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第一章 綻び
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しおりを挟む「お前、ほんとにちゃんと勉強してた?」
「え?」
凜さんが帰った後、俺の勉強を見てくれることにした兄ちゃんは、俺と一緒に俺の部屋に入って来ると、机の上を見るなり疑いの目で俺を見てきた。
頭の中で勉強以外のことばかり考えていた俺は、兄ちゃんからの突っ込みにギクッとしてしまう。
「えっと……してた……よ?」
「ほんとかぁ? 机の上を見る限りじゃ、とても勉強していたようには見えねぇけどぉ?」
俺の中では兄ちゃんに疑われないよう、勉強している状況を完璧に作り上げたつもりだった。
が、教師をしている兄ちゃんの目は誤魔化せなかったみたいだ。
「勉強してたわりには机の上が綺麗過ぎんだよ。お前、ただ勉強道具広げてただけだろ」
「う……」
うぅ……。やっぱ三年も教師をやっていたら、そういうことがわかるようになるものなんだろうか。肝心なところでは鈍いはずの兄ちゃんが、俺を責めるような鋭い目で見てくる。
「まさかお前、俺と凜の会話……」
「聞いてないよっ!」
教師の鋭い勘が働いているせいなのか、俺が勉強していなかった理由にも気付きかけた兄ちゃんに、俺は間髪入れず反論をした。
しかし
「……………………」
俺があまりにも食い気味に否定してしまったせいで、逆に肯定しているように思われてしまったかも。
兄ちゃんはより一層疑わしそうな顔になって、俺をじとーっとした目で見てきた。
「いや……ほんとにしてないよ? 盗み聞きなんて……」
最早自分から盗み聞きしていたことを白状しているようになっている俺だけど、口では往生際悪く否定し続ける。
じっとりとした目で俺を見てくる兄ちゃんと目を合わせられなくて、兄ちゃんの視線から目を逸らした俺は
「あ……」
シャツの襟で隠れていた兄ちゃんの首元に、うっすらと浮かぶ紅い痕を見つけてしまい、全身がゾワッと震えた。
(その痕って……もしかしてキスマークってやつなんじゃ……)
昨日までは兄ちゃんの首にそんな痕はなかった。昨日、兄ちゃんの半裸姿を見た俺はハッキリと断言できる。
それなのに、今日になって兄ちゃんの首にそんな痕がついているということは、兄ちゃんは今日、学校で鵜飼先生か遠山先生のどちらかと……。
「っ……」
仮にセックスまではしていなかったとしても、兄ちゃんの首にそんな痕をつけたどちらかの先生に、俺は言葉では言い表せないほどの憤りを感じた。
こんな痕をつけられているにも拘らず、シャツのボタンを外して首を露出させている兄ちゃんは、自分の首にキスマークがつけられていることに気付いていないのかもしれない。
だったら――。
「あ? どうした真弥。何怖い顔して……って! いってぇぇぇぇっ! おいこらっ! 真弥ぁっ⁉」
そのキスマーク、俺が消させてもらうことにする。
兄ちゃんの首につけられたキスマークにどうしようもなく腹が立った俺は、俺を疑わしそうな目で見てくる兄ちゃんの首に噛みついてやった。
それも、かなり強めに。
「何だぁっ⁉ おいっ! 噛むなぁっ! いてぇって! 真弥っ!」
兄ちゃんの首につけられたキスマークの上から兄ちゃんの首を噛む俺に、兄ちゃんはもうパニックである。
今まで自分が俺に痛いことをしてきたことはあっても、俺から兄ちゃんに痛い思いをさせることなんてなかったから、兄ちゃんはさぞかしわけがわからないだろう。
数秒間兄ちゃんの首に強く嚙みついたままになっていた俺は、そろそろ兄ちゃんの首についたキスマークも俺の歯形で消えただろうと思う頃に、ようやく兄ちゃんの首を噛むのをやめた。
そして、今度は痛い思いをさせてしまったことを謝るように、自分が強く噛んだ部分を優しく舐めてあげた。
「っ……真弥っ……お前マジ……何やってんだっ……」
強く噛まれた場所を今度は優しく舐められ、兄ちゃんは少し声が震えていた。
もしかして、兄ちゃんは首が弱かったりするのかな。
首は皮膚が弱くて敏感な部分だっていうから、兄ちゃんの性感帯の一つなのかも。
「も……いい加減離れろって……真弥っ!」
俺に首を舐められることに感じてしまうのか、兄ちゃんは俺の腕をギュッと掴んで震えていたけれど、さすがにこれはおかしいと思ったのだろう。ハッと我に返るなり、俺の身体をぐいっと押し返してきた。
本当はまだ兄ちゃんの首を舐めていたかったけれど、兄ちゃんの首に噛みついたこと自体が突発的な行動だったわけだから、俺が兄ちゃんに拒否られるのも当然だろう。
兄ちゃんに身体を押し返された俺は、兄ちゃんの首についていたキスマークの代わりに、俺がつけた歯形がしっかり残っていることに満足した。
「ごめん兄ちゃん。でも、何か無性に兄ちゃんの首に噛みつきたくなった」
一体どういう言い訳なんだよ。って感じではあるが、兄ちゃんの首にキスマークがついていたとは言いたくないし、まだ高校二年生ということを考えれば、突発的な俺の奇行も、兄ちゃん的には全く受け入れられないことではないのかと……。
もちろん
「何だそりゃ。お前は躾のなってねー犬かよ」
兄ちゃんには物凄く変な顔をされちゃったし、完全に呆れた顔もされたけど。
「ったく……。あんな強く噛んだら痕が残っちまうじゃねーか。ほんと勘弁してくれよ」
俺の身体を押し返した後の兄ちゃんは、俺に噛まれた首を擦りながら、俺の机の上に置いてある鏡を覗き込み、自分の首をチェックしたりする。
いやいや。噛み痕よりもっとヤバいもんがついてたけどね。
兄ちゃんが首にキスマークをつけられたのがいつのことかは知らないけれど、教師という立場、社会人としての立場を考えたら、キスマークより噛み痕の方がまだ体裁を守れるんじゃないかと思う。
「おいぃ~っ! めっちゃ痕ついてんじゃねーかっ! どうしてくれんだっ!」
「へへへ。ごめん」
「ごめんじゃねーんだよっ! お前にも同じことしてやろうかぁっ⁉」
「それは遠慮します」
鏡で自分の首についた噛み痕を見た兄ちゃんはめちゃくちゃ怒っていたけれど、そのお返しに俺の首に噛みつくのはやめて欲しいところだ。
怒った兄ちゃんって容赦なさそうだもん。痕がつくどころか、俺の首が食い千切られちゃうかもしれない。
それに、兄弟揃って首に噛み痕なんかつけていたら、俺と兄ちゃんが家でどんな兄弟喧嘩をしているかを疑われちゃうじゃん。
もっとも、怒った兄ちゃんに噛みつかれる俺は女子から羨ましがられそうだし、兄ちゃんの首に噛みついた俺は女子から恨まれそうだけどな。
「あのなぁ……首は皮膚が薄くて痕がつきやすいんだからな。首についた痕消すのだって大変なんだ。もう二度とすんじゃねーぞ」
「はぁーい」
相変わらず俺に噛まれた部分を擦りながらそんな忠告をしてくる兄ちゃんだけど、それは暗にキスマークをつけられたことがあると言っているようなものだ。兄ちゃんはそのことにも気付いていないんだろうな。
まあ、兄ちゃんはわりと色白な方だから、キスマークなんかつけられたら目立っちゃいそうだよな。だから、見えるところにキスマークはつけさせないように注意しているのかもしれない。
だって俺、今まで兄ちゃんの身体にキスマークがついているのなんか見たことないもん。
本当は今も首以外のところにキスマークをつけられている可能性もあるが、それを確かめる方法はない。
でも、もし俺が兄ちゃんの身体についたキスマークを見つけてしまったら、きっと今みたいに消そうとするだろうな。
キスマークっていったら所有の印だもん。俺以外の誰かが兄ちゃんにそんな痕をつけるなんて許せない。
「で。お前は今から真面目に勉強する気があんのか? ねぇのか? ねぇなら兄ちゃん自分の部屋戻るけど?」
「あります。真面目に勉強するから勉強見てください」
「よし」
結局、兄ちゃんにどう接していいかわからない、とか思っていた俺は、いざ兄ちゃんが傍にいると離れたくないと思ってしまうようだった。
「椅子持って来るから待ってな」
「うん」
一度俺の部屋を出て、兄ちゃんが折り畳み式の椅子を持って戻って来るまでの間、俺はさっき噛みついた兄ちゃんの首の感触を思い出していた。
あの時は頭に血が上って一瞬我を忘れたみたいになっていたけれど、今思い出してみると、勢いで噛み付いた兄ちゃんの首は物凄く柔らかくて、滑らかな兄ちゃんの肌はゾッとするくらいに綺麗だったよな。
「ほんとさぁ……欲求不満なら俺で解消してくれよ……」
今の自分の発言は弟として明らかにおかしい――が、多分それが俺の本音なんだと思う。
知らなかった兄ちゃんを知り、実際に兄ちゃんの肌に触れてしまった俺は、もう自分が兄ちゃんにとっていい弟ではいられない予感が――いや、確信があった。
きっとこれは今まで俺が気付かなかっただけで、俺の中には最初からそういう感情があったに違いない。
いつ頃からなのかはハッキリしていなくても、俺は多分、今よりずっと前から兄ちゃんに弟としてではない感情を抱いている。
それを俺が自覚した時点で、俺と兄ちゃんの兄弟としての関係に綻びが生まれる。
そして、その綻びは徐々に大きく広がっていき、いずれは決壊してしまうんだと思う。
そうなってしまった時、兄ちゃんは俺をどう思うんだろう……。
そんな未来を考えると、俺は無性に怖くなった。
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