しか開かない目を誤魔化すように、にっこりと微笑みながら「心配には及ばない」と主張した。
「え……でも……。今日の真弥は目つきがちょっと凶悪だし、目の下のクマも凄いんだけど」
「寝不足だからな。そりゃ目つきが悪くなるし、目の下のクマだって凄くなるよ」
「でも……」
「大丈夫だって。本当に辛くなったら保健室行って休むからさ」
「ならいいけど……。無理はするなよ?」
「うん。ありがと」
日向はいい奴だなぁ……。俺がちょっと具合悪そうにしているだけで、心の底から心配してくれるんだから。
心配するなって言っても心配してしまうのは、今朝の俺の顔がよっぽど酷いからだろう。
自分でも朝自分の顔を鏡で見た時は酷いと思った。凶悪かどうかはわからないけど、しっかりと開いてくれない瞼のせいで目つきは頗る悪いし、目の下にくっきり浮き出るクマは、俺の人相をより一層悪いものにしていた。
自分でも酷い顔だと思うくらいだから、当然兄ちゃんにも
『お前ぇっ! 何だその顔っ! ちゃんと寝てねーのか⁉ 今日はもう学校休めぇっ! 休んで寝てろぉっ!』
って物凄い形相で怒られた。
でも、昨日兄ちゃんに迫る鵜飼先生や遠山先生を見てしまった後じゃ、とてもじゃないけど学校なんて休めない。休んでいる場合じゃない。
だから、兄ちゃんの反対を押し切って無理矢理登校してきた俺なのである。
まあ、昨日みたいなことがそう何度もあるとは思えないし、何度もあって堪るかって感じなんだけどな。
でも、兄ちゃんときたらあの二人に全くの無警戒みたいだし、俺が学校にいることが、あの二人にとって多少なりとも抑止力になるんじゃないかって気がするから、兄ちゃんが出勤するっていうなら俺も兄ちゃんと一緒に学校に行く。
だって俺決めたもん。兄ちゃんの身の安全は俺が守るんだって。俺が世界で一番大切だと思っている兄ちゃんを、あの二人の好きにさせてなるものか。
「全く……。そんな顔になるほどの寝不足って何だよ。もしかして真弥、昨日は一人で盛り上がっちゃったのか? そのせいで興奮して眠れなかったとか?」
「はあ?」
日向は無条件でいい奴だと思うけど、与一の方は若干癖があるというか、わりと意地の悪いところがあるんだよな。
それでも、友達思いっちゃ友達思いではあるし、いざって時には頼りになって優しかったりもするから、憎めない奴ではある。
それにしても
「俺が一人で何に盛り上がるっていうんだよ。盛り上がるようなことなんかねーよ」
朝からその下ネタは如何なものだろう。
そりゃまあ俺も高校二年生だから、男子特有の習慣ってやつはちゃんとヤってるっちゃヤってるけどさ。
だからってその話を学校でしたいと思うほど、俺は性に奔放な人間でもないんだよな。
第一、俺には好きな子とかもいないから、言うほど性欲が強いってわけでもない。
「ふぅ~ん。そうなんだぁ~。ま、俺はほぼ毎晩のように盛っちゃうし、一人で勝手に盛り上がってもいるんだけどね~」
「ああ、そう……。できればそんな話は聞きたくなかったよ」
俺のこの酷い顔の原因が寝不足であることは事実なんだけど、寝不足の理由を勝手に卑猥なものにして、あまつさえ自分の赤裸々な暴露話までしてくる与一にはちょっとげんなりした。
与一は女の子が大好きだから――だから、女子にモテる兄ちゃんやイケメンに過剰なまで嫉妬する――、それはもう毎晩のように盛っていてもおかしくはないけどさ。
でも、いくら友達でもそんな事情は知りたいと思わないし、それをドヤ顔で話してくる与一はどうかと思う。
与一は決して見てくれが悪いわけじゃないのに、女の子にモテない理由ってそこなんじゃないかな――と俺は思う。
「二人ともさっきから何の話してるの? 一人で盛り上がるとか盛り上がらないとか……。一人で何に盛り上がるっていうの?」
まあ、一番付き合いの長い日向がこんな調子だから、与一も男同士の猥談ができなくて寂しいのかもしれない。
高校二年生にもなって日向はピュア過ぎる。日向の前だと下ネタを話すこと自体に抵抗があるし、話したところで日向はすぐに理解しないから、それを説明する時間がいたたまれなくなるんだよな。
「気にすんな。与一がまたわけのわからないことを言ってるだけだから」
俺と与一の会話を日向に説明したくない俺は、どうにかして日向を誤魔化そうとしたのに
「はあっ⁉ 何でわかんないのっ⁉ 日向も男だろっ! 今の内容で察しろよっ! お前だって経験ないわけじゃないんだからさぁっ!」
与一はそれが癪に障ったらしい。キレながら日向の肩をガシッと掴み、驚いている日向の身体を乱暴に揺すった。
「っ……!」
ただならぬ与一の様子に最初は面食らっていた日向も、与一の顔つきから察しがついたみたいで、急に顔を真っ赤にすると
「ご……ごめん……。俺がちょっと鈍かった……」
今にも消えてしまいそうなか細い声でそう言ったきり、肩を窄めて小さくなってしまった。
「与一。お前……」
「ふーんだっ! 日向がお子様なのが悪いんだっ!」
「はぁ……」
全く……。一番付き合いの長い日向相手でもこんな調子なんだから、与一の兄ちゃんに対する態度がああなのも当然か。
与一にも彼女ができれば、俺や日向の日常も少しは平和になりそうだよな。
そんな日が来るのかどうかはわからないけれど。
「でもさぁ~、真弥のとこって兄貴と二人だけだろ? 男兄弟ならそういう話とかしねーの?」
「え」
待て待て。そういう話はもう終わりにしようよ。日向もすっかり小さくなっちゃってるっていうのに、そういう話を続行させようとする与一の神経を疑うわ。
「あー、でもあの人って性欲強そうだし、変な性癖持ってそうだよなぁ。弟にそういう自分を知られたくないから、真弥にはそういう話しないのかも」
「……………………」
おいこら。人の兄ちゃんを勝手に変態みたいに言うんじゃねーよ。俺の兄ちゃんは変態なんかじゃない。
そりゃ兄ちゃんも男だから人並みに性欲くらいはあると思うよ。もしかしたら、体格がいいぶん体力も有り余っていて、人より性欲が強いのかもしれない。
でも、兄ちゃんの性的嗜好は至って普通っていうか、兄ちゃんにアブノーマルな面があるとは思えないんだよな。
ハッキリと断定はできないけど、昨日見てしまった兄ちゃんの綺麗な乳首を思い出せば、それなりに説得力があると思う。
(まあ、それを与一に言うつもりはないんだけど……)
何が悲しくて
『俺の兄ちゃんはノーマルだっ! 兄ちゃんの乳首はすげー綺麗なピンク色なんだぞっ! あんな綺麗な乳首をした兄ちゃんが変態なわけないじゃんっ!』
とか言わなくちゃいけないんだよ。
兄ちゃんが変態じゃないことは証明できても、代わりに俺が兄ちゃんの乳首について力説する変態な弟になっちゃうじゃん。
兄ちゃんは変態じゃないし俺も変態じゃない。でも、それは与一にわかってもらえなくてもいいことにしよう。
どうせ与一は俺が何を言っても兄ちゃんのことが気に入らないんだし。兄ちゃんのことで勝手な勘違いをしていたとしても好きにしてって感じだもんな。
「なぁ、ぶっちゃけお前の兄ちゃんって週何回のペースでヤってんの?」
「は⁉ しっ……知らねーよっ! そんなことっ!」
「え~? そういうのって一緒に住んでたらわかるもんじゃねーの? お前と兄ちゃんの部屋って隣りじゃん。壁越しに聞こえてくる物音とか息遣いでさぁ~」
「だから知らないってばっ!」
あぁ~……もう最悪だ。今日は寝不足でお世辞にも機嫌がいいとは言えないし、コンディションも絶不調なのに。
大声出すと自分の声が頭の中にガンガン響いて頭が割れそうなくらい痛い。痛くて吐きそう。
学校に着いた時はまだ酷い寝不足だっただけなのに。朝っぱらから与一が変なことばっかり言ってくるから、完全に体調が悪くなってしまった。
なので
「やっぱ俺、保健室行ってくるっ!」
与一との会話を中断させるためにも、今から保健室に行って足りない睡眠を補うことにした。
「え⁉ マジで⁉ 今から⁉」
突然「保健室に行く」と言い出した俺に与一はびっくりしたみたいだけど、俺がそう言い出したのは誰のせいなのか――。
与一はそこのところをしっかり考えた方がいいと思う。
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