お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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第一章 綻び

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 兄ちゃんは俺が生まれた瞬間に兄ちゃんになったし、俺も生まれた瞬間から兄ちゃんの弟になった。
 同じ遺伝子を受け継ぎ、同じ母親から生まれた兄弟なんだから当然っちゃ当然だけど、俺は兄ちゃんの弟としてこの世に生を受けたことを本当に幸せだと思う。
 俺と兄ちゃんを兄弟として産んでくれた両親には本当に感謝している。
 なんだけど――。

「あら? 神崎君。どうしたの?」
「いや、その……。ちょっと寝不足で……。具合が悪くなってきたんで少し休ませてもらってもいいですか?」
「まあ、ほんと。よく見ると酷い顔だわ。寝不足って理由はちょっといただけないけど、保健医として、そんな顔で授業を受けさせるわけにはいきませんね。いいわよ。ちょっと休んでいきなさい」
「すみません」

 俺が実の兄の半裸姿に悩殺され、眠れなくなるほど一晩中自分と戦っていたと知れば、父さんも母さんもさぞかしがっかりするだろうな。
 死んでも死にきれない──なんてことになって、二人が化けて出て来たらどうしよう。俺はもう二人に土下座するしかない。
 だけど、悩殺はされたけど俺は兄ちゃんの身体で変なことはしていない。そこは弟としての俺をちゃんと守り抜いた。
 その戦いの末に、今日は酷い寝不足なのだ。
 俺は兄ちゃんのことが大好きだけど、大好きだからこそ兄ちゃんにとっていい弟でいたい。鵜飼先生や遠山先生に口説かれる兄ちゃんを見て、兄ちゃんが二人に汚されているような感覚に陥った俺が、自分で兄ちゃんを汚すようなことがあっちゃいけないって思うし。
 だから、昨夜は盛り上がるどころか自己制御との戦いだった、立派でエッチに育った兄ちゃんの身体に欲情しないようにと必死だった。
 それなのに、何も知らない与一に「昨日は一人で盛り上がっちゃったのか?」なんて言われれば、そりゃ頭も痛くなる。
 保健医の花江先生に許可ももらったことだし、少し眠ろうとベッドに横になった俺は

「お兄さん呼んで来ましょうか? まだ予鈴は鳴っていないから、呼べばすぐ来ると思うけど」

 ベッドに横になった俺の姿を確認した花江先生にそう言われてギョッとした。

「いっ……いいですっ! むしろ兄ちゃんには言わないでっ!」

 花江先生的には俺に気を遣ってくれたんだろうけど、今朝兄ちゃんに物凄い剣幕で怒られた俺としては、登校した直後に保健室で休もうとしている俺を兄ちゃんに知られるわけにはいかなかった。
 登校中はずっと説教されていたものの、昇降口の前で別れる時は

『無理すんなよ。しんどくなったら保健室行って休んでろ』

 って兄ちゃんも言ってくれたけど、まさか授業が始まる前から俺が保健室に行ったと知れば

『だから休めっつっただろうがぁっ!』

 ってまた怒られちゃうじゃん。

「あらあら。お兄さんには知られたくないのね。でも、神崎君の保護者はお兄さんしかいないから、先生としては報告しないわけにはいかないのよ」
「そこを何とか……」
「ダメですよ~。夜更かしした神崎君も悪いんだから、ちゃんとお兄さんに怒られなさい」
「うぅ……」

 だから、説教ならもう散々されたんだってば。これ以上兄ちゃんに怒られたら俺泣いちゃうよ。
 しかも、夜更かしの原因が兄ちゃんにあるんだから、その兄ちゃんに怒られたら俺がいたたまれない気持ちになる。

「でもまあ、今はしっかり休みなさい。担任の上村先生には報告しておきますから」
「はい……」

 まあ、学校に来ている癖に授業に出ないのであれば、保健室で休んでるって報告は必要だよな。
 花江先生が報告しなくても、日向か与一が俺は保健室で休んでるって話を先生にするだろうし。
 でも、報告するならもう少し後にしてもらえないかな。せめて二時間目が終わったくらいにしてもらえると、兄ちゃんもそこまで俺に腹を立てないかもしれないから。

(また兄ちゃんに怒られるのは嫌だなぁ……)

 俺が保健室で休んだことが兄ちゃんの耳に入ることは避けようがないけれど、そのせいで兄ちゃんにまた怒られることを考えると憂鬱になる。
 でも、そんな憂鬱な気分も長くは続かなくて、保健室のベッドに横になり目を閉じて間もなく、俺はあっという間に深い眠りへと堕ちていった。



「……弥……。真弥」
「ん……」
 どれくらい眠っていたのかはわからないけれど、俺は俺の名前を呼ぶ兄ちゃんの声で目が覚めた。
 ゆっくりと目を開け、まだ視界がハッキリとしない目で兄ちゃんの姿を探そうとすると

「起きたか? よく寝たなぁ。もう昼だぞ」

 兄ちゃんは俺のすぐ目の前にいた。それはもう探す必要がないくらいの至近距離から、俺の顔を覗き込んでいた。

「にっ……兄ちゃんっ!」
「おはよーさん。具合はどうよ」
「え……えっとぉ……」

 何でここに兄ちゃんが? 花江先生はどこに行ったんだよ。
 保健室で寝ていた俺は、目が覚めたらてっきり花江先生がいると思っていたのに。花江先生の代わりに兄ちゃんがいるとは思わなかった。
 っていうか、兄ちゃん今「もう昼だぞ」って言った?

「今何時?」
「今か? 今は午後十二時四十分だな。昼休みが始まったとこだ」
「もうそんな時間なの⁉」
「そ。もうそんな時間だ」
「……………………」

 マジか。俺の中では一、二時間寝たつもりだったのに。がっつり四時間も寝ちゃってたんだ。

「真弥ぁ? 兄ちゃん言ったよなぁ? 今日は学校休んで家で寝てろって。それを大丈夫だっつって家出て来て、学校着いた直後に保健室でお休みとはどういうこったぁ?」
「いや……それは……ですね……」
「言い訳すんなっ! 保健室で休まなきゃなんねーくらい寝不足ならおとなしく家で寝てろぉっ! こっちは心配するだろーがっ!」
「ごめんっ! 兄ちゃんっ! ……って……え? 心配?」

 また頭ごなしに怒られるのかと思ったら、兄ちゃんは俺の心配をしてくれていたらしい。

「兄ちゃん、俺のこと心配してくれてたの?」

 物凄い勢いで怒鳴ってくるから、兄ちゃんは言うことを聞かなかった俺に腹を立てているだけなのかと思った。
 でも、そうじゃなかった。兄ちゃんは俺の心配をしてくれていたんだ。

「そりゃ心配すんだろ。お前はまだまだ子供だし。俺にとっちゃたった一人の家族で弟なんだぞ。具合悪そうにしてりゃ心配するわ」
「兄ちゃん……」

 ああもうっ! 兄ちゃんのこういうとこ、マジで大好きっ! ちょっと拗ねてるっぽいところがまた超絶可愛いっ!

「で、具合はどうなんだよ」
「へ? あぁ、うん。しっかり熟睡できたみたいだからもう大丈夫」
「ならいい。起きたんなら昼飯食え」
「うん」
「弁当ならここにある」
「うん。…………はい?」

 え? どういうこと? 何で俺の弁当が保健室に?
 兄ちゃんに「昼飯食え」って言われた俺は、具合もすっかり良くなったし教室に戻ろうと思ったのに。

「日向がな、お前が全然戻ってこねーから早退すると思ったらしいぞ。お前の鞄を保健室に持って来たんだと」
「あー……なるほど」

 何て気の利く奴なんだろう。やっぱり日向はいい奴だな。
 でも、ただの寝不足で早退はしないだろ。足りない睡眠を補ったら教室に戻るつもりだったのに。

「花江も飯食いに行っちまったからな。その間は兄ちゃんがお前の様子を見ておくことになったんだよ」
「そうだったんだ」

 なるほど。それで花江先生の代わりに兄ちゃんが保健室にいたんだ。
 保健室は花江先生のテリトリーだけど、花江先生だって一日中保健室にいるわけじゃないもんな。
 うちの学校には安くて美味しい学食があるから、お昼は学食で食べているのかもしれない。

「つーわけで、飯にすんぞ」
「え? ここで?」
「何か問題でもあんの?」
「いや……ないけど……」
「兄ちゃんもお前が起きなかったらここで昼飯食うつもりだったからな。弁当持って来てんだよ。今更職員室戻って弁当食うのも面倒くせーからここで食う」
「そ……そう……」

 マジか。まさか学校で兄ちゃんと一緒にお昼を食べる日が来るとは思っていなかったから普通に嬉しい。
 登校した直後に保健室で眠りこけていた自分には反省するけれど、そのおかげで兄ちゃんと一緒に弁当を食べられるのなら、たまには保健室で休むのも悪くないと思っちゃうよ。

「ん。お前の弁当」
「あ……ありがと……」

 でも、そもそも保健室は飲み食いするための場所ではないから、俺はベッドの上で弁当を食べることになるらしい。
 一応、机も椅子もあるっちゃあるのに、兄ちゃんもベッド脇の椅子に座って弁当を広げ始めたから、もうここでお昼を食べることは確定なんだろうな。

(花江先生が見たら怒りそう……)

 多分、保健室で弁当を食べること自体は問題ないだろうけど、ベッドの上で弁当を食べているとなったら、花江先生も

『ちょっと! ちゃんと机で食べてくださいよっ!』

 って言うだろうな。
 でも、今この場に花江先生はいないから

「あ。米粒落とした」
「兄ちゃんっ⁉ そこベッドの上だよっ!」
「まあいいだろ。米粒くらい」
「えー……」
「それよか、さっき飛んだソースの方がやべーかも」
「兄ちゃんっ!」

 兄ちゃんのやりたい放題だった。


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